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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第一章 Criminal
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Criminal(4)

(1)


 ――翌日、正午過ぎ――



 赤い三角屋根と白い外壁、部屋ごとに長方形の白い格子付き窓が設置された、二階建ての平屋――、コブーレア町長の亡き娘が通っていたというギムナジウムの正門へと続く松の並木道の陰に隠れ、アストリッドとウォルフィは門前の様子をこっそりと伺っていた。



「うーん、田舎町のギムナジウムとはいえ、やはり警備の者が見張っていますねぇ……」

 正門の前には屈強な体格をした中年男が佇んでおり、アストリッドは背後のウォルフィを振り返る。

「ウォルフィ。不審者の振りして、警備員にちょっと喧嘩でも吹っ掛けてきてください」

「断る」

「そこは御意、って言ってくださいよぉ」

「透過の薬でも飲んどけ」

 どっちが主だが従僕だか分からない二人の会話である。

「ううぅぅ、あれ、作るの結構難しいのに……」


 ぼやきながらアストリッドは、黒革製のウエストポーチの中に手を突っ込み、ごそごそと薬を探し出す。

 親指程の大きさの薬瓶の中には、やや粘り気を帯びた透明色の液状の薬--、これが透過の薬である。


 その薬を取り出した際、ナスターシャから送られた手紙がポーチからはみ出てきてしまう。

 中へ押し込もうと、手紙の端を掴んだ時、アストリッド目掛けて疾駆する黒い影が。

 アストリッドより半瞬早く影の気配を察知したウォルフィが、腰に下げていたホルスターから銃を抜き取る。


「ウォルフィ、撃っちゃダメです!」

「!?」


 アストリッドの制止でウォルフィが一瞬動きを止めた隙に、黒い影、もとい鴉に変身したユッテがアストリッドの指先を激しく突く。

 突かれた痛みで指を離してしまうと、ユッテは手紙の端を嘴に挟み、ポーチから素早く引き抜いた。

 再び銃口を構えるウォルフィに「駄目だと言いましたよね!?命令に従いなさい!!」と、幾分怒気を含んだ声色でアストリッドはまたも制止する。

 ここまで厳しく止め立てするのは何か理由があるのか、と、察しつつ、内心の苛立ちはどうにも拭えない。

 その間にも、手紙を咥えたユッテは銃弾が届かない距離まで遠く飛び去ってしまっていた。



「……何故止める。多分だが、あれは西の魔女からの」

「ナスターシャ様と直接話をした以上、もう自分もあの手紙は特に必要としないからです。ウォルフィの言う通り、さっきの鴉はナスターシャ様の従僕でしょう。彼女は、本当はコブーレア町長の私刑を本気で止めるつもりがないのです。止め立てしたことにより、町長の自分への心象を悪くしたくないから。私刑を実行しようとするくらいの人ですから、何らかの形で、例えば、ナスターシャ様を貶めるような換言を軍に上申するかもしれません」

「それがどうした。やましいところがなければ、何をどう言われたところで問題ないだろうが」

 アストリッドは、うーんと小さく唸り、慎重に先を続けた。

「……昔ほどではありませんが、国境の守りを魔女に任せることに軍部内で反発を抱く者は少なくありません。例え濡れ衣だとしても、僅かな落ち度を見つけ次第、糾弾して確かな地位から引きずり降ろしてやろうと目論む輩もいるでしょう」

「我が身の保身の為にあんたに手紙を寄越した証拠を隠滅し、自分は知らぬ存ぜぬを貫くということか」

「それだけじゃないでしょう。おそらく、さっきの従僕に自分達を監視させ、犯人を見つけたところで町長に密告し、私刑を行うよう取り計らうかと……。そうすれば、あくまで自分達の手違いのせいで、私刑が実行されてしまったように見せかけられますからねぇ……、って、そんな怖い目で睨まないでくださいよ」

「西の魔女の企みを見抜いていながら、あえて乗っかってやる阿呆振りに呆れているだけだ」

 アストリッドは怒るどころか、ふふっ、と噴き出してみせる。

「お喋りはこの辺に留めておいて透過の薬を飲みましょうか。これを飲んでおけば、とりあえずはあの鴉の監視の目からは逃れられます」


 アストリッドは、手にしていた薬瓶をウォルフィに手渡すと、再びウエストポーチの中をごそごそ漁り、もう一つ透過の薬の瓶を取り出す。

 ねじ込んだコルクの蓋をキュッと軽く捻って取り外し、薬を一口で飲み切ると――


 爪先から膝、腰、腹……と順に、空気と同化していくように身体が透けていく。

 主に倣って薬を飲んだウォルフィの身体も同様に。


 薬を飲んだ者同士だけしか姿が見えない、声も聞こえない。

 身体や声だけではない、身に着けている衣服も全て身体と共に見えなくなった。

 透明人間と化した二人は、松の並木道から正門へと進み、難無くギムナジウムの潜入に成功したのだった。





 二人の身体が透過していく一部始終を監視していたユッテは、案の定途方に暮れていた。

 知らなかったとはいえ、何故、手紙と共に薬も奪わなかったのだろうと、大いに悔やまれてならない。

 だが、もしも薬を奪いに飛んでいこうものなら、今度こそ半陰陽の魔女は白髪隻眼の従僕を制止せず、ユッテは射殺されてしまっていただろう。

 きっと、わざと手紙も奪いやすいように仕向けたに違いない。

 さっさと奪取させてこちらを安心させたところで薬を飲むために。

 

 悔し紛れにグワッ、グワッと発した鳴き声が、雲一つない、澄み渡る快晴の空へと虚しく響き渡った。




(2) 

 昨日から通学を再開したロミーは、今日も何事もなく平和に学校生活を送れたことに、心の奥底から深く、深く、安堵していた。

 昨日の朝こそ、教室の扉を恐る恐るそっと開けた直後、すでに登校していた級友達からの驚愕の視線を一身に浴び、大層気まずい思いで席に着いたものだったが。

 後から登校してきた級友が、廊下側の一番後ろの席に座る自分をさり気なく二度見してくるのに居心地の悪さを覚えたものだが。

 それも最初の内だけで、級友達は幽霊のように影の薄い自分への関心など、半日と経たずに失くしてくれた。

 静かで心穏やかな日々を数年ぶりに取り戻せたことに、ロミーは満足しきっていた。


(……幽霊、と言えば……)


 あの白塗りの魔法使いは、自らを歴とした人間だと語っていた。

 確かに、身体に触れた感触はどう考えても生身の人間のものだと感じられたものの、ロミーにはどう見繕っても魔性の類にしか見えない。

 人間だという証拠として、名前を教えて欲しいしドーランの下の素顔を見せて欲しい、と伝えたところ――


『僕の素顔を見てもいいのはこの世でたった二人だけなんです。申し訳ないけれど、君には絶対見せられません。名前も……、君にはまだ教えてあげられないですね』 


 素顔を見てもいい二人とは、誰、と尋ねてみた。

 白塗りの魔法使いはわざとらしく逡巡する振りをしてみせた後、『一人は魔女マリア。もう一人は……、おっと、もう一人に関しては内緒ですかね』と笑って答えた。


 マリアとは、リントヴルムを滅亡の危機に陥らせた凶悪な魔女か、と畳みかけると、『彼女の他に、誰がいると言うのかな??』と、肯定の意を示してきた。

 五十年前に死んだ魔女の名を持ち出して誤魔化そうとしている、と、思い至ったロミーは諦めて追及の手を止めた。

 きっと、何を聞いたところでまともな答えなど引き出せそうにない、と悟ったからだ。


 『契約』を交わしたからと言って、白塗りの魔法使いに特別な感情を抱いている訳ではない。

 あちらには自分の全てを把握し尽くされている(ように思う)のに、こちらは何一つ知らないなんて、と、思うと、少し、不公平な気がしてならないだけである。


(……もしかしたら、魔女マリアに関する文献を読んでみたら、あの白塗りの魔法使いについて、何か書いてあるかもしれない)


 授業が終わったら、図書室に寄って調べてみよう。

 むくむくと擡げ始めた好奇心に逸る心を抑え、ロミーは授業内容など全く聞きもせず、放課後まで時間が経つのをひたすら待ち続けていた――



 焦れる気持ちばかりが募ること数時間、その日最後の授業が終わる。

 教師が教壇の前から降り、教科書や筆記用具の片付けを終えた順に生徒達が、一人、また一人と教室から去っていく。

 真っ直ぐ帰宅なり、クラブ活動への移動なりするため、一斉に廊下を進み、階段を駆け下りる。

 ロミーもその中の一人だった。

 彼女の場合はどちらでもなく、一階の図書室へ向かうためであったが。


 階段を降りてすぐ左に曲がると食堂があり、更に三つ程部屋を通り過ぎた突き当りに図書室がある。

 食堂や各部屋を右に、格子付きのハイサッシの窓を左に廊下を進む。

 窓からは西日が差し込み、牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡のレンズとオレンジ色の髪に光が反射する。

 眩しさの余りに顰め面で歩きながら、透明人間と化した半陰陽の魔女と従僕の横を通り過ぎていたことに気付く由もなく、図書室の扉を開ける。


 終業して直ぐだったからか、まだ誰も図書室に訪れておらず、入ってすぐ右側のカウンターの中に座っている筈の司書の姿すらも見当たらない。

 この方が却ってゆっくり調べられて好都合かも、と、ロミーは早速、歴史文献の本が置かれている本棚へ向かう。

 入り口から見て正面に本棚は配置され、四つの本棚が奥へと向かって並んでいる。

 歴史文献に関する本は最奥の本棚の裏側に、申し訳程度に置かれているだけだから、ひょっとするとロミーが探している内容のものはないかもしれない。

 駄目で元々、ないならないで休日に町の図書館にでも探しに行けばいい。


 そんなことを思いながら、ロミーは『リントヴルム西部地方の歴史・伝承』と題された本を手に取った。


 何十年も前に発行されたものなのか、茶色の装丁は随分と色褪せてボロボロに傷んでおり、背表紙の文字はすっかり薄れてしまっている。

 ページを開けば埃と黴臭い臭いが鼻につき、白かったであろう紙の色も薄い狐色へと変色しきっている。

 本を持っただけで心なしか手が痒くなってきた気がするのを堪え、ロミーは目次のページを捲り上げる。


(……これだわ!『悪徳魔女マリアの誕生秘話』)


 目次から魔女マリアの章まで一気にページを飛ばす。


 『あくまで噂の範疇に過ぎず、非常に曖昧な憶測でしかない』という前置きから始まる魔女マリアの章。

 ロミーは、白塗りの魔法使いに関する記述が書かれていないか、視力の悪い目を最大限に凝らして文面を追った。

 マリアの生い立ち、不遇極まる少女時代に続き、暗黒の魔法使いイザークとの出会い……、ここでロミーは、あっ!と思い至った。


 マリアが師事していたという魔法使いイザークの特徴(これも著者曰く、憶測らしいが)――、燃えるような赤毛の美青年だと――




『人の素性を探り出すとは……、何と質の悪い趣味を持っているのでしょう……!!』



 手にしていた本が一瞬にして真っ赤な炎に包まれ、轟轟と激しく燃え上がった。



「きゃあぁぁ!!あっつい!!」


 焦った弾みで本を床に投げ落としてしまった。

 火は床から本棚へと燃え移り、ロミーの周囲はたちまち炎の群れに囲まれる。


『僕の正体を知ったとあらば、君を生かしておく訳にはいかないですね』


 姿なき声が呪いのように、ロミーの頭の中で静かに反響する。

 恐怖のどん底に叩き落とされ、歯をガチガチと音を立てて鳴らす程に全身が震え上がる。

 この場から逃げ出そうにも、パチパチと火柱を立てて燃え盛る炎の中を脱出できる自信が、ない。

 ロミーは今、些細な好奇心を抱いたせいで死の淵に立たされている。

 姿なき声に必死で赦しと助けを請うにも、唇がパクパクと動くのみでそこから声を発することがままならない。

 次から次へと、とめどなく溢れ出てくる涙を拭うこともせず、迫りくる猛火の中で成す術もなく立ち竦んでいた――、その時――



 ロミーの小さな身体を内側から破壊するかのように、彼女の全身から巨大な炎の塊が噴出したのだった。



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