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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第八章 Burn the Witch
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Burn the Witch(4)

(1) 

 特大のグラタン皿へとスプーンを突っ込めば、マカロニやほうれん草、旬のきのこが表面に程よく焦げ目のついたホワイトソースにとろとろと絡み合う。

 何度か息を吹きかけ、ぱくり!と一口。


「アスちゃん、どうしたのぉ??」


 スプーンを握りしめたまま、感極まって天井を仰ぐアストリッドに、対面の席に座るあの美女、もといハイリガ―が訝し気に覗き込む。

 アストリッドはすぐに答えず、じっくりと味わうようによく噛みしめた後ようやく顔を元に戻した。


「ポテンテ少佐のお手製グラタンが……、あんまりにも美味しくて……」

「恐れ入ります」


 バケットをそれぞれの席に並べながらフリーデリーケは控えめに頭を下げてみせる――




 アストリッド達と瞬間移動魔法で屋敷に戻ったハイリガー達にフリーデリーケは驚き、困惑しきりの体で出迎えた。

 ウォルフィとハイリガーから一連の出来事の説明を受けたことですぐに納得してくれたが。


 アストリッド達の分だけでなく、ハイリガー、エドガーの分の夕食をテーブルに並べ終えたフリーデリーケは速やかに食堂から退室していく。

 廊下へ出て行く後ろ姿を見送りながら、「記憶は失っていても察しと手際の良さは変わらないのねぇ……」と、ハイリガーは思わずひとりごちる。

 彼女の左隣に座るエドガーの肩が僅かに揺れ、アストリッドの右隣に座るウォルフィの右眼がピクリと動く。

 ウォルフィの隣に座るヤスミンは黙々とスプーンを動かしている。


「まさかマドンナ様が中央に来るなんて吃驚ですー」


 しんみりしかける場の空気を変えようとしてか、たまたまか。

 ホワイトソースと粉チーズで口の周りをべたべたにしたアストリッドが唐突に話題を切り替えてきた。


「アタシもアスちゃん達とばったり出くわすなんて思いもよらなかったわぁ」

「にしても……」


 膝の上に拡げたナプキンで口元の汚れを拭い、アストリッドはハイリガーの頭頂部から胸元まで感心した風で眺める。

 顔立ちや髪は変わっていないが、約二mの長身は二十㎝程縮み、引き締まった筋肉美から丸みを帯びた女性らしい曲線美を誇る体躯へと変化していたからだ。


「お得意の変化(へんげ)魔法で女体化しちゃうなんて」

「だって今回の中央入りはお忍びみたいなものだし??アタシが留守にしている隙にペリアーノの連中がいつまた国境侵攻してくるか定かじゃないでしょ??弟子の一人をアタシそっくりに変化させて影武者になってもらったのよ」


 ハイリガーはシュネーヴィトヘンに負けないくらい豊かな胸元を見せつけるように突き出してみせる。

 女体化させた自らの身体に満足しきっているのだろう。


「そこまでして中央に来た理由は何なんだ??ゲッペルス少尉と一緒に飲んでいたのもその理由と関係あるんじゃないのか??」


 ウォルフィの問いに、上がっていたハイリガーの口角が一瞬引き下がり、笑顔から真顔に切り替わった、ように見えた。

 だが、錯覚だったのでは、と思う程の速さで普段通りの泰然とした笑みを口元に、頬に湛えていた。


「あぁ、理由、理由ね。アスちゃん達と同じく、黒水晶(モリオン)化したイザークの監視の命を元帥から下されたのよ。ゲッペルス少尉を飲みに誘ったのは、ほらぁ、女一人でパブに入るなんてしけてるじゃなぁい??だから、ちょっと付き合ってもらっただけよん」


 他に理由があるとでも??と続きそうな、余裕めいた微笑み。

 エメラルドの瞳の中に嘘や誤魔化しが紛れていないか。

 右眼を凝らして探るが見抜くことができない。


「……そうか」


 ウォルフィは探るのを諦め、右眼を静かに伏せる。

 ハイリガーはウォルフィをそっと一瞥すると、再びアストリッドに向き直る。


「ところで、アスちゃん。地中に埋めた黒水晶(モリオン)の様子はどうなってるの」

「えっとですねぇ、地中から放たれている気はあくまで微量且つ微弱でして、問題になる程の強さでないのは確かです。ただ、アレがまだ息絶えていない証拠でもありますし……、それに」

「それに??」

「もしかしたら……、わざとあの程度の気のみを放っていて、きっかけさえあれば、いつでも復活できるだけの状態に戻っている、可能性もなきにしもあらず。かもしれません……」

「…………」


 アストリッドが述べる見解に、ハイリガー無言でグラスの水を一口、二口、喉に流し込む。

 たった今湧いた不安を無理矢理飲み下すように。


「そうだとしたら何て厄介なのかしら!ねぇ、アスちゃん!きっかけって例えば……」


 自分の予測でしかありませんが、と、付け加えた上で続いたアストリッドの言葉に、この場に集まった全員が唸りながら深く頷いた。

 正しくは頷かざるを得なかった。


「それだけは最低限気をつけていれば、余程大丈夫かとは思います……。自分達監視役の魔女だけでなく警備兵の方達も同様に」

「何としても徹底させなきゃねぇ……。あ、もうすぐ監視に向かう時間よね??アタシも連れて行ってくれないかしらん。ヘドウィグちゃんはともかく、アイス・ヘクセに挨拶しなきゃいけないのはちょっと面倒だけどぉ」


 どうもハイリガーはエヴァの口調や態度の悪さへの苦手意識が強いようで。

 長年の付き合いから承知しているアストリッドは苦笑するしかない。


「了解ですー。じゃあ、ごはん食べたらすぐに行きましょうか!あ、今日はウォルフィもついてきてくださいねー」

「御意」

「あぁ、ゲッペルス少尉。悪いけど、アスちゃんとウォル君がいない分、ヤスミンをしっかり頼むわねぇー」

「はっ!」


 ハイリガ―とエドガ―に対し、不機嫌そうに目を細めたウォルフィを、アストリッドもハイリガーもあえて見て見ぬ振りを決め込んだ。




(2)

 アストリッド達が食事を終え、瞬間移動で児童養護施設跡へ向かった後も。

 フリーデリーケが食器の片付けをしに、カトラリーを押して食堂に入ってきても。

 ヤスミンの食事はなかなか終わらずにいた。

 スプーンでグラタンを掬い、口許へ運ぶ動きを規則的に繰り返してはいるものの。

 スプーンを使い始めたばかりの幼児のように酷く緩慢なのだ。


「ごちそうさま」


 アストリッド達が去ってから約三十分近く経過し、やっとのことでヤスミンのグラタン皿は空になり、スプーンを手放した。

 先程までとは打って変わって手際よく片付け始め、自ら厨房へと食器を持って行こうと席を立つ。 


「ヤスミンちゃん」


 食堂から出て行こうとする背中にエドガーの声が届く。

 素早く振り返ったヤスミンを椅子に座ったまま、エドガーは案じるような視線を送った。

 その視線の意味するところを自分なりに考え、ヤスミンはあぁ、と力無く笑ってみせた。


「私ならフリーデリーケさんやズィルバーンもいるし、大丈夫だから。少尉、明日も仕事でしょ??」


 暗に『もう帰っていい』と匂わせれば、眉を思い切り潜められた。

 快活な彼にしては珍しくもどかしげな表情にヤスミンは扉の前で首を傾げる。


「あのな、そうじゃなくて……」


 エドガーは、はぁ、とこれみよがしな溜め息をついて立ち上がった。


「無理して笑うの、やめた方がいいと思うぜ」


 口調こそ軽口めいたものなのに。

 締まりのない笑顔を浮かべているのに。

 眼鏡の奥の瞳は笑っていない。


「はぁ??何言ってんの」


 濃緑の瞳に全てを見透かされている気がして、わざとつっけんどんに返した。

 これもまたいつもと変わらない、筈。


「泣きたかったら泣きゃいいじゃねーか。何だったら胸貸してやったっていいけど」

「意味わかんない。てゆーか、キモイしセクハラ」


 ヤスミンの気を知ってか知らずか。

 知っていてあえてそうしているのか。

 エドガーは両腕を拡げ、ヤスミンが飛び込んでくるのを今か今かと待ち構えている。


「まぁまぁ、そう意地張るなって。今なら俺とヤスミンちゃんしかいないんだし」

「馬っ鹿じゃないの?!少尉のロリコン!変態!!」

「誰がロリコンの変態だ。実年齢は俺と同い年の癖に。変なところで子供と大人を使い分けるなよなぁ」

「うっ……」

「ってのは冗談で。もうちょっと自分に素直になった方がいいんじゃねぇ??しなくていい我慢なんかやめちまえ」

「……私、我慢なんか……」

「散々俺には言いたい事言ってるんだし、泣くくらい今更だろ??俺の前でまで優等生演じる必要ないじゃん。このままじゃ、ヤスミンちゃん潰れちまうぞ??」

「……潰れる??」

「どうせ自分だけ泣くなんて狡いとか考えてんだろうけど。別にバレなきゃいいんだろ??心配しなくても他の連中には黙っといてやるし」

「…………」



 我慢しているのは私だけじゃない。

 パパもアストリッド様もおんなじ。

 私一人だけじゃない。

 なのに、自分だけ吐き出して楽になろうだなんて。



 エドガーは拡げた腕を更に大きく伸ばす。

 さぁ、来い、とでも言うように指先をちょいちょいと動かして手招きをする。

 軽い態度に呆れ返る一方、腫れものに触るようなものでもなくごく自然に接してくれることが嬉しかった。


 嬉しい気持ちと共に、ずっと張り詰めていた糸がゆるゆると緩んで波打っていく―― 

 


 手にしていた食器類が滑り落ち、けたたましい音を立てて床へと転がる。

 幸い、厚手の素材の絨毯が敷かれていたため、皿が割れることはなかったが。


「まさか、マジで泣きついてくるとか」

「…………」


 筋骨逞しい背中に両腕を回し、飛び込んだ胸に顔を埋めたヤスミンは声を出すことなくエドガーのシャツを濡らしていく。

 胸元の冷たい感触とすすり泣くヤスミンに戸惑いながら、エドガーはポリポリと頬を引っ掻いていた。

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