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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第五章 Every Single Night
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Every Single Night(10)

(1) 


 白地に赤や黄色の小花模様が散りばめられた壁紙が張られた室内にて、二人の女が不穏な空気を互いに漂わせている。

 淡い桃色のローブドレスを纏うナスターシャと、給仕用の質素な黒ワンピースに身を包むシュネーヴィトヘンだ。

 二人の足元には魔法陣が描かれており、それぞれが中心に立って詠唱している。


「さすがですわね、リザ様。幻想生物の召喚と遠隔操作に掛けては、貴女の右に出る者などおりませんでしょうに」

「…………」

「でも、てっきり竜やゴーレムを召喚すると思っておりましたのに、まさか屍人の大群だとは何とも意外ですわ」

「……何か問題でもある訳??殺戮が目的でなくちょっかい出す程度であれば、殺傷能力の低い屍人で充分だと思うけれど」

「えぇ、勿論です。あんな見た目がおどろおどろしくて、強烈な死臭を漂わせる屍人が、それも大群で押し寄せるなんて……、私だったら到底耐えられませんもの」


 ナスターシャは大袈裟なまでに首をふるふると横に振り、肩に両腕を回して自らを抱きしめてみせる。

 屍人に対する拒絶反応を露骨に示す様に、白々しい、と、シュネーヴィトヘンは蔑んだ視線を送りつける。

 か弱い女を演じたところで、東西南北の魔女の中で一番強かな性分の癖に、と。

 現に今でさえ、幼気な少女の精神を容赦なく蝕むため、幻惑術を発動させている最中なのだから。


「そういう貴女こそ、治癒回復魔法の名手だとばかり思っていたけど、まさか幻惑術を駆使できるなんてね」

「奥の手は簡単に見せるものでありませんわ」


 自らのこととなると、急に素っ気ない反応に変わるのもまた、この女の小賢しさと言うべきか。


『貴女は優れた美貌を持っているのに、上手く利用する術を知らないのね。私だったら、最大の武器として大いに利用して、今以上にのし上がってみせるのに』

『使える物は使わなければ、勿体ないですわ』


 この宮殿に匿われている間、何度となくナスターシャに言われた言葉達。


(……余計なお世話だわ!)


 かつて南部の旧研究所で、魔女狩りで捕縛した数多くの同胞殺しに協力していたことに対し、ナスターシャは罪悪感の欠片すらも抱いていない。

 それどころか、『我が身の安全が保障されるのなら手を汚すことくらい何てことありませんわ。同胞とは言っても、私と何の関わりもない赤の他人ですもの』と笑いながら話すくらいである。

 シュネーヴィトヘンもスラウゼンの大虐殺を含め大勢の命を奪っているが、何でもない世間話をするような調子で、笑顔で犯した罪を語れる神経は持ち合わせていない。

 この女と自分は何もかもが違う次元で生きていると、悟ってからは、シュネーヴィトヘンはナスターシャとは余り言葉を交わす気になれないでいる。


 これ以上、腹の探り合いじみた、くだらないお喋りに付き合う気にもなれず、会話が途切れたのを幸いに、シュネーヴィトヘンは引き続き詠唱することに集中し出した。

 一方で、ナスターシャが例の少女だけでなく娘にまで幻惑術の餌食にしようと企んでいないか、注意深く動向を観察していた。


 あの子まで毒牙に掛けるつもりならば――


 シュネーヴィトヘンの右手に掲げた、指揮棒型のワンズを握る手に自然と力が込められていく。





(2)


「ロミー!!何処にいるのー?!」


 密集する木々や茂みを掻き分け、ロミーの名を大声で呼びながらヤスミンは森の奥へと進んでいく。

 群生する草花が手足に絡みついたり、長い髪や服の袖、裾に小枝を引っ掛けたりなどを繰り返しながら。

 ヤスミンの白い肌、特に手足は細かい擦り傷や切り傷だらけになり、あちこち引っ掛けたせいで服もほつれたり、破れたりしてしまった。


「ヤスミンちゃん!こっちにはいなかったぞ!!」

「じゃあ、今度はあっちの木陰を探してみて!!私は反対側の茂みを探すから!!」

「了解!!」


 広過ぎる森の中を一人で探していたら、きっと途方に暮れる余りに途中で探すのを諦めてしまっていたかもしれない。

 一緒になって探してくれる人がいてくれるから、折れそうになる心を踏み留められているのだから。


(……それにしても、ロミーは一体、何処へ消えてしまったの……)


 見掛けによらずロミーが持つ魔性の気は強く、ある程度の距離であればその気を辿って居場所を突き止めることが出来る筈なのだ。

 だが、かれこれロミーの捜索を始めてから二時間近く経過し、森の三分の一の範囲を回っているにも関わらず、一向にロミーを見つけるどころか、気を感じることすらないのである。


(まさかと思うけど……、街まで出て行ってしまった訳じゃないわよね……)


 最悪の事態を想定したものの、否定したくてヤスミンは力無く頭を振る。

 瞬間移動の魔法が使えるならいざ知らず、ロミーの足では短時間の間で森を抜け出して街まで出て行くのは不可能だ。

 ただ闇雲に探し回るのも時間の無駄だし、他に回っていない場所で、ロミーが行きそうなところはどこか。

 ヤスミンは必死に考えを巡らせる。


(……そうだ!確か、森の中に闘技場の裏手に続いていく細い小径が、どこかにあったわ!!ロミーがそのことを知っていたら、小径を辿って闘技場まで行ってるかもしれない)


 これはあくまでヤスミンの勘でしかない。

 だが、生まれながらの魔女の力ゆえか、ヤスミンの勘は往々にしてよく当たる。


「准尉!小径を探して!!小径と言っても、径とは到底言えないような、細くて狭い獣道なんだけど!!」

「小径ぃ?!」

「その小径を辿っていくと、闘技場の裏手に行き着くのよ!!」

「別に行ってもいいけど……、本当にあのチビッ子がいるって確証はあるのか??」

「可能性は有り得るわ!!」

 訝し気に反問するエドガーに、ヤスミンは自信満々と言わんばかりに胸を反らしてはっきりと答える。

「そこまで言うなら、探すけど……、でも、あんまり外に長居も出来そうにないぜ??」

「えっ、何で」


 エドガーはヤスミンの質問に答える代わりに、上空を見上げて指で指し示す。

 エドガーの指先の方向を確認したヤスミンはハッと息を飲む。


 一点の曇りなき美しい青を濁すように、禍々しい黒煙が朦々と空高く流れていたからだ。


「何あれ……」

「確か、あの辺は入り口の大門がある場所だろ。煙の勢いからして、火災の被害は大分大きそうだ」

「もしかして、ペリアーノが攻め込んできたとか……」

「そこまでは俺にも分らん。だから、ヤスミンちゃんが言う様な小径を探すだけ探してみるし、小径を見つけたら闘技場まではチビッ子を一緒に探すつもりだ。でも、非常事態が起きた以上、悪いが俺が付き合えるのはここまでだ」

「うん、分かったわ」

「途中で物事投げるのはあんま頂けないが……」

「そんなことない!なんなら、今すぐ准尉だけでも城に戻っても……」

「その必要は、ないと思うけど」


 慣れ親しんだ、聞き覚えのある声にヤスミンは振り返る。

 声が聞こえた方向から、パキリと地面に落ちた小枝を踏み鳴らす音が鳴る。

 声の主を見た途端、ヤスミンは歓喜の声を上げそうになるも、すぐに飲み込んだ。

 ヤスミンが見たことのない、陰鬱な表情を浮かべていたからだ。


「ロミー……」

「……何しに来たのよ。逃げ出したあたしを笑いにきたの??」

「そんな……」


 ロミーの薄茶色の瞳はどこまでも昏く淀んでおり、ヤスミンへの、否、自分を取り巻く世界に対する憎悪の念が静かに燃え滾っている。

 エドガーですら怯む程の強い殺気を放つロミーは、じとりと粘着質な目つきでヤスミンを睨んだ。


「あたし、あんたが大嫌い。やたらと良い子振っては皆に可愛がられようとして……」

「そんなつもりは……」

「ここの人達だけじゃくて、アストリッドやウォルフィにまで媚び売っちゃって」

「違……」

「違わないじゃない。そうやって、あたしの仲の良い人達奪っていくの、やめてよ。あんたもドリスと同じだわ」


 ロミーの瞳に宿る、強い憎しみに絡め取られたヤスミンは、口を開くこともこの場から逃げ出すことも出来ず、成す術もなく立ち尽くすのみ。


「おい!黙って聞いてりゃ、さっきから言いたい放題言いやがって!!こいつがどれだけ必死であんたを探し回っていたか、分かってんのか?!人に散々心配かけておいて勝手なこと言ってんじゃねえぞ!!」

「准尉……」

 ロミーのヤスミンへの暴言にエドガーは憤慨し、大声で怒鳴りつける。

「こいつが周りに好かれるのは当然に決まってんだろうが!!多少無理してでも明るく振る舞って、自分だけじゃなく他人に対しても常に一生懸命なんだからよ!!」

「…………」


 まさかエドガーがそんな風に見ていてくれたとは――、張り詰めた状況下にも関わらず、ヤスミンの胸の奥が芯からじわりと熱くなった――、が、今はそれどころではない。

 明らかに異変を生じているロミーをどうすればいいか、を考えなくては。

 ロミーは相変わらず昏い目のまま、俯き加減で二人と対峙していた。

 しかし、ほんの僅かに口元を歪め――、嘲笑(わら)ってみせた。


 ロミーの手元が真っ赤に光り輝き、数秒後、赤い万年筆が出現する。


(あれは確か――、暗黒の魔法使いから彼女に授けられたとかいう、ワンズじゃ……)


 身の危険を感じたヤスミンは、即座に防御魔法を詠唱する。

 こんな時に限って媒介の日傘を持っていないことが心底悔やまれた。


 けれど、ヤスミンの防御魔法が発動される直前、体内の臓器がチリッと焼け付く痛みを感じ――、全身が一気に火照り出した。

 マズい、間に合わなかったか、と、覚悟を決めた時だった。


 銃声と共に、身体を折り曲げ全身の熱と痛みに耐えていたヤスミンの真横を銃弾が擦り抜けていく。

 ぎゃあ!とロミーが悲鳴を上げてワンズを取り落とすと、全身を襲っていた熱と痛みは瞬く間に消え去っていく。

 銃弾が流れてきた方向を確認するべく、ぎこちない動きで振り返る――


 ヤスミンから少し距離を置いた背後で、エドガーがロミーに向けて銃口を構えていた。


「ひどいよ……。何であたしを、撃ったりするの……??」

 銃弾が掠めた指先を擦り、ぺたんと地面に座り込んだロミーは、今にも泣きそうな傷付いた瞳でエドガーとヤスミンを交互に睨む。

 涙を溜めたつぶらな薄茶色の瞳にヤスミンの心は酷く痛んだが、エドガーは銃口を構えたままで厳しい表情を崩さない。

「……いくら、あたしが皆にとって、どうでもいい存在だからって……」

 ぐすぐすと鼻を啜りながら、ロミーは誰に言うでもなく悲しそうに呟く。

 気持ちを落ち着かせるためか、無意識に指先で下生えの草を軽くむしっている。


(……一人称が名前から『あたし』に変わっているし、口調も拙さが幾分減っている……。遂に記憶が戻ってしまった??……)


 幼児性のヒステリーで混乱中のところへ記憶が戻ったとあれば――、錯乱状態に陥り、正気を失うのも無理はない。

 無理はない――、が。

 何がきっかけで記憶を取り戻したのか。

 処分した筈のワンズを手にしているのはどういうことなのか。

 尽きることのない疑問を今のロミーにぶつけたとしても、まともに答えられそうにないだろう――


 どうすればいいのだろうか、と、ヤスミンが頭を悩ませている間にもエドガーが再び拳銃を発砲。

 ロミーが、落としたワンズを拾おうと手を伸ばしたからだ。

 銃弾はワンズに直撃し、粉々に粉砕される。


「ロミー!!」

「待て!!危険だからあいつに近付くな!!」

「だって……!」

「お前も見ただろ?!何が起きたかは知らんが、今のあのチビッ子は正気じゃない!!」

「でも……、だったら尚更、助けてあげなきゃ!!」

「駄目だと言っているだろう!!俺の言う事を聞け!!」

 エドガーは強情なヤスミンについ語気を荒げ、肩を掴んでロミーの元へ行かせないよう抑えつける。

 それでもヤスミンはエドガーの腕を振り払おうと、必死でもがく。

「お願い、放して!!」


『あらあら、小さな女の子相手に大の大人が手荒な真似して……。何て野蛮なのかしら』


 おっとりと優しげな女の声が、ヤスミンの耳元を通り抜けていく。

 ヤスミンもぴたりと動きを止め、表情を凍り付かせた。

 エドガーには聞こえていないらしく、急に大人しくなったヤスミンを怪訝そうに見下ろした。


『そうそう、貴女に、是非見て頂きたいものがありますの』


 女がそう告げた直後、ヤスミンの視界が暗闇に覆われ――、記憶にない、けれど、何故か懐かしさを感じる光景が、次々と脳裏に流れ始めた。

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