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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第七章 I Know
91/138

I Know(7)

今回短いです。

(1)


「時間が来た。今日はこれで終わりだ」


 丸テーブルを間に向かい合っていた憲兵が、腕時計で時間を確認しがてらシュネーヴィトヘンに告げる。


「明日も、今日のように大人しく質問に答えてくれれば、こちらとしては助かるんだが」

「…………」


 憲兵から掛けられた言葉をシュネーヴィトヘンは無言で受け流した。

 憲兵は特に気を悪くする風でもなく、椅子から立ち上がると肩を竦めてみせる。

 美しくも反抗的な被疑者の不躾な態度にはいい加減慣れてしまったようだ。

 調書を書くもう一人に『さっさと帰るぞ』と目配せし、部屋を後にする憲兵達に続き、監視役のウォルフィとエドガーも順に退室していく。


 近頃は頑ななシュネーヴィトヘンの態度にも変化が生じ出し、ここ三日程は黙秘権を一度も行使せず、きちんと尋問に答えていた。

 どんな心境の変化が訪れたのか--、ただ、彼女は確かに、己が犯した罪と向き合い始めているように思えた――





「ママの言う通り、ナッツとシナモンを多めにして粉砂糖の分量を減らしたら、この前より美味しくシュネッケを作れたわ」


 今夜もまた、ヤスミンとシュネーヴィトヘンとで夜のお茶会が始まった。


 微妙な感情の温度差、距離感はまだ残りつつ、ヤスミンお手製の菓子と紅茶をお供にした母子間の交流を、監視の名目でウォルフィが終始見守っている。


 すっかりお馴染みとなった習慣、けれども決して永久には続かない習慣。

 嫌でも理解しているからこそヤスミンははしゃいでみせ、シュネーヴィトヘンも戸惑いながら娘を受け入れる。


 互いに情を深め合えば合う程、後々が辛くなってくる。

 そう危惧する反面、だからこそ思い残すことのないよう今の内に……、とも思う。


 何が正しくて、何が間違っているのか。

 ウォルフィには少し、分からなくなっていた。


 ただ、目の前のヤスミンが見せる笑顔は、誰でもない、シュネーヴィトヘンが引き出していることだけは確かである。


「……パ??」

「…………」

「ねぇ、パパってば、聞いてるの?!」


 ヤスミンの大声とシャツの袖口を引っ張る力で、思考の海を漂っていたウォルフィは一気に現実に引き戻された。


「……あぁ、悪い。少し、考え事をしていた」

「パパがボーッとしているなんて珍しいね。そろそろ私、寝る時間だから支度してくる」


 それだけ言い残して、着替えと枕を取りにヤスミンは一旦自室へと戻っていった。

 ヤスミンに続くように、シュネーヴィトヘンを振り返ることなくウォルフィも退室しようとした時だった。


「待って」


 平静さを保っているようで、どこか必死さを感じさせる声が、出て行こうとするウォルフィの背に突き刺さった。

 声に引き寄せられるように、ゆっくりと振り返れば――、張り詰めた固い表情、もの言いたげな黒曜石の瞳と視線がぶつかり合う。


「貴方に、確認したいことが、あるの」

 いつの間にか席から立ち上がり、表情と同様、固い声でたどたどしくシュネーヴィトヘンはウォルフィに詰問してきた。

「何だ」


 自らとは対照的に、落ち着き払ったウォルフィの口調、態度に怯みつつ、シュネーヴィトヘンは続ける。


「ヤスミンから聞いたわ。貴方とアストリッド様との『契約』方法だけど……。性愛術じゃなくて魔血石を利用したもの、というのは……、本当なの??」

「…………」

「逃げずにちゃんと答えて」

「…………」


 一瞬、何故ヤスミンがこのことを知っているのかと疑問が湧きあがったが、おそらくはフリーデリーケかリヒャルト辺りから聞かされたのかもしれない。

 ヤスミンが自分を父と認めてくれたのも、従僕契約のためとはいえアストリッドと性的な関係を一切結んでいないことも一因なのだろうか。


「あぁ、そうだ。眼帯の下には、アストリッドの血で作られた魔血石が埋め込まれている。アストリッドが石に指を差し入れて生気を与えることで、魔力供給している」


 ウォルフィは医療用眼帯を外し、上下の瞼が切除され、眼窩の一部が剥き出しになった左眼を晒した。

 右と同じく青紫の光彩を持つ眼球ではなく、禍々しくも美しい血色の石が輝いている。

 シュネーヴィトヘンの表情は益々強張り、ごくりと喉を鳴らして息を詰める。


「……納得したか??」

「…………」


 正視するに耐えない醜悪さゆえに絶句しているに違いない。

 そう判断したウォルフィは眼帯を嵌め直し、左目を元のように隠した。

 そして、依然、金縛りにあったかのように固まったままのシュネーヴィトヘンに背を向ける。


「待って」

「まだ何かあるのか」


 声に若干苛立ちを滲ませ、再び振り返る。

 シュネーヴィトヘンは何か言おうとしては口を開くも、言葉にならずにまた口を閉ざした。

 そんな仕草を何度か繰り返した後、喉から声を振り絞るようにして、言った。


「……左目を失ったのは、私のせい、だった……」


 ウォルフィに向けて、ではなく、独り言を呟くように、ぽつりと漏らした。

 よく見れば、ただでさえ白い顔が病人のごとく色を失い、唇も真っ青である。


「……昔の話だ」


 再び言葉を失うシュネーヴィトヘンに三度背を向けようと――して、向き直り、逆に彼女との距離を詰めていく。

 ウォルフィに迫られ、シュネーヴィトヘンは思わず後ずさるも、後ろにはテーブルが置かれているせいでこれ以上は下がることができない。

 構わずウォルフィは彼女の髪に、頬に、触れようと手を伸ばした――、が。


 びくりと肩を大きく震わせ、目を固く瞑るシュネーヴィトヘンの姿に、触れるか触れないかのところで手を引っ込めてしまった。


 身を小さく竦ませる様は、まるで捕食者に捕われる寸前の小動物のよう。

 高慢な言動を重ね、数々の大罪を犯してきた凶悪な魔女だとは俄かに信じ難い怯え様。

 演技なのではと疑念を抱くも、苛烈で人一倍気位の高い彼女が弱い女をあえて演じてみせるものだろうか。

 ましてや、尋問役の憲兵相手ならまだしも自分相手に演じてみせたところで何の意味などなさないというのに。

 

 か弱い女を苛めているかのような気分に陥り、激しい罪悪感が胸中を支配し始める。

 そぅっと目を開け、こちらの動向を窺うべく上目遣いで見上げてくるのが気まずさに拍車を掛けていく。

 

「……あ、まっ……」


 何度目かの制止は喘ぐような弱々しい――、けれども振り返ることなく、今度こそウォルフィはシュネーヴィトヘンの部屋から足早に出て行った。





(2)



 ――数時間後――




 音を立てないよう、慎重に扉を開ける。

 扉から見て左側に置かれたベッドの枕元へと、やはり足音を忍ばせて近付いていく。


 一つのベッドに身を寄せ合い眠るシュネーヴィトヘンとヤスミンの姿を、ウォルフィはただ黙って眺めていた。

 母の胸に顔を埋めるように眠るヤスミンの長い髪を、そっと優しく撫でながら。


 時折、隣のシュネーヴィトヘンの艶やかな黒髪にも手を伸ばし――、伸ばしかけては躊躇い、それを何度か繰り返した後、結局触れることなく。


 最後に二、三度、ヤスミンの髪を撫でて、入ってきた時同様、静かに音もなく立ち去っていった。



 その一部始終を、ヤスミンが眠った振りして見ていたことに気付く由もなく。

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