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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第五章 Every Single Night
58/138

Every Single Night(17)

(1)

 鋼の如く太く固く黒い剛毛を逆立て、五十の頭部を振り乱しては地の底まで届きそうな唸り声を上げ続ける。

 獲物を狙うべく姿勢を低くしたケルベロスに怯え、重機関銃を構えていた兵士の中には戦闘放棄しかける者、恐怖に耐えて踏み止まる者、逃げようとする者を制止する者と、士気が乱れ始めている。


 その上階の窓では、ケルベロスの赤く光る眼球に狙いを定め、ウォルフィがライフル型の魔法銃を休む間もなく連射し、ハイリガーも詠唱しながら光弾で眼球を撃ち抜いていく。

 眼球を潰された頭部の幾つかが悲鳴を上げる中、まだ撃たれていない残りの頭部は威嚇するように咆哮する。

 口を大きくこじ開け、激しい地鳴りを伴う咆哮と共に唾液が飛散し、城門の石壁のあちこちに付着。

 唾液に含まれる猛毒によって濃灰色の石壁はどす黒く変色し、石と石の繋ぎ目からは鶏の鶏冠の形に似た薄紫色の花、鳥兜が発生し始める。


 兵士たちが益々怯む中、ケルベロスは後ろ足で二、三度地を蹴り上げ、城門に向かって猛突進してきた。

 彼らと同様に窓際で攻撃を仕掛けていたウォルフィとハイリガーは、ぐったりしたアストリッドの襟首や腕を掴んで引きずりながら奥へと素早く下がり、咄嗟に石柱の陰に身を隠した。


 どぉぉん!!と城門全体が激しい揺れに見舞われる。


 ケルベロスが激突したせいで辺りに土埃が舞い上がり、天井壁からぱらぱらと石の欠片が降り注いでくる。

 土埃で視界を遮られ、充満する黴臭い臭気が鼻や咽頭に絡みつき、思わず咽てはげほげほと咳き込む。

 ケルベロスのそれぞれの頭部は窓に鼻先を突っ込んだり、城門の外壁に齧りついたり前足を掛けて引っ掻いたりと、好き放題暴れ回っていた。


 先程と同じく柱の陰から目に狙いを定めて攻撃を続けるものの、振動が収まらない中で猛毒を含有する唾液を避けながらのため、思うように仕留められない。

 黒い森の鎮火を行いたくとも、この状況を打破しなければどうにもならない。


 こうしている間にも――、ウォルフィもハイリガーも焦りばかりが募っていく中、依然、アストリッドは正気を失ったままでいた――








「ねぇ、半陰陽の魔女。貴女は僕とマリアをエゴの塊だと忌み嫌うけれど、自分とて同じではないですか。自らの自由と引き換えに実母を殺したのだから」

「…………」

「アストリッド。実の親じゃない他人なんかが、特異な力と身体を持った貴女を真に認め、受け入れてくれるとでも思っていたの??」

「…………」


 小馬鹿にした物言いをするイザークにも、案じるように優しく諭すマリアにも。

 アストリッドは無言を貫き通し続けている。


「マリアの死後五十年、貴女はずっと国民の為、マリアに代わって贖罪し続けていますが……。一体それが何になるというのですか。貴女の、ただの自己欺瞞に過ぎないではないですか。国にとっての英雄にでもなり崇められたいのですか」

「…………」

「アストリッド。今貴女の傍に居てくれる人達も所詮は貴女の強大な力を必要としているだけであって、貴女自身を愛している訳じゃないのよ」

「…………」



 両親の言葉を聞き流しながら、アストリッドの脳裏に浮かんできたもの――



 処刑も覚悟の上で犯した大罪を免罪し、贖罪と新たに生き直す機会を与えてくれた、ゴードンの深い皺に埋もれた険しい表情。

 幼少期から何のてらいもなく素直に慕ってくれ、立場が逆転した現在ですら命を下す時どことなく申し訳なさそうな、リヒャルトの柔和なアイスブルーの瞳。

 不肖の両親に対し遺恨を抱いているのに、『あいつらはあいつら、アスちゃんはアスちゃんで別物』と、何かと親身に助けてくれるハイリガーの明るい笑顔。


 

 そして――



 顔立ちは悪くない筈なのに目付きが悪すぎるが故の犯罪者顔で――

 超が付く程の堅物で根暗で全っ然可愛げがなくて――

 何かと口煩くて下手すれば拳骨を落としてくるか蹴りを入れてくる暴力野郎で――


 だけど、何だかんだで一番頼りになる――


 

 ()を始め、現在己の周囲を取り巻く人々の顔が浮かんでくると――、好き勝手語り掛けてくる両親への苛立ちは頂点に達していき、アストリッドは蹴倒すようにして椅子から立ち上がった。



「……例え、国民から忌み嫌われようが罵倒されようが、周囲の人々が自分を本心ではどう思っていようが、別に構いませんね。自分はただ、持って生まれた力を誰かの為に有効活用できればいいし、どんな理由があるにせよ傍にいてくれる人達を大事にしていきたいだけ。無駄??自己欺瞞??結構ですとも。少なくとも、自分の都合で人を傷つけてばかりいるお前達にだけは干渉される筋合いはありません。それに……。今、自分は……、無性にヴルストが食べたくて仕方ないんですよ!!!!だから、そこをどけぇぇぇ!!!!」


 裏返った大声で叫ぶと同時に、アストリッドは両腕を真っ直ぐ伸ばして両掌を二人に向けて拡げ――、二人の等身程の大きさをした赤い光弾を撃ち放つ――


「マリアはすでに死んだ!!イザークも姿を隠している!!過去や幻影になんか惑わされない!!でも、ヴルストの匂いは……、間違いなく本物!!!!だから、四の五の言わずに、食べさせろぉぉぉー!!!!」









(2)


 赤い光弾の眩さに思わず目を閉じ、そろそろ収まっただろう頃合いを見計らい、目を開ける。



「……あれ??……」


 アストリッドは思わず、しぱしぱと何度も目を瞬かせた。


「何で、自分は今、こんなごつごつとした石壁に囲まれた空間に……??しかも、何故床??らしきところに転がっているのでしょう??」


 頭が状況に全く追いつけていない中、すぐ傍の石柱の陰に隠れながら勝ち誇った顔付きのハイリガーが、不機嫌な顔して閉口するウォルフィが、床に伏しているアストリッドを見下ろしていた。


「あのー……、つかぬ事をお伺いしますが……、ヴルストは??」

 二人の顔を見るなり、アストリッドはヴルストの有無を問い質す。

「……あんた、それしか頭にないのか」

「アスちゃん、ごめんねぇー。貴女を目覚めさせるために、焼き立てヴルストの匂いのイメージを意識に流し込んだだけなのぉ」

「……うえぇぇぇぇー、そんなあぁぁぁ―」

 半身だけ起こしながら、アストリッドは徐に肩をがっくりと大きく落とす。

「あ、でもぉー、あれを何とかしてくれたら、お礼で幾らでもヴルスト食べさせてあげるわん」

「それならやるやる!めっちゃやりますー!!って、あれって何ですか??」


 立ち上がったアストリッドは、ハイリガーが指先で指し示す方向を辿り、「あれ」を意味するところを確認する。

 ケルベロスが城門の窓という窓に黒い鼻先を突っ込み、強靭な牙で外壁に齧りついている。


「なーんだ、そんなの簡単ですよ!」

「えぇっ?!」


 意外な言葉に驚くハイリガーと、無言で片目を瞠るウォルフィに、アストリッドはイザークとよく似た類の不敵な笑顔を、口元に湛えてみせる。


 アストリッドが下へと翳した掌から灰色の光が放射されると――、彼女の足元にはシュトレンが山のように積まれた大籠が出現。

 アーモンドやドライフルーツが生地に練り込まれ、表面に粉砂糖がふんだんにかけられた大量の菓子パンの登場に、ハイリガーとウォルフィは唖然とさせられるばかり。

 取り分けウォルフィは怒りすら覚えていて、ふざけてるのか、とアストリッドに掴みかかりそうになるのを堪えている。


「実はですねぇ、ケルベロスって甘い物が大好物なんですよー」

 ウォルフィの心中を知ってか知らずか、アストリッドは籠の中からシュトレンを何個か手に取ってみせる。

「うっひゃ、砂糖で手がべとべとする……。で、ウォルフィ、マドンナ様!このシュトレンをケルベロスに投げ与え、食べさせて下さい!!」

「シュトレンを与えることで奴らに何が」

「それは見てのお楽しみです」

「…………」


 言うやいなやアストリッドは、窓に鼻先を突っ込んでいるケルベロスの頭部の一つに近付いて行く。

 半信半疑ながら、ウォルフィとハイリガーもアストリッドに倣い、シュトレンを二、三個手に取って彼女の後に続く。

 焼き立てパンの香ばしい香りと甘ったるい匂いが混じり合い、辺りにぷんと充満する。

 シュトレンの甘い匂いにつられたのか、ケルベロスは壁に押し付けるようにして鼻先を、舌を中に更に突っ込んでくる。

 口元から垂れ流される毒性の唾液がかからないよう、細心の注意を払いながら、アストリッドはケルベロスが大きく開け放した咥内へとシュトレンを放り投げた。

 アストリッドに続き、ウォルフィとハイリガーも別々の頭部へシュトレンを投げ与えて行く。

 ケルベロスはそれまでの凶暴さとは一転狂喜し、蛇の尾をぶんぶんと振り乱してシュトレンに勢いよく食らいついた。

 まるで小さな子犬のような無邪気さに、ウォルフィとハイリガーが拍子抜けしていると。

 シュトレンを食べた順から、ケルベロスの瞼がとろんと下がり始め、徐々に動きが鈍くなっていく。


 残りの頭部にシュトレンを投げ与える作業は二人に任せ、アストリッドは先程から気になっていたこと――、窓からちらりと横目で垣間見た遠くの光景――、炎に包まれる黒い森。


(……雨雲よ。今すぐ空を覆い隠し、雨を……)

 

 大雨を降らせる魔法を発動させようと、アストリッドが念じた時であった。


 地上を照らす太陽の光も青い空も、全てが一瞬で暗闇に覆われたのだ。

ケルベロスの甘党に関してですが、「ケルベロスに蜂蜜と小麦粉で作った焼き菓子を与えると、食べている間は襲われずに目の前を通過できる」という話が元となっております。

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