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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第八章 Burn the Witch
96/138

Burn the Witch(1)

(1)

 

 テーブルの燭台に立てられた蝋燭が赤い炎を揺らめかせる。

 炎から放たれる光は夜闇に包まれた室内を、テーブルの傍に佇む二人の男女の姿を照らし出した。

 赤い髪と瞳を持つ男は端正な顔にニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべ、黄金の巻毛を輝かせる女はしょんぼりと項垂れている。


「また罪なき者を燃やしたのですか。貴女はいけない子ですねぇ」

「だって、あの男は私のアストリッドを窓越しにずっと見ていたんです!きっとあの子があんまりにも可愛いから攫う機会を狙っていたに違いないわ……。私はただ、アストリッドを守りたかっただけなんです!!」

「言い訳は結構ですよ、マリア。無暗やたらに魔法で人を殺めてはならないという僕の教えよりも、アストリッドを選ぶなんて。あぁ……、僕はアストリッドへの嫉妬で身も心も焦げてしまいそうだ!弟子として不出来な君にも失望しそうです」


 男は掌を額に押し当て、嗚呼!と大袈裟に嘆いてみせた。

 芝居がかった動きに女は白けるどころか、伏せていた顔を慌てて上げた。

 天使のような愛らしい顔はすっかり色を失くしている。


「そんな……!イザーク様!どうか私を、私を見捨てないで下さい!!」


 男――、イザークの不興を買う、それによって自分の元から完全に去ってしまう。

 マリアにとってこの世で一番恐れてやまないこと。

 思わず駆け寄り、イザークの腕に取りすがる。

 腕を掴む両手に力が籠り、燕尾服の袖に皺が寄っていく。

 榛色の瞳に涙を溜めて懇願するマリアを、イザークは楽しそうに見下ろしている。


「では……、僕からの罰を受けてもらいましょう。僕がこの家に滞在する間、貴女の魔力を封じます」

「はい!イザーク様からの罰でしたら、喜んでお受けしますわ」


 あからさまに安堵するマリアをイザークは胸に抱き寄せた。

 その視線の先は胸の中のマリアではなく、部屋の隅へと向けられていたが。


 室内でも蝋燭の光が届かない四つ角の一つ。

 暗がりの中で二つの鳶色が冷たい光を湛えてこちらを見つめている。


 アストリッドは膝を抱え、両親の大層下らない痴話喧嘩じみたやり取りを醒めた目で眺めていた。

 腰よりも長く伸ばした赤茶色の髪と、ふんだんにフリルがあしらわれたドレスの裾を床に垂らして。

 しかし、これ以上は見るに耐え兼ねると両親から大きく視線を外し、音を立てずに立ち上がった。

 マリアは愛しい我が子が部屋から出て行こうする気配すら全く気付いていない。

 そもそもアストリッドが室内にいることすら目に入っていないかもしれない。

 我が子への強い母性と言う名の異常な狂気と執着は、愛する(イザーク)を前にしては空中の見えない塵と化してしまうのだ。


「おや、アストリッド。どこへ行くのですか」


 自分に対して一欠けらの愛情も持たない癖に、何て目ざといのか。

 舌打ちをして睨みつけたい衝動を抑え、イザークの方を一切見ずに答える。


「お腹が空いたから下でパンでも食べようと思っただけ」

「そうですか。あぁ、くれぐれも外へは出ないでくださいねぇ。マリアを刺激してはいけませんから」


(……お前に言われなくても!)


 これ以上イザークと会話など交わしたくない。

 両親を残し、アストリッドは逃げるように扉を開けて部屋を後にした。

 一つの願いを込めて。



 どうか、魔力を封じられた母が、再びあの男の子を腹に宿したりしませんように――











(2)


 天井が高い窓に外光が差し込み、白い格子枠は一層白さを増している。

 窓辺では、ルドルフが猫用のハンモックに飛び乗ろうと姿勢を低めている。


 お尻を突き出し、尻尾と共にふりふり。

 何度か繰り返した後、ハンモック目掛けて勢い良くジャンプ!――したものの。


 確かに飛び移るのには成功したが、身体の重みでハンモックはくるん、と裏返り、反動でルドルフは床へと振り落とされてしまった。

 これで何度目の挑戦となるか。

 ちなみに今までハンモックに乗れた試しは一度もない。

 ルドルフはふさふさの長毛に覆われた長い尻尾を、床にたたきつけるようにびたん、びたん!と振っていたが、今日のところは挑戦に飽きたようで。

 ふん、と鼻を鳴らし、ハンモックからふいと顔を背けた。

 その代わり、新たなオモチャを見つけたようだった。


 ルドルフは再び姿勢を低め、お尻を突き出して尻尾と共に二、三度振り、狙いを定めた()()目掛けて飛び掛かった。


「うわ?!いってぇ!!」


 ズィルバーンの艶々と銀色に光る太い尻尾にルドルフの爪がぶすりと食い込んだ。

 思わず手にしていた箒と塵取りを取り落とし、室内に騒々しい物音が響いた。


「何すんだよ、この猫助!!とっ捕まえて、毛ぇむしり取って食っちまうぞ?!」


 ヤスミンの言いつけで渋々この部屋――、居間の掃除をしに入室した途端、自慢の尻尾に飛びつかれたズィルバーンはルドルフ相手に本気で怒鳴りつけた。

 ルドルフはといえば早々に尻尾から身を離し、欠伸混じりに前足の裏をぺろぺろと舐めている。

『何キレてんだか。オレ、しーらない』とズィルバーンの怒りなど我関せずな態度に、このやろ!更に語調を荒げて怒鳴ろうとした時であった。


 扉が開く音で振り返ったズィルバーンはぎょっと目を剥き、上げようとした怒鳴り声を瞬時に飲み込んだ。

 怒鳴る代わりにひゅっと、空気を吸い込む音を発した彼が見たもの――、まだあどけなさの残る顔に似つかわしくない凶悪な面相で睨みつけるヤスミンだった。

 父親譲りのナイフのごとき鋭い目付きにたじろぎ、ズィルバーンは媚びるような笑みを浮かべた。


「や、やだなー、く、食う訳ないじゃん??言葉のあやだってばよー」

「本当に??」

「おうよ、しないしない!」

「……ならいいわ」


 ヤスミンの気迫に押され、ズィルバーンはそそくさと箒を拾い上げて床を掃きだした。

 ルドルフは知らん顔して後ろ足で耳の裏をばばばっと引っ掻いている。

 細かい毛がそこら中に飛び散っていくので、「ああぁぁ!掃いた矢先に毛を飛ばすなぁ!!」とズィルバーンはまたもや叫ぶ。


「ほら、ルドルフ。掃除の邪魔になるからこっちへおいで」


 ルドルフは、にゃあと鳴きながらヤスミンの元へトコトコ向かっていく。

 けれど、彼は抱き上げようと手を伸ばしたヤスミンの横を通り越し、いつの間にかヤスミンの後ろに立っていたフリーデリーケの腕に抱き上げられた。


「無理しないで。まだ国家資格証明の刺青が完全に定着していないでしょう??」

「あ、はい」


 

 あれから――、リヒャルトに申し入れてすぐ、フリーデリーケは要望通りにアストリッド邸に転移し、ヤスミン達と生活を共にしていた。

『弟子の志願はお断りしますが、魔法書はいくらでも好きに読んでもらえればいいですし、魔法に関する質問も出来得る限りは答えますよ』というアストリッドの言葉に甘え、リヒャルトの元にいた時以上にフリーデリーケは魔法の勉強に打ち込んでいた。

 また、ナイフ投げの名手だったことも思い出し、庭に的を設置してもらってナイフ投げの練習も行っている。

 記憶はまだまだ戻ってないなりに、少しずつではあるが本来の彼女を取り戻しつつあった。


「そう言えば、半陰陽の魔女様がヤスミンさんを呼んでいたわ」

「えっ」

「食料の買い出しに付き合って下さいって」


 一瞬だけ、ヤスミンの表情が曇った。


 シュネーヴィトヘンがアストリッド邸から憲兵司令部、後に(魔力を持つ者専用の)拘置所へ移送されてからというもの、折を見てアストリッドは頻繁にヤスミンを外へ連れ出すようになったのだ。

 大抵は食料の買い出しという名目を使っているし、特に断る理由もないので共に出掛けるけれど。

 間違いなく、アストリッドも自分に気を遣って――、気を遣い過ぎている。

 決して嫌な訳でも迷惑な訳でもないし、むしろ有難く感じてはいる。

 反面、過剰に気を遣われることでどうにか納得させた母への想いが揺らいでしまう時が、正直あるのだ。


 だが、アストリッドの厚意を無下にするのは気が引ける――のも、また事実であり。

 複雑な心境は胸中に収め、気付かない振りで厚意を受ける。

 そうすることで、自分に抱くアストリッドの罪悪感が多少なりとも解消できるのなら。


「分かりました!すぐに出かける準備をして、アストリッド様のお部屋に行きますね!!」


 表情が曇った理由を悟られないよう、ヤスミンはいつもの明るい笑顔で答える。

 一瞬の憂い顔を訝し気に見ていたフリーデリーケだったが、深く追求はせずに黙ってくれていた。

 フリーデリーケのさりげない気遣いにもまた感謝を覚えながら、ヤスミンは居間から退室した。

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