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「そう言えば、賭けはやってるのか?」
ヒースとチャイの模擬戦が行われる第七訓練場へ向かう最中、ふと気になって問う。
「残念ながらNOだ。現地に居合わせられると思ってなかったしな」
「それもそうか」
「何なら俺とお前だけで賭けるか? 倍率は七倍でどうだ」
「いや、やめとこう」
適当に言葉を交わしていると、すぐに訓練場の上部、観覧スペースの入り口に着いた。
「間に合ったみたいだな」
「だな。しかし、思ったより来てるな」
見ると、模擬戦初日には全く及ばないものの、辺りにはちらほらと見物に来た生徒の姿があった。女子が多いのは、ヒースのファンとチャイの友人がその大半を占めるからだろうか。更に、女子生徒の中に紛れるように、立ち会い人以外の教師の姿すら見える。
「あれ、トキトー先生じゃないか?」
「ん……そうみたいだな」
そんな教師の中、とは言っても時間割では授業中なので、他の教師からは離れた場所に座っていたが、たしかにトキトー先生の姿がそこにはあった。
「もしや、これが見たいから授業を早めに切り上げたのかも」
「あの人の授業はいつもあんなもんだろ」
「そうとも言うな」
パトリックの発言が真実かどうかはともかく、トキトー先生がこの場にいるのは実習のメンバーを選ぶための視察も兼ねてのものだろう。心なしか、表情も真剣に見える。
「パトリック、お前、チャイに勝てるか?」
たしか、トキトー先生は実習のメンバーを俺含めて六人と言っていた。その選抜のためというわけでもないが、ふと気になった事を口に出してみる。
「嫌な事聞くなぁ……」
短い間口籠もったパトリックは、溜息と共に言葉を吐き出す。
「わかんね。ただ、少なくとも俺には賭けないな」
パトリックらしいその言葉は、目一杯に濁した戦力評価だった。
チャイは、模擬戦初戦でクライフに負けたとは言え、まだ学年順位では九位のパトリックよりも一つ上、八位という事になっている。
ただ、それでもあくまで差は一つに過ぎず、その程度の差ならば以前のパトリックは自分の、男性の優位を信じていたはずだ。だが、クライフとの紙一重の一戦はそんなあやふやな判断基準を吹き飛ばし、チャイの実際の実力を浮き彫りにしていた。
「あ、そろそろ始まるかも」
模擬戦の開始時刻は、三分間に設定されている。ただ、その三分間の間は、いつ始まるかという緊張感に耐えながら、なおかつ障害物の配置等を見て優位な立ち位置を探す必要があり、厳密には模擬戦はもう始まっているとすら言える。
「動かないな」
向かい合うヒースとチャイは、互いに隠れるでもなく棒立ちのまま。二人とも初戦の時もそうだったので、それが彼らのスタイル、流儀なのだろう。
「…………」
しばらくの間、そうしていただろうか。二人の緊張が伝播したかのように、無言で無音の会場の中、やがて劈くような機械音が響いた。
「!」
勝負は、一瞬で決着した。
互いに互いへと駆け寄るヒースとチャイ、チャイの従器は片側に刃の付いた短い手斧の形、対するヒースの従器はオーソドックスな西洋剣の形だった。
単純に正面から刃同士でぶつかり合えば、物理的な強度は分厚く巨大な刃を持つ手斧の形状が優る。問題はリーチの短さと取り回しの難しさだが、少なくとも一撃目はチャイの射程で、完璧な形での両手での振り下ろしに入っていた。
しかし、それでも、届かない。
「強いな……」
安全装置の音に紛れ、パトリックの呟きがわずかに聞こえる。
前進から横薙ぎの切り払い、それだけでヒースはチャイの従器を弾き飛ばし、返す刀でチャイの首元を従器で切り捨てていた。
完勝。あるいは完敗。安全装置が作動していなければ、チャイの首は胴体から離れ、綺麗な断面を空に晒していただろう。
ヒースとチャイが戦えば、ヒースが勝つであろう事は予想が付いた。それでも、まさかここまで早く決着が付くとは。改めて、ヒースの潜在能力の高さを思い知らされる。
「初戦で……」
初戦で当たっていて良かった、と、言いかけた言葉を寸前で飲み込む。
ヒースはこれから模擬戦や修練を通して、更に強くなるだろう。だが、そんな事は関係なく俺は強くなくてはならない。ヒースの強さに左右される程度では意味がない。
訓練場へと戻した視線の先、ヒースは立ち去り、取り残されたチャイが独り立ち尽くしていた。