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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
二章  傑物
24/67

2-15

 体調は普通。あるいは、何も問題が無い分だけ常より少し上。

 従器の状態も特に問題は無い。強いて言うなら、形状の変化に若干の違和感を覚えないでもないが、その程度の感覚のずれはいつもどこかしらに存在しているものであり、特筆するような事柄ではない。

「……よし」

 待機状態の従器を手に、模擬戦の会場である第一訓練場に一歩足を踏み入れる。

 時間が昼休みに被っている事もあり、訓練場の中でも最も大きい第一訓練場の観覧席にはそれなりの人数が腰掛けていた。一応は学年一位の俺と、現在学年三位のノヴァの対戦は、それだけ同学年の興味を引きつけているという事だろう。

「遅かったじゃない、シモン」

 まず俺を出迎えたのは、すでに訓練場で待ち構えていたノヴァの声。

「まだ開始時間までは余裕があるだろうに」

 この模擬戦は、基本的に開始時刻に遅れた時点で不戦敗とされる。当然、そんな馬鹿らしい事になるのは俺としても御免であり、時間には十分気を付けた結果、実際にこうして開始前にこの場に辿り着いている。

「そう言えば、結局占いの結果はどうだったんだ?」

「ああ、まだ気にしてたの?」

「まだも何も、知るか忘れるまでは気になるだろ、普通」

 午前の連携訓練が終わってから以降も、結局ノヴァから俺との相性占いとやらの結果を聞く事はできていなかった。

「仲良くおしゃべりもいいけれど、そろそろ始まるんじゃない?」

「結果を教えるくらい、一瞬で済む」

「実戦では一瞬で勝負が決まるものだから」

 ずれた言葉と共に距離を取ったノヴァは、そのまま障害物に身を隠してしまう。こうなってしまうと、これ以上問いかけたところで答えが返ってくる事は期待できない。

 小さく息を吐き、両手で従器を握り直す。

 占いの結果については一時忘れよう。今はただ、ノヴァとどう戦い、そしてどう勝つかだけを考えなくてはならない。

 午前の授業で肩を並べて戦いはしたものの、いまだノヴァの得意な戦闘形式、従器の形状についてはほとんど把握できていない。あの場で見せたノヴァの戦い方は言わば教科書通りの基本ど真ん中であり、自身の特色は隠していた。

 それなら、俺の取る手段は一つ。対策が練れない以上、普段通り戦うだけだ。

 俺の身体より一回り大きい障害物に背を預け、従器を身長と同程度の長さの棒状に形状変化させる。周囲に視線を飛ばしながら、耳を澄まし、足音を消して少しずつ移動する。

 ノヴァの姿はまだ見えない。先程までは騒いでいた見物人の声も今は静まり返り、そんな中でも足音どころか衣擦れの音も聞こえない。

 静寂を打ち破ったのは、模擬戦の開始を告げる耳障りな機械音。

 しかし、開始の合図はすぐにも均衡を揺るがすものではなかった。互いに障害物に身を隠した以上、この対戦は一種の我慢比べの要素を孕む。どちらが早く相手の位置を突き止めるか、そしてどのように仕掛けるかが勝敗の鍵を握る戦況において、馬鹿正直に合図と同時に走り出すような真似は愚策に過ぎる。

 膠着は、しかし長くは続かない。そもそも障害物はおまけ程度の数で、個々の位置も密集しているとは言い難い。俺からはノヴァの位置に大方の推測は付いているし、それは相手も同じ事だ。

「……っ」

 動き出すタイミングを計っていた俺の左側、人一人隠れるには若干小さい岩の脇から飛んできた影、砕けた岩の欠片を、従器ではたき落とす。

 それと同時、真正面の壁から飛び出してきたノヴァの従器は、横に跳んで避ける。

 第二撃、第三撃と続く連撃には、こちらも従器を振るって対応。後退の速度に離されず付いてくるノヴァの従器は、三つに先の分かれた槍のような形となっていた。個々に自律しているかのように動く三本の穂先は、単純に手数を三倍近くに増やしている。

 後退と防御を繰り返し、その最中に反撃の隙を伺うも、互いに有効打の無いまま俺の背が壁へと近付いていく。一度攻勢を握られた以上、状況を変えない限り俺の不利は続く。

 幾度目かのノヴァの突きに合わせて、従器を上へと跳ね上げる。同時に放った足元への蹴りにはノヴァの従器の根本が防御に伸びるも、そちらに意識の逸らした隙に、先端の枝分かれした俺の従器がノヴァの頭部を狙う。

「危っ、い」

「掠っただけか」

 手には微かな感触があったものの、俺の従器の安全装置はいまだ作動しておらず、つまりそれはノヴァへの有効打とは判定されていない。

 回避を続け、従器の間合いから僅かに外れたところで、ノヴァの後退がその場での回転に変化する。完全に俺に背を向けた瞬間、踏み込みからの突きで隙を狙うも、絶妙なタイミングでノヴァの身体が沈み、従器が一瞬だけ宙を突く。だが、突きの勢いを殺さずそのまま振り下ろしに変化した従器への回避は、ノヴァの体勢からは不可能だ。

「浅い」

「なっ……ん」

 しかし、次の瞬間、回避に跳んでいたのは俺の方だった。

「……お前はもっと冷静だと思ってた」

「良く見てるのね」

 崩れた体勢に畳み掛けるように、槍の間合いには近すぎる距離まで詰めて来るノヴァの従器を寸前で躱す。

 戦い方を把握してはいなかったとは言え、それでもノヴァの性格はこの半年で少しくらい理解しているつもりだった。落ち着いて聡明な、優等生然とした少女。そんなノヴァの印象と、今のノヴァの戦闘スタイルには落差が大きすぎる。

 最初こそ壁に身を隠す落ち着いた始まりだったものの、そこからのノヴァの戦法は火のような攻勢の一択。挙句、そのままでは絶対に直撃を避けられない上方からの一撃に防御も回避もせず、回転からの横薙ぎで相打ちを狙うなど冷静とはほど遠い。

 いかに安全装置が威力を軽減してくれるとはいえ、本来なら従器の一撃は車両の衝突にも匹敵する。勝負に徹し、恐怖を度外視したとしても、あの状況で俺が回避せず速度比べをしていれば、有利なのはこちらだったはずだ。

「チッ……」

 始まりの形が悪かった分、今度の攻防は最初のそれより更に俺の方に不利が付く。ノヴァの従器による一撃を受けないようにするのが精一杯で、反撃の機会はここまで数えるほどしかない。

「……しぶとい」

 ノヴァの閉じた口からの呟きには、焦りの色は感じられない。焦れて決めにきた隙を突くのは諦めた方がいいだろう。

 一歩、また一歩、と少しずつ俺の行動の余裕が剥がれていく。ノヴァの攻勢は大きな変化を見せず、ある種の機械的でもありながら、同時にひどく熾烈だった。

 このままの関係性で戦い続ければ続けるほど、確実に俺の不利は広がっていく。仕掛けるならば早い方が望ましいが、その為の丁度いいタイミングは一向に訪れない。ノヴァはそういった攻め方をしている。その点に関して言えば、たしかに今のノヴァの戦術は俺の中の彼女の印象と合致していた。

 理詰めの戦術、確実な優位を広げる攻撃。その対策を、俺はいくつか知っている。

「……えっ?」

 驚愕の声が、右へ右へと離れていく。いや、離れているのは俺の方か。

 防御側が連続する近接攻撃から逃れるのに最も簡単な方法は、相手から十分な距離を取る事だ。そしてそれができないのは、人間の身体が後退より前進に適しているから。

 ただ、従器の機動速度は人間の移動速度を容易に超える。その反動ですら、瞬間的には疾走の速度を上回る程度には。

 従器の床への一撃、そしてその衝撃を利用して飛んだ俺が体勢を立て直した時には、後を追って跳んでいたノヴァとの間の距離は互いの間合いを優に超えていた。

 なおも接近、そしてその勢いを活かして放たれたノヴァの突きを、身体から逸らすようにして防御。カウンターでこちらから距離を詰めながら、従器を縮めて短剣の形に寄せていく。ノヴァの従器も変形しているが、それは俺の一撃に間に合わない。

 従器の先端がノヴァの胸部に触れる寸前、爆発に近い唸りが聞こえて。

「……ひどい、わね」

 身体の前を交差するように左に振り切った俺の従器がけたたましい音を鳴らし、少し遅れて左からノヴァの従器が崩れる嫌な音が聞こえた。


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