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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第一章 Criminal
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Criminal(3)

(1)

「疲れた」「だるい」「もう歩きたくない」とひたすら文句を言い募るアストリッドに、他人の振りして先をずんずんと進んでいくウォルフィ。

 噛み合わない主従が歩き続けること約一時間、二人はやっと西の魔女ナスターシャの宮殿へと辿り着いた。


 正門に立つ門番に『国が認めた魔女の印』を見せ、アストリッドが名を告げると、門番は畏まった態度で敬礼し、先を通してくれた。

 入ってすぐ目の前に拡がる広大な庭園には、左右対称に六段に連なる花壇を始め、中央の散歩道の両脇にはリンデの樹と彫像が交互に配されている。

 その庭園を抜けるとドーム型の青い屋根と黄色と白に塗装された外壁の、平屋建ての宮殿が見えてくる――、ここでまた新たな問題が発生した。


 高みに位置する宮殿の入り口まで行くには、百八十段もの階段を登らなければならない。

 アストリッドにどっと疲れが押し寄せる。

 最早文句を言う気力すら湧かず、遠い目で足を引きずるようにだらだらと一段一段上がっていく。

 対してウォルフィは息一つ上がることなく、颯爽と階段を駆け上がっていく。


「……ウォ、ウォルフィ、の、体力、は……、底なし、ですかっ!」

 頂上の宮殿の入り口まで辿り着いた途端、体力の限界に達したアストリッドは、ぜぇぜぇと息を切らして地面にしゃがみ込む。

「元軍人の体力舐めるな」

「あぁ……、そう言えばそうでした……」

「回復魔法を発動させて、とっとと立ち上がれ」


 恨みがましいジト目でウォルフィを見上げるアストリッドの全身から、淡黄色の柔らかな光が纏わりつくように発光する。

 光が一〇秒程で消えると、「よーし、回復完了!」と叫んで立ち上がる。

「さぁ、ウォルフィ!早く行きますよ!!」

 ウォルフィの横を擦り抜け、玄関まで駆けていくアストリッドの後ろ姿を、やれやれ、と言いたげにウォルフィは付いて行ったのだった。







(2)


「……まぁ、アストリッド様。遠路はるばる中央から、わざわざお越しになって頂けるなんて」


 来客を迎え入れるための部屋にて、部屋の中央に置かれた豪奢なテーブル席にアストリッドとウォルフィが並んで座り、彼らの対面の席には西の魔女ナスターシャが座っている。


「丁度、さっきまでクーヘンを焼いていたところなのです。お口に合うかは分かりませんけど、宜しければお茶と一緒に頂いて下さいな」

 栗色の柔らかく長い巻毛をふわりと揺らし、ナスターシャはゆったりと微笑んでみせる。

 優し気な口調や淡いピンク色のローブドレスを纏っている姿からは、三十歳前後の淑やかなごく普通の女性にしか見えない。

「それはぜひともお言葉に甘えさせて頂きます」

「…………」

 まだ食べる気か、と、ウォルフィは呆れたが、ナスターシャの手前、心の中で突っ込むだけに留めておいた。


「ところでナスターシャ様。頂いた手紙の依頼内容について、お尋ねしたいのですが」

「はい、何でございましょうか??」

「何故コブーレアの町長は軍を通してではなく、貴女に直接娘を殺した犯人を捕らえて欲しい、と、訴え出たのでしょうか」

 ナスターシャの表情が強張り、真剣な面持ちへと切り替わる。

「……おそらく、犯人が相当な魔法の使い手だと思い、軍人では当てにならないかもしれない、とお考えになったのかも……」

「一理あるでしょうね。でも、他にも理由があるのでは??貴女では手に負えそうにない、何か他の理由が」

「…………」

「どうしたのですか。貴女が自分を西へ呼び出したのは、もう一つの理由があってのことなのでしょう??」


 ここで折り良く、使用人が紅茶と共にナスターシャ手製のクーヘンを運んできた。

 アストリッドは使用人に軽く礼を述べ、早速クーヘンを丸々っとフォークに突き刺し、一口食べてみせる。

「うーん、しっとりした食感が溜まりませんねぇ。甘さも控えめで、まるで慎ましやかな貴女の人柄が現れているようです」

 フォークの先を皿の上に置き、カップに口を付けたアストリッドに、ナスターシャは遠慮がちに言葉を発した。

「……コブーレア町長は犯人を捕らえ次第、極秘で私刑に処したい、と、仰られていたのです……」

「…………私刑??…………」


 『私刑』という言葉に、アストリッドではなく、ウォルフィが反応を示した。

 寡黙なウォルフィの肉声を初めて聞いたナスターシャは、一瞬驚きで目を瞠る。

 だが、ウォルフィの言葉を遮るように、アストリッドは話を続ける。


「中央や地方でも都市部ならともかく、コブーレアのような田舎の僻地ではかつての魔女狩りの名残で、魔法を悪用した者へ私的に罰を与える因習が残っているのですよねぇ。法で禁止されているにも関わらず。それでナスターシャ様は、町長の説得に当たられたのですか」

「えぇ、勿論ですとも!その時は彼も思い止まってくれたように見えましたが……」

「どうしても信用できなかったのですね。かと言って、事が事だけに貴女の立場では表立って動くことができないし、国境を守る任を疎かにする訳にもいかない。だから自分を呼び寄せて、町長たちよりも早く犯人を見つけて軍に身柄を引き渡して欲しい、と」

「九割方は当たっています」

「九割、ですか??」

「私としては、犯人を軍に引き渡して欲しくはないのです。もしかしたら、何か止むに止まれぬ事情で、町長の娘達の命を奪った、魔法に縋るしかなかった理由があるかもしれないからです。勿論、どんな理由があるにせよ、人を殺めるのは間違いですが……」

「……つまり、犯人を見つけ次第、町長達からも軍からも保護し、理由如何によっては遠くの地に逃がしてやって欲しい、と??」

「はい、その通りです」


 アストリッドはうーん、と小さく唸り、腕組みをしがてら、しばし思案に耽った。

 ウォルフィは我関せず、といった白けた態度で紅茶を啜っている。

 ナスターシャは逡巡するアストリッドを、食い入るように見つめている。


「……分かりました。どのみち自分も、マリアの魔法書にしか記載されていない、人体発火の呪詛をどうやって知ったのか、犯人から詳しく聞き出したいですし。聞き出す前に、軍に捕まったり町長達に殺されたりしたら、自分も困りますからねぇ」

「ありがとうございます!!」

 アストリッドの色好い返事に、ナスターシャの切迫した表情が見る見るうちに緩和されていく。

「いえいえ、ナスターシャ様とこちらの利害が一致した、というのが大きいだけですよ。それと……、美味しい手作りクーヘンを頂いた細やかなお礼も兼ねています」


 ナスターシャに和やかな笑顔を見せるアストリッドだったが、その横では、ウォルフィがどちらにも気付かれない程度に軽く眉を潜めていたのだった――





(3)


「お人好し」

 ナスターシャの前から辞し、宮殿の玄関から外へ出て階段を数段下ったところで、ウォルフィがぼそりと詰ってきた。

「また体良く厄介事押し付けられて」

「えー??そんなことないですよー」

 苦虫を噛み潰した顔(傍から見るとほぼ無表情)のウォルフィを、アストリッドは「何で怒ってるんですかー??」と、あっけらかんと笑い飛ばす。

 どこまでも能天気な主にウォルフィは若干苛立つも、面倒臭くなって黙り込む。


「全くもう、ウォルフィはどうしてそんなに短気なんですかねぇ??ナスターシャ様への挨拶は済んだし、早くコブーレアへ戻りましょうよ!」

 言うが早いか、アストリッドはウォルフィの両手を握りしめる。

「ここなら人目もつきませんからね」

「……好きにしろ……」

 最早何も言うまい、と、ウォルフィが観念すると共に、二人の身体が虹色の光に包まれながら消えていく。



 瞬間移動の魔法を発動させる一部始終を、数分前まで彼らが滞在していた部屋の窓からナスターシャが見下ろしていることを知ってか、知らずか――



「本当に宜しいのですか、ナスターシャ様」


 気遣わしげな声と気配を背に受けて、振り返る。

 先程、アストリッド達に紅茶と菓子を運んだ使用人の少女だ。


「娘の仇を討てなかったことで、コブーレア町長がナスターシャ様を逆恨みする可能性もなきにしもあらずです。そうなったら……」

「軍の西方支部に私への根も葉もない悪評を訴え出て、窮地に立たせようとするかもしれない、ということかしら??だから、コブーレア町長の私刑に協力すべき、と言いたいの??」


 纏う雰囲気は柔らかいものの、ナスターシャの髪と同じ栗色の瞳の奥は冷め切っている。

 どことなく普段と違う主の様子に少女の全身に緊張が走る。



 二人の間に気まずい沈黙が流れる――




「ユッテ」


 ナスターシャの静かな呼びかけに、少女はいささか怯えた瞳で見返した。


「半陰陽の魔女の動向を細かく探り、彼らが犯人を見つけし次第コブーレア町長に伝えるのです」

「御意!!」


 ナスターシャから命令を下された直後、少女はたちまち漆黒の羽根を持つ鴉へと姿を変える。


「あぁ、それと……。白髪隻眼の従僕には細心の注意を払うこと。半陰陽の魔女は不殺(ころさず)を信条としているけど、あの従僕は情け容赦ないから狙撃されないように充分に気を付けなさい」

 鴉は返事の代わりに、バッサバッサと大仰に翼を二、三度大きく羽ばたかせ、ナスターシャが開けた窓へと向かっていく。



 ナスターシャは最初からアストリッドを利用する気で西へ呼び寄せた。

 ユッテが抱いた懸念は元より『私刑』に手を貸したとしても、どちらにしても外聞が悪くなるのを防ぐためだ。

 送った手紙はユッテを使って取り戻し、焼き捨ててしまえばいい。

  証拠さえ隠滅すれば、彼等がいくら自分を糾弾したところで誰も聞く耳など持たないだろう。

  大罪人の母を持ち、その母を殺めた、呪わしい奇形の忌み子――、半陰陽の魔女が余計なことに首を突っ込み、図らずも『私刑』の手伝いをしてしまった、あくまで彼らの失態、という筋書きで事を進めよう、と――



「だって、余計な事案で手を汚すのも汚名を着せられるのも、私はどうしても嫌なんですもの。そういうのは全て、半陰陽の魔女に任せておけばいいのよ」


 ユッテが飛び去った後、周囲に誰もいないのを確認し、ナスターシャは小さく本音を吐露したのだった。

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