天使とドラゴン
「お二人とも起きてください。ご両親がお呼びです」
自分の守護天使のそう呼ぶ声が聞こえて、リュンヌは目を覚ました。眠い目をなんとか開けて隣をみると、弟のブワンはまだ眠っていた。リュンヌは体を起こすとヘリオスの方を見て大あくびをした。それをみたヘリオスはほほえんだ。
「おはようございます。リュンヌ様」
「おはよう。ヘリオス」
すると、隣のブワンがもぞもぞと動き、ゆっくりと体を起こした。
「おはようございます。ブワン様」
「……おはよう」
ブワンはリュンヌよりさらに眠そうだった。ぼうっとしている。
「さあ、早く支度をしてください。ご両親がお呼びです」
ヘリオスにそうせかされて、リュンヌは立ち上がり身支度を整えた。父だけではなく母も呼んでいるとはめずらしい。二人とも支度が終わったのを見ると、ヘリオスはうなずいて二人を長の家まで連れて行った。
長の家はリュンヌたちの住む家のすぐ近くにあるので別に自分たちだけでも問題はないのだが、いつ敵が襲ってくるかわからないと言って、ヘリオスは片時も二人から離れない。もう12なんだから大丈夫だと思わなくはないが、彼が近くにいると安心するので特に何も言うことはなかった。
長の家に着くとそこにはいつもの側近と家臣たちの姿はなく、父と母……長とその妻しかいなかった。ヘリオスは二人を中に入れると、長に頭を下げた。二人もそれにならう。長はそれを見るとうなずいた。
「顔をあげなさい。今日はお前たち三人、特にリュンヌとブワンに話があって呼んだ」
三人は顔をあげると静かに続きを待った。話とはなんだろう。父の顔はめずらしく疲れているようだった。
「リュンヌとブワン。お前たちとヘリオスには一週間後に旅に出てもらう」
「ええっ?」
リュンヌとブワンは同時に声を上げた。ヘリオスはまるでわかっていたかのように表情のない顔でうなずくだけだった。父は驚く二人をみてほほえんだ。
「お前たちはこの世界に封印された祖龍のことを知っているか?」
リュンヌは突然の質問に驚きながらも首を横にふった。今までヘリオスに色々なことを教わったが、龍の話は一度も出てこなかった。
「天使とドラゴンがこの世界の住人ではなかったことはヘリオスに教わっただろう」
二人は同時にうなずいた。
二人が生まれるずっと昔、天使たちはこの世界ではない別の世界で暮らしていた。その世界で数えきれないほどの間、静かに平和に暮らしていたが、あるときついにその世界の寿命が近づいてきてしまった。世界はどんどん衰退していき、あと少しで滅んでしまうというところで、天使たちはその世界から脱出し、違う世界へ移動した。
移動してきたさきの世界には、ドラゴンたちが暮らしていた。ドラゴンたちは突然やってきた天使たちに驚いたが、この世界から出て行った方がいいと天使たちに教えた。なぜならその世界も天使たちが住んでいた世界と同じように、寿命を迎えようとしていたからだ。
天使たちはそれを知って驚き、彼らになぜ移動しないのかとたずねた。すると彼らは移動する方法がわからないと言った。だから彼らは自分たちの世界の消滅のときをただ静かに待つしかなかったのだ。
天使たちはそんなドラゴンたちを哀れみ、世界を移動する方法を教えた。そして共にこの世界から脱出しようと誘った。最初ドラゴンたちは長年暮らしていた世界を出ることを渋ったが、最終的にはその提案にのった。ドラゴンたちは天使たちに感謝をして、共にその世界から移動した。
今度たどり着いたのがこの世界だった。この世界は生まれたばかりで若く、生命力に満ちていた。天使とドラゴンはやっと見つけた新天地に喜び、共に生きる約束をした。
そしてこの世界でどうやって生きていくか二つの種族で話し合っていたときだった。突然ドラゴンが約束を破り、消滅から救ってあげた天使たちの恩を捨て、戦争を仕掛けてきた。この世界を独占するために。そして今に続くこの世界をめぐっての争いが始まったのだ。
「はい。教わりました。でも祖龍のことは一度も聞いていません」
リュンヌがそう答えると父は静かにうなずいた。
「私が教えるから教える必要はないといったのだから知らなくて当然だろう。そこで今からその祖龍についてお前たちに教える。よくききなさい」
二人はうなずくと静かに耳をかたむけた。
祖龍はこの世界を守護する偉大な力をもつ生き物だった。彼は突然争いを続ける我々の前に姿を現し、この世界を護るために即刻争いをやめるようにと告げてきた。しかしそのときの我々天使とドラゴンは互いに互いを全滅させようと躍起になっていて、誰も彼の言葉に耳を傾けなかった。戦争をやめる気など、誰も持ち合わせてはいなかったのだ。
そんな状態が続いたあるとき、ついに祖龍は我々に対して実力行使に出た。彼は魔力とは違うはるかに強大な力を操り、攻撃をしかけてきた。その力は凄まじく、たった一撃で戦場にいた兵士たちの5分の1が消滅したという。そのおかげで我々は戦争どころではなくなってしまい、戦争は一時休戦となった。
そして祖龍は我々にこう告げた。この世界でもう二度と戦争をしないと誓うのなら、この世界で暮らしても構わないと。しかし我々天使は、自分たちを裏切ったドラゴンたちと共に暮らす気は一切なかった。だから天使たちは総力をあげて祖龍を封印しようとした。すると同じことを考えていたドラゴンたちも加担し、祖龍は突然の我々の攻撃にふいをつかれ、そのままこの世界に封印されてしまったのだった。
父はそこで言葉を切った。リュンヌとブワンは呆然と父の顔をみつめる。まさかそんなできごとがあったなんて信じられなかった。ぼくたち天使とドラゴンは、なんて酷いことをしているのだろう。祖龍はこの世界を護ろうとしただけなのに、封印してしまうなんて。
「この話を知っているのは、ごくわずかな天使だけだ。あまりにも凄惨な出来事のため、隠されている。お前たちにこのことを教えたのは、お前たちに出てもらう旅がこのことと関係しているからだ」
リュンヌは目を瞠った。一体父はどんな旅に出させようとしているんだ。まるで予想がつかない。
「実はな。お前たちが生まれてきた日に、長老がある予言をしたのだ」
「予言?」
「そうだ。ヘリオスはその場にいたから知っているだろう。長老はこう言った。お前たち二人はこの地に住む祖龍の力を借りて、この長すぎた戦争を終わらせると」
「ぼくたちが……戦争を終わらせる……」
それは信じがたい話であった。この、歯止めのきかなくなってしまっている戦争を、ぼくたちがこの手で終わらせる。昔から父は、こんな戦争は終わらせるべきだとよく言っていた。ぼくたちもそうなればいいとずっと思っていた。
「父上はぼくたちに、戦争を止めるための旅に出ろとおっしゃるのですね。その祖龍を探し出して」
今までずっと黙っていたブワンがそう言った。父は大きくうなずく。
「そのとおりだ。おまえたちはこの戦争を終わらせるための希望になるだろう。おまえたちはもう大きくなった。それにヘリオスもいる。きっとこの旅を成功させてくれるだろう信じている」
長はそういってほほえんだ。ヘリオスは表情を変えずに、軽く頭をさげる。確かにヘリオスは頼りになる。何せ、天使族最強と呼ばれている天使だ。だからまだ若いのに、守護天使に任命されたと長は言っていた。
「だからこれからの一週間は特に念入りに稽古をするように。その間にこちらは旅の準備をしておこう」
長はそういって三人にもう下がってよいと告げた。三人は礼をしてから家の外に出た。