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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第六章 Sullen Girl
80/138

Sullen Girl(18)

(1) 


 ゴーレム達が霧消して間もなく、防御結界と地面の境界線に赤い光が点々と輝き出した。

 光は境界線を瞬時に周回、赤と薄緑の光が混ざり合う。

 結界を丸く囲い、交互に点滅する二色の光に添って、卵から孵化した雛が殻から飛び出すように炎が燃え上がる。


 僅か一瞬の出来事に動揺することなくリヒャルトは詠唱し、彼の傍に居たヤスミンも慌てて結界強化の詠唱を口にする。

 紅焔に飲み込まれた結界の更に内側にて、新たに防御壁が築かれた。


 しかし、彼らの抵抗を嘲笑うかの如く、燃え盛る炎の中から邪悪さを漂わせた影が大きく伸び上がる。

 その、蝙蝠のようにごつごつと骨張った翼を広げる影の正体――、闇色の鱗に覆われた黒竜が出現したのだ。


 強靭な鋼を思わせる鱗は炎の熱と光を受け、てらてらと黒光りしている。

 顔も体躯も全体的に細長く、竜独特の厳めしさはないものの、瞳孔が縦長に伸びた赤い瞳や薄っすらと笑んでいるような顔つきからは言い知れぬ不気味さを醸し出していた。


 黒竜はゆったりと両翼を二、三度軽く羽ばたかせ、ニタ―ッと嫌な笑い方をするように大きな口を拡げてみせる。

 優雅ささえ感じさせる動き、全てを見下しきった表情。


 まさか――



『お初にお目に掛かります、リヒャルト・ギュルトナー元帥閣下。(わたくし)めは、暗黒の魔法使いこと、イザークと申します。以後、お見知りおきを……』


 結界越しにて、炎を従えた黒竜はリヒャルトに向けて恭しく頭を垂れる。


「貴様……、竜に変化(へんげ)したのか……」


 黒竜――、もとい、黒竜に変化したイザークはリヒャルトの問いには答えず、代わりに赤い瞳を爛々と輝かせては嘲笑(わら)っ(たように見える)てみせた。


『……と、言いたいところですが、貴方とはもうすぐお別れすることになるでしょうねぇ……』

「何だと……」


 イザークは哄笑する代わりに耳障りな甲高い声で短く咆哮し、細長い尾でバシィン!と結界を殴打した。

 大地は激しく揺れ、結界の殴打された箇所に罅が入る。

 即座に、結界強化と修復を行うリヒャルトを尻目に、イザークは彼に背を向けて今度は結界の外側――、施設近隣の森林に炎を吐き散らす。


『さぁ、どうします、ギュルトー元帥!このままではいずれ炎の勢いが市街地にまで及ぶでしょう!!僕の力を持ってすれば、結界を破壊することさえも可能!!』


 辺り一面が火の海と化し、そこかしこから小枝が爆ぜる音が響き、木が焼け焦げる匂いが充満し始める。

 水属性の魔法で雨を降らそうと試みるが、イザークが所かまわず炎を噴射させ、尚且つ尾で結界を殴打するせいで発動させることがままならない。


『さぁさぁ!炎を鎮火させるために結界を解除するか、施設や我が身を守るために鎮火を諦めるか!!どちらか選んでくださいよ!!』


 イザークは勝ち誇ったように顎をのけぞらせ、両翼を横へと押し広げる。

 勿論、炎を噴射させ、結界を殴打するのも忘れずに。


 竜に変化してさえ芝居じみた大仰な仕草をして見せるイザークだったが、水色の光線が赤い瞳を狙って一直線に向かってくるのを捉えた瞬間、ぴたりと動きを止める。

 光線が瞳を貫く寸前で思い切り顔を逸らし、光線が飛ばされてきた方向に視線を移す。


 イザークが視線を向けた場所は、施設の二階に設けられたベランダだった。

 そこには、ベランダの柵を固定台代わりに、短機関銃型の魔法銃を構えるウォルフィの姿があった。


 ウォルフィの姿を認めると、イザークは炎を噴出させるべく口を大きく開けたが、怯むことなくウォルフィもイザークの目に狙いを定めて魔法銃を連射させる。

 イザークの動きよりも速く、正確な射撃を行うウォルフィ相手では、さすがのイザークも思うように攻撃を仕掛けることができない。

 何よりも、隙あらば焼殺されかねない状況下にも関わらず、ウォルフィは死に対する恐怖心を微塵も抱いていない。

 付け入る隙や迷いを一切持たない者を相手取るのは非常に厄介――、というよりも、面白みに欠ける。


 イザークは連射される光弾を辛うじて避けては早々にウォルフィに背を向ける。

 同時に、足元に氷を強く押し当てられたような冷たい感触を覚えた。

 ひやりとしたのはほんの一瞬であり、すぐに低温火傷を負ったような痛みが襲い、じゅわじゅわと脚の一部が溶けて蒸発する音が聞こえてきた。


 足元に視線を落としてみれば、黒い爪先から水蒸気が流れてきている。

 鋭いかぎ爪の一部は折れ、折れた爪と指の間から赤い肉が顔を覗かせていた。


 そして――


 足元から少し離れた場所――、明らかに防御結界の外――には、結界を囲む炎を潜り抜け、ウォルフィと同じ短機関銃型の魔法銃を構えたリヒャルトの側近達と、ヤスミンの姿が。


 果敢にも単身でイザークに銃弾を撃ち込むウォルフィの姿が、図らずも側近達の使命感と闘争心を奮い立たせることになった。

 彼らはヤスミンの魔法で携帯する自動拳銃を魔法銃に変えてもらい、危険を承知で結界の外からイザークへの攻撃を開始させた。





(2)


 硬い鱗で覆われる四肢や胴へ、水属性の光弾が撃ち込まれていく。

 青い光線が掠める度、鱗が溶けては剥がれ落ち、身体のあちこちから血飛沫が飛ぶ。

 炎から発生する黒煙と共に、血混じりの水蒸気が朦々と立ち込める。


 イザークは次々と撃ち込まれる光弾を避けるべく宙へと翼を羽ばたかせ、ヤスミン達に爆炎を噴射させた。


 迫り来る爆炎をヤスミンはきつく睨み据え、口早に詠唱。

 薄緑色の光がヤスミン達を防御し、炎を吸収していく。

 ヤスミンが張った防御結界の中から、側近達は上空へ逃げたイザークを魔法銃で撃ち続ける。

 宙を飛び回っては光弾を避け続けながら、イザークは隙を見てはヤスミン達の結界へと炎を吐き散らす。


 だが、何度炎を噴射してみても、ヤスミンの防御結界は炎を吸収しては消失させてしまう。

 その間にも、イザークの頭上にて濃灰色の雨雲が傘のように空を覆い――、リヒャルトが水属性の魔法を発動させたのだろう――、やがて、ぽつぽつと冷たい雫が黒い巨躯を湿らせていく。


 雨は次第に、小雨からバケツをひっくり返したような大雨へと変わっていき、荒れ狂っていた火の海も徐々に鎮火していく。


 ところがイザークは、ヤスミンの魔力とリヒャルト達との連携を目の当たりにしてすら、高笑いを連想させる声で嘶いたのだ。

 追い詰められている筈なのに――、リヒャルトもヤスミンも側近達も、背筋に冷や汗が伝い、ぞくりと身震いをした。


『皆さん、お遊びの時間はお仕舞です』


「お遊びだと!?」


 イザークの言い草にリヒャルトと側近達は思わず怒鳴るように叫ぶ。

 額に青筋すら浮かべ、目を血走らせる彼らを上空で見下ろすイザークの巨躯を、煙幕のような赤黒い靄が包み隠していく。


 側近達が上空を漂う靄へと魔法銃を連射させる。

 ヤスミンも彼らに倣い、手を震わせつつも魔法銃の引き金を何度も引いてみせる。


 けれど、彼らの反撃も虚しく、赤黒い靄が消失していくと共に、イザークは黒竜から元の赤い長髪の白塗りの美青年へと姿を戻したのだった。


「あれが……、暗黒の魔法使い、か……」


 ある者は睨みを利かせ、またある者は呆けたように間抜け面を晒し――、銃を発射させる手を止め、様々な表情で己を見上げる一同を、イザークはニヤニヤと眺めている。

 何度となく掠った光弾により、身体のあちこちから流血しているというのに、普段通り悠然と構えている。


「さてさて、そろそろ本気を出させてもらいましょうかねぇ……」


 イザークの嫌な笑みが一段と濃くなる。

 女性と見紛うしなやかな手には、いつの間にか赤銅色のワンズが握られている。


 ふいに生温かい、乾いた風が静かに吹き渡った。


 リヒャルト達の警戒心が一気に高まる中、イザークは指揮をするようにワンズを一振りする、と――


 ヤスミンが発動させていた防御結界が、影も形もなく突然消失したのだ。

 更には、ヤスミンが手にしていた魔法銃も消失し、側近達の魔法銃も元の自動拳銃へと形を変えてしまう。


「ふふふ、どんなに能力が高かろうと、魔力封じで魔法を無効化されては元も子もありませんねぇ!!」


 青褪めた顔色で立ち尽くすヤスミン達を指差し、イザークはもう片方の手でわき腹を抑えながら大いに笑い転げた。

 笑い過ぎて身悶えながら、イザークは針金のように細い身体を激しく燃え上がらせ――、再び黒竜へと姿を変える。

 降りしきる豪雨で濡れそぼっているのに、イザークの全身からはシューシューと黒煙が立ち上っている。



「やめて!!!!」


 悲痛な女の叫び声が降りしきる大雨の音に紛れ、響き渡る。


 珍しく驚きで赤い双眸を見開くイザーク目掛け、目が覚めるような鮮やかな青の光弾が襲い掛かった。

 次いで、ヤスミンの傍で佇んでいた側近達も青い光弾に吹き飛ばされていく。

 だが、攻撃を受けたというよりも、施設を護る結界の中に押し戻されるといった体で、その証拠に誰一人として負傷していなかった。

 一体誰が……、と、リヒャルトを始め、地へと転がったまま顔を上げる、もしくは身を起こした側近達が目にしたもの――、それは――。


 恐怖で腰を抜かしたヤスミンを固く抱きしめる、シュネーヴィトヘンの姿だった。



 自らのドレスに付着したナスターシャの返り血で、ヤスミンを汚してはいけない。

 絶え間なく降り注ぐ雨によって、これ以上ヤスミンを濡らしてはいけない。


 頭では充分分かっているのに。

 シュネーヴィトヘンは、どうしてもヤスミンを腕の中から離したくなかった。

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