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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
三章  異質
28/67

3-4

 授業というのは基本的に退屈なものだ。特に座学にはその傾向が強く、気を引き締めていないと意識を手放してしまうのもある意味では必然と言える。

「……んぁ、寝てたのか」

 チャイムの音で小さく跳ねた頭の中に、その直前までの記憶は無く。その事実が今の今まで自分が寝ていたという証明だった。

「珍しいな、シモンが授業中に寝るのは」

「まぁ、そういう事もある」

 パトリックの意外そうな声におざなりに返し、眠気を払うように肩を回す。

 たしかに、この学校に入ってから、授業中に居眠りをするのは随分久しぶりだった。それが単に疲れによるものならば、然程気にする事ではないのだろうが。

「とりあえず、昼でも食いに行こうぜ」

「あぁ、そうしよう――」

「シモン、これから実習メンバーの集まりがあるから」

 昼食を取ろうと腰を上げかけた俺を、すぐ隣まで来ていたノヴァが短く制す。

「そうなのか? 俺は聞いてないけど」

「朝は、トキトー先生が伝え忘れてたみたい。場所は第三訓練場横の準備室だから」

 伝えるだけ伝えると、ノヴァは先に教室を後にそのまま出て行ってしまう。行き先も同じなのだから、てっきり一緒に行くものかと思っていたのだが。

「まぁ、そういう事みたいだから、ちょっと行ってくる」

「はいはい。しかし、実習って事はクライフもいないのか」

 昼食を食べる相手を失ったパトリックを置いて、ノヴァの後を追うように廊下へと向かう。こちらはこちらで、昼食を食べる時間が残るかどうか不安ではあるが。

「……騙しやがったか?」

 ほどなく辿り着いた準備室、しかしそこには実習メンバーどころかノヴァの姿すら無かった。まさか場所を間違えたわけもなく、とりあえずノヴァの悪意を疑ってしまう。

「まぁ、一応確認だけ……」

「なんだ、誰かと思えばシモンか」

 念の為にクライフにでも確認を取ろうと携帯端末を取り出したところで、タイミング良く声を掛けられた。

「ヒース? じゃあ、本当だったのか」

「君は何を言っているんだい」

「いや、こっちの話だ。……ちなみに、ここには実習の集まりで来たんだよな?」

「当たり前だろう。本当に何を言っているんだか」

 ヒースには呆れられてしまうも、ノヴァの言っていた事が嘘でないとわかり一安心する。

「ああ、やっぱりヒースも行くのか」

「選ばれて行かない奴の方が珍しいだろ、今回の場合」

 そして、続いてクラスが同じクライフとオルゴが並んで顔を出したのを見て、すぐに妙な心配をしていた事が馬鹿らしく思えてきた。

「これで五人か……」

 実習のメンバーは六人、この場にいる四人にノヴァを加えると、残りの枠はあと一人という事になる。

「早いな、みんなもう集まってるのか」

 そして考えるまでもなく、残り一人が準備室に顔を出した。

「マシュー、か」

 一見してすでに中にいるオルゴと見分けは付かないが、ほとんど同じ顔が二つ並んでいれば流石にそれが同一人物でない事くらいはわかる。どうやら、オルゴ・ガルベスの双子の兄であるマシュー・ガルベスが最後の一人である事に間違いはないらしい。

「カーマを外したのは、まぁ正解なんだろうけど」

 揃った面子から思ったのは、まずはカーマがいない事へのそんな感想だった。

 元学年三位、現在は四位とはいえ、五位のオルゴに直接対決で勝利しているカーマの不在は、しかし想定内ではあった。

 実力から言えばまず間違いなく六位以内には入るだろうカーマは、しかし率直に言って自制心が無い。実習先で問題を起こすリスクを考えれば、若干実力が劣ろうとも他の生徒を選ぶという選択肢は否定できるものではない。

「ああ、聞いてなかったっけか? カーマは選ばれたけど辞退したんだよ」

 俺の呟きに返したのは、カーマとも同じクラスのクライフだった。

「辞退? どうして?」

「わざわざ一年の内から実習なんか行きたくない、だとさ」

「なるほどな」

 俺やクライフは基本的にポジティブに捉えているこの実習だが、実際のところ実習というもの自体は、修学旅行のようにただ娯楽の為にあるというものでもない。どちらかと言えば面倒な部類に属する行事を先延ばしにしたいというのも、当然ある考えだろう。

「それなら、結局は順位で上からをそのまま選んだって事か」

「そうなんだろうな。本当、カーマが退いてくれて助かったわ」

 なぜかいまだノヴァは現れないが、この場に集まった、もとい集まるメンバーはカーマを除いた学年上位の七位まで。ちょうど学年七位のクライフは、カーマの代わりに選ばれたと考えるのが妥当なところだ。

「しっかし、男五人とはむさい面子だよなぁ」

「一応、ノヴァは来るはずだけど」

「それでもバランス悪いだろ。せめてチャイくらい入っててもいいのに」

「そうなると、代わりに抜けるのはお前になるな」

「そう、それが問題なんだよ」

 普段のように雑談を始めたところで、幾度目かになる扉の開く音に視線を向ける。

「あれ、もう揃ってる。もうちょっと待ってて、すぐ準備するから」

 開いた扉から姿を見せたのは、手元に荷物を抱えたトキトー先生だった。部屋の端、申し訳程度の机に荷物を置くと、そのまま何やら弄り始める。

「よし、じゃあみんな揃ったところで、まぁ、私が来る前から揃ってたみたいだけど、とにかく、ここにいる六人がカウス従器工場への実習メンバーです。もうお互いに知ってるだろうから、自己紹介とかは割愛で。やってもいいけど、そっちで勝手にやって」

 準備を終え、こちらを向いたトキトー先生の第一声は、簡単な実習メンバーの紹介。それを不自然に思い、軽く周囲を見ると、しっかりと五人、俺を含めて六人が部屋の中にいた。いつの間に入ってきたのか、ノヴァも間違いなくヒースの隣に腰掛けている。

「それで、まぁ知ってくれてるだろうとは思うけど、一応、私は一年一組の担任をしているハル・トキトーです。今回、特例で一年生が実習に向かうという事で、一年生の担当教師の中から、私がこのグループの管理を任される事になりました」

 あえて隠すつもりも無いのか、トキトー先生の声色には貧乏クジを引かされた事への負の感情が見え隠れしていた。

「先生が選ばれたのは、やっぱりあの騒ぎのせいですか?」

 そんな先生に、何を思ったかガルベス兄弟の一方が余計な質問を投げかける。

「えーっと、まぁ、そうね。そういう事」

 予想通り一段とうんざりした声で返したトキトー先生がちらりとこちらを見るも、俺は気付かないふりで流す。学食での騒ぎは俺に一切の責任は無いし、むしろ事態の収集においては役に立ったはずの俺が責められる道理は無い。

「だから、正直なところ私も早くこの場を終わらせたいし、みんなもそうだろうから、手早く進めます。今回集まってもらったのは、実習についての説明と、グループでの役割を決めてもらう事、その二つだけの為です」

 早口に言い切ったトキトー先生は、続いて机に置かれた機材を操作する。すると、すぐに準備室の映写機が、下りてきたスクリーンに文字を投射した。

「これと同じ資料がみんなの端末にも送られてるはずだから、後で読んでくれればいいんだけど、一応ここでも簡単な説明と注意だけはしておくって事で」

 資料が問題無く映し出された事を確認し、トキトー先生は説明を始める。

「まず、実習先のカウス従器工場は、国内大手の従器工場の一つで、この学校の従器の提供元でもあります。つまり、みんなの従器も、カウス従器工場の製品って事」

 常識に近い前置きに、誰も口を挟むでもなくただ頷く。たしかヒースは自分で用意した特注の従器を普段の授業でも用いていたはずだが、あえてそれを指摘するほど面倒な性格はしていないようだ。

「場所は地図の通りで、実習が行われるのは全部で五日間。そして、肝心の内容は、カウス従器工場の室内照明から生産ラインまでの動力源、つまり――」

 そこで勿体付けるように間を置くと、吸った息と共にトキトー先生が続きを吐き出す。

「――王石の警備、及びもし侵入者があった場合、その撃退の援護という事になります」

 王石。

 曰く、世界で最も重要な物質。近年最大の発明。

 理論上、無限にエネルギーを生み出す事の出来るという、見た目は宝石にも似たその物質を守る事こそが、従者という職業の生まれた本来の目的だ。従器が比較的量産可能となった現在では、要人や施設の護衛、紛争の制圧など、従者の役割も多様化されはしたものの、今でも王石の護衛は従者の仕事の中で最上位に位置している。

 つまり、俺達六人は、奇しくも学生、それも一年生という立場で、最高位の従者の役目を受け持つ事になったというわけだ。

「あれ? あんまり驚いてない?」

 ただ、その割りに俺達の反応が薄かったのが、トキトー先生には気に掛かったようだ。

「まぁ、行き先はわかってましたし」

 気の抜けた声で返したのは、隣に座るクライフ。

「それに、そうそう襲撃される場所でもないでしょう」

 更に後に続いたのは、ガルベス兄弟のどちらかだった。

「……んー、それは少し甘いかな」

 二人の言葉を聞き、トキトー先生はわずかに表情を引き締める。

「まさか、たまたま実習の間に襲撃なんてされないだろう、っていうのは、わからないでもないけど、プロの従者としては失格。常時警備の職なんていうのは、滅多に来ない襲撃者や侵入者を、それでも来る可能性を考えて監視するものなんだから」

 怒るでもなく諭すトキトー先生の言葉は、全くの正論だ。

「まぁ、実際のところは、本当に襲撃なんて受けた場合、君達は工場の職員と一緒に守られる事になると思うけどね。給料も払ってない実習生に命を張れ、なんて、あっちも言えないだろうし」

 意図してかあるいはそうでないのか、フォローの言葉も俺には従者としての心得を説いているように聞こえた。従者とは、命の掛かった仕事なのだ。

「それで、向こうでの詳しい日程とかは、まだ知らされてなくて、多分あっちに着いてから説明があるんじゃないかな。出発については資料通りで、持ち物他も資料を見ればわかるようになってるはず。何かわからなかったら、いつでも聞いてくれていいから」

 本題に戻った説明をすぐに終え、トキトー先生は資料から視線を外す。

「さて、それで、後はグループの役割決めなんだけど……それに関しては、私がどうこう言うより、みんなで決める方がいいよね?」

 トキトー先生の提案に、皆はそれぞれ曖昧に頷く。

「役割って言っても、たった六人だし、リーダーを一人と、あとは報告レポートを書く係だけでいいから。じゃあ、決まったら、後で私に伝えて」

 そう言い残すと、役目は終わったとばかりに、先生は足早に準備室を後にしてしまった。

「……リーダー、やりたい奴いるか?」

 取り残された俺達としても、いつまでもここに留まっていたいわけもなく、とりあえず話を切り出す。

 しかし、問いに色のいい返事が返ってくる事はなかった。

「学年一位なんだから、シモンがやるのが順当じゃないか?」

 代わりに、双子のガルベス兄弟のどちらかが余計な事を口にする。

「ヒース、リーダーやらないか? リーダーとか好きそうだろ」

「君に譲ってもらってまでやりたいとは思わないね」

「いや、俺はやりたくないから」

「なんだ、気持ち悪い。そんなに気を遣わなくても結構だよ」

 都合の悪い発言は無視し、ヒースに話を振るも、どうも話が通じない。どうやらヒースの中では、皆がリーダーをやりたいのは当然という事になっているらしい。

「…………」

 ノヴァに視線をやると、一瞬だけ目が合い、そしてすぐに逸らされる。それだけで否定の意を汲み取るには十分だった。

「くじで決めよう」

 どうやら希望者がいないようなので、仕方なく運に任せようと提案してみる。

「いや、シモンがやる流れじゃないのか?」

「流れなんて知るか。俺はやりたくない、お前らもやりたくない、それだけの話だろうが」

 またも余計な事を言うガルベス兄弟のもう片方を睨みつける。

「何を言ってるんだい、みんなやりたいけど、納得する為にシモンに譲ってるんだろう」

「だから違うって言ってるだろうが。ああ、もうヒースがリーダーでいいな?」

 再びヒースが口を挟んだのをチャンスとばかりに皆に問い掛けるも、なぜか誰も首を縦に振らない。

「……ヒースがリーダーだと、絶対めんどいぜ」

 小さく呟いたクライフの一言が、どうやら全員の総意のようだ。たしかに下手に調子に乗らせると面倒なタイプではあるが、自分もやりたくないヒースにもやらせたくない、とは随分と欲張りな奴らだ。

「よし、わかった。くじを作る。やりたい奴がいたらその前に言え」

 しかし、その割りを喰って俺が貧乏クジを引かされてはたまったものではない。主にガルベス兄弟からの反対や、ヒースの的を外れた意見を無視して、机の上に置かれていた紙の上にあみだを組んでいく。

「あみだくじだ。適当に選んでくれ、俺は残ったのでいい」

 折り曲げて隠した下部の一箇所に印を付けた、いわゆるごく普通のあみだくじ。各々何やら言いながらも、案外素直にくじを選んでくれる。

「……なんで俺が」

 結果、当たりを引き当てたのはマシューだった。オルゴと見分けは付かないが、この場に二人揃った状況で名前を偽るわけもない。

「引いたからには、文句は無しだ」

「って言うか、ここまでシモンが仕切ってたんだから、シモンがリーダーでいいだろ」

「引いたからには、文句は無しだ」

 そもそも、俺が話を進めていたのは、俺がリーダーを任されそうになっていたからそれを避けるためにすぎない。

「……じゃあ、次は報告レポートについてだな」

 結局、納得いかないといった様子のマシューに動く気配がないため、この場は俺が進める事になってしまったのだが。

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