Every Single Night(19)
(1)
「そんな目で見ないでくださいよ、リザ様。美しき血塗れの白雪姫を敵に回してまで、あのヤスミンとかいう娘に固執する気はありません」
「…………」
嗤うイザークに不信の視線を送り続けるシュネーヴィトヘンは、長らく胸中で抱き続けていた疑念をぶつけにかかる。
「貴方は一体何が目的なの。何の意味もなさない、国を乱してまで、質の悪い騒動を繰り返すのは……」
「言っておきますが、僕は富や権力、国の支配などには全く興味ありませんから」
シュネーヴィトヘンが皆まで言い終わらぬ内に、イザークははっきりと語気を強めて言葉を遮った。
「しいて言うなら、賭けがしたいのです」
「賭け??」
「えぇ……。僕の遊びにどこまでリントヴルムの人々が持ち堪えられるのか。僕が遊びに飽きるのが早いか、国が滅びるのが早いか、という……、ね??」
「なっ……」
悪い意味で予想を遥かに裏切る答えに、シュネーヴィトヘンは絶句するより他がない。
呻くように喉を鳴らし、さりげなくイザークの傍からじりじりと後退するシュネーヴィトヘンに向け、イザークの歪んだ笑みが益々深くなる。
「……ナスターシャは、知っている、の……??」
ようやく唇から発せられたのは、小さな子供のような拙い口調での問い掛けだった。
「えぇ、勿論です。ナスターシャ様は全てご存知ですよ」
「そんな、理由にならない理由で……、あのやり手の雌豚が従うとは、思えないけど」
「おやおや、美しいお顔に似つかわしくない、口汚い言葉は使わない方がいいですよ??」
「余計なお世話よ……」
「困った白雪姫ですね。僕が言ってるのは本当ですよ??ナスターシャ様は、愚かで脆弱な人間風情や力があろうと不器用な性格揃いの魔女達では僕を倒すことなど到底無理だろう、と判断されたのです。僕についた方が確実に生き延びられるから、と。いやはや、あの方の、生に対する執着心は相当なものですよ!五十年前の魔女狩りの時も、生き延びるために多くの同胞を軍に売り渡したあげく拷問に加担していたのですから。未だに罪の意識の欠片もなく、全てなかったかのように振る舞う強かさは、まさに魔女の鏡!本来、魔女とはあのようでなくてはならない!!僕は、ナスターシャ様の、ああいった部分がとても気に入っているのです」
両腕を大きく広げ、ナスターシャへの賛辞を大袈裟に語るイザークの芝居掛かった動きに、シュネーヴィトヘンはただたじろぐばかり。
「あぁ、貴女のことも勿論気に入っていますよ、リザ様。ご自身で己の首を絞め続け、雁字搦めになっていく、どうしようもなさがね……、何とも堪りませんねぇ」
「……気色悪いわ……」
イザークからの侮辱に、身体の横に付けた両腕が自然と拳を形作り、怒りで震えをきたし始める。
やはり、この男を――、と、攻撃魔法の詠唱を唱えようと口を開きかけた時だった。
空気を鋭く切り裂くようにして、二人の間を一本のダガーが擦り抜けていった。
ダガーは二人から少し離れた後方、煤に塗れた樹に突き刺さった。
ダガーが飛ばされてきた方向を確認すると――
黒いボディスーツの上に黒いローブを纏い、顔の半分以上、鼻から下を黒いスト―ルで覆い隠した長い黒髪の、恐らくは女――、もとい、密偵の魔女イーディケが両手にダガーの柄を握り締め、二人と対峙していたのだ。
「流石はギュルトナー元帥の忠実なる愛犬。鼻がよく利きますねぇ」
イザークの挑発にイーディケは反応を全く示すことなく、頭に被るフードの奥から深海のような青の双眸で冷たく見据えている。
それも数瞬のみで、すぐに手にしていたダガーだけでなく、腰や脚に取り付けたホルスターから新たなダガーを抜き取り、二人に投げつけていく。
けれどダガーは二人に掠り傷一つ負わすことなく、避けられていく一方であった――、かと思いきや。
イーディケが投げたダガーは周囲の樹に突き刺さることなく、くるっと向きを反転させて再び二人に向かっていく。
それすらも二人はいとも簡単に、さらりと避けることができた――、が。
ダガーは二人の周囲を丸く、円を描くようにして地面へと突き刺さっていき、一本だけ残されたダガーの柄を両手に固く握り込み、イーディケは口早に詠唱した。
イザークとシュネーヴィトヘンの足元から、もくもくと赤黒い靄が発生。
靄で視界が封じられている間に、二人は真四角の頑強な鉄格子の檻の中に閉じ込められていた。
鉄格子全体に高圧電流が流されているせいで、二人は檻の中心で背中を合わせる形で身動きが取れないでいる。
イーディケがリヒャルトの元に二人を送り付けるため、新たに転移魔法を発動させようと詠唱し始めた矢先。
靄の中に立つイザークの手に、いつの間にか赤銅色した指揮棒型のワンズが手に握られていた。
ワンズの存在に気付いたイーディケが即座に攻撃魔法を仕掛ける前に、イザークから発動させた紅蓮の炎が彼女の身に襲い掛かる。
防御魔法を発動するよりも、イーディケが火だるまになる方が早かった。
咄嗟にローブを素早く脱ぎ捨てたため、火だるまになったのはほんの一瞬のみだったものの、全身に纏わりつく炎を消し止めている間に、イザークはシュネーヴィトヘンとロミーを伴い、瞬間移動で逃亡を図っていたのだった。
黒く焼け焦げた樹々の中、自らの身体にも焦げ臭い臭いを染み付かせながら。
ビリビリと電流が流れる音だけを虚しく響かせる、もぬけの殻となった檻を呆然と、それでいて心底口惜し気に奥歯を噛みしめながら、イーディケはきつく、きつく睨み付けていた。
(2)
葬儀を終えて間もなく邸宅へ戻ったリヒャルトは取り急ぎ元帥府に向かうため、自室で喪服から軍服へと着替えていた。
すでにズボンとブーツは履き終えており、上衣の中に着るシャツは喪服の中に着ていたもののまま、ネクタイだけを取り換える。
壁際に掛けられたハンガーから開襟の上衣を着ようとした時、背後の床から天井に掛けて強く発光し出した。
光に引き寄せられるように振り返る。
発光の威力が増していく中、虹色の光の中からイーディケがゆっくりと姿を現していく。
光が徐々に薄れていくにつれ、リヒャルトはイーディケの異変を感じ取った。
毅然とした立ち姿はいつも通り変わらないものの、どこか我が身を庇っている様な。
はっきりと表情が見える程に光が消失した時には、ローブを着ておらず、彼女にしては珍しく憔悴していることに気付いた。
虹色の光が完全に消失すると、リヒャルトはまだ身体のあちこちに虹色の残光を纏わりつかせて膝をつき、頭を垂れるイーディケの傍へと歩み寄る。
彼女の傍に近付くと、衣服や鬘が焼け焦げた臭いが鼻をついてきた。
イーディケは頭を深く垂れたまま、淡々と、けれど、言葉の端々に悔しさを滲ませながら、イザーク達の件を包み隠さず、全てリヒャルトに報告した。
「ギュルトナー元帥閣下。暗黒の魔法使いとロッテ殿と接触しておきながら、捕縛に失敗した私めに、どうか、どうか処分の沙汰を……」
更に頭を深く垂れ、声を震わせてイーディケは処分を申し出た。
気丈な彼女が声のみならず、身体も震わせリヒャルトの判断を待つ姿を、リヒャルトは静かに見下ろしていた、が。
「……イザークとロッテ殿のみならず、ナスターシャ殿とも手を組んでいたこと、奴の目的の一端が確認できた。有益な情報を幾つか知れただけでも、充分だ。それに、私は彼らの捕縛までは君に命令してない」
「しかしながら……」
「今、君を処分したところで何になるという。やっと彼らの情報が掴めたというのに、信に置ける有力な駒を減らすなど愚の骨頂」
「…………」
「よって、君への処分はなしだ」
「……御意……」
「それよりも……」
まだ、立ち上がるどころか顔を伏せたままのイーディケに合わせるように、リヒャルトは床に片膝をつくと。
イーディケの頬に片手を添えてやや強引に上向かせ、もう一方の手で黒髪の鬘を取り外した。
煤で汚れた顔、ダークブロンドの短髪は毛先が焼け焦げ、ところどころ縮れている。
顎下まで引き下げたストールも黒革のボディスーツも、あちこちが毛羽立ち、破れたり、熱によって穴が空いている。
顔を上向かせた際、微かに眉を顰めたことからどこかに火傷を負っているに違いない。
「おそらく、怪我や火傷を負っているのだろう。治癒回復を……」
「元帥のお手を煩わせる訳にはいきません。自分でやります」
案の定、イーディケはリヒャルトの申し出を固辞する。
「そんな疲弊しきった状態では完全に回復できはしない」
「しかし……」
「まだ君には、引き続きやってもらいたいことがあるから、私は言っているだけだ」
「…………」
「本日中にもう一度ゾルタールに出向き、今度はポテンテ少佐としてハイリガー殿の居城へと向かって欲しい。だから、私に君への治癒回復魔法を掛けさせてくれ。これは命令だ」
命令と言われてしまえば副官としても従僕としても、イーディケはリヒャルトに従わざるを得ない。
「……了解、致しました……」
渋々、といった体で、イーディケはリヒャルトからの治癒回復魔法を受けることに、ようやく首を縦に振った。
リヒャルトはイーディケの両肩にそっと手を置き、詠唱する。
イーディケの全身が濃黄色に光り輝き始めると、彼女の唇に自身の唇を重ね合わせた。
治癒回復を行いながら魔力注入することで、回復力が更に高まるからだ。
数十秒後、光が消失すると共に唇を離すと、煤で汚れていたイーディケの顔も焼け焦げた毛先も元に戻っていた。
回復したイーディケの姿を確認すると、リヒャルトは立ち上がってハンガーを手に取り、軍服の上衣に袖を通し始めた。
「君の軍服は、この部屋のクローゼットの中にすでに用意してある」
それだけ言い残し、リヒャルトはイーディケを振り返ることなく扉まで進み、自室を立ち去っていく。
扉が閉まるのを見計らい、イーディケ、もとい、フリーデリーケは「本当に……、狡いのだから……」と、小さく呟いてみせた。
フリーデリーケの呟きが聞こえてないにも関わらず扉の向こう側では、「……ああでも言わなければ、君は私に従ってくれないじゃないか……」と、まるで彼女の言葉に反論するように、リヒャルトも呟いていたのだった。
イザークの目的が垣間見えました。
半陰陽の魔女番外編集にて「遠くて近い、近くて遠い、存在」という、リヒャルトとフリーデリーケの過去話を投稿しています。(全三話)




