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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第六章 Sullen Girl
78/138

Sullen Girl (16)

(1)


「――以上が、短機関銃の基本的な使用方法よ」


 説明を終えるやいなや、ハイリガーは銃口を持ち上げていた手と、肩に当てていたバックプレートを離した。

 ハイリガーが射撃体勢から元の立ち姿に戻ると、眼前に集まる弟子達の緊張感が僅かに解れる。


 頭上を照らす真夏の太陽からは灼熱の光が降り注ぎ、黒い砂岩の床をじりじりと焼き焦がす。

 足元から靴底、靴底から全身へと、照り返しによる熱がじわじわと弟子達の体温を引き上げていく。

 ハイリガーも弟子達も顔から大量に汗を噴出させている。

 弟子達の輪の中に佇むヤスミンも例外でなく、白い頬を赤く火照らせながら師の説明を聞き入っていた。


 ハイリガーは時折、黒い(シュバルツワルト)の古城裏手に設けられた、擂鉢状の古い闘技場に弟子達を集めては、有事に際した時の為に戦闘魔法や銃火器の扱いを教えている。

 また、変化(へんげ)魔法の名手である彼女は、通常の銃火器を魔法銃へと瞬時に改良させる魔法も弟子達に学ばせていた。


「まぁ……、可愛い貴方達を戦闘の最前線に出させるような真似はこのアタシが絶対にさせないけどぉ!でもぉ……、一応は、頭の片隅に留める程度には覚えておいて頂戴ねぇー」


 真剣に耳を傾けていた、つもりではあった。

 ただ、説明以上に、ハイリガーの、ほーほっほっ!と、野太い声による高笑いの強烈さが記憶に勝っていたのと、使うことはまずないだろうという安心感から忘れ去っていた筈だった。


 今、目の前で起こっている、およそ信じられない、信じたくない出来事によって呼び覚まされた――








 ヤスミンとウォルフィを包み込んでいた虹色の光が消失し、着地すると同時に重厚な衝撃音が頭上から響き、激しい地鳴りによって大地がぐわんぐわんと大きく横に揺れた。

 姿勢を低め、身体の重心を足元に置いて均衡を保つウォルフィに支えられながら、ヤスミンは周囲の光景に目を疑った。

 

 薄っすらとひび割れ始めた防御結界を破壊するべく、剛腕を振るい続けるゴーレムに。

 地に突き刺した魔法剣に片膝立ちで掴まりながら、もう片方の腕でフリーデリーケを横抱きに抱えるリヒャルトの姿が。

 発光に気付いて振り返ったリヒャルトも、瞬間移動してきた二人に驚き、アイスブルーの双眸を大きく瞠った。


「シュライバー君、ヤスミン殿……。何故、君達がここへ……」


 二人に、ではなく、独り言を呟くように言った後、リヒャルトは頭を二、三度振って大きく息を吐き出す。

『来たところで、君達の力ではどうにもならない事態なのに』と、言いたげに。

 地面の振動で今にも倒れそうなヤスミンを支え、自らも均衡を保ちながら、ウォルフィは無言で目を伏せる。

 大型の幻想生物相手では、魔法が使えない自分や戦闘経験皆無のヤスミンでは足手まといにしかならない、と思われているのがひしひしと伝わってくる。

 リヒャルトは二人を交互に見比べた後、右腕に抱えたフリーデリーケを見るよう視線で促した。


「……シュライバー君。悪いが、少佐を頼む」


 ウォルフィはリヒャルトの傍まで進み出ると、彼の左腕からフリーデリーケを持ち上げ、横抱きで抱え上げる。

 顔や軍服が土埃で汚れてはいるが、穏やかに眠る姿をヤスミンはまじまじと見つめると、恐る恐るリヒャルトに尋ねた。


「あの……、元帥……。フリーデリーケさん、は……」

「……一応、生きてはいるよ……」

「……一応、って……」


 リヒャルトはギリッと音が漏れる程、きつく、きつく奥歯を噛み締め、立ち上がる。

 目尻や頬、口元だけでなく顔中の筋肉を引き攣らせ、心中に渦巻く憎悪を爆発させ兼ねない激情を必死で抑えつけるように。

 常日頃、温厚な態度を崩さない彼からは想像しがたい様子に、ヤスミンだけでなくウォルフィですら息を飲み込んだ。


「……あそこで息絶えているナスターシャが、死の間際、少佐に呪いを掛けたのだよ」


 表情とは裏腹に、感情を凍らせた声で吐き捨てながら、リヒャルトは顎でナスターシャの遺体が転がる場所を指し示した。

 血塗れ死体に悲鳴を上げかけるヤスミンを、ウォルフィは自らの背に庇おうとする。

 だが、身を震わせながらもヤスミンはそれを拒み、重ねてリヒャルトに問いかける。


「呪いを、解くことはできない……、のですか……」

「それは……、何とも言えないな……」

「そんな……」


 この一か月間、フリーデリーケと共に過ごした日々がヤスミンの脳裏に次々と駆け巡る。

 

 元帥府内で日中過ごす時、多忙の合間を縫ってでもヤスミンの様子をこまめに窺いに来てくれた。

 夜遅くまで試験勉強していると、『あんまり無理しないように』と気遣ってくれた。

 ほうれん草のキッチュが好物だと知れば、翌日には夕食に作ってくれた。

 両親についての苦悩を打ち明けたら、親身に話を聞いてくれただけでなく、真実を教えてくれた――


 ヤスミン本来の明るさと笑顔を取り戻せたのは、フリーデリーケの優しさがあってのことだったのに。


(……まただ……。また、私の、大好きで大切な人が……)


「きゃあ?!」

「危ない!」

 

 一際激しい横揺れが三人に襲い掛かり、転倒しかけたヤスミンの腕をリヒャルトが咄嗟に掴む。

 お蔭で転倒は免れたが、リヒャルトは苦しげに呻き、背を曲げて胸元を抑えた。


「閣下。お怪我を……??」

「……ただの骨折だ。大したものではない」

「でも、胸ということはもしかして肋骨……。……閣下!ちょっと失礼します!!」


 言うが早いか、ヤスミンは爪先を伸ばしてリヒャルトの胸元に両手を宛がい、詠唱する。

 意外な行動に出たヤスミンに、リヒャルトもウォルフィも面食らう中、リヒャルトの胸元が濃黄色に光り、輝きだす。

 

(今は悲嘆に暮れている場合じゃないわ……!)


 フリーデリーケの代わりなどヤスミンでは到底務まらないし、努めようと思うこと自体がおこがましい。

 それでも、彼女がこの状況に置かれていたらどうするか想定し、行動するかが肝心なのでは、と、気付き始めていた。


「元帥閣下!私にできることなら何でもします!!何なりとご命令を!!」


 治癒回復を終えると、ヤスミンは毅然とした態度でリヒャルトを見上げた。

 青紫の双眸が持つ眼光の鋭さ、意志の強さは、傍らに立つ父親と全く同じであり、年若い少女とは思えぬ気迫はリヒャルトですら一瞬たじろぐ程。

 ウォルフィはと言うと、娘の無謀極まる申し出を止め立てようと、話に口を挟もうとした――、が。


「……ヤスミン殿。防御結界の強化は可能かね??」

「はい!」


 元帥?!と、横で叫ぶウォルフィを無視し、リヒャルトはヤスミンへの命令を続ける。


「ならば、君には防御結界の強化を任せる。あと、幻惑術の負荷で意識を失くした私の部下達に、回復魔法を施してくれないか」

「了解です!!」

「元帥!お言葉ですが、ヤスミンは……」

「シュライバー君。緊急事態の場に居合わせた以上、動いてもらわなければ困る」

「しかし」

「勿論、必要以上に危険な役目をさせたりはしない」


 ウォルフィの心情も理解できる為、リヒャルトは申し訳なさそうに力無く笑いかけた。


「…………了解…………。閣下を、信じます……」


 本心からは決して納得していないものの、ウォルフィは苦渋の想いでリヒャルトの命に従った。


「シュライバー君。君は施設に入って子供達と職員達を守り、外に飛び出したりしないよう目を配って欲しい。民間人、特に幼い子供が異常事態に晒される状況にそう長くは耐えられないだろうから」

「……了解」

「あとでアストリッド様には、無断で従僕を働かせたこと、よく謝罪しておくよ」


 リヒャルトはウォルフィに背を向け、魔法剣の柄を両手で握り込む。

 引き抜くかと思いきや、目を閉じ、長い詠唱文を流れるように唱えだした。

 ウォルフィは一旦リヒャルトとは反対側――、リムジンが停めてある場所まで歩き、後部座席の扉を開く。

 抱きかかえていたフリーデリーケを後部座席へと横たわらせた後、施設へ向かおうと――


「パパ、待って!!」

「ヤスミン」


 背後からいきなりヤスミンに呼び止められ、進めていた足を止めて振り返った。

 ヤスミンはやけに真剣な面持ちでウォルフィを見据えている。


「魔法銃を貸して!!」

「……は??」

「いいから!!」


 意図が分からないものの言われるがまま、ヒョウ柄のフロックコートの内ポケットから魔法銃を取り出す。

 安全装置は外していないから、万が一暴発する恐れはない、が……、と、ヤスミンに銃を触らせるのに少々抵抗を感じつつ、魔法銃を手渡す。

 魔法銃を受け取るなり、ヤスミンは詠唱し始める。


 一体何を……、と、止める間もなく、銃を握るヤスミンの両掌が赤黒い靄に包まれていく。

 靄が徐々に薄れ、粗方消失する頃には、魔法銃は拳銃型から短機関銃型へと変化していた。


「勝手なことしてごめんなさい!でも、拳銃型よりこっちの方がいいんじゃないかな、って……。エ、エネルギー充填式なのは同じだし……。あ、安心して!後で、ちゃんと元の形に戻すから!!」


 ウォルフィの顔色を窺うように、ヤスミンはおどおどと上目遣いで彼を見上げる。

 リヒャルトに見せたあの威勢の良さは微塵も感じられない。


「……いや、お前の判断は間違ってない」

「へ??」


 叱責を覚悟していた分、拍子抜けしたヤスミンの頭を、よくやったと言うようにウォルフィは軽く撫でてみせる。

 戸惑うヤスミンを後に残し、ウォルフィは施設へ向かうべく走り出したのだった。







(2)



 ――一方、アストリッド達は――



「本当に、それでお前さん達は後悔しないのかい??」

「くどい!何度も言わせるな!!」


 投降を決意したエヴァに、ヘドウィグはもう何度目かになるだろう問いを尚も繰り返す。

 そのヘドウィグを、エヴァは心底鬱陶しそうに睨みつけた。

 下手に口を挟むべきではない、と、アストリッドは事の成り行きを静観している。

 

「あんたもしつっけーなぁー。エヴァ様は一度決めたことは、よっぽどでない限りは覆さない質なんだよぉ。いい加減諦めろよぉ」

 そりゃ、俺だって、本当はさ……、と、ぶつぶつ文句を言い募るズィルバーンに、「お前も放浪の魔女並みにくどい!」とエヴァは怒鳴りつける。

「貴様らが余りにごちゃごちゃ言うと、この娘の決意まで鈍り兼ねん!いい加減黙れ!!」


 エヴァの怒声で氷漬けの室内はビリビリと振動し、彼女の隣に立つロミーはびくぅ!と飛び上がりそうな勢いで怯えてみせる。


「ロミー」


 憤るエヴァを尻目にアストリッドは腰を屈め、ロミーの両肩に手を添えてつぶらな瞳を覗き込む。

 視線を泳がせながらも、ロミーはアストリッドと何とか目線を合わせようとする。


「自分は、ロミーが罪を悔い改めてくれることを信じています。だって、ロミーはちょっと怖がり屋さんなだけで、本当はすごくいい子なんだって知ってますから」

「…………」


 視線を逸らすことなくにっこりと微笑むアストリッドに、ロミーの小さな胸がきゅうぅと締め付けられる。


 嫉妬や劣等感に苛まれ、周囲の親切心や愛情を踏み躙った自覚は充分にある。

 身に降りかかる災難を全て他人のせいにすれば、自らの愚かさ、至らなさを感じなくて済むし、傷つけられる前に傷つけることで自己防衛できると信じていた。

 

「……あたしは、いい子なんかじゃ……」

「ロミーはいい子ですよ。他の誰が何と言おうとも、自分だけはそう信じてますから」


 ロミーの視界が涙で滲み、アストリッドの顔がぼやけてゆらゆらと揺れる。


 そして――




「…………ごめんなさい…………」



 心の底から込み上げてきた、確かな言葉。



『ごめんなさい』


 

 ロミーは何度も、何度も口にして、大声を上げて泣きじゃくった。



 ロミーの泣き声は氷の壁に反響し、室内に鳴り渡る。

 その頃にはエヴァとヘドウィグの諍いも収束し、静寂が訪れた中、ロミーの声だけがいつまでも響いていた。


「ロミーは必ず自分が助けます。しばらくはまだ辛い状況が続くかもですけど……、自分がロミーを信じているように……、ロミーも信じてください。貴女はちゃんと救われるべき人なんです」


 ロミーは号泣しながらもアストリッドの言葉に対し、ゆっくりと、力強く頷いてみせる。

 これでもう、ロミーはきっと大丈夫だ、と、アストリッドは確信めいた思いを胸に抱いた。


「ヘドウィグ様。ロミーとズィルバーンさんを、どうかよろしくお願いします」

「分かった。確かに、この者達を無事に憲兵司令部へと送り届けよう」

「はい、お願いします」

「送り届けると共に、私がアイス・ヘクセ達を匿っていたことも自白しよう……」

「え……」


 ヘドウィグに頭を下げていたアストリッドだったが、驚いて思わず顔を上げる。

 アストリッドと視線がぶつかると、ヘドウィグはどこか諦めたような顔つきで苦笑を漏らした。


「アイス・ヘクセの件だけではなく……、己が今まで犯してきた数々の罪から、今度こそ逃げずに向き合おう、と思ってね……」


 掛ける言葉が見つからず、口を噤むアストリッドを一瞥すると、ヘドウィグは瞬間移動の詠唱を力無く呟く。

 光と共に、氷漬けの廃屋から姿を消していく三人を、アストリッドは成す術もなく見送るしかなかった。


 未練がましく、空中に残された一筋の光を掴もうと手を伸ばす。

 掴み取る寸前、淡い残光ははらはらと儚く消えていく。

 掌を宙に翳し、ぐっと握ってはパッと開く動作を何度か繰り返していた――



「半陰陽の魔女よ、ぐずぐずするな!!」


 苛立ったエヴァの一喝に、アストリッドの意識は一気に現実へと引き戻された。


「……エヴァ様の仰る通りですね。すぐにでも向かいましょう!」


 固く拳を握りしめて叫ぶと同時に、アストリッドはもう片方の手でエヴァの左手を掴んだ。

 二人の足元から天井に向かって、虹色の光が一段と強い輝きを持って発光しだした。

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