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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
二章  傑物
16/67

2-7

従者の世界では、実力が上位になればなるほど、男性と女性の間の有利不利は小さくなると言われる。従器自体が十全に働いた場合、そのエネルギーは人間一人の持つそれとは比べものにならず、男性女性間の力の差など更にちっぽけなものでしかないためだ。

 実際、現在この国において、従者のトップである国家特別王石保持者の十三人、その内の女性は実に四人をも占めている。それはつまり、女性でも従器の扱いを極めれば頂点に立てるという事の証左に他ならない。

「…………」

 ノヴァ・ハートピースがその域に達しているかどうかと言えば、答えはNOだろう。

 前期の最終考査、暫定順位を決める試験ではヒースと俺に並んで従器の操作は最高評価だったが、それはあくまで学校の枠組みの中でのもの。戦闘中、絶えず頭と身体を動かしながら従器を完全に自在に操れるほどの領域にはまだ遠い。

「…………?」

 ただ、それは俺も同じ事。それに、ノヴァがまともに戦う姿を俺はまだ見れていない。

 模擬戦初戦、カーマとの戦いは言わずもがな、二戦目でも学年中位の相手を瞬殺したというノヴァの実力の底はまだ見えない。

「ねぇ、私の事見てた? 自意識過剰じゃなければ、だけど」

「どうも見てたみたいだな。無意識だったんだが」

 対銃撃訓練プログラムを終えたノヴァが、いつの間にか目の前に立っていた。

 従器の基本五機能の内の一つ、強化は、使用者の身体能力の強化を意味する。流石に銃弾を見てから避けるほど身体能力を強化できる従者はごく限られているが、それでも銃口の位置からの軌道予測による回避、従器の変形と機動による防御など、銃撃に対抗する手段は数多く存在し、それゆえに従器は現在世界で最高の兵器とされている。

 とは言え、亜音速の弾丸への対処はやはり並の従者では難しく、身体に一つも赤い染みを作らずに訓練を終えたノヴァの技量はやはり非常に優れていると言っていい。ちなみに赤い染みというのは、訓練用のペイント弾の事だ。

「私を口説いて手加減してもらおうとしても、無駄だから」

「どこにも口説いた瞬間はなかっただろ」

 ごく真っ当に返してやると、ノヴァはどこか不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「そんな事より、次はシモンの番じゃない?」

 対銃撃訓練プログラムは、成績別に分けられた十名のグループ授業の一貫であり、機材の関係上、前半の五人と後半の五人に分かれて行われている。前半のノヴァが終わったからには、もうすぐに俺の番だ。

「やれやれ、もっとノヴァと話してたかったな」

「……はっ」

 捻り出した冗談は、嘲るような笑いに一蹴されてしまう。

「フレクトくんか。期待してるぞ」

「はぁ、どうも」

 訓練の開始前、激励の言葉を掛けられるも、声の主である男性職員に覚えがなく、適当な空返事で茶を濁す。薄情と言われても、わからないものはわからない。

「……っ、と」

 開始の合図直後、まずは真正面から放たれた弾を体をずらして躱す。一息ついたかどうかのところで、左からの弾を細く伸ばした従器の端で弾き――

「――きついな、これ」

 破裂したペイント弾のインクを、寸前で従器を薄く広げ、盾にして防ぐ。ペイント弾という性質上、下手に弾こうとすると、余計に弾が分散して厄介だ。

 無駄な動きの隙を突くように、今度は右から放たれた弾丸を体を浮かせて避ける。崩れた体勢のまま、更に右からの弾丸は従器を軸に着地を試みながら躱す。

 どうにか体勢を整えてからも、面での防御と回避に追われ、それほど余裕が生まれないまま、それでもなんとか被弾は受けずに終了の合図を聞く事ができた。

「すごいな、流石、フレクトくんだ」

「はぁ、どうも」

 賞賛の言葉を掛けてくる職員にまたも曖昧に返し、その場を後にする。

「なんだ、シモンも被弾ゼロかよ。今度こそ勝ったかと思ったのに」

「お前らも……って、被弾してないか?」

 残念そうな声に振り向くと、そこにはクライフとパトリックがいた。

「どうも銃弾はなぁ。せめて銃口が視界内にあれば」

「いや、そうじゃなくって、クライフも」

 インクに肩口や腹部を派手に濡らされたパトリックが悔しそうに言うが、被弾ゼロだというクライフの方もところどころに赤色が付着している。

「これはペイント弾の弾けた分だからセーフ。ってか、お前はそれも付いてないのかよ」

「ああ、そういうルールだったのか」

 どうやら、ルールを勘違いしていたらしい。難易度が高いと思ったが、弾けたインクがセーフならもう少し余裕があっただろう。

「ちくしょう、そういうとこで差を付けてくるのはずるいぞ」

「別に、勘違いしてただけだって。それに、ノヴァもヒースも一滴も喰らってないし」

 先程見たノヴァも、ちょうど視界に入ったヒースも、一見して赤いインクが付いた跡は見受けられない。

「なんだよ、これってそういうゲームだったのか?」

 クライフの後ろから声が聞こえた、と思った次の瞬間、その肩を赤が覆っていた。

「うわっ、ちょっ、触んな、カーマ!」

「なんだよ、俺が汚いってのか!?」

「汚いってか、インクが付くだろうが!」

 全身を赤に染めたカーマは、クライフの言葉に納得したのか素直に離れ、隣に座る。

「また盛大に喰らったな、真っ赤だぞ」

「喰らってねぇ! ……と思ってたんだけど、弾けたインクもアウトだったのか?」

「いや、セーフだけど。じゃあ、それ全部、被弾せずに付いたのか?」

 どうやら、カーマは直接の被弾を全て避けながら全身にインクを浴びるという、無駄に器用な真似をやってのけたようで。

「なら、別に俺がノヴァより下ってわけじゃねぇだろ!」

「誰もそんな事は言ってないが」

「そうだったのか? それならいい!」

 俺の言葉に納得したのか、カーマはそれを聞くと弾けるように立ち上がり去っていった。

 模擬戦初戦で負けた事が余程気になるのか、カーマはやけにノヴァを意識しているようだが、順当に行けばカーマがノヴァと再び模擬戦で戦うのは随分先の事。はたして、それまで今の調子を保っているかどうかは甚だ疑問ではある。

「はい、集合!」

 トキトー先生の集合の声を合図に、皆が一斉に集まっていく。

 そんな中、やはり染み一つ無いノヴァの隣、カーマほどではないが全身を赤く染めたチャイの表情がなぜかやけに目に付いた。

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