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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第六章 Sullen Girl
75/138

Sullen Girl (13)

(1)

 埃の降り積もった床の一部だけ綺麗にし、その上に描かれた魔法陣の中で横笛を吹くロミーをイザークとナスターシャが囲んでいる。

 横笛など今まで吹いた経験がないだけでなく、まるで監視でもするかのような二人に緊張を覚え、自然と音を出す際の息遣いやトーンホールを抑える指先が震えてしまう。

 緊張が高まれば高まる程ミストーンを繰り返し、調子外れで間抜けな音と化していく。

 到底演奏とは言えない、ロミーの出鱈目な笛の音に、イザークはニヤニヤと、ナスターシャは気の毒そうに笑っている。

 彼らの含みを持つ笑い方に、ロミーの焦りは益々募っていく。


「しかし、ナスターシャ様。よくぞ無事でここまでいらしてくださいました」

「えぇ、本当に……。一時はどうなることかと不安で仕方ありませんでしたが……、あの鳥頭が、最後の最後に良き仕事をしてくれたお蔭ですわ」

「それはそれは……。あの鴉の娘も偶には役に立つのですねぇ」

「えぇ、ですから、たっぷりと褒美をとらせてあげましたの」

「ほう!どのような??」

 

 赤い瞳を輝かせるイザークに、ナスターシャは意味ありげにくすりと微笑む。


「光弾を直に撃ち放って痛みもなく楽に、かつ一思いに死なせてあげましたわ」

「成る程!」

「はっ!よくまぁ……、純粋に自分を慕う忠実な従僕に酷い仕打ちを……」

「あら、そんなこと仰いますけど、ディートリッヒ殿が討たれたと知った時はさぞや清々したのではないのですか??」

「戯け者が!貴様のような下衆と一緒にしてくれるな!!」

「まぁまぁ、エヴァ様。そうお怒りにならないでください」


 二人の会話が余程腹に据えかねたのか、部屋の隅で様子を窺っていたエヴァがズィルバーンと共に魔法陣の傍へと歩み寄っていく。


 ユッテのお蔭で西部から中央への逃亡に成功したナスターシャは、イザークに思念を送り、単身この廃屋へと駆け付けた。

 廃屋へ向かう道中、イザークからの指示に従い、リヒャルト一行が訪問中の児童養護施設へと光弾を一発撃ち込み、幻惑術を仕掛け――、更にはエヴァに思念を送りつけ、この隠れ家へと呼び出したのだ。


「放浪の魔女に報せず、ここへ来てくれたと言う事は……、私達の仲間となってくれるのでしょう??でしたら、仲良くしてくれません??」


 一見媚びているようで、それとなく威圧感を含ませたナスターシャの言葉を、エヴァははっ!と鼻で笑い飛ばした。


「貴様らの仲間、ねぇ……。断固として、断る!!」

「…………」

 ナスターシャから媚び諂う笑顔が消え、憮然とした顔付きにすり替わり、イザークは依然、嘲笑(わら)い続けている。

「どうせ貴様らもディートリッヒと同じく、私を体よく利用したいだけに過ぎない。誰かの駒などうんざりだ!それに……」


 エヴァの榛色の大きな猫目が久方振りに、野性味を感じさせる獰猛さで爛々と輝き出す。


「貴様らを討ち倒せば、私はともかくズィルバーンだけでも免罪を嘆願できるかもしれん。そのために、貴様らには死んでもらおうか!!」


 ナスターシャが言葉を発するよりもずっと速く、エヴァは口早に長い詠唱文を唱える。


 老朽化に伴い、色褪せ痛んだ板張りの床を、壁を、柱を、天井を。

 冷気を迸らせ、限りなく透明に近い白銀が埋め尽くしていく。

 白銀の勢いは留まることなく、ロミーの足元に描かれた魔法陣、埃を被った家具調度品、更にはイザーク、ナスターシャ、ロミーの爪先までをも凍らせていく。

 室内だけでなく我が身さえも侵食する氷の冷たさと異常事態に震え上がり、ロミーは思わず魔笛を吹くのを止めてしまう。


「演奏はそのまま続けてくださいな」

 イザークの胸元に縋りつき、声を震わせつつも高圧的に、ナスターシャはロミーに命じた。

「はっ!怯えきっておきながら、何を偉そうに!!」

 エヴァはナスターシャを嘲笑――、しようとして、ハッと目を見開きイザーク達の隣の空間を凝視する。

 エヴァの意識が標的から一瞬逸れたことで、三人の氷結化は足首ら辺で止まった。

 白銀に支配された室内に虹色の光の渦が舞い降りる。


 光の消失と引き換えに、シュネーヴィトヘンと、彼女を追ってきたヘドウィグが廃屋へと姿を現したからだ。




(2)


「リザ様、もうご帰還ですか……、って、おや、これまた珍客の来訪ですか!」

「イザーク!やはり貴様の仕業だったか!!」

「やれやれ……。よりによって、長年僕に因縁吹っ掛けてくる放浪の魔女を引き連れてくるとは……。困りますよ、リザ様」

「ヘドウィグ様が勝手についてきただけで私のせいじゃないわよ」


 悪びれる様子のないシュネーヴィトヘンの態度にイザークは苦笑し、彼に縋りついたままのナスターシャはこっそりと細い眉を顰めた。

 ヘドウィグは青紫の双眸を殺気立たせてイザークを睨み据えていたが、彼らと対峙するエヴァとズィルバーンに気付くと、荒ぶる感情によって赤らんでいた顔色が一気に色を失くしていった。


「何故お前さん達がここにいるのだ?!」

「はっはっはっはっ!!!!!」


 叫んだ瞬間、しまった、と、ヘドウィグは後悔したが時すでに遅し。

 イザークの美しくも邪悪な笑みに深みが増しただけでなく、腹を抱えて哄笑し出した。

 彼が哄笑すると同時に、三人の氷結化した足首から下に青白い炎が発生し、氷を溶かしていく。

 エヴァの目尻が大きく跳ね上がり、チィッ!と盛大に舌打ちを鳴らした。


「またもや、貴女の言うところの『善意』と言う名の独善的な行為は無駄に帰してしまいましたねぇ!!マリアの時といいリザ様の時といい……、エヴァ様の場合においてもね!!」


 腕の中のナスターシャを引き剥し、収まらない笑いを微塵も堪えもせずに、凍り付いた壁に手を付いて身悶えるイザークを、彼以外のこの場に集った者達は気味悪そうに黙って眺める、より他がなかった。

 唯一、ズィルバーンだけは頬や口元を引き攣らせて、「……あいつ、マジでやべぇよ……」と、誰に言うでもなくぽつりと漏らしていたが。

 そのズィルバーンの一言で、誰よりも早くヘドウィグは我に返り、向かい合わせていたエヴァの元まで移動する。

 すかさずシュネーヴィトヘンがヘドウィグの背に向けて光弾を放とうとしたが、「リザ様、ほっといてやればいいですよ」と、笑いを噛み殺しながらイザークが止め立てた。


「まさかと思うが、イザーク達と手を組むつもり……」

「馬鹿も休み休み言え!!手を組むつもりであるなら、このボロ屋を氷漬けなどにするものか!!こいつらの呼び出しに応じた上で全員討ち取ってやるつもりなだけだ!!こいつらの死体を国軍に引き渡し、ズィルバーンの免罪を嘆願する為にな!!安心しろ!!今までの借りを返すつもりで、貴様が私達を匿っていたことは黙っておいてやる!!」

 隣に立ったヘドウィグの言葉を遮り、エヴァは見下すように一瞥し、答える。

「ナスターシャやロッテだけならまだしも、イザークは……。完全に回復できていない上に、媒介の大鎌を持たないお前さんが太刀打ちできる相手ではない!!」

「はっ!!やってみなければ分からんだろうが!!」


 話に一切耳を貸そうとしないエヴァに、ヘドウィグは苛立ちの余り歯噛みする。

 エヴァの怪我が完全に回復し、片腕での生活に不安がなくなり次第、ズィルバーン共々リントヴルムから遠く離れた外国へと逃亡させてやろうと思っていたのに。

 否、エヴァ達よりも、彼女の反発を恐れ、中々話を切り出せずにいた己の不甲斐なさに酷く後悔を覚えた。


 いつだって自分は言葉足らずで、何かと判断を見誤ってしまう。

 最悪の事態が訪れてようやく、過ちを思い知らされる。

 

 自らの至らなさに愕然とし、大人しくなったヘドウィグと、新たに詠唱するべく口を開いたエヴァを、イザークはほんの一瞬だけ醒めた目つきで見返した――、が、すぐに蠱惑的な笑みを顔に張り付かせる。


「できるものなら、是非やってみてください――」


 瞬時に赤銅色のワンズを出現させたかと思うと、イザークはエヴァ達へと爆炎を放った。 

 エヴァは咄嗟にズィルバーンを背に隠し、防御結界の詠唱を口にした。

 薄緑色の光は炎を跳ね飛ばし、跳ね飛ばされた炎は天井にぶつかった弾みで燃え移り、氷を溶かしていく。

 氷を溶かすだけに飽き足らず、天井までをも焼き焦がそうとする炎に向け、ヘドウィグは翳した両掌から壊れたシャワーのような激しい水勢を勢いよく放出させた。


 だが、二人が魔法を発動させた隙に、イザークはナスターシャとシュネーヴィトヘンを伴い、瞬間移動の魔法を発動させていた。


「貴様!どこへ逃げる気だ!!」


 虹色の光の中の三人をエヴァが恫喝するも、時すでに遅し。

 エヴァとヘドウィグが攻撃魔法を仕掛けるよりも速く、三人の姿は廃屋から消失してしまった。


 僅かな隙を突かれ、逃げられたことに腹を立てたエヴァは、忌々しそうに凍てついた床を蹴りつける。

 直後、カンカラン、カラン……と、何かが氷の床の上に落ちる音がした。

 音に反応したエヴァ、ヘドウィグ、ズィルバーンが、一斉に音が聞こえてきた方向に注意を向ければ。

 そこには、握っていた横笛を床に落としたものの、拾おうともせず、呆然と立ち尽くすロミーの姿があった。


「……あたし、また、置き去りにされた……」


 ロミーはつぶらな茶色い瞳を瞠ったまま、わなわなと両手を震わせて、三人には聞き取れない(ズィルバーンには聞こえていたかもしれないが)小声でぶつぶつと呟いていた。


「放浪の魔女よ、あいつは何者だ??」

 やや困惑気味に尋ねるエヴァに、ヘドウィグも同じく困惑気味に答える。

「あぁ、あの娘は……。イザーク共に唆されちまった……、哀れな子羊さ」

「哀れな子羊ねぇ……」

「娘よ。悪い事は言わない。さっさとその笛を渡して、こちらへ投降しな」


 ヘドウィグの呼び掛けが聞こえていないのか、もしくは聞いてはいるが素通りしているのか。

 ロミーは、この世の終わりを迎えたかのような、絶望に満ちた顔付きで俯いているのみ。

 どうしたものか、と、ヘドウィグは嘆息し、エヴァとズィルバーンは勘弁してくれ、と言いたげに顔を見合わせた、その時。


 先程までイザーク達が佇んでいた場所が、三度、虹色に光り輝き始めた。


 もしやロミーを迎えに、あの三人の内の誰かが戻ってきたのか――、と、エヴァ達の間で緊張が走り抜け、顔を上げたロミーの表情が期待に輝く。


 しかし、虹色の光の中から姿を現したのは、イザークでもシュネーヴィトヘンでもなく、ましてやナスターシャではなかった。


「……半陰陽の、魔女……??……」


 エヴァの呟きに、一瞬にしてロミーの表情から期待の色が失われた。

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