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機械仕掛けと護衛の王  作者: 杉下 徹
二章  傑物
11/67

2-2

「それで、従器の本質っていうのは要するに……」

 従者を育成する為の学校であるこのリニアス高等学園にも、いわゆる普通の授業、座学という奴は存在するわけで。

「そもそも従器自体が生まれてまだ数十年しか経ってないから、今もまだ完全に解明されてるわけじゃないし、取り扱いには十分注意しないと」

 とは言え、座学はこの学校における成績全体の一割ほどでしかなく、模擬戦の疲労もあってか、睡眠を摂っている生徒の姿もそれなりに見受けられる。

「――まぁ、詳しくは教科書読めばわかるけどね」

 それをわかってか、担任のトキトー先生も座学の授業はどこか適当だ。それでも、前期の筆記試験では他のクラスと遜色ない結果だった以上、どこもそんな感じなのだろう。

「よし、じゃあ今日はこの辺で終わり」

 まだ授業時間の半分が終わったくらいのところで、トキトー先生が潔く授業終了の宣言をする。と、同時に視界のあちこちで頭が起き上がった。

「今なら、第四訓練場は多分空いてるかな」

 そして先生の言葉に釣られるように、生徒の多くが早足に廊下へと飛び出していく。

「……みんな、真面目ではあるのよね」

 トキトー先生の呟きの通り、この学校の生徒のほとんどは従者になる為の努力を惜しまない。ただ、その為には教室で座学を学ぶより、訓練場で実技の修練を積んだ方が効率が良いと考えている者が多いだけで。

「それじゃあ、私も訓練場に……ああ、フレクト、ちょっと来て」

 教室を後にしかけたトキトー先生は、その寸前で思い出したかのように教室に残っていた俺の名前を呼んだ。

「はい、なんですか?」

「……ちょっとこっちに。外に」

 立ち上がり、歩み寄ると、トキトー先生は声を潜めて廊下へと引き寄せてくる。

「なんですか、コソコソして。俺にだけ土産物でもくれるんですか?」

「おみやげがあるなら、クラスのみんなに買ってくるわよ」

「じゃあ、なんです」

 いい先生アピールを流し、話の続きを催促する。

「実は、相談があるんだけど……この学校に、実習過程があるのは知ってるでしょ?」

「警備の手伝いとかする、あれですか? 随分と気の早い話ですね」

 このリニアス高等学園では、実際に施設の警備等、従者の仕事を実地で体験する実習過程が設けられているという。ただ、それは最終学年である三年生になってからのはずであり、まだ一年生の半分が過ぎた段階の俺に話すには少しばかり早過ぎる気もする。

「それが、実はそうでもなくて。フレクト、二週間後、実習に行く気無い?」

 しかし、トキトー先生の切り出した内容は、その予定を大幅に切り上げるものだった。

「俺が、ですか? なんでまた、こんなに早く?」

「フレクトだけってわけじゃないんだけど、実は実習先の一つ、カウス従器工場が一年生の実習を希望してて。理由を聞いてもなんか微妙な感じだし、断るのも手ではあるんだけど、一応あそことは……ほら、あれだから」

 濁した言葉の意味を汲み取り、頷いて返す。

 リニアス高等学園では、生徒の一人一人に従器が与えられている。

 ただ、当然ながら最新鋭の兵器であり、価格も相応に高価な従器を膨大な生徒の数買い揃えていては経営が成り立たない。かと言って、その分の費用を生徒側に負担させているわけでもないこの学園は、カウス従器工場を始めとする複数の従器工場で生産された従器を試用し、データを収集するという形を取る事でどうにか従器の数を揃えている。

 ただ、近年では従者育成専門学校の数が増えた事もあって、学校側から頭を下げて従器工場に従器の提供を頼み込むような関係が一般化しており、名門と呼ばれるこのリニアス高等学園もその例外ではない。出来る事なら、取引先からの要求に応えておきたいという学校側の思惑は、当然のものだろう。

「その実習っていうのは、正式に成績に加算されるんですよね」

「それは、もちろん」

「なら、いいですよ。その時期の分の補習とかも無いなら、ですけど」

「んー……まぁ、こっちから頼む形だし、そのくらいはどうにかするわ。ただ、模擬戦の日程が多少詰まるのは勘弁してもらう事になるけど」

「じゃあ、それで」

 交渉が短く終わり、俺としてはむしろ喜ばしい結果になった。

 どうせ一度は実習に行かなくてはならないなら、今からでも大した問題はない。

 それに、実習では運が悪い場合、地区をいくつも跨いだ辺境の土地に向かわされる事もあると聞く。電車に乗ればここから十と数分もあれば辿り着けるカウス従器工場が実習先なら、条件としてはかなりいい方になる。

「本当? それなら良かった。それで、実習のグループは六人だから、他の五人をどうするかも意見を……」

「先生、まだ長引きそうですか?」

 トキトー先生の背後、顔を出したパトリックの声に、先生の肩が大きく跳ねる。

「と、とりあえず、そういう事で。考えといてね、フレクト」

 パトリックへの返事もせず、走り去っていってしまったトキトー先生の背を見送る。廊下を走るなとは何なのか。

「……告白?」

「だから、色恋に結び付けるなと」

「いや、だって、なぁ」

「言いたい事はわかるが、違う」

 たしかに先生の去り際の言葉と慌てようを見ると、そう見えない事もないが。

「じゃあ、なんだったんだよ」

「それより、そっちの方こそ何の用だったんだ?」

 あれほど慌てる事は無いだろうが、一生徒に実習メンバーについての意見を聞くのは贔屓のようで、他の生徒に知られたくないというトキトー先生の考えもわかる。ここは適当に話を濁しておくのが無難だろう。

「ああ、そうだ。これからヒースとチャイの模擬戦だから、見に行かないか?」

「これから? そう言えば、そうだったか」

 授業の時間と被るため、あまり意識していなかったが、たしかにヒースとチャイの、二人にとっての模擬戦二戦目はこの時間だった。その証拠に、俺達と同じクラスのチャイは先程の授業には出ておらず、そういった部分でクラスの授業よりも模擬戦の時間割が優先されるという辺りも、この学校における実技と座学の差が現れている。

「よし、行こう」

 頷くパトリックに一瞥を返し、早足で廊下を歩み出す。

 学年上位同士の対戦は、俺にとっても興味がある。例え、その結果がほとんどわかっているとしても。

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