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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
二章  傑物
14/67

2-5

「本当に見に行かないのか?」

 夕食後も共に談笑していたパトリックとクライフが、カーマの模擬戦を見に行こうと腰を上げたまま、こちらを振り向く。

「ああ、後で適当に結果でも教えてくれ」

「ちぇっ、いいなぁ、一位様は余裕があって」

「そっちだって、暇つぶしで見るだけだろ」

「まぁ、それを言われるとそうだけどな」

 クライフは口を開けて笑い、パトリックと連れ立って談話室を後にしていった。

「……俺も行くか」

 二人の背を見送り、俺も腰を上げる。

 カーマとオルゴの模擬戦にも興味はあったが、それを見に行かなかったのは、俺にとってはそれ以上に気になる対戦と時間が被っていたから。パトリックやクライフに理解されるとは思っていなかったので、あえて説明はしなかったが。

 共に模擬戦初戦で順位の変動した、学年順位六位のマシュー・ガルベスと十二位のアリス・トレドの対戦が、カーマとオルゴの対戦と同時刻に行われる。

 数字だけで言えば、現在四位のカーマと五位のオルゴの対戦ほど拮抗した展開は期待できず、実際に実力が緊迫しているのもそちらの両者だろうが、それでもなぜだか俺はアリスとマシューの対戦の方に惹かれていた。

「あっ」

 アリスの模擬戦の行われる第三訓練場までの道中、曲がり角から現れた少女がこちらを見て足を止めた。

「なんだ、ノヴァか」

「なんだとはご挨拶ね。愛しのアリスじゃなくて残念?」

 少女、ノヴァは自然に俺の横に並ぶと、口角をわずかに上げて笑う。

「なんでそうなる、お前も恋愛脳か」

「年頃の女の子はみんな甘ったるい恋愛妄想の中に生きているのよ」

「それは張本人の台詞じゃないな」

 冗談を軽く流すと、ノヴァはすぐ常の表情に戻った。

「でも、シモンがこっちを見に行くなんて意外ね」

「カーマは安定しないからな。見ても参考にならなさそうだ」

「そうね、あれは流石に予想外だった」

 渋面を浮かべるノヴァとしては、カーマに侮られていた事が気に入らないのだろう。それでも隙はしっかりと突いた辺りは冷静だが。

「意外と言えば、そっちこそ意外だけどな」

「そう? 友達の応援を優先するのは普通だと思うけど」

「なんだ、お前、アリスと友達だったのか」

 クラスも授業の成績区分でも違うノヴァとアリスが友人だという事実に、微妙に驚く。

「紹介はしないわよ」

「だから違うと言うに」

「そう? 小さくてかわいいのに、アリス」

「もしかして、アリスの事好きなのはお前の方なんじゃないのか?」

「下らない事言ってないで。付いたわよ」

 ノヴァの声は冷たく、黙って後を付いて訓練場に入る。

「やっぱり、少ないな……ん?」

 呟きに反応がなく、隣を見ると、ノヴァの姿が消えていた。少し視線を動かすと、数少ない見物人の中、一塊になった女子のグループへといつの間にか合流していたノヴァを見つける。

「薄情者め」

 愚痴を零してみるも、そもそも俺とノヴァは特別仲が良いわけでもない。更に言えば元からあちらのグループで合流する予定があったと考える方が自然であり、つまるところ文句を言うような事ではない、と納得してみる。

 そのまま辺りを探すも、どうも俺と仲のいい連中の顔は見当たらず、仕方なく一人で観戦する事に決める。まさかノヴァのグループに混ぜてもらうわけにもいくまい。

「長引かないといいけどな……」

 模擬戦初戦、アリスは最初から最後まで逃げと隠れに徹し、最終的にはバッテリーの消耗で対戦相手の従器が機能を停止したところで一撃を加えて勝利した。

 一時間を超える熱戦、と言えば聞こえはいいが、正直なところあれは見ている側としては退屈に過ぎた。そんな事情も、今回の見物人の数を減らす一因となったかもしれない。

 開始時刻に合わせて来た事が功を奏し、待つ間も無く訓練場の二人が動き始める。アリスは前回と同じように障害物の影へと隠れ、対するマシューも同じように身を隠す。

 マシュー・ガルベスは、学年順位五位であるオルゴ・ガルベスの双子の兄だ。顔が瓜二つな上、本人達が特に互いを周囲にわかりやすく差別化しようともしていないせいで、傍目には違いがわからないくらいに似ている。

 それは肉体的な性能についても言える事で、ほぼ同じ成績で暫定順位五位と六位を獲得したガルベス兄弟は、しかし先日の模擬戦の勝敗、オルゴの勝利により互いの順位を逆転した。まさに本物の熱戦、と言える僅差の鬩ぎ合いから判断するに、マシューもオルゴも運動能力、技術共に高水準のそれだろう。

「バーカ!」

 張り詰めた場の空気を破るように、妙に甲高い声が訓練場に響いた。

「でっかい図体して、ナニは小さいでやんの!」

 下品な言葉に似合わない可憐な声は、アリス・トレドのもので間違いない。

 実戦での実力を計る、という名目上、この模擬戦には禁止行為の類がほとんど存在しない。安全を考え、従器以外の凶器の使用不可と、従器への安全装置の取り付けは規定されているものの、ルールと言えばそのくらいだ。

「ヒースの腰巾着、顔面中の下!」

 だから、当然ながら挑発行為や罵倒の類もまた自由であり。立ち会いの教師も困惑した表情を浮かべてはいるものの、アリスを止めようとはしない。

「バーカ、バーカ、バーカ!」

 開始の合図が鳴った後も、微妙な罵倒は更に続いていく。その間、マシューは一言も返さず、ゆっくりとその足を進めていた。

「……弟の劣化版」

 しかし、打って変わってトーンを落として呟かれた一言の直後、マシューは顔色を変えると、一気に歩調を上げて駆け出した。

「気にしてたのか……」

 どうやら、双子の弟に負けた事を随分と引きずっていたらしい。

 だが、冷静さを失ったとは言え、マシューの走り込んだ先はアリスの声の発信源。挑発行為には、位置情報を知られてしまうリスクが伴う。

「やーい、負け犬! 腹の中からやり直せ! この――」

 半月型の従器を腰に構え、瞬く間に声の元まで詰め寄ったマシューの表情は、意外にも冷静だった。

「?」

 そう、冷静なままで、それでも一瞬だけ予想外の事態に頭を占められていた。

 だから、その僅かな隙を見逃さなかったアリスが勝利した。

 声を追っていったマシューの先、出迎えたのは人間大の金属の塊だった。それがアリスの従器である事は明らかで、それでもマシューは一瞬だけ迷う。

 なぜなら、それが如何なる武器の形も取っていなかったから。状況を把握する為に生まれた僅かな思考と行動の硬直を突いて、自らの従器の影に隠れていたアリスは従器越しの鉤突きを放った。アリスの腕を覆うように伸びた従器の一部、人間で言う胸部の辺りがマシューに触れた瞬間、安全装置が作動し模擬戦は終了した。

「ごめんね、色々言っちゃって。でも、弱者は手段を選べないから。それに、実は怒ってなかったみたいだし」

 一応の謝罪を終え、去っていったアリスに、今度こそマシューは怒りを従器に乗せて思い切り床に振り下ろした。

 マシューは挑発に乗ってはいなかった。怒った振りをして、多分だが、挑発で位置を明かしたのも罠だと警戒した上で、ただ驚きに負けた。そんな自分への苛立ちを抑えられないのだろう。

 敗者を眺めて楽しむのはあまりに趣味が悪い。すぐにマシューから視線を逸らして立ち上がると、ノヴァ達のところへと模擬戦を終えたアリスが走り寄っていくのが見えた。友達だというのは本当だったらしい。

 今からカーマとオルゴの模擬戦の方に向かってもいいが、少しばかり距離がある上に終わっている可能性も高い。どうしようかと考えていると、すぐ隣から肩を叩かれた。

「ねぇ、ねぇ」

 見ると、そこにはノヴァ達と一緒にいたはずのアリスの顔。

「アリスか、どうした?」

「さっきの私の戦いの事、他の人に言わないで、って頼みに」

「ああ。まぁ、一発技だからな」

 俺の言葉に、アリスは曖昧に頷いた。

 あれが何度も通じる策だとは思わないが、それはあくまで同じ相手に対しての話。初見殺しという言葉は、別の初見の対象になら何度でも通用し得るという意味でもある。

「それ、ここの全員に頼んでるのか?」

「できればそうしたいから、早く頷いて。それとも、引き換えに何か要求する?」

「くれるものがあるならもらってやってもいいが」

「なら、はい。あげる」

 冗談半分で返した言葉に、アリスは片手に下げていたタオルを投げて寄越す。

「私の使いたて。冷や汗がいっぱい染み込んでるから、嬉しいでしょ」

「お前の中で、俺は変態か何かなのか」

「男はみんな変態と相場が決まっているのだ」

「あっ、ちょっと……」

 交渉は終えた、とばかりに足早に去っていってしまうアリスを、止められるでもなく見送る。どうやら本当に、見物していた一人一人に頼んで回っているようだ。

「どうすんだ、これ」

 残されたタオルからは、当然答えは返ってこなかった。


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