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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第五章 Every Single Night
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Every Single Night(5)

(1) 


 ――所変わって、リントヴルム西部国境沿いの街マンハイム、ナスターシャの宮殿にて。



「中央で謹慎を命じられていたアイス・ヘクセ殿の従僕ディートリッヒが、元帥に斬り掛かったとかで元帥直々に粛清されたそうです」

「まぁ……、北部と東部で恐ろしい事件が発生したばかりだといいますのに、中央でも……」

 応接間の中央に置かれた、豪奢な丸テーブルに座るナスターシャは、三日月に似た形の細い眉を不安そうに潜めてみせる。

 ナスターシャと向かい合う形で座っているのは、西方司令部を統括する将校だ。


「それで、元帥は私にどのような命を??」

「ナスターシャ殿には引き続き、シュネーヴィトヘンとアイス・ヘクセの捜索にご協力願いたい、と」


 ここで、扉を叩く音と共に、トレーに茶器を乗せた使用人が入室してきた。

 使用人はきびきびと手際の良い動きで将校とナスターシャ、それぞれの席にソーサーとカップ、お茶菓子を置き、淹れ立ての紅茶をカップの中に注いでいく。

 髪の毛だけでなく顔すらも隠す様な、大きな白い帽子と麻布の白いエプロンを除き、黒ずくめの地味な服を着る使用人がいつもの少女ではなく別の者だと気付いた将校が、「初めて見る顔だな」と、声を掛けて顔を見た途端、息を飲んで表情を強張らせた。


「准将、驚かせて大変申し訳ございません。彼女は生家の火事に巻き込まれたせいで、顔中に大火傷を負ってしまったそうですの。ですが、大層働き者の娘ですから、こうして私の宮殿で使用人として雇うことにしたのです」

「成る程……、そういうことでしたか」

「えぇ、困っている者、特にまだ未来のある若い娘をこのまま放っておくのが忍びなくて……」

 ナスターシャはカップを口元に宛がいながら、目を伏せて力無く微笑んでみせる。

「さすがは『癒しの魔女』と呼ばれる御方。何と素晴らしいお心持ちでしょうか」

「いえ、そんなことはありませんわ。私は只、彼女を少しでも助けてあげたいと思ってしたまでですから。あぁ……、私個人のことはともかくも、シュネーヴィトヘン様とアイス・ヘクセ様の捜索は出来得る限りのご協力をさせて頂きます」


 自らへの賛辞をさりげなく中断させ、ナスターシャは話を本題に戻した。

 話し合いを続ける二人を尻目に部屋から出て行こうとする使用人に、ナスターシャはおっとりと微笑み掛ける。


「ご苦労様だったわ、リザ」


 使用人――、否、シュネーヴィトヘンの肩がピクリと跳ね上がる。

 反応を見逃さなかったナスターシャの笑みが一段と深くなる。


 シュネーヴィトヘンはナスターシャを振り返り、返事の代わりに軽く会釈をすると部屋から出て行く。


 ナスターシャが何をどこまで知っているのか定かではないし、知りたくもないけれど。

 大方、白塗りの魔法使いが『リザ』と呼べと吹き込んだのだろう。

 自分を『リザ』と呼ぶのは、かつての恋人だったあの男だけで充分だ。

 そもそも、今となってはあの男にすら余り呼ばれたくはないが。


 高級素材の絨毯が敷かれた長い廊下を歩く足が自然と速まっていく。

 宮殿の外壁と同じく、室内の壁も淡い黄色と白の二色の塗装が施されており、天井には天使達が輪になって一斉に天に昇る宗教画が描かれている。

 魔女の住まいに天使の絵だなんて、と、鼻で笑いそうになるのを堪えて先を進み、階段を下って厨房がある一階へと降りていこう――、と、階段の柵が見える位置まで進んだ時、目に飛び込んできた光景にシュネーヴィトヘンはあ然となった。


 廊下と同じ絨毯が敷かれた階段には、無数の黒い羽根が飛び散っていたからだ。


「ちゃんと掃除しておきなさいよねー。お客様もお越しになっているし、ナスターシャ様は綺麗好きな方なんだからさぁ」

 いつの間に姿を現したのか、シュネーヴィトヘンの背後にはユッテが佇み、すかさず注意を促してきた。

「……申し訳ありません。すぐに掃除しておきます」


 内心では「わざと自分でやった癖にしらじらしい」と鼻白みつつも殊勝に謝ってみせれば、ユッテはあからさまに見下した目付きでシュネーヴィトヘンを一瞥する。

 しかし、シュネーヴィトヘンの従順な態度に気を良くしたのも事実で、どことなく満足げに笑っている。


 愛人時代に受けていた、精神的に追い詰めてくる陰険な苛めに比べれば、ユッテの子供じみた嫌がらせは面倒と思いこそすれ、さして傷つくことはない。

 まだ背後で腕を組み、偉そうに仁王立ちし続けるユッテが鬱陶しくなったシュネーヴィトヘンは、足早に階段を駆け下りて一階の厨房に向かい、トレーを返してから掃除道具を取りに行く。


 数分後、箒と塵取りを手に再び階段を上がると、すでにユッテの姿は消えていたが、僅かな間にまた羽根の数は増え、更には手すりのあちこちには鳥糞までもが付着していた。

 羽根はともかく、鳥糞は自分ではなく仲間の鴉をけしかけてやったのだろうが……、呆れて言葉が出てこないとは、まさにこのことか。

 シュネーヴィトヘンは嘆息混じりに箒で羽根を拾い集めていく。

 羽根を全部集めた後、急いで箒と塵取りを片付けに行き、今度は水を張ったバケツと雑巾を手に再び階段に戻ってくる。

 手すりにこびりついた鳥糞を雑巾で拭き落としていき、最後の汚れをやっとのことで拭き終えた時、であった。


「あらあら、今掃除が終わったところなの??」

 准将との話し合いを終えたナスターシャが、彼と一緒に階段を降りてきて、さりげない嫌味を零して去っていく。

 そのナスターシャの背を、シュネーヴィトヘンは彼女や准将には気付かれない程度に軽く睨んでいた。


 ユッテの嫌がらせもナスターシャの嫌味も今に始まったことではない。


 あの後――、ヨハンに襲われたところを寸でのところで逃れ、あの場に現れたイザークに導かれるようにして辿り着いた場所――、それが西部マンハイムのナスターシャの宮殿だった。


『ナスターシャ様、私からのお願いです。どうか、シュネーヴィトヘン殿をここに匿って頂けないでしょうか』


 イザークの頼みであれば、とナスターシャは快諾し、シュネーヴィトヘンは偽物の火傷跡で顔を隠し、ナスターシャの使用人の振りをして西部に潜んでいる。

 彼女の正体はイザークとナスターシャだけが知るのみで、ユッテには何も知らされていない。

 なので、突然現れた醜い女に仕事を奪われたユッテは、連日何かしらの嫌がらせをシュネーヴィトヘンに行っていた。


 手にしたバケツに映る顔は、かつて白雪姫と謳われた美貌ではなく、顔全体に火傷跡が拡がった醜い顔。

 作り物の火傷跡とは言え、バケツに張った水に映る自分の顏は我ながら目を背けたくなる程に醜い。


 いつまで弱みを握られながらこうして過ごさねばならぬのか、という不安と苛立ちばかり日に日に増していく一方でシュネーヴィトヘンは、ナスターシャとイザークがどのような目的で行動を共にしているのか、気になり始めていた。






(2)


 三人が去った後、アストリッドとハイリガーは席に座ったまま互いに顔を見合わせる。


「ねぇ、アスちゃん……。今まで全く気にも留めていなかったけどぉ……」

「何となく、マドンナ様の言いたいことは分かります。ウォルフィとヤスミンさんは面差しがよく似ている、ってことですよね??」

 ハイリガーはこくりと大きく首肯する。

「瞳の色が同じ青紫色で三白眼……と目元が本当にそっくりだわ。おまけに、ふとした時に見せる、何気ない表情も瓜二つと言っていい程似通っているし……」

「髪の色も……。ウォルフィの元々の髪色は薄茶色だったそうです」

「……ヤスミンの髪も薄茶色よね」

「ヤスミンさんがここに連れて来られたのは何年前でしたっけ」

「二十五年前よ。忘れもしないわ。ヘドウィグちゃんがまだ新生児だったあの子をアタシに預けに来たのよ」

「ヘドウィグ様が?!」


 ヤスミンの実年齢を逆算するとウォルフィがシュネーヴィトヘン、否、リーゼロッテと魔女の塔で再会した時期と丁度重なり合う。

 更にはヤスミンを預けに来たのがシュネーヴィトヘンの魔法の師ヘドウィグだったことから、二人の間でヤスミン=ウォルフィとシュネーヴィトヘンとの間の子なのでは、と、確信めいた結論に達した。


「はっきりした証拠が出てこない以上、ウォル君にもヤスミンにも黙っているべきだと、アタシは思うわ。下手に話して混乱させても可哀想じゃなぁい??特に、ヤスミンはこれから魔女の国家試験を受けなきゃならないから……、余計なことで悩ませてはそっちに集中できなくなっちゃうから……」

「ですよねぇ……」

「真実を報せることが必ずしも本人の為になるとは限らないもの。ウォル君が父親ってだけならともかく、大罪人の上に新たに反逆罪を犯して失踪中の魔女が母親だなんて……。ヤスミンには辛い事実でしかないもの……」


 新生児の頃から我が子同然に育ててきたため、ハイリガーがヤスミンを案じる想いは充分に理解している。

 だが、アストリッドはどこかで二人が実の父娘だと互いに気付いて欲しい、という淡い期待を抱いていた。

 ヤスミンの存在が、ウォルフィ、否、ウォルフガング・シュライバーという一人の人間の生きる希望となってくれればいいのに、と。

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