Every Single Night(16)
今回、少し短めです。
(1)
白地に翼の生えた緑竜が描かれた布に包まれる棺を、喪服姿の男達が礼拝堂から運び出していく。
運び出される棺の後をヨハンの家族、続いて親族達が、礼拝堂に隣接する軍用墓地へと向かう後ろ姿を、親族の列最後方を歩きながらリヒャルトは沈痛な面持ちで眺めていた。
ヨハンの地位やこれまでの武勲を考慮すれば、本来なら大勢の軍関係者が葬儀に参列し、見送られるべきである。
しかし、真相は分からずとも反逆者の嫌疑を晴らせぬまま死を迎えた以上、近親者のみの密葬となるのは致し方なかった。
兄の死から数日の間何度となく自らに言い聞かせても、リヒャルトの胸中は決して晴れることはない。
何気なく仰いだ空は忌々しい程に晴れ渡り、暖かさを通り越してほんの少しばかり熱を帯びた風が頬を撫でていく。
礼拝堂から墓地へと続く道の両端は楓の並木が植生され、瑞々しい新緑の葉がさわさわと音を立てて風に揺れている。
誰一人として言葉一つ交わそうとしない、粛々とした静謐な空気の中、葉と葉が擦れ合う音とざくざくと土の上を踏み歩く靴音のみがやけに煩く耳に響く。
神経質な質ではない筈なのに、些細な事々が今のリヒャルトが抱える憂いを刺激してくる。
溜め息を零す代わりに、周囲に気づかれない程度に肩で小さく息をつくと共に、訴えるような強い視線を遥か前方から感じ取った。
自分で思っていた以上に、リヒャルトの足取りは相当遅れていたらしく、棺を囲む人々の列は随分と遠く離れていた。
先頭を歩くヨハンの家族は、すでに墓地が設けられている小高い丘へ登るための階段の途中まで上がっている。
視線の送り主はそこにいた――、ヨハンの息子、つまりリヒャルトの甥が階段に足を掛けたまま立ち止まり、振り返って彼をじっと睨み付けていたのだ。
傍から見れば、列から遅れて歩くリヒャルトを見咎めているように見えるだろうし、実際その意味も含まれているだろう。
だが、リヒャルトやヨハンと同じ色の瞳からは、剥き出しにされた強い敵意が存分に込められている。
『お前が掲げる理想のせいで父は死んだ』
『お前が父を殺したんだ』
ヨハンの息子もまた、ギュルトナー家に生まれた男子の例に漏れず士官の道を選び、今年の秋、士官学校を卒業する予定であった。
彼もまた父同様、魔女などに頼らずとも軍事力のみで国防を行うべきであり、また魔女達は厳重に統制すべきとの考えを抱いているところへ、父が魔女によって傷つけられたあげく命を落としたのだ。
父を奪った魔女が失踪する現在、行き場のない負の感情をリヒャルトにぶつけるより他がないのだろう。
国への理想の相違からヨハンとの確執を抱えていた以上、いずれ他の身内からも恨みを買うのはとうに覚悟していた。
リヒャルトは甥から浴びせられる激しい憎悪の念を避けることなく、視線を真っ直ぐに受け止めた。
幾らでも、憎みたければ憎めばいい。
その憎しみは一つ残らず、終生忘れることなくこの胸に焼きつけておこう――
互いに睨み合っていたのは、ほんの数秒程度の僅かな時間だったかもしれない。
甥がふっと視線を逸らして階段を上がり始め、足を止めていたリヒャルトも再び歩き始めようとした矢先。
複数の足音が、駆け足で背後から迫ってきた。
「……厳粛な葬儀の場に置いて騒々しい事この上ない。一体何事か」
振り返り様、駆け寄ってきた軍服姿の男達を、声を低めて叱責し、詰問する。
リヒャルトの厳しい態度に萎縮し、非礼の数々を詫びながらも男達は南部で発生中の緊急事態を報告した。
報告の全容を聞いたリヒャルトの顔付きが瞬時に変わる。
来た時と同じく慌ただしく走り去る男達の背を見送り、墓地へと足を向かわせようとしたリヒャルトは再び背後から近づいてくる気配を感じ取った。
複数ではなく一人、足音をなるべく立てないよう慎重に、かつ、速い歩調でこちらへ向かってくる。
リヒャルトが振り向くことなくその場に佇んでいると、気配の主――、喪服姿のフリーデリーケが彼の背から一、二歩下がった位置で立ち止まった。
「イーディケ。即刻、ゾルタールへ向かえ」
「御意」
即座に踵を返し、颯爽と歩く後ろ姿を一瞥した後、リヒャルトは今度こそ墓地へと、遅れを取り戻すために足を急がせたのだった。
(2)
「……ウォ、ウォルフィさん、が、私の……、パパ、なの……??」
脳内に流れ込んできた数々の光景が消え去った後も、ヤスミンは腰を抜かして地面にへたりこんだまま、動けずにいる。
「しかも、ママは……」
全身から込み上げる震えにより、カタカタと歯が打ち鳴らされて上手く言葉が紡ぎ出せない。
(……だから、ウォルフィさんの傍に、いると……、安心、できた、の……)
わあぁぁー!!と大声を張り上げ、ヤスミンは思いつく限りに詠唱を叫び散らす。
赤、青、橙、黄、緑……と、様々な属性の光弾がヤスミンの白く細い指先から何発も撃ち放たれる。
そうでもしないと、荒ぶる感情を到底抑えきれそうにないから。
闇雲に撃ち放たれた光弾は、周囲を囲む黒い木々の間を次々と掠めていく。
光が掠めた衝撃で枝がゆらゆらと大きく揺れ、千切れた葉がはらはらと地に向かって舞い落ちる。
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てながら、鳥が慌てて飛び去っていく羽音がそこかしこでこだました。
思えば、北部からハイリガーに送られてきた救援の思念をいち早く受け取れたこと自体が不思議に感じてはいたのだ。
自らの魔力の高さだけでなく、ウォルフィとの血の繋がりがあってこそ、だったと、すとんと腑に落ちる一方で。
生い立ちに関する真実を唐突に突きつけられ、ヤスミンはただただ混乱する一方でしかない。
「何やってんだよ!?」
「いたっ!!」
ガツッと力一杯大きな手で急に肩を掴まれる。
反射的に振り返った先には、中腰の姿勢で険しい表情を見せるエドガーの顔が間近にあった。
「あ……」
「お前なに……」
「……パ、パだったの……」
「あ??」
「……ウォルフィ、さんが……。……見て、しまった、の……!……ウォルフィさんと、東の魔女様が!!私の両親だったって……!!」
「何だってぇ!?」
ほとんど無意識に、ヤスミンはエドガーの軍服を両手で掴んで縋り付いた。
ヤスミンの言葉と行動にエドガーもどう反応していいものか、困惑するばかり。
だから、不覚にも、ロミーが小さく詠唱したことに気付くのが一瞬遅れてしまった――
「!?」
身体がふわりと宙に浮いたことでヤスミンはようやく我に返り、何事かと、慌てて今自らが置かれている状況を確認してみる。
まず、ヤスミンはエドガーに抱え上げられていた。
セクハラだ!とすかさず文句を言い募ろうとして、すぐに言葉を飲み込んだ。
少し距離を置いた眼前では、ロミーが昏く不気味な、それでいて恍惚とした表情で二人に微笑んでいる。
「……ねぇ、あたしを嫌いじゃないって言うなら……、証拠を見せてよ。ここから一歩も動かないで、最後まで一緒にいてよ」
「…………」
先程の映像を見せられた時とは違う種類の震えに加え、得体の知れない恐怖がヤスミンに襲いかかる。
そんなの無理、と叫びたいのに、ロミーの寂しげな瞳を見るとどうしても喉元で言葉が引っ掛かってしまう。
一刻も早くここから脱出しなければならない、緊迫した事態なのに。
ヤスミンだけならば、エドガーも彼女と共にすぐに脱出を試みただろう。
しかし、ロミーを置いて行く訳にもいかず、そうかと言って正気を失った彼女をどうやって一緒に連れて逃げるのか、彼の中でも迷いが生じている。
「准尉……、どうしよう……」
再びヤスミンは、震えの止まらない手でエドガーの軍服をぎゅっと握り締めた。
ロミーがさりげなく発動させた炎は瞬く間に森中に燃え広がり、炎の海が囂々と火柱を立てながら三人の周囲を取り囲んでいた。




