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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第七章 I Know
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I Know(6)

(1) 



 ――時同じ頃――



 金網越しに対峙する榛色の瞳が爛々と輝く様は、さながら猛獣のようであった。

 白と灰水色の縦縞の囚人服は、小柄で痩せぎすの体躯には大きすぎ、全体的にダボついていて不格好だ。

 少しだけ伸びたアッシュブロンドのおかっぱ頭を揺らし、手錠を掛けられたままエヴァは椅子に腰掛け、向かい合う人物達に鋭い一瞥をくれた。


「面会時間どころか就寝時間もとっくに過ぎている。貴様ら、私に一体何の用だ!」


 魔力を持つ者専用の刑務所にて。

 面会室の背もたれに深く寄り掛かり、さも面倒そうにエヴァはリヒャルトとアストリッドに尋ねる。

 鷹揚な態度をとるエヴァに、金網の仕切りを隔てて同じ椅子に座るリヒャルトは、静かに告げた。


「エヴァ殿。貴女を、極秘で一時的に保釈しようと考えている」

「はぁ??」


 至極真剣なリヒャルトの声音とは反対に、エヴァは間の抜けた返事(とは到底言えない、不躾なものだが)を返した。


「何だそれは!無期懲役で独房にぶち込んでおいて、ひと月も経たない内に保釈だって?!正気の沙汰か?!」


 鉄筋コンクリートの室内にエヴァの叫び声が反響する。

 彼女の後ろに立つ刑務官が、「元帥閣下に向かって何たる無礼な!」と抑えつけようとするのを、リヒャルトは目線で制した。


「あくまで一時的な話であり、今から掲示する条件に従ってもらった上でだ」

「条件ねぇ……。はっ!軍人って奴は今も昔もちっとも変わらないな!己の利害次第で我々魔力を持つ者を迫害したかと思えば、利用するべく庇護したり……」

 エヴァはふらりと椅子から立ち上がり、金網に額を押し付ける。

「強大な力さえあれば、罪すらも免れられる」


 間近に迫った榛色の双眸は憎悪に燃え、ただでさえ青白い顔からは一層色が失われている。


「勘違いするな、誰も免罪にするとは言っていない。貴女やアストリッド様以外では務まらないゆえ、やむを得ないんだ」

 監視役の刑務官によって金網から引き剥がされ、力づくで椅子に座らされるエヴァに、リヒャルトは吐き捨てるように言い放った。

「ならば、こんな犯罪者など頼らず、半陰陽の魔女を存分に扱き使えばいいだろうが」

「こちらとて、できればそうしたい。だが、アストリッド様には、()東の魔女ロッテ殿の監視等、案件を幾つも抱えている」

「つまり……、他の案件と並行してではなく集中的に当たらねば不安が残る、ということか??」

「はい、そういうことです」


 リヒャルトが返すよりも早く、彼の背後に控えるアストリッドが答える。

 エヴァはリヒャルトからアストリッドへと視線を移動させると、ふん、と、鼻先で笑ってみせた。


「エヴァ様」

「……で、その条件とやらを聞かせろ」


 二人を射貫くように睨みながら、エヴァはぼそりと、それでいてはっきりとした口調で呟く。

 リヒャルトとアストリッドはちらっと視線を交わし合うと、互いに小さく頷いてみせると。

『条件』についてエヴァに語り始めた――



「成る程な!そういうことであれば、協力してやらんでもない!」

「本当ですか?!」

 エヴァの返答に、アストリッドはパッと顔を輝かせた。

「別に貴様らのためではないぞ!単に私もアレが気に入らんからだ!だが……、私の力だけでは正直な話、貴様らの不安は払拭できんのだろう??半陰陽の魔女もしばらくは片手間でしか動けぬようだし。と、なれば……、放浪の魔女の力も必要となってくるのではないか??」

「ヘドウィグ殿も??」

「あぁ、そうだ!あ奴も動かせるようならば、何なら、あ奴と共に動いてやってもいい」


 にんまりと不敵に笑うエヴァに対し、リヒャルトは眉を潜めて押し黙る。

 エヴァだけでなくヘドウィグも、となると、秘密裏で事を進めるのが少々難しくなってくるからだ。


「どうした、ギュルトナーよ。怖気づきでもしたか?!先代――、貴様の父であれば、迷うことなくこの提案を受けたであろうな!」

「……ちょっ、エヴァ様!」

「貴様!いい加減にしろ!!黙って聞いていれば、調子に乗って……!!」

 エヴァの、リヒャルトへの過ぎた暴言にさすがのアストリッドも非難の声を上げ、激高した刑務官が今にも殴りかかりそうな勢いでエヴァを咎めた。

「二人共よせ、みっともない」

「しかし……!」

「エヴァ殿、貴女からの提案は検討させてもらおう。ゆえに一時保釈の件は一旦保留する」

「リヒャルト様」


 どことなく勝ち誇った顔付きのエヴァと金網に背を向け、気遣うようなアストリッドの視線に気付かない振りをして。

 リヒャルトは音を立てずに椅子から立ち上がり、面会室から退室するべく後方の扉へ進んでいった。





(2)


 アストリッドを邸宅まで送り届け、リヒャルトが私邸に戻ったのは日付をとっくに越えた深夜だった。


 元帥位に就いていなければ、三十代の独身男性が住むには少々豪奢すぎるのでは……、と思うような、白亜の豪邸の玄関扉を開き、鍵を掛ける。

 外観に反し、シャンデリアの大きさは小ぶりで、敷かれた絨毯も良質ではあるが単色で質素なものだ。

 絵画も飾られておらず、目立った調度品も置かれていない。

 豪邸といえども、寝るためだけ、もしくは書庫に籠るためだけに帰るような場所である。

 使用人を一人も雇っていないこともあり、不要なものは当然として、必要最小限のものしか置きたくない。


「お帰りなさい……」

「まだ起きていたのか」


 シャンデリアの控えめな薄明かりの下、ダークブロンドの髪が淡く輝いている。

 寝間着の上に薄手のガウンを羽織ったフリーデリーケが、玄関までリヒャルトを出迎えてくれたのだ。


 あれから――、アストリッドの手でリヒャルトの私邸へ強制転移させられた後――


『……今の私にとって全く知らない方々の元で過ごすのは……。不安で堪らないのです……』


 翌朝、アストリッド邸へ転移させようとしたところ、フリーデリーケに今にも泣きそうな顔で不安を吐露され――、結局、彼女の身をずるずると私邸に置き続けていた。

 外出を禁じ、室内でも外からの人目につかないよう細心の注意を払うことを条件に課して。

 最も、記憶がないなりにフリーデリーケは魔法書や兵法書に興味を示し、リヒャルトが留守の間はルドルフと共に書庫に籠って過ごすことがほとんどのようだったが。


 記憶は失っていても、無意識の部分で以前の彼女の片鱗が少しずつ、ほんの少しずつ見え始めている。

 けれども、不安に怯えていることの方がまだ多いようで。

 先に眠ることなくリヒャルトの帰りを待っていたのも、広い屋敷内で一人と一匹だけで取り残されている心細さゆえだったかもしれない。


 ふと、リヒャルトはフリーデリーケが腕に抱えている本に目を留める。


「これはアイザック氏の魔法書だな」

「はい。初版と改訂版と二冊ありましたが、改訂版の方が気になりましたから」

「そうか」


 十七年前、士官学校の食堂にて、たまたま目の前の席に座った彼女が手にしていたのは、アイザック氏の魔法書の初版本だった。

 士官の道を目指しながら魔法を学ぶ者が、まさか自分の他にもいたなんて。

 思わず、「改訂版の方がお薦めだ。良ければいつでも貸し出そう」と声を掛けたことが、彼女との関係の始まりになるとは――


「閣下??」

 昔の思い出に一人耽っていたリヒャルトの顔を、フリーデリーケは心配そうに覗き込んだ。

「あぁ、すまない。少し、ボーッとしていた」

「顔色が優れませんが……、お疲れなのでは??」

「いや、大丈夫だ。君の方こそ早く休みなさい」

 フリーデリーケに心配かけまいと、リヒャルトは咄嗟に笑顔で取り繕うとした。

 無理矢理に浮かべた物なので上手く笑えなかったが。

「本当に大丈夫だよ」

「…………」


 記憶を失ってすら、彼への気遣いを忘れないのを喜ぶべきか、それとも――


「そうだ……、何度も君に話して聞かせたことだが」

「あ……、はい」

 露骨なまでに話をはぐらかしてみせるが、フリーデリーケは戸惑いつつも返事をする。

「君は軍人でもあり、魔女でもあった、と」

「はい……、自分自身では覚えていませんが……」

 フリーデリーケの表情に影が差し込みかけるも、あえてリヒャルトは悪戯めいた笑顔で(今度は本心からなので自然に笑えた)微笑んでみせた。

「最近、君は魔法書を読むようになったから、もしかしたら簡単な魔法くらいは使えるかもしれない。ちょっと試してみないか??」

「いいのです……か??」


 途端に、フリーデリーケの表情が明るいものに切り替わった。

 ホッと胸を撫で下ろし、玄関から廊下へと彼女を誘導していく。


 長い廊下を挟む壁に、等間隔で取り付けられたオイルランプは家主が留守にしていたため、一つとして点されていない。

 リヒャルトはその内の一つに視線と指先を示し、詠唱した。

 すると、ボッとランプに明るいオレンジの灯が点る。


「今、私が唱えた詠唱文で向かい側の壁の灯りを点けてごらん」


 フリーデリーケは恐る恐る指先でランプを指し示し、おずおずと小さく詠唱した。


「あ……、火が点きました……って、きゃあ!」


 フリーデリーケが詠唱した直後ランプに灯が灯り、頬を緩めたのも束の間。

 次の瞬間、パァン!と大きな音と共にランプが爆発したのだ。


 慌ててリヒャルトは詠唱し、燃え上がったランプはたちまち氷結化、炎もすぐに消火できた。

 驚きと恐怖で咄嗟にリヒャルトの胸にしがみついたフリーデリーケは、ハッと我に返るなり素早く身体を離した。


「も、申し訳ありませんでした!!」

「い、いや、気にすることなどないよ。元はと言えば、私がやってみるといい、と言ったのだから……」


 辺りに焦げ臭い異臭が漂い、廊下に飛び散った硝子片と金属片、汚れのように白い壁に残された焼け焦げた跡。

 何度も頭を下げるフリーデリーケを宥めながら、後始末はどうしたものか……と、更なる疲労の波がどっと押し寄せていた。

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