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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第五章 Every Single Night
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Every Single Night(9)

(1) 

 ロミーは勢いに任せて廊下を走り去り、螺旋階段を転がるように駆け下り――、あっと言う間に城の玄関の扉を開けて外へと飛び出した。

 跳ね橋を渡り切り、高台も下っていき――、城の真下に拡がっていた黒い森の中をぐるぐるとひたすら疾走し続ける。

 昼間でも薄暗く不気味な印象ばかりを残す黒い森は、臆病なロミーならば絶対に一人では足を運んだりしない。

 しかし、この時のロミーは一種の興奮状態に陥っており、我も忘れて木々の間を潜り抜け、雑然と生い茂る草木を掻き分けては奥深くへと突き進んでいく。

 やがて、木々の狭間で小さな獣一匹ならば通れそうな細い小径を見つけると、ロミーは迷うことなく小径の跡を辿っていく。

 無我夢中で走り続けて疲れたせいで、小径の途中で大きな石灰岩が端にあるの見掛けた途端、糸がぷつりと切れたように石の上に腰を下ろした。


 雲一つない、澄み切った青い空からは太陽の強い日差しが頭上を照らし、ロミーの首筋をじりじりと焼きつける。


 顔を俯かせ、だらんと足を伸ばす。

 俯くと共に、額や鼻筋からぽたぽたと汗の雫が垂れ落ちる。

 走っている最中は余り気にならなかったのに、息が上がって心臓や肺だけでなく、全身が打ち付けられたように、痛い。

 ロミーは息が整うまで微動だにせず、じっとしていた。


 全身に走る痛みと呼吸の乱れが徐々治まるにつれ、混乱していた頭も落ち着きを取り戻していく。

 ヤスミンへの罪悪感、この後ハイリガーに叱られることへの恐怖、アストリッド達に嫌われたのではという怯えが次々と脳裏を掠める。


 早く城に戻らなければいけない、戻るのが遅ければ遅い程、事態は悪くなるとは、ロミーの拙い頭でも理解している。


 けれど、戻った時に皆が自分に向けてくる顔を見るのが、どうしても怖い。怖くて堪らない。


 汗で湿った衣服が肌に冷たく、ぶるりと背筋に寒気が走る。

 早く着替えなければ風邪を引く、という意味でも、城に戻った方がいいに決まっている。


(……でも……)


 俯いたまま、鼻をぐすりと啜る。

 膝の上に置いた手でスカートをぎゅっと固く握り締める。

 戻りたい、でも、戻りたくない。

 いっそのこと、誰かが迎えに来てくれるまでここにいたい。

 ひどい我儘を言っていることくらい、自覚している。


 だって、ロミーは、皆が思う程、良い子なんかじゃない。



『えぇ、お城に戻る必要なんてないですわ』

「……え??……」


 突然流れ込んできた思念に驚き、俯かせていた顔を上げては周囲を見渡してみる。

 鬱蒼とした森の木々が視界に映し出されるのみで、辺りには自分以外の人一人見当たらない。

 幻聴かと思い、再び俯きかけたロミーだったが、『幻聴なんかじゃありませんわ』と、やはりおっとりと穏やかな声色の女の声が耳に届いた。


「……誰、なの……」

『私が誰かなんて、貴女が知る必要はないのです。貴女はただ、大人しく夢を見ていればいいのです』

「……夢??……」

『そう、今から貴女には夢を見てもらいます。とっても、とっても素敵な……』


 女は含みを持たせるようにわざと言葉を切り、間を空ける。

 ロミーの恐怖と不安を煽るように。

 女の狙い通り、ロミーはすっかり青褪めた顔色で硬直している。


『悪夢よ』


 一段と冷たく低い声で女が言い放ったのを合図に、ロミーの視界が全て遮断され――、現実の世界と入れ替わるように、失っていた記憶の数々が脳裏に次から次へと映し出されていった――





(2)

 ロミーと同様、朱塗りの間から飛び出してみたものの、追い掛けるタイミングが少しばかり遅かっただけで見失ってしまった。

 城内の何処かに隠れているのか、黒い森の中に身を潜ませているか――、考えたくはないが、森の外――、ゾルタールの街中まで出て行ってしまったか。

 いずれにせよ、探し出すのにひと苦労もふた苦労もしそうな状況に、ヤスミンは頭を抱えそうになる。

 他の弟子仲間達に頼み込み、ロミーの捜索を手伝ってもらうべきだろうが、そうなるとロミーが更に叱られる事態になり兼ねない。

 そうかと言って、ヤスミン一人での捜索は城内だけに絞ったとしてもすぐに日が暮れてしまうだろう。


 むぅーと頬を膨らませ、螺旋階段の途中の踊り場でぽつんと立ち尽くし、考えていると。


「ヤスミンちゃん、また目が据わってるぜ??」


 失礼極まりない発言どころか、ヤスミンの地雷を平気で踏む人物など、奴を置いて他にはいない。


「……だ・れ・が、目付き悪いってぇ??……」

 考え事に耽っていたせいで全く気付いていなかったが、エドガーの気配をすぐ隣に感じ、キッと睨み上げる。

「お、やっと気付いたな。さっきから声掛けてんのに全然気づいてくれなかったからさ」

「だからって目付き悪いとか言うなぁ!!」

「あぁ、悪い悪い。お詫びと言っちゃなんだけど、あのチビッ子探すの手伝ってやっから、それで勘弁してくれよ」

「ふぇ?!」


 エドガーからの意外な申し出にさっきまでの怒りは何処へやら、ヤスミンは目を丸くする。

 口調とは裏腹に、黒縁眼鏡のレンズ越しからヤスミンを見据えるエドガーの濃緑の瞳は、いつになく真剣であった。


「……准尉、暇なの??」

「あのなぁ、何でそうなるんだよ。別に暇じゃねぇよ。護衛対象にあちこち動き回られたあげく、万が一でも危険な目に遭わせる訳にゃいかんだろ??」

「森の外に出るつもりはないんだけど……」

「外に出なくたって、いつどこで危険が迫ってくるかなんて分かんねーじゃんか??ギュルトナー元帥直々に、魔女の国家資格とやらを受験しろとか言われてるんだろ??俺、あんたら魔女のことも魔法に関してもよく分らんが、今回の試験は国にとってかなり重要なものだってことだけは分かった。最近の物騒なご時勢、試験を妨害したり、受験予定者に危害加えてくる輩が出ないとは限らないよな??」

「まぁ、言われてみればそうよね……。って……、ちょっ、なんで准尉が知ってるのよ?!もしやストーカー?!」

「アホか!!朱塗りの間の扉の前で待機させてたのはどこの誰だっつーの!!」

「あっ、そっか。ごめん、忘れてた……って、だったら、ロミーが話盗み聞きしてたの、何で止めなかったのよ!?さては一緒になって聞いてたんでしょ?!」

「バレたか」

「バレたか、じゃないわよ!!この、軽薄不良軍人!!」


 ちょっとでも見直し掛けた自分が馬鹿だった、と、ヤスミンは怒る気力も失せ、代わりに、はぁ、と盛大に溜め息をついてみせる。


「悪かったよ」

 エドガーはバツが悪そうな顔で素直に謝罪する。

「過ぎたことは仕方ないわよ。それに一緒に探してくれる、って言ってくれただけ、反省してるってことだし」

 ツンと顔を背けてはいるものの、ヤスミンはもう怒ってはいなかった。

「で、まずはどこから探すんだ??」

「そうねぇ……、森の中を探そうと思うわ」

「了解!」

 真面目に敬礼してみせるエドガーに対し、ヤスミンはつい笑いが込み上げてしまい、ぷっと噴き出した。

「お前なぁ、人が真面目に……」

「うっ……、ごめん……。真面目にしてる准尉に慣れなくて、つい……」


 ぷくく……と、必死に笑いを堪えるヤスミンに呆れつつ、「善は急げじゃないけど、さっさと行くなら行こうぜ」と、エドガーはヤスミンの背を軽く叩いて先を急ぐよう促したのだった。




(3)

 一方、朱塗りの間に残されたハイリガー、アストリッド、ウォルフィは、ロミーの捜索をヤスミンに任せてみたものの、皆一様に一抹の不安を抱え、自分達も捜索に乗り出すべきかどうか迷っていた。


 イザークに唆されて『契約』を交わし、コブーレアでの連続殺人を犯したあげく、イザークの手で一度は消し炭状態にされた凄惨な過去。

 そのせいで幼児退行しているとはいえ、何がきっかけで全ての記憶を取り戻してしまうかは定かではない。


「マドンナ様、やっぱり自分もロミーの捜索手伝ってきます!!ウォルフィも付いてきてくれますよね??」

 ウォルフィは凭れていた壁から背を離し、椅子から立ち上がったアストリッドの傍へと無言で近づいていく。

「じゃあ、アタシはここでロミーが戻ってくるのを待ち続けた方がいいわね」

「はい、お願いします」

「あぁん、本当は皆と一緒に行きたいのは山々なのよねぇ……。ひたすら待ち続けだけって、歯痒いわぁー。でも、仕方ないわよねぇ」


 寂しそうにくすんと鼻を鳴らし、立派な身体をくねらせて嘆くハイリガーにアストリッドは苦笑を浮かべる。


「じゃあ、ウォルフィ!早速行きま……」

「その前に、あんた達に聞きたいことがある」


 思いつめたように口元を引き攣らせるウォルフィの、不審と猜疑に満ちた強い視線に絡めとられ、二人は思わず言葉を失う。

 今から彼が尋ねようとしているのは、もしかして――


 室内に不穏な空気が流れる中、突然、ドンドンドン!と、扉を乱暴に叩く音と「失礼します!!」と切羽詰まった男の声が同時に室内に飛び込んできた。

 何事かと三人が顔を見合わせるのと、口から泡でも噴き出し兼ねない様子で軍服姿の男が駆け込んでくる。


「ハ、ハイリガー殿っ、に!緊急連絡です!!街の入り口の大門より……!!突如として現れた屍人の大群が押し寄せ、街中に向かって突き進んでいます!!し、至急、討伐のご協力を願いたく……」

「何ですってぇ?!どういうことよ!?守衛の憲兵達は何をやっていたのよ!!」

「はっ!申し訳ありません!!」

「……ったく、次から次へと、一体何なのよ!!」


 苛立ち紛れに、バン!!と長テーブルの天板を思い切り叩きながら、ハイリガーは立ち上がる。


「アスちゃん。悪いけれど、ロミーの捜索はヤスミン達に任せて貴女達はアタシを手伝って頂戴」

「了解です」

「……ウォル君も。話の続きは、また後で幾らでも聞いてあげるから……」

「…………御意…………」


 緊急事態が発生した以上は気持ちを切り替えなければならない。

 不信感は拭えずとも、ウォルフィは協力の旨を示すように返事をした。


「あぁ、それと、そこの貴方。屍人の討伐はアタシとアスちゃん、ウォル君、南方軍の精鋭部隊で片付けるから、残りの人達で住民達を速やかに避難させなさい。何なら、この居城を開放して避難所代わりに使ってもらって結構だから」

「はっ!了解!!」


 ハイリガーに命を下されるや否や、使いの者は即座に場を辞し、来た時と同じ慌ただしさで走り去っていく。


「さっ、アタシ達も行くわよ」

「はい!!」


 言うやいなや三人の身体は虹色に発光し始め、数秒後には朱塗りの間から消えていたのだった。

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