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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
一章  最強
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1-2

近年で最大の発明は何か、と問えば、多くの者が王石だと答えるだろう。

 曰く、理論上無限にエネルギーを生み出し続ける物質。詳しい構造は専門の院生レベルでも到底理解の及ばないほど複雑な原理で成立しており、当然俺も理解しているわけではない。ただ、少なくとも世間一般に王石とはそのようなものとして認知されている。

 一説には、王石の発明からその流布と同時に、この世界の二割の労働者が職を失ったらしい。もっとも、その材料のいくつかが非常に貴重な物質でできている事や、生産に多大な手間と時間が掛かる事もあり、少なくとも現時点ではまだ、世界のエネルギー問題、そしてそれに携わる職種が完全に根絶されたわけでもないのだが。

 とは言え、それがどれほどの量かはさておき、王石の発明により確実に人々の仕事は減った。しかし世の中上手くできているもので、それに変わる新たな職種も生まれていた。

 それが、従者。人に『従』う『者』ではなく、『従』器を操る『者』の意だ。

 従者という職業は、王石を守る為に生まれた。そのために、同じ理由で作り出された兵器、従器を扱う。

 俺の通うリニアス高等学園は、区分としては従者専門学校。従者という職業が確立し始めたのと同時期に生まれた、従者を志す者の集まる学校であり、つまり学校自体が王石を守る為に存在していると言っても過言ではない。

「なぁ、シモン。お前、やっぱりノヴァちゃんと付き合ってるのか?」

 ただ、そこに通う生徒の全てが、そんな建前に殉じているわけもなく。基本的に教室やら訓練場やら寮やらは、一般的な学校のそれと変わりない喧騒に包まれている。

「どうしてお前はそうすぐ恋愛に走るんだ」

「だって、ノヴァちゃんに賭けてるの、お前含めて三人だけだぜ」

「なら、ノヴァは三股か。えらい女だな」

「なんでそうなるんだよ」

 むしろ、なぜそうならないのかわからない。ノヴァに賭ければ付き合っている、という事なら、ごく当たり前の結論だと思うのだが。

「ちなみに、俺とヒースの倍率は?」

「7:3でヒース。自分に賭けるか? 勝てばかなり入るぞ」

 パトリック・ノームという級友は、金、女、権力と男の欲求に忠実な奴で。事ある毎に賭けを主催しているパトリックにとって、入学初の模擬戦、それも実力の競った暫定順位一つ違い同士の対戦はこれ以上ない機会だろう。

「もちろん。7000賭ける」

「なんだ、少ないな。ノヴァちゃんには14000賭けたのに」

「俺もヒースに勝てる確証は無いからな」

 ヒース・ワイアードは、今年の一年生の中で、暫定順位一位を誇る男だ。もっとも、一年の前半は基礎体力の増加と従器の取り扱いを学ぶのみで、実際にそれぞれが戦う機会はほとんど無かった。そのため順位も機械的な能力の測定による結果であり、あくまでその強さを示す順位は暫定でしかないのだが。

「なら、ノヴァちゃんが勝つ確証はあるのか?」

「確証があったら全財産賭けてるよ」

「でも、お前がヒースに勝つより可能性は高いって?」

「ノヴァがカーマに負けてるのは、ほとんど筋力だけだ。真っ向から打ち合いでもしない限り、ノヴァが勝つだろ」

「……相変わらずだな、お前は」

 溜息を吐くパトリックの言いたい事も、今となっては流石にわかる。

 基本的に、この学校は男尊女卑だ。権利がどうこうというわけではなく、ただ純粋に戦闘面の強さで成績の決まる従者育成専門学校において、骨格や筋力で劣る女子は必然的に男子よりも下位に位置しやすい。

 ただ、それはあくまで傾向に過ぎず、実際、ノヴァを始めとして学年上位にも数人の女子が割り込んでいるわけで、個々の成績を実戦に当てはめて評価する分には性別の違いは関係無い、というのが俺の考えなのだが。

 それでも、少なくともこの学校では女というだけで男よりも下だと思いたがる連中が多いのも事実であり、しばしば俺の意見は異端とされてきていた。

「まぁ、とにかく色々と楽しみだな」

「そうだな」

 これまで散々と論争をしてきた話題について、今更言い争う必要も無い。今は目前に迫った模擬戦を楽しみに待つのが正解だ。

「楽しみ、とは、随分と余裕があるみたいだね」

「……げっ」

 ただ、背後からの声の主に関してのみ、それは例外で。

「何か用か、ヒース」

「特に用事というわけではないけれど。組み合わせが決まったから、挨拶にね」

 いつの間にか後ろに立っていたのは、学年暫定順位一位、模擬戦初戦の俺の相手であるヒース・ワイアードだった。俺達とクラスの違うヒースが珍しく教室に現れたのに気付くと同時、女子の視線が若干こちらに偏り始めているのもいつもの事で。

「そうだな。まぁ、お互い頑張ろうか」

「なんだ、君らしくもなく殊勝な事を。怖気付きでもしたかい?」

「もしそうだったら、頑張らないように頼んでるな」

「……いつもと変わらないようで安心したよ」

 口元を引き攣らせて笑うヒースという男は、とにかく自分が一番で正しくないと気が済まない性格をしていて、実際に学年順位では一位を収めたという立派な奴だ。ただ、その所為で更にプライドが高く、皆が自分を崇め立てていないと満足できないまでになってしまったのは頂けない。

「まぁ、僕も君に吠え面をかかせられる時を楽しみにしているよ」

「成績ではお前が上なんだから、それでいいだろうに」

「その、『では』というのが気に入らないんだ」

 暫定順位一位のヒースは、考え方が全く正反対な事もあり、二位の俺をやたらと敵対視している。正直、こちらとしてはあまり関わりたくはないのだが。

「それが気に入らないなら、口でどうこう言っても仕方ないだろ」

「まぁ、それもそうだね。じゃあ、僕も今度の模擬戦を楽しみにしているよ」

 余程『楽しみ』という言葉が気に障ったのか、二度も同じ事を言い残してヒースは去っていった。それだけ言うためにわざわざ教室に入ってくるとは、随分と暇な奴だ。そもそも、直接口にしたのはパトリックで、俺は相槌を打っただけだというのに。

「まぁ、聞いてたのが後半だけで良かったか」

「だよな。またあの茶番を見るのは、流石にうんざりするわ」

 俺の呟きには、パトリックも顔をしかめて頷く。

 ヒースは従者における男性優位を堅く信じていており、女は男が守るものだと常日頃から主張している。面倒で鬱陶しいのは、本人がその考えをフェミニズムであると疑っておらず、そんなヒースに憧れる不特定多数の女子がいる事であり、それゆえにヒースは女子からの人気に反比例して多くの男子からは煙たがれている。

「勝てよ、シモン。お前に賭けた俺と、男子の半数のために」

「それでも半数なんだな」

 先程パトリックが言っていた倍率が7:3だから、参加者の男女比が同じなら、男子の半数が俺に賭けた場合、女子の9割はヒースに賭けた計算になる。今更な自分の人気を自覚して、少し気が滅入る。

「心配するな、ノヴァちゃんはお前に賭けてる。後、チャイも」

「別に心配はしてない」

 会話の途中で担任のトキトーが教室に入ってきたため、パトリックに短く返事をして顔を前に戻す。その途中、ちょうど話題にあがりかけていたチャイと目が合った気がした。


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