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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第六章 Sullen Girl
79/138

Sullen Girl(17)

(1)


  アストリッドとエヴァが氷漬けの廃屋から移動したのは、王都の入り口に当たる、砂岩で作られた大門の内側だった。


 背の高い六本の石柱に支えられた横桁の上には、翼を広げる緑竜(リントヴルム)、緑竜の背に跨り、ワンズを手にするローブ姿の魔女、緑竜と魔女を守るように囲む騎士達の銅像が設置されている。

 二人は、『魔法と軍事が調和する国家』を象徴する銅像群を仰ぎ見、大門周辺に視線を巡らせた。


「半陰陽の魔女。子供達とやらは、確かにこの大門の近くまで来ているのだな?!」

「はい。経過した時間と子供達の歩調の速さから推測するに」


 門の支柱と支柱の間、支柱から地上ヘと続く石階段。

 門の両脇に建てられた二つの尖塔。

 石柱や尖塔から伸びる太く長い影。

 影と影の隙間に射し込む明るい陽光と、暗色とのコントラスト。


 それらに子供達の姿が紛れていないか、大門の傍まで進み、目を凝らしては辺りを探った。

 すると――


 揃って二人が石階段の一段目に足を掛けた時、複数集まった人々が騒ぎ立てる声等が耳に飛び込んできたのだ。


 互いに顔を見合わせ、状況を推し量ろうと耳を澄ませる。

 大門の外からは、威圧感を持たせて命令じみた口調で叫ぶ男達の声と、大人のものとは思えぬ高い声が幾つも重なって聞こえてくるではないか。


「……エヴァ様。自分が確認してきますから、貴女はここで少し待っていてもらえますか」

「何??」

「もしかしたら、子供達が門の外にいるかも、しれません。ちょっと確かめてきます!」

「あ、おい待て!」


 エヴァの制止を振り切って、アストリッドは石階段を駆け上り、支柱の間を通り抜けて門の表側へと飛び出していく。

 一気に駆け上がったせいで息が切れ、呼吸が乱れる。

 肩を上下させ、呼吸を整えながら表側の階段を駆け下りていく。


 そうして階段の最下段まで下り、目にしたのは――


 思春期を迎えるか迎えないかの年頃の少年少女から、ようやく一人で歩けるようになったばかりの幼子まで、合わせて二十~三十人程の子供達が大門のすぐ手前に集まっていた。

 大門から程近い場所まで近づいた時に、丁度ロミーが吹いていた魔笛の音が止んだのだろう。

 正気に返った途端、元いた大通りから大門前まで移動していたこと、一緒に居た筈の親兄弟の姿も見えないことから、子供達は皆一様に酷く混乱しきっている。


 ひたすら大声で泣き喚く子供。

 べそをかきながら父母を呼び続ける子供。

 青褪めた顔で黙って打ち震えるばかりの子供。

 とにかく家に戻りたい、と、この場から離れようと辺りをうろつく子供。


 大門付近にて突然現れた大勢の子供達を見て、門の守衛達は大いに困惑した。

 明らかに自らの意志を持って歩いて来た(ように見える)、にも関わらず、ほぼ全員が誰かの手によってここまで連れ去られてきた、と、言いたげな反応を見せるのだから。


 ひとまずは子供達を宥め、叱咤する守衛達の傍へと、アストリッドは駆け寄っていく。

 駆け寄っていく途中、守衛の内の一人が彼女の気配に気付き、顔を上げる。


「こ、これは……、半陰陽の魔女様ではありませんか?!」

 顔を上げた守衛が、アストリッドに向けてあたふたと敬礼した。

 釣られて、他の守衛達も姿勢を正して次々と敬礼をしてみせる。

「あぁ、挨拶は結構ですよー。それよりも、子供達を早く落ち着かせてあげてください」

 堅苦しいのは勘弁、と、アストリッドはひらひらと掌を振って軽く笑った。


「あの……、半陰陽の魔女様。この子供達は一体……」


 再び子供達を宥めだす守衛達だったが、その中で守衛の長らしき年配の男だけは、探るようにしてアストリッドに問いかけてきた。


「数百年前の王都で発生した魔笛事件はご存知ですよね??」

「えぇ、勿論です」

「実は……、魔笛で子供達を操って王都から連れ去ろうとした者達がいたのです」

「な、何ですと?!」

 目を剥き、素っ頓狂に叫ぶ男に構わず、アストリッドは続ける。

「ですから、自分は子供達の後を追うと同時に笛の演奏者の居場所を突き止め、演奏を中断させるために動いていました。で、まぁ、色々ありつつ……、笛の演奏者を憲兵司令部に送り、引き続き子供達を追うべく、ここまでやってきたって訳です。子供達の歩調の速さを考えれば、王都を出るか出ないかの瀬戸際かなーと思ったのですが……、ギリギリで間に合ったみたいです。ってことで、ここからは守衛の皆さんにお願いしたいのですがー」

「な、何でしょうか……」


 表情を強張らせる男に、アストリッドはにっこりと笑いかける。


「至急、ここにいる子供達全員の身元確認、及び、憲兵司令部へ連絡してください。いいですね??何でしたら、詳しい事情説明とかは自分がしてもいいですし」

「はっ……、了解!」

「うんうん、早速お願いし……」


 お願いします、と、言い掛けたアストリッドから急速に笑顔が消えていき、皆まで言い終わらぬ内に口を閉じた。

 そうかと思えば、顔付きがどんどん険しくなり、赤茶のおかっぱ頭がふわりと逆立っていく。


「は、半陰陽の魔女様??」

「……いえ、何でもありません。ただ……、あの辺り――、丁度、ここから北西に在る山の麓ら辺から、禍々しい気が流れて……」


 表情は険しさを残しつつ、訝し気に顔を覗き込む男に『気』が流れてくる方向を指で差し示し――、あることに思い至った。



 確か、あの山の麓には児童養護施設があり、今日はリヒャルト達が慰問に訪れていた――



「しまった……!何てこと……!!」


 アレの目的は、魔笛事件の再現だけではなかった。

 否、魔笛事件の再現はあくまで自分達への目くらましに過ぎなかったのだ。

 ロミーに魔笛を演奏させていたのは、彼女への説得に少なからず時間を使うだろうと見越してのこと。


(……また、アレの掌の上で転がされたって訳なのか!)


 くるっと身体の向きを変え、先程駆け下りた階段を今度は猛然と駆け上がっていく。

 自分を呼び止めようとする守衛達の声が背後から聞こえてくるが、構ってなどいられない。


「エヴァ様!!」


 転がるように階段を駆け下りながら、階段の最下段に腰掛けるエヴァの痩せた背中に叫ぶ。

 エヴァは煩そうに片眉を擡げて振り返り、立ち上がる。


「何だ、騒々しい。子供達は……」

「子供達は無事でしたし、後は守衛さん達にお任せしました!!」

「は、ならば、何を慌てている??と言いたいところだが……、貴様が焦っている理由は大方予想がついている」


 エヴァは榛色の猫目を細め、あの山の麓の方向へと視線を送った。


「ふん、軍人は好かんが……。ギュルトナーにはたっぷりと恩を売っておかないとな!行くならさっさと行くぞ!!」


 共に瞬間移動する為、エヴァが差し出した左手をアストリッドが再び握った時、であった。


 王都の上空全体を覆っていた入道雲の色が灰色味を帯びだし――、瞬く間に薄灰から濃灰、果ては真っ黒な雷雲へと急激に変化していったのだ。






(2)


 施設へ駆け去るウォルフィを、ヤスミンによって強化された結界の輝きを。

 依然、結界越しに攻撃を仕掛ける五体の巨大ゴーレムを視界の端で追いながら。


 間隔を置いて揺れる大地に突き刺した魔法剣を、リヒャルトはきつく両手で握りしめ、詠唱を続けた。


 防御壁に護られた施設と駐車場を中心に結界の外側では、強い旋風が渦を巻くように吹き荒れる。

 旋風はやがて小さな竜巻と化し、施設の周囲に自生する木々の葉や小枝を風圧で散らしては空中へと巻き上げていく。

 木々の合間――、施設の入り口から続く、車一台分しか走行できない狭い道幅で舗装もおざなりな車道にも、暴風に吹き飛ばされた新緑の葉が舞い落ちる。

  

 竜巻の勢いに足元を取られるせいか、ゴーレム達は結界を殴打する動きを止める。

 上空では、真っ黒な雷雲の出現で太陽は存在自体を隠され、低く唸るような雷鳴がゴロゴロと小さく鳴り響いた。


 背後から、「閣下が、遂に本気を……」と呟く声が届く。

 ヤスミンが指示通りに治癒回復を施してくれたことで、昏倒していた側近達が意識を取り戻し始めたようだ。

 幾ばくかの安堵を覚えたが、気を緩めることなく詠唱し続け――、最後の一節を唱え終わる。

 暗闇の中で蝋燭の火が消えるように、彼らを取り巻く世界が、ふっと暗転した。



 怒り狂う神の叫びを具現化したかの如く、激しい雷鳴が轟く。

 上空を覆う雷雲から、一際青白く輝く閃光が、青い稲妻が一閃し――、閃光は更に五つに分かれ――、ゴーレム達の上へと落雷した。


 ゴーレム達は糸が切れたように一切の動きを止め、順に倒れ伏していく。


 地へと横倒しになるもの。

 結界の方へと倒れるも、結界に弾かれて結局は地に転がるもの。

 勢いで跳ね飛ばされ、施設近くの森へと倒れ込み、多くの木々を倒してしまうもの。


 壊れた玩具の如く動かなくなったゴーレム達は、砂の塊が崩れるように霧消していく。


 ごくりと喉を大きく鳴らし、息を飲む音があちこちから聞こえてきた。

 この場にいる側近達は皆、リヒャルトが軍人でありながら魔法の使い手でもあることを周知している。

 だが、実際に彼が大掛かりな魔法を発動させる姿を目撃したのは初めての事であった。


 リヒャルトは結界越しに上空を睨んだまま、傍に駆け寄ってくる側近達に右腕を後方へ広げて制止した。


「まだだ。まだ、敵は……、攻撃を仕掛けてくるだろう。警戒を怠るな」

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