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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第六章 Sullen Girl
81/138

Sullen Girl (19)

(1) 


 結界を殴打し続けるゴーレム達を眼下に、シュネーヴィトヘンは成す術もなく一人上空に浮かんでいた。


 ゴーレム達が剛腕を振り上げる度に生じる振動は、乾いた空気さえをも激しく揺らす。

 流れ込んでくる風圧に加え、大気の揺らぎが肌をビリビリと突き刺してくる。

 身動きどころか、声を上げることすら叶わない。

 自らの喉を抑える両手すら、喉元で固まったままびくともしない。

 足元から無数の蟲が這い上ってくるかのような、肌が粟立つ感覚が全身に纏わりついてくる。

 上空のどこかに身を潜め、ゴーレム達を遠隔操作するイザークから発せられる『気』のせいか。

 それとも、彼に掛けられた魔力封じ等の魔法のせいだろうか。

 どちらにせよ無力化させられた以上、イザークに歯向かう術も無ければ、リヒャルト達の窮地を救う術も、無い。


 宙に浮くしか能を持たない、己の不甲斐なさに歯噛みしたくなったが、ふと、煌々と薄緑に輝く結界の中から、虹色の光が漏れ出でてくる様が視界に入り込んできた。


 シュネーヴィトヘンは視線を眼下に向け、光の中から現れた人物を確認する。

 途端に、顔から血の気が失われていく。


 あの男はともかく、何故、娘がこんな危険な場にわざわざやってきたのか。


 驚嘆、危惧、焦燥――、シュネーヴィトヘンの胸中で様々な葛藤、懸念が沸き起こっては畳みかけてくる。


 しかも、男は娘を置いて施設へと向かい、娘も娘で結界強化や、リヒャルトの側近達に治癒回復を掛けるなど、思い思いに行動し始めている。


 身動きできたらば盛大に舌打ちを鳴らしていただろう程に、シュネーヴィトヘンは男への怒りと苛立ち、娘への心配を募らせていく。

 下手に目立つ動きを見せたりしたら、イザークに格好の獲物として目を付けられてしまう。

 魔法が使える状態であれば、隙を見て娘だけでも強制的に安全な場所へ転移させ、危険から遠ざけられるのに!


 リヒャルトが発動させた竜巻に巻き込まれそうになりながら、また、稲妻が真横を通り抜けていくのに恐れ戦きながら。

 竜化したイザークの炎による熱波に煽られながら、叩きつけるように降り注ぐ豪雨で身を濡らしながら。


 シュネーヴィトヘンは、ただひたすらに娘の身を案じ続けるより他がなかった――が。


 遂に、恐れていた事態――、イザークが直接娘に危害を加えようとするのを目撃した瞬間。


 強制的に押し込められていた魔力が暴発するように、身体中へと漲り始めたのだ。


 身体が、内側から焼けるように熱い。

 全身に行き渡った熱が、この身を縛りつけていた呪縛と言う名の見えない鎖を溶かしていく。


 気付けば、喉が張り裂けんばかりの大声で叫び、手足が元通りに動かせるようになった。


 後は、頭で考えるよりも先に、ほとんど無意識と言っていいくらいに、身体が勝手に行動していた――





 



「…………マ、マ……??……」


 呆然と小さく呟くヤスミンの掠れ声で、シュネーヴィトヘンはようやく我に返り――、我に返ると共に、ヤスミンをその身から引き離した。

 今にも泣きそうな顔を見せるヤスミンに構わず、シュネーヴィトヘンはきつく肩を掴む。

 こんな風に、正面から互いの顔を見るの初めてかもしれない。

 二十五年前、生後間もない時分は何となく程度にしか感じられなかったが、今はっきりと改めて思い知らされる。


(……本当にあの男と顔立ちがよく似ている……)


 白い指先で柔らかな頬を遠慮がちにそっとなぞり、濡れて張り付く髪を払いのけてやる。

 シュネーヴィトヘンが頬に触れると共に、ヤスミンの肩に力が入る。 

 抱きしめられたかと思えば突き放され、突き放されたかと思えば優しくされ。

 どう反応していいのか分からず、戸惑うヤスミンに、シュネーヴィトヘンは表情を引き締めて口を開いた。


「ヤスミン、すぐに結界の中へ……、ギュルトナー元帥の元まで逃げなさい。いいわね??」


 ヤスミンは目を瞠ったまま、シュネーヴィトヘンを凝視し続けている。

 当惑した顔付きは変わらず、黙って益々身を強張らせるばかり。


「ヤスミン」

「……ママ……は」

 冷たい雨に打たれて震えつつ、ヤスミンが問いかける。

 声まで震えているのは、きっと寒さだけのせいじゃない。

「私は一緒には行かない。あの男が何を仕掛けてくるか分からないもの」


 言いながら、シュネーヴィトヘンは施設の門前から続く幅の狭い車道――、正確に言うと、車道だったが、イザークの破壊行動で形を失くしてしまった――、にて、光弾を直に受けた衝撃で倒れ伏すイザークをちらりと横目で盗み見た。

 まだ起き上がる様子は見受けられないが、肩や背中を大きく上下させて呼吸を整えている辺り、いつ何時、動き出すか分かったものではない。


「ダメ!ママも一緒じゃなきゃ嫌よ!!」

 案の定、ヤスミンは母の腕に縋りついてきた。

「嫌よ!ねぇ、ママも私と一緒に来てよ!!」

 立ち上がったヤスミンはシュネーヴィトヘンの腕を掴んで引き起こし、自らと共に結界の方へ引っ張っていこうとする。

「ヤスミン、お願いだから言う事を聞いて」


 シュネーヴィトヘンはすげなくヤスミンの腕を振り払う。

 傷付いたように顔を歪めるヤスミンから目を逸らし、一言、詠唱する。

 たちまちヤスミンの身体は虹色に光り輝き、数瞬後には結界の中へと転移させられていた。


 ホッと胸を撫で下ろすシュネーヴィトヘンの眼前で、地面から泉が湧き出るように勢い良く炎が噴き上がり、黒竜(イザーク)が咆哮しながら起き上がった。

 雨のお陰で炎はすぐに鎮火したが、イザークの全身からは先程と同じようにシューシューと黒煙が立ち上っている。


『何とまぁ、美しき親子間の愛情でしょう!!僕の魔力封じ等の魔法を自力で、それも気力のみを振り絞って解除したのは貴女が初めてですよ!!リザ様!潜在意識を操作し、身動きできない、魔力を奪われたと強く思い込ませるという絡繰りをよくぞ見破ったものです!!』

「……だから、その名で呼ぶな、と、何度も言っているでしょう……」


 ゆっくりと立ち上がり、シュネーヴィトヘンは黒竜を冷たく睨み付ける。

 イザークはわざとらしく小首を傾げ、細長く尖った鼻先からフシュッ、と短く息を噴き出した。

 鼻で笑うような仕草に、シュネーヴィトヘンは整った眉を顰める。


『……ですが、どうせ魔力封じを打ち破ってすぐに魔法を連発させたせいで、本当はもう、僕に抗う程の余力は残っていないのでしょう??むしろ、今現在、この場に立っているだけで精一杯なのでは??』

「…………」

『図星ですか!!まぁ、近頃の貴女は何かと僕に反抗的ですから、少々お仕置きさせてもらいましょうか!!』


 血を想起させる赤い咥内、剣の切っ先の如く尖った牙を見せつけるように。

 イザークはシュネーヴィトヘンに牙を剥いて襲い掛かった。


 背後の結界の中からヤスミンの泣き叫ぶ声と、彼女を止め立てるリヒャルトの声、更には側近達が一斉に拳銃を構え、射撃体勢に入る音が耳に届いた。


 これでいい。

 食いちぎられようが、銃撃されようが構わない。

 命が尽きる直前、イザークに呪いを掛けてやればいいのだから。


 強大な力を誇る魔女が、自らの死と引き換えに掛ける呪いを解く方法は一つだけ、一つだけしかない。

 そして、その呪いを掛けられた場合、イザークに関しては間違いなく解除できないのは明白。


 静かに目を伏せ、これから起こり得る事態全てを受け入れる覚悟を決めた時であった。


 地についていた足が――、足だけでなく、身体ごと、ふわりと宙に浮いた。

 次いで、間近で微かな硝煙の臭いが鼻腔を刺激した。

 銃弾の嵐も黒竜の牙も一向に我が身に降りかかってこない。


 状況を確かめるべく、そっと薄目を開けてみる――、筈が、すぐに大きく目を開くことになった。


 僅かに見上げた虚空には薄緑色の強い光が、小さな防御壁がいつの間に築かれていた。

 思わず顔を上げれば、色素の抜けた白い髪が頬に触れ、青紫の隻眼と視線がかち合った。

 鋭い視線から徐に顔を背けた先には、灰緑色のローブの裾が結界の風圧で翻っているのが見える。


 シュネーヴィトヘンにとって余りに信じられない状況――、ウォルフィが彼女を腕に抱きかかえ、アストリッドが庇うように両手を拡げて防御結界を張っていたのだ。




(2)


 自らが置かれている状況を把握するなり、シュネーヴィトヘンの頭にカッと血が上る。

 背けていた顔を元に戻し、「どういう風の吹き回し??誰も助けて欲しいなんて頼んでいないわ」と、あえて高圧的な口調でウォルフィに告げた。

 しかし、高飛車とも言えるシュネーヴィトヘンの態度を、ウォルフィは無言で受け流す。


「自分の命と引き替えで暗黒の魔法使いに呪いを掛けてやるつもりだったのに!何故邪魔をするの!!」


 語調を荒げるとさすがに眉を顰められたが、それでもウォルフィは彼女を下ろそうとしない。

 聞き流されることで、シュネーヴィトヘンの怒りの火に油が注がれていく。


「どうして貴方は、いつも私の邪魔ばかりするのよ!いい加減にして!!」

「……ごちゃごちゃと煩い……」

「何ですって?!」

「娘の前で母親を見殺しになどできるか」

「…………」


 ウォルフィが吐き捨てるように呟くと、シュネーヴィトヘンは息を飲んで押し黙った。


「あー、もう!!痴話喧嘩繰り広げるなら、全部解決してからにしてくださいよ!!」

 聞くに堪えない会話内容にうんざりしてきたのか、二人に背を向けたままアストリッドが叫ぶ。

「痴話喧嘩じゃない」

「誰が聞いても痴話喧嘩にしか聞こえません!!……って、遊んでる暇に、ああぁぁ、アレがまたこっちに向かってくるじゃないですかー!!エヴァ様!エヴァ様ぁ!!出番ですぅー!!」

「貴様に言われなくとも承知している!!」


 どこからともなくエヴァの怒声が聞こえてくる。

 ウォルフィに抱えられるシュネーヴィトヘンだけでなく、アストリッド達の背後の結界の中からも、「アイス・ヘクセがここに?!」というどよめきが巻き起こる。


 直後、アストリッド達に火炎を噴射しようとしたイザークの巨躯が瞬時に氷結化し、闇色から白銀へと変わっていった。

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