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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
二章  傑物
17/67

2-8

「…………」

 昼休み、昼食を終えた俺は、一人談話室でテレビを眺めていた。

 パトリックは学年七十四位と七十八位の対戦の賭けを取り仕切るとかで訓練場へと向かい、クライフもその賭けに参加するためにそれに付いて行ってしまった。賭けに参加するとパトリックが儲かる事を学んだばかりでもう忘れた、わけではなく、それがわかっていてもなんだかんだでクライフも賭けが好きだという事だろう。どうせ胴元が得するのならば、その胴元が友人なのはむしろ良い事だとも言える。

 とは言え、俺としてはその対戦にも賭けにもあまり興味が沸かず、二人以外の友人と偶然顔を合わせる事もなかった結果、こうして一人の時間が生まれたという次第だ。

「隣、座ってもいいかな?」

「どうぞ、一定の距離を保ってくれるなら」

 そんなこんなでソファーの真ん中を贅沢に専有していたのも束の間、背後からの声に席を空けるように迫られる。他の場所に座れ、と言いたいのも山々ではあるが、流石にそこまで傲慢になるつもりはない。

「……やっぱり止めておくよ」

「なんだ、まさか俺に密着して座りたかったのか?」

「よくそういう発想が浮かぶものだ、と感心してみせるべきかな」

 明らかに感心からはほど遠い表情を浮かべていたヒースは、腰を下ろしかけた中途半端な体勢から立ち直しつつ息を吐く。

「まぁ、実際のところは学年一位の俺の隣に座るなんて畏れ多い、ってところだろうが」

「……随分と性格が悪くなったね、シモン」

「生憎だが、これはお前の真似だ」

「僕がそんなに厭味ったらしいわけがないだろう」

 真顔で良く言うものだ、と思わず感心してしまう。学年暫定順位一位だった頃のヒースは、事あるごとにその事を持ち出して来て鬱陶しいなんてものではなかったのだが。

「君があれほど強いとは思ってなかった」

「なんだ、結局座るのか」

「でも、次は僕が勝つ。覚えておくといいよ」

「それで、もう立つのか」

 短く、しかし言いたい事だけ言ってヒースは去っていった。何をしに来たのか、と言いたいところだが、時間を潰しに来たら俺がいたから帰ったというだけだろう。

「……嫌だなぁ」

 俺が二位だった頃ですら絡んできていたヒースの事、俺に負けてからは更にちょっかいを掛けてくるのでは無いかとも思っていた。

 しかし予想とは反対に、模擬戦以降のヒースはむしろ俺を避けるようにしている。かと言って先程のやり取りからもわかるように、それは劣等感に打ちのめされてのものというわけでもない。

 ヒースはただ、純粋に俺を好敵手と、あるいは格上の相手と認めたのだ。そして、これまで常にトップであったヒースにとって、その事はある種の変化をもたらすはずだ。それを俺は良く知っている。そして、おそらく俺とヒースの関係には、俺の知っている類似の関係と決定的に違うところがある。

 首を振り、頭に浮かんだ嫌な考えを振り払う。ヒースがどうであろうと、俺がどうであろうと、それでも俺が負けるなんて事があってはならない。

「…………」

 テレビに視線を戻そうとして、その途中で眼球が見知った人影を捉える。

「なんだ、いつの間にそんなとこにいたんだ、チャイ」

「……別に、さっきだけど」

 わずかに顔を上げて答えたチャイの声は、どこか陰鬱に響いた。

「どうせならソファーに座ればいいものを」

 この談話室には、俺の座るソファーと、後は一人掛けの椅子がいくつかある。チャイはそのどれにも座らず、なぜかカーペットの上に身体を折り畳むように座っていた。もちろん他の椅子でもいいのだが、個人的にはソファーの座り心地がダントツにいい。

「ソファーはあんたが座ってるじゃない」

「言われれば、一人分空けないほど融通が利かないわけじゃないぞ」

「それはどうも。でも、一人でいたい気分なの」

 そう言うと、チャイは視線を逸らしてしまった。無理に隣に座らせるわけにもいかないので、俺も気にせずテレビを眺める事にする。

「……ねぇ」

「…………」

「……ねぇ、ってば」

「…………」

「無視しないでよ。あんたよ、シモン」

「なんだ、一人でいたいんじゃなかったのか?」

 てっきり独り言でも言っているのかと思ったが、名前を呼ばれては反応せざるを得ない。

「嫌味ばっかり言ってると、あんたも嫌うわよ」

「なんだその脅し文句は」

「いいから、聞きなさい。私はこれから独り言を言うから」

「もうどうすればいいかわからないな」

 普通、こういう時は相手に呼びかけたりしないものではないだろうか。俺はどういうスタンスで聞けばいいというのか。

「私は、どうすればもっと強くなれると思う?」

「…………」

「無視すんなって言ってんでしょ!」

「独り言だって言っただろうが……」

 予想通り拗れた展開に、諦めてチャイに向き直る。

「ここで従器の扱い方や対人戦のセオリーを学べば、自然と強くなるんじゃないか?」

「そういう事を聞いてるんじゃないって、わかってるわよね?」

「そう言われても。俺に聞くより、先生方にでも聞いた方がいいだろうに」

 単純な従者としての実力で言っても、この学校の教師陣は俺よりも上だろう。ましてや人に教えるという分野では、専門職に叶うわけもない。

「そんなの、もう聞いたわ」

「それならいいだろ。俺にそれ以上のアドバイスは無理だ」

「……私は、強くなりたいのよ」

 チャイの声は絞り出したようで、余裕といったものが欠片も感じられない。

「なんて、あんたに聞いても無駄だったわね」

 それでも、続いた言葉はどうにか平静を装おうとしていた。

「悪かったな、役に立たなくて」

 この学校にいる以上、強くなりたいというのは大多数の欲求のはずだ。俺にもその気持ちは理解できるが、それでも何もしてやれない事に変わりはない。

「何よ、らしくもない。気持ち悪いわね」

「謝って損した。代わりに次に何かあっても謝らない事にしよう」

 チャイも、クライフとヒースに立て続けに負けて落ち込んでいるのかもしれない。願わくば、時間や他の要因が問題を解決してくれる事を祈ろう。

「あんたとノヴァとの対戦、私はノヴァの応援するから」

 言わなくてもいい事を律儀に言い残し、チャイはこの場を去っていった。

「……俺って、友達少ないのかな」

 理由はどうあれ、立て続けに顔見知りに逃げられ、ほんの少しだけ気分が沈んだ。


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