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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第六章 Sullen Girl
69/138

Sullen Girl(7)

(1)

 アストリッドとリヒャルトの話し合いが続く間、ウォルフィは元帥府から離れて射撃場へ足を運んでいた。

 今日は練習する者が少ないのか、横一列に並んだ各仕切り板の中で的を撃っている者はほとんどいない。

 これならば、遠慮なく長居ができる。

 四方を鉄筋コンクリートで囲まれ、薄暗い照明が施設全体を茫洋と照らす中を進んでいく。


 貸し出された銃に弾丸を装填、安全装置を外す。

 照準線を的に合わせ、トリガーを引く。

 ぶれのない、真っ直ぐな弾道。

 一ミリのズレもなく、的の中心を貫いた。

 弾が切れるまで途切れることなく連射されたが、寸分の狂いもなく一発目と全く同じように中心に当たり続けた。

 だからと言って彼の中では何の感慨も生まれない。

 動くことのない的程度、狙った箇所が撃てないようでは――、という認識しか抱いていない。


 黙々と射撃練習を続けること、一時間半近く。


 無機質な壁に掛けられた時計の秒針を、右眼の端で確認する。

 射撃場から丘へと登り、元帥府及びリヒャルトの執務室に戻る時間を考えれば、そろそろ出るべき頃合いか。

 弾倉に数発分残された弾を瞬速の動きで全て撃ち放す。

 時間に気を取られていても、素早い身のこなしでもってしても。

 彼が撃った弾丸全て、やはり的の中心に当たっていた。


 程なくして、射撃場を出たウォルフィがリヒャルトの執務室に戻ったのは約三十分程経過した頃だった。

 扉を叩くと、「少佐か??それとも、シュライバー君か??」と、室内からリヒャルトの問う声が。


「いえ、ポテンテ少佐ではなくウォルフガング・シュライバーです。入室しても問題ないでしょうか」


 数秒程、沈黙が降りる。


「話し合いは丁度終わったところだ。入っても構わない」

「では、失礼致します」

 なるべく音を立てないよう扉を開け室内に入り、後ろ手で扉を閉めた後、リヒャルトへと敬礼してみせる。

「あぁ、畏まらなくても結構。それよりも、シュライバー君に話したいことがあってね」

「俺に、話とは……??」


 リヒャルトは対面の席に座るアストリッドと目配せし合い、椅子から立ち上がった。

 ウォルフィから送られる訝しげな視線を、余裕ある笑みで返しながら、告げる。


「国家試験の翌日に開催される祭りに、ヤスミン殿と一緒に出掛けてみてはどうだね」


 先程の沈黙とは比べ物にならない、長い沈黙が訪れた。


 正確に言えば、すっかり返答に窮してしまったウォルフィの答えを待つ為、リヒャルトもアストリッドもあえて何も言い出さずにいる。

 ウォルフィはと言うと、表情を強張らせたまま上下の唇を震わせ、何度も開け閉じさせて押し黙っている。

 そうかと思えば、リヒャルトからアストリッドに視線を移し、ぎろりと鋭く睨み付ける。


 恐らくは、アストリッドがリヒャルトに頼み込み、言わせているのだろう。

 自分の言葉では反発されるかして一蹴されてしまうから。

 リヒャルトの言葉なら、渋々ながらでも首肯してくれるのでは、と。 


「……俺は、構いませんが……、ヤスミンが嫌がるかもしれません……」


 内心に渦巻く、苛立ち、怒り、呆れ、戸惑い……を押し殺し、長い沈黙を経て口をついて出てきたのは、自分でも信じられない程に弱気な発言だった。

 ウォルフィの発言を受けたアストリッドは、椅子に座ったままで批難がましげに顔を顰めた。


「言い換えれば、貴方自身は嫌ではなく、ヤスミン殿さえ良ければ出掛けてもいい、ということですね??」

「それは……」

「ならば話は早い。どうせヤスミン殿は日中元帥府内にいるのだし、帰り際にでも少佐にここへ連れてきてもらって確認してみればいい」

「閣下」

「わぁ!是非そうしていただけると、とーってもありがたいです!!」

「あんたは黙っていろ」

「そういう訳にはいきません。ウォルフィ。貴方、本当にこのまま、ヤスミンさんと行き違ったままでいい、と思っているのですか」

「…………」

「少なくとも自分はそうは思いません。貴方はヤスミンさんに、確かな愛情を寄せていますから」

「…………」

「つまらない意地を張るのはそろそろ止めましょうよ」

「…………」


 アストリッドに反論できず、押し黙るウォルフィの耳に扉を叩く音が届く。

 フリーデリーケもまた、執務室へと戻ってきたのだ。

 室内に入るなり、項垂れるウォルフィと彼を見つめるリヒャルトとアストリッドの神妙な雰囲気に、フリーデリーケは一瞬だけ片眉を擡げた。

 彼女に生じた僅かな不審を感じ取ったリヒャルトは、事の成り行きをフリーデリーケに話した。


「……そういうことでしたか。ヤスミンさん自身もお祭りに出掛けたいと零していたことがありましたから、上手くいけば実現できるかもしれません。私の方からも彼女を説得してみましょうか」

「本当ですか?!」

「えぇ。ただし、過剰な期待は抱かないで下さいね」


 ヤスミンが断る可能性も踏まえ、釘を差すフリーデリーケにアストリッドは何度も首をコクコクと縦に振ってみせる。

 『鉄の女』と名高い彼女が珍しく見せた温情に、ウォルフィもまた珍しく驚いたのか、彼女を食い入るようにじっと見つめていた。





(2)


 知らず知らずの内、目を通している魔法書の文字が二重に歪み、霞んでいく。

 鉛の重しを取り付けられたでもしたように、瞼が重く垂れ下がってくる。

 絶えず襲い来る睡魔によって、ヤスミンの集中力は削がれていく。

 何度も激しく頭を振ったり、頬を両手で抓ったり軽く叩いたりと、眠気を振り払おうとあの手この手を試してはみるが、一向に覚める気配がなく――、気付けばうつらうつらと舟を漕ぎかけてしまう。


「明日も朝早いのだし、今日はもう寝たらどう??」


 ふっと目の前の視界が明ける。

 両手で握っていた筈の魔法書が、ない。

 慌てて顔を上げれば、寝間着姿のフリ-デリ-ケがヤスミンから取り上げた魔法書に栞を挟んでいた。

 フリーデリーケはサイドテーブルに魔法書を置くと、ヤスミンの隣――、彼女が腰掛けているベッド脇に腰を下ろす。


「それとも、眠りにつくのが怖い??」

「…………」

「気持ちは分からなくはないわね。起き続けていることで永遠に朝を迎えずに済むのでは、と、錯覚を覚えてしまう。本当は有り得ないことだと知っているけど」

「…………」

「……若い頃、悩みや憂い事を抱えている時は私もそうだったわ。仕事に支障をきたすから、さすがに意味なく夜更かしすることはなかったけど」

「…………」

「……やっぱり、()と会いたくない??」


 俯き、床に敷かれた絨毯に視線を落とし――、力無く首を横へ二、三度振ってみせる。

 肯定はしないが、否定にしては弱々しい反応。

 ルドルフが二人の足元へとすり寄ってきて、フリーデリーケの膝の上に飛び乗った。

 ヤスミンは床に視線を落としたまま、ルドルフの顎を撫でさするフリーデリーケにか細い声で答える。


「会いたくない……、訳じゃないんです……。ただ……」



 どう接していいのか分からないんです――



 帰り際、いつものように部屋まで迎えに来てくれたフリーデリーケに、「元帥から貴女にお話があるそうよ」と告げられ、一体何の話なのか、もしや暗黒の魔法使いや母に関する話なのか、と、戦々恐々としながら執務室へと向かった。

 ところが、出迎えたリヒャルトの表情・態度は普段通りの柔和なもので、お茶やお菓子を振る舞われながら、『試験勉強は順調に進んでいるか』『中央での暮らしは慣れてきたか』『何か困りごとはないか』など、ヤスミンの近況を尋ねる一方であった。

 まさかと思うが、呑気に茶飲み話するためだけにわざわざ多忙の間を縫って呼び出したのか、と疑いを持ち始めたところ。


「少佐から聞いたのだが……、君は今度開催される祭りに興味を示していたそうだね。開催日は国家試験の翌日だし、護衛付きの条件になるが是非とも行ってみるといいだろう。そうだ、どうせなら君の父君、シュライバー元少尉と出掛けてみてはどうだろうか。彼なら護衛としての役も務まるだろうし」

「…………」

「勿論強制ではないから、君が嫌ならば他の者を……」

「……少し、考え、させてください……」


 あの場では考えさせて欲しいといったものの、荒れ狂う海を漂う小舟のように、ヤスミンの心中は揺れに揺れていた。


 何の前触れもなく、突然乱暴に知らされた両親の存在と意外過ぎる正体。

 敵同士となり互いに憎み合い、ともすれば殺し合いも厭わない関係性。


 何の覚悟もなく、突然真実を畳みかけるように暴かれ、母に『いらない子』呼ばわりされたショックで、ゾルタールでの事件直後は自らの出生に関わる事々全て受け入れられなかった。


 しかし、時間の経過と共に冷静さと客観性を取り戻し始めると――、今度は別の思いが擡げ始めた。


 母が自分を突き放し、身代わりのようにロミーを連れ去ったのは、自分を守るため。

 父が自分の存在をずっと知らずにいたのは、放浪の魔女が皆に嘘をついていたため。

 更に遡れば、放浪の魔女が半陰陽の魔女に嘘をついていなければ、今頃はもしかしたら親子三人で仲良く暮らしていたかもしれない。


 そうかと言って、全ての元凶が放浪の魔女だけとは限らない。


 母も憎悪の感情に流されたあげく大量虐殺を引き起こし、父も母の話に耳を傾けることなく一方的に敵と見なしている。

 母も母で、父に見捨てられたのだと思い込んでいる。


 皆が皆、思い込みが強いせいで互いに対話が圧倒的に足りていない。

 もしも、この内誰か一人でも、今一歩踏み込もうとしていたのなら。


 結果は違うものに変わっていたかもしれない。


(……あとは……)


 母という愛する女がいたにも関わらず、何故、父は半陰陽の魔女の従僕と化したのか。

 彼の性格上、深い理由があってのことだろうが、それでもヤスミンは納得できない。


(……だって、従僕は魔女との契約を交わすために……)



 理由はどうあれ、父が母を見捨てたあげく半陰陽の魔女と関係を結んだことが許せない――



 眠気も手伝ってか、ヤスミンはやや投げやりな気分で父母への心情を正直に打ち明けた。

 フリーデリーケはすでに膝の上で寝てしまったルドルフの背を撫で、黙ってヤスミンの話に耳を傾けていた。


「長々と話してしまって……、ごめんなさい。フリーデリーケさんの言うように、今日はもう寝ます」

「そうね。随分と疲れているみたいだし、すぐに寝た方がいいわね」


 フリーデリーケは素っ気なく返すと、ルドルフを抱きかかえてベッドへと横たわる。

 同じベッドで、フリーデリーケの隣のスペースにヤスミンも身を沈める。


 この部屋で暮らし始めた当初はヤスミンがこのセミダブルベッドを使用し、その隣でフリーデリーケは簡易用の組み立て式ベッドを使用していた。

しかし今では二人と一匹、一つのベッドに収まる形で眠っている。


「貴女が心地良い眠りにつけるよう、ちょっとした寝物語を聞かせてあげるわ」

「寝物語、ですか??」 

「とある魔女が拾った死人同然の男と、彼が魔女と交わした特殊な契約方法のお話よ」


 フリーデリーケの唇から、淡々と静かに語られる寝物語。


 話が進むにつれ、ヤスミンを襲っていた強力な眠気はいつの間にか弾け飛んでいった。

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