Every Single Night(11)
(1)
二つの尖塔に支えられた二層式の城門――、一層目の複数の窓からは、窓際に設置した重機関銃が絶えず発射されている。
階下では、腐臭を漂わせる屍人達が全身を撃ち抜かれていき、辺りに腐肉を撒き散らしては順番に倒れていく。
だが、数多くの屍人を屠っているというのに、どこから湧き出てくるのか――、次から次へとまた街へ侵入するべく城門を潜り抜けようとするのだ。
「おい!かれこれ二時間近く応戦しているが、これじゃキリがないぞ!!」
流れてくる強烈な腐臭で戦意を失わないよう、ガスマスクを被った射手が同じくガスマスクを被る弾薬手を振り返り、うんざりした声音で叫び散らす。
「仕方ないだろう?!俺達の任務は、屍人が街へ侵入を食い止めることだ!!」
「分かってるさ!分かっているが……」
射手の気持ちも理解できるため、弾薬手も肩を叩いて宥めてくる。
「ぐだぐだ言うよりも、一人でも多く屍人を仕留めるしかないさ」
「あぁ……」
射手は、三脚に固定した重機関銃の銃口を再び階下に向け、発射させる。
屍人の怨念めいた叫びと、赤黒い血と腐った肉塊が飛び散っていく。
まさか、人間相手ではなく化け物相手に銃を撃ち放す時が来るなんて。
経験したことのない異常事態に内心震え上がりながら、射手はひたすらトリガーを引き続けた。
やけくそ状態で射手達が城門を死守する一方、更にその上階では階の中心――、奥まった場所に何本か建てられた石柱の一つに凭れたアストリッドが、屍人達による街への侵入を防ぐため、防御結界の魔法を歌うように詠唱している。
アストリッドの詠唱を背に、窓辺ではライフル型の魔法銃を構えたウォルフィが休む間もなく階下の屍人達を光弾で撃ち抜いていく。
ハイリガーは街全体に防御魔法を張り巡らせ、南方軍や憲兵達と住民達の避難を誘導している。
リントヴルムでは珍しく、一日晴天が続く爽やかな空模様だというのに、まるで似つかわしくない状況に自然と溜め息が漏れ出でそうだ。
詠唱は止めることなく、アストリッドは一体誰の仕業なんだ、と、ずっと思案し続けていた。
幻想生物の召喚だけでなく遠隔操作が行える、それもかなりの単位での数を、となると、相手は絞られていく。
自分か、ハイリガー、イザーク、ヘドウィグ、そして、シュネーヴィトヘン……。
(……やはりロッテ様でしょうか……)
しかし、シュネーヴィトヘンが南部を襲う理由が思いつかないし、ヤスミンが彼女の娘だったとしたら尚更、手出しなどする筈がない――、と思いたいけれど。
かつて愛し合った恋人や恩人である魔法の師ですら、躊躇うことなく攻撃する今の彼女なら、血を分けた我が子にも容赦しないかもしれない。
もしくは――、アストリッドとしてはこの可能性を一番信じたい――、誰かの手に囚われており、止むを得ず力を使用させられているか。
自身に関する親子愛は全く信じていないが、他の者達の親子愛は必ず存在すると信じている。
図らずも深い絆で結ばれている我が従僕も例に漏れず、そうであって欲しいと願っている。
本人は自覚がないようだが、ヤスミンに対する一連の言動や態度がいつになく柔らかいのがその証拠と言えよう。
もしもシュネーヴィトヘンが生きているなら――、本当は許されないことだと重々承知しているが――、ウォルフィと和解させ、リヒャルトに嘆願した上で親子三人での新しい人生を生き直して欲しい。
それが彼らにとって、最もふさわしい幸せの形だから。
(……って、今は悠長なことを考えている場合じゃないですね)
男にしては長めの白髪、豹柄のフロックコートを着た後ろ姿をちらりと見やり、力無く首を横に振ると。
凭れていた柱から身を離し、ウォルフィの隣へと身を寄せ、窓から身を乗り出すようにして階下を見下ろす。
危ないから下がれ、という声を無視し、屍人達の動きを注意深く観察する。
城門に到着してから、かれこれ二時間近く。
屍人達がどこから湧いて出てくるのか、何度か注意深く観察しているのだが――、出現する都度、出現する場所が毎回変わるのだ。
ある時は城門のすぐ手前、またある時は数十メートル先から城門に向かってふらふらと歩いてきたり。
遠隔操作先を悟られないようにするために小細工に、アストリッドも少なからず翻弄されてしまっている。
いい加減、遠隔操作先を突き止めなければ、重機関銃で応戦する精鋭部隊の士気は下がる一方でしかない。
城門から空へと浮遊し、幅広い視野から屍人達の動きを探るべきか、と、思い始めた矢先だった。
「……えっ……」
アストリッドは、今し方起きた出来事に思わず目を疑う。
何十もの数で押し寄せていた屍人が、一瞬にして全て消失していったからだ。
見間違いかと思い目をゴシゴシと服の袖で擦り、何度も何度も瞬きを繰り返した上で、もう一度ゆっくりと目を開けて階下を見下ろす。
やはり、屍人は一人残らず、姿を消失させていた。
隣に立つウォルフィも、魔法銃を構えたまま唖然と階下を見下ろしている。
(……意味が分からない。一体、何が起き……)
『おやおや、母殺しの大罪人の癖に、親子愛を信じたいだなんて。よくもまぁ、願えたものですねぇ』
全身が総毛立ち、爪先から頭頂部に向かって血液が逆流するような感覚に支配される。
あの時、あいつはウォルフィに撃たれて死んだ筈ではないか。
『あの程度で、この僕が死ぬと思っているとは……。やはり甘い、甘すぎる!!』
耳障りな高笑いが脳に直接ガンガンと響き、両手で耳を塞いでは冷たい石の床に蹲る。
「アストリッド?!」
突然、崩れ落ちるようにして床に蹲り錯乱し始めたアストリッドを見て、ウォルフィは魔法銃を放り出し助け起こそうとする。
「一体どうしたんだ?!しっかりしろ!!」
力が抜けた身体をぐらぐらと揺さぶるも、焦点の合わない目をしてカタカタと全身を震わせるのみ。
訳も分からず呆然とするウォルフィの姿など、アストリッドの視界には映し出されていない。
『貴女はすっかり忘れてしまったようだから、思い出させてあげましょう』
「……やめろ……」
『貴女の母マリアの母性愛と言う名の狂気を!!』
「……嫌だぁ!!!!……」
イザークの高笑いが延々と流れる中、思い出したくもない、過去の日々が脳裏に次々と流れ込んでいった。
(2)
すっかり錯乱し、心ここに在らずと言った体のアストリッドを、成す術もなく見つめるウォルフィの耳に、クスクスと笑い声を立てる女の声が届いた。
この女の声は、以前にも何度か聞いたことがあるような。
『こちらの詮索は結構ですわ』
女の声色が急に不機嫌そうな刺々しいものに切り替わった直後。
ウォルフィの視界が遮断され、代わりに数々の過去――、主に、リザ、リーゼロッテと過ごした日々が脳裏に映し出されていく――
幼き日、互いに抱き始めた淡い恋心。
中央の士官学校に入り遠く離れても尚、心変わりどころか少しずつ想いを深め合っていった日々。
『士官学校を卒業し、スラウゼンに戻ったら結婚しよう』と誓い合った日。
カスパル家の当主により仲を引き裂かれ、一方は失意の念を戦場で晴らし続け、もう一方は彼の活躍の噂を日々の糧に、生きてきた日々。
魔女の嫌疑を掛けられ、救出に向かった魔女の塔での束の間の逢瀬。
逃亡に失敗し、再び離れ離れとなり――
次に流れてきた映像に、ウォルフィは衝撃を受けることとなった。
どこの街かは不明だが、横転して線路から脱線した汽車の傍で、ヘドウィグが重傷を負った乗客に休む間もなく治癒回復魔法を掛けている。
少し離れた場所では乗客の一人であろう、ダークブロンドの髪の幼い少女と、長い黒髪の美しい女――、リザがその様子を見守っている。
『……魔女のお姉ちゃん、私の怪我、治してくれてありがとう……。でも、お父さんと、お母さんは……??死んじゃったら、どうしよう……』
不安に駆られる少女は、群青色の瞳からボロボロと大粒の涙を零して泣きじゃくる。
リザは少女の目線に合わせるように膝を地面につき、小さな身体をそっと抱きしめた。
『大丈夫よ、ヘドウィグ様ならきっと何とかしてくれるわ』
『……本当??』
『えぇ、必ずや、貴女のご両親を助けてくれるわ』
リザは少女の髪や背中を優しく撫で、しきりに『大丈夫』と励まし続けた。
リザの励ましのお蔭か、少女は少しずつ落ち着きを取り戻していく。
そして、少女はある事に気付いた。
『ねぇ、魔女のお姉ちゃん。もしかして、お腹に赤ちゃんがいるの??』
『えぇ、そうよ。よく気付いたわね』
『だって、痩せてるのにお腹だけが大きいんだもの。お腹、触ってみてもいい??』
『えぇ、いいわよ』
リザがローブの前を開くとワンピース越しからでも分かる程、下腹部がぽっこりと丸く膨らんでいた。
少女はおずおずとリザの腹を二、三度撫で回すと、無邪気な笑顔でこう尋ねる。
『ねぇ、赤ちゃんのお父さんは??』
リザの黒い瞳が一瞬哀しみに揺れ、弱々しげな微笑みを浮かべて答える。
『この子のお父さんは、いないの。死んでしまったから……』
『えっ……』
聞いてはいけないことを聞いてしまった、と、幼いながらに気付いた少女は、気まずそうにもじもじと俯いてしまった。
『でもね、この子は、ウォルフ……、この子の父親が唯一私に残してくれたものだから、絶対に産みたいと思ったの。この子のためにも私は強く生きて行かなきゃ、って』
少女の羨望に満ちた眼差しを、リザはくすぐったそうに受け止める。
この時の、決意に満ちたリザの表情はいつにもまして美しかった――
更に映像は進み、今度はベッドの上で半身を起こしながら、赤ん坊を抱くリザの姿が映し出される。
産後間もないせいで頬はやつれ、髪の艶も失っているが、我が子の寝顔を見つめる黒い瞳は穏やかな慈愛に満ちている。
『よく飽きずに見ていられるものだな。それ程までに我が子は可愛いのか』
半ば呆れたように話しかけるヘドウィグに、リザは返事の代わりに軽くはにかんでみせた。
『で、名前はもう決めたのか』
『はい』
『何と名付けた』
リザは、我が子とヘドウィグを交互に見比べた後、口元を綻ばせて答えた。
『ヤスミン、と』
鋼鉄の金槌で力一杯殴られたような衝撃――、が、身体中を走り抜ける。
気付くとウォルフィは額に手を当てたまま立ち尽くしていた。
床に視線を落とした右眼は瞬き一つ出来ない程に見開かれ、薄い唇を何度も開けては閉じ、と、繰り返す。
『あらあら、あのヤスミンという少女と貴方は、実は父娘だったのね』
『余計なことしないで頂戴!!』
先程の女の声とは別に、尖った声でいきり立つ別の女の声が割り込み――、ここで思念は唐突に途切れてしまった。
遂にウォルフィは、ヤスミンがリザとの間の娘という事実をはっきり突きつけられました。
次回からは、マリアとアストリッドの過去話を交えながら話を進めていきます。(次回は過去編二話同時投稿します)




