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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第五章 Every Single Night
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Every Single Night(21)

(1)


「夜分遅くの訪問、失礼致します」


  凛とした響きを持つ中音が特徴的な、妙齢女性の声。

  前触れもなく彼女が現れる時はリヒャルトから緊急の命が下されるのが定例だ。


「どうぞ入って頂戴、ポテンテ少佐」


  固い声で入室を促すハイリガーと、彼女の弟子達から不安と戸惑いがないまぜとなった視線を一身に浴びながら、フリーデリーケは朱塗りの間の扉を開く。

 多くの視線を気に留めることなくフリーデリーケは挨拶もそこそこに、極めて事務的な口調でハイリガーに告げる。


「ハイリガー殿、単刀直入に申し上げます。ギュルトナー元帥閣下の命を受け、今夜よりしばらくの間、ヤスミン殿の身柄を中央で預からせて頂きます」

「はぁ?!何ですってぇ!!いきなり何を言い出すかと思えば……、ちゃんと理由を説明しなさいよ!!」


 寝耳に水、それも理不尽さを感じるリヒャルトからの命にハイリガーは憤然と理由を求め、フリーデリーケは表情一つ変えることなく、理由を淡々と説明し始めた―― 



「ちょっ……と、待ちなさいよ!!それってイザーク達をおびき寄せる為に、ヤスミンを体良く利用しようとしているだけじゃない!!厳戒態勢で警護を強化させたとしても、あいつがちょっと本気出せば意味をなさなくなるわ!!第一、今のヤスミンは精神的に強いショックを受けたばかりで酷く混乱してるのよ?!そんな状態で見知らぬ土地にたった一人で送るなんて……、アタシは絶対反対よ!!絶対に、ヤスミンを中央になんか行かせないわ!!」

「ハイリガー殿。閣下の命令は絶対です。逆らえば、命令違反の罪と不敬罪で厳罰に処されますよ」


 当然の如く、ハイリガーが益々激高する一方、フリーデリーケも怯むことなく努めて無感情に畳みかける。

 ハイリガーは怒りで血走ったエメラルドの双眸をカッと見開き、フリーデリーケを憎々しげに睨む。

 フリーデリーケが女性でなければ、胸ぐらを掴んで身体を揺さぶるくらいはしていたかもしれない。

 怒髪天を衝く勢いのハイリガーを、フリーデリーケは切れ上がった群青の瞳で冷ややかに見上げている。

 彼女も彼女で、憎まれ役を演じてでもヤスミンを中央に連れ帰る任務を放棄する訳にはいかないからだ。

 大抵のことならばあっけらかんと明るく笑い飛ばす師が怒り狂い、我を忘れて喚き散らす姿に弟子達は一様に青褪めた顔色で事の成り行きを見守るしかない。

 アストリッドですら仲裁に入る隙を見つけられないでいる。


 何方ともに譲歩を許さず、延々と応酬が繰り返されるのかと思われた――、が。



「……御師様。私、ポテンテ少佐と一緒に、中央へ、向かいます……」


 言葉とは裏腹な、か細く弱々しい声を発し、長椅子からヤスミンがよろよろと立ち上がったのだ。


「ヤスミン……!」

 悲痛な声で叫ぶハイリガーを、ただでさえ白い顔を青褪めさせつつヤスミンは言葉を続ける。

「元帥閣下から命を下されたのなら……、行くしかないじゃないですか。暗黒の魔法使いが、マ……、ロッテ様と私の繋がりを知った以上、また何を仕掛けてくるのか、分かりませんし……。それに……、ロミーみたいに、親しい誰かが巻き込まれるのは、もう、嫌、なんです……」

「……ヤスミン……」


 どこか悲壮ささえ感じられるヤスミンの決意に、ハイリガーは言葉を詰まらせてしまう。

 師が黙ったこと=了承を得られたのだと判断したヤスミンは、今度はフリーデリーケへと向き直る。

 

「お話は……、大体理解できました。ポテンテ少佐、すぐに荷物を纏めますから……、少しだけお時間を貰えますか……」

「えぇ、勿論構わないわ」

「……ありがとうございます……」


 ヤスミンはフリーデリーケに一礼するとエドガーに付き添われ、覚束ない足取りで部屋を退出していく。


 頼りなげで寂し気にも関わらず、異論も反論も一切受け付けないと言いたげな後ろ姿に、弟子仲間もハイリガーですらも声を掛ける余地が見つからなかった。






(2)


 ヤスミンが一旦自室へ引き下がっていったのを機に、他の弟子達も一人、二人……と各自の部屋へ戻って行き、ハイリガー、フリーデリーケ、アストリッド、ウォルフィの四人のみが朱塗りの間に取り残されていく。

 四人だけになったのを見計らうように、ウォルフィはずっと支えてくれていたアストリッドの手を徐に振り払った。

 突然ウォルフィから邪険に扱われた上に不信も露わに鋭く睨まれたことで、アストリッドは彼が自分への疑心が再燃したのだと察した。


「あんたと南の魔女に尋ねたいことがある。ヤスミンが、俺と――、東の魔女との間に生まれた娘だと、知っていた、のか――??」


 不審、怒り、戸惑い――、内心に渦巻いているだろう複雑な感情を押し殺すかのように、平静を保った声で詰問するウォルフィに、アストリッドもまた、落ち着き払った態度で答える。


「……正直に答えますね。あくまで憶測の範疇ですが、もしかしたら、そうじゃないか、とは、思っていました」

「……いつ頃からだ」

「きっかけは、リュヒェム滞在時でロッテ様と一緒にお風呂に入った時です。ロッテ様のお腹に妊娠線の痕らしきものが残っていたのを、目にしました。それから、ヤスミンさんが貴方に背負われてこの城に戻ってきた時、貴方と面差しがよく似ていると……。ヤスミンさんの実年齢を逆算すると、貴方がロッテ様を魔女狩りから救い出した時期と上手い事重なる……。でも、どれも確たる証拠として突き出すには今一歩足りない……」

「分かった、もういい」

「……信じて下さい。はっきりと事実を知っていて、黙っていた訳ではないんです……」

「南の魔女、あんたはどうなんだ。少佐は元帥から知らされたのでしょうが、何故閣下はこのことを俺に黙っていたのですか」


 哀しげに表情を歪ませるアストリッドを無視し、今度はハイリガーとフリーデリーケに問い掛ける。

 

「アタシは……、新生児だったあの子を預けにきたヘドウィグちゃんから、『産後の肥立ちが悪くて死んだ魔女の子で、父親もすでに世を去っている』と聞かされて、ずっとそれを信じていたのよ……」

「元帥閣下はヘドウィグ殿から聞かされていたそうです。ただし、ヘドウィグ殿に他言無用だと言い含められたそうですし、貴方とロッテ殿との因縁、何よりアストリッド殿との主従関係を壊しかねない、と考えられた上で黙っていたのです」

「……また、あの女か……!!」


 瞬時に、ウォルフィの右眼の目尻が跳ね上がる。

 身体の底から沸々と湧き上がり、燃え滾る怒りで震えるウォルフィに、ハイリガーは聞き分けの悪い子供を宥めるような、あくまで穏やかな物腰で諭し出した。


「元帥閣下に関しては知らないけど、アタシとアスちゃんに限っては本当につい最近まで何も知らなかったのよ……。貴方から聞かされた、シュネーヴィトヘンとの過去の話や、貴方とヤスミンが一緒にいるのを見て面差しが似ている、と気付かなければ……」

「気付いた時点で何故言わなかった」

「はっきりした証拠もないのに言える訳ないでしょ??じゃあ、アタシからも聞くけれど……、『ヤスミンが貴方とシュネーヴィトヘンとの間の子かもしれない』と伝えたところで貴方は信じてくれた??大方『証拠がない』って跳ねつけたんじゃないの??」

「…………」


  反抗的な視線と顔付きは変わらずとも、ウォルフィの隻眼から不信の色が僅かに薄まった辺り、ハイリガー達の言い分を一応は信じてくれた、らしい。

  自分だけが置き去りにされていた状況に、今更腹を立てたところで何の生産性も生み出さないことに、ウォルフィ自身も気付いていた。


 黙っていた二人を完全に許すことが、今の彼には少し、難しい。

 それ以上に、過去としっかり決着を付けず、逃げていた己自身は、もっと許し難い。



「ポテンテ少佐、お待たせしました」


 少女特有の高い声が耳に届き、ウォルフィの意識は現実に引き戻された。


 恐る恐る声の主――、ヤスミンを視界の端に、彼女に気付かれないように映し出す。

 ウォルフィの視線に気づくことなく――、むしろ彼を視界に入れないようにしているのか――、ヤスミンは 彼に見向きもせず、革製のボストンバッグと日傘を抱え、エドガーと共にフリーデリーケの許へと近付いていく。


「ゲッペルス准尉。明日明朝、貴方も中央に戻って頂戴。引き続きヤスミン殿の護衛を任せるわ」

「はっ!!」

「御師様、しばらくゾルタールから離れますが、どうか皆をお願いします」

「えぇ、分かったわん……。ヤスミンこそ、どうか、どうか元気にここへ帰ってくるのよ!」

 「はい、必ず。アストリッド様も……、試験の際はお世話になりますし、また中央でお会いしましょう」



 それぞれが言葉を交わす中、ウォルフィただ一人だけが、暗く孤独な夜の世界に迷い込んだ――、絶望的な錯覚に陥っていたのだった。

第五章「Every Single Night」終了。

来月二週~三週目辺りまでお休みを頂いた後、第六章「Sullen Girl」を開始します。

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