Shadow Boxer(15)
(1)
――所変わって、南部ゾルタール――
中天に昇った太陽の下、魔法武器職人達の店が連なる通りを、黒いレース地の日傘を差すゴスロリ服を着た少女、ヤスミンが闊歩していた。
ハイリガーの愛弟子で有名なヤスミンは、この界隈の人々からすれば格好のお客と成り得る。
よって、普段ならば一歩足を進めるごとに魔法武器職人達がわらわらとすり寄ってくるのだが、今日に限っては誰一人として近寄って来ない。
それもその筈、(見た目が)十代前半の少女とは思えぬ凶悪極まる鋭い目付きで、殺気立ったオーラをこれでもかと放って歩いていたからだ。
常日頃、ヤスミンは自身の目付きの悪さをひどく気にしており、なるべく笑顔を絶やさないように心掛けている。
けれど今のヤスミンは、いつもの心がけを忘れてしまう程に不機嫌さを募らせていた。
その原因は、彼女から少し離れて後ろを歩く人物にあった。
「おぉー、ハンスさん!お疲れ様です!いやぁ、今日も日差しが強くて暑くなりそうですねぇー!!えっ、いやいや、俺はこの通り、ただの一軍人ですから魔法なんてこれっぽっちも使えないんですよ!!すみませんね、お役に立てなくて!!」
「ちょっと!!いつまで油売ってんのよ!!」
ヤスミンはくるりと後ろを振り返り、その人物――、ブルネットの短髪に、濃緑の瞳を囲う様な枠の細い黒縁眼鏡を掛ける軍服姿の青年に向かって、険のある口調で注意を促した。
その人物にすり寄っていた魔法武器職人は、ヤスミンの目付きと剣幕に恐れをなして逃げるように立ち去っていく。
「失礼だなぁ、俺はただ挨拶がてらに少し話していただけだぜ??」
「あのねぇ!一人二人ならまだしも、五人も六人も続けて同じようにいちいち相手にしていたんじゃ、お師様の所に戻るまでに日が暮れちゃうじゃない!!いーい??この通りを歩く時はね、目当てのお店以外の魔法武器職人には下手に近付かないこと!!じゃないと、不要な物を高額で買わされちゃうかもしれないんだから!!」
ヤスミンはビシッと右の人差し指をその人物に突きつけて忠告する。
自分よりも遥かに年上で(実年齢はさして変わらないのだが)屈強な体格をしたその人物は、ヤスミンの眼光にも一切臆せず、はいはい、と肩を竦めて受け流す。
悪びれない態度にイラッとしたものの、これ以上帰りが遅くなってはハイリガーからピコピコハンマーでお仕置きされ兼ねない。
(あぁ、もう!!ポテンテ少佐も何だってこんな奴を私の護衛に付けたんだか!!)
ザビーネが起こした連続失踪事件の影響で、魔女と一般人が上手く共生し合っていた筈のゾルタール内でも、ごく一部の者から魔女達への不信と反発の声が上がり始めてしまった。
とりわけ、ザビーネがハイリガーの元弟子だったせいで、他の弟子達が反発する住民から危害を加えられる危険性が高くなることを懸念したリヒャルトは、護衛の名目でフリーデリーケの部下数名を派遣したのだ。
他の弟子達は二、三人につき護衛を一名付けるという形での警護だったが、ヤスミンだけは特別に一対一での護衛が付けられた。
ハイリガーの愛弟子というだけでなく、生まれながらに魔力を持っている、身体の成長が遅いなど特異な体質から一番狙われやすいと判断されたからだ。
その点に関しては、ヤスミン自身も充分納得している。
だが、残念なことに護衛に当たるこの男がどうにも気に入らない。
『まさかと思うけど、俺が護衛するのって、この目付きの悪いガキんちょな訳??』
初めて彼を紹介された時、彼から言われたこの一言。
千歩譲って『ガキんちょ』は許してやろう、非常にムカつくけれど。
(『目付きが悪い』なんて……!仮にも乙女に向かってなんてことをーっ!!)
すぐに周囲にいた他の護衛役達が、ゲッペルス准尉!と遠慮がちにあたふたと窘めている辺り、この中で一番階級が上なのだろう。
しかしヤスミンにしてみれば、「そんなの知ったことかぁぁぁ!!!!」である。
以来、このデリカシーの欠片もない残念な脳筋男、もといエドガー・ゲッペルスに対し、ヤスミンは冷たく当たり続けていた。
すまなさそうに先程の魔法武器職人に手を振るエドガーに、ヤスミンは「ほら、さっさと行くわよ」と軍服の袖を引っ張った時だった。
(……誰か、助けを求めてる……??)
ヤスミンはエドガーの袖を掴んだまま、たった今意識に流れ込んできた思念を聞き取るのに集中し始める。
「ヤスミンちゃん??」
「シッ!!」
怪訝な顔つきで見下ろすエドガーに構わず、ヤスミンは必死で思念の内容を聞き取り終えると突然走り出す。
エドガーの制止も振り切って通りの路地を左に曲がり、人気の少ない裏通りへと回り込む。
そこは表通りと違い未舗装の道で、乾いた土の地面の上にヤスミンは日傘の先で魔法陣を描き始める。
「おい、どうしたって言うんだ?!」
「准尉!悪いけど、人が来ないように見張っててくれない!!もし誰か来たら人払いをお願い!!」
「一体何をする気なんだよ?!」
「理由は後からちゃんと説明するわ!!」
ヤスミンは魔法陣を描き終えると転移魔法の詠唱を唱え始める。
送られてきた思念の内容が正しければ、本来はハイリガーに送ったものかもしれないが、気付いてしまった以上、自分がやらねば、という使命感に何故か駆られてしまった。
詠唱の最後の一文を言い切ると、ヤスミンは地を日傘の先端で軽く突いた。
それが合図かのようにたちまち魔法陣が光り輝き、虹色の光が地から空へと向け、螺旋状にぐるぐると放射されていく。
やがて、虹色の光に包まれた魔法陣の中から薄っすらと人影が映り込んでいく。
その影は次第にはっきりと色濃くなり、光が消失していくと同時にヤスミンにとって見覚えのある二人の人物が姿を現した。
一人は全身を血で赤く染めつつ穏やかに眠っている、カッパーブラウンの髪の少年とも少女とも判別がつかない魔女。
もう一人はその魔女を抱きかかえる白髪隻眼の大男。
「……アストリッド、様、と、ウォルフィさん??……」
「……あんた、確か、南の魔女のところの……」
転移魔法で召喚してくれたのがハイリガーではなくヤスミンだったことに、ウォルフィは少なからず驚いているようであった。
しかし、只ならぬ二人の様子を察したヤスミンはウォルフィにこう告げる。
「ウォルフィさん、そのまま魔法陣の中から動かないで下さい!今からお師様の元へお二人を転移させます!!」
引き続き、詠唱を唱えるヤスミンに向けて、ウォルフィは返事の代わりに頷いてみせた。
(2)
――数日後――
アストリッドとウォルフィは、ヤスミンの転移魔法のお蔭で無事にハイリガーの元へ辿り着いた。
ハイリガーの治癒回復魔法のお蔭でアストリッドの怪我は快方に向かっており、傷の引き攣れによる痛みも少しずつ治まってきている。
それでも当分は休んだ方がいいのでは、というハイリガーの言葉に甘え、二人はまだ彼女の居城でゆっくりと過ごさせてもらっていた――
「ウォルフィのえっちー」
「…………」
「初めてだったのにー」
「…………」
ベッドの上で半身を起こしたアストリッドが、ベッドの傍らに置かれた椅子に腰掛けるウォルフィを延々と責め立てている。
何のことかと言えば、口移しで薬を飲ませた件について、である。
いつもであれば、「煩い。つまらんことでぐだぐだ言うな」と拳骨を落とすか、蹴りを食らわすかするところを、怪我人の上に『文句なら後で幾らでも聞いてやる』と言ってしまった手前、ウォルフィは言われるがまま大人しく黙っている。
とはいえ、アストリッドも本気で怒っている訳ではなく、揶揄って遊んでいるだけだが。
あの時は、ああするしかなかったことくらい承知している。
「まぁまぁ、アスちゃんてば、ウォルくんをあんまり苛めちゃダメよぉ」
口ではアストリッドを注意しつつも、ウォルフィの背後に立つハイリガーも笑いを噛み殺している。
こいつら……、と、だんだん腹が立ってきたウォルフィだったが、怒りを示す代わりに話題を切り替えようと口を開いた。
「……ところで、あれから北部の動きに何か変わったことは??」
ハイリガーは瞬時に表情を引き締め、嘆息混じりにウォルフィの問いに答えた。
「あれから――、アスちゃん達がアタシのところへ来て間もなく、ディートリッヒが単身中央に出向いてね。何でも、アイス・ヘクセとズィルバーンを討ち取ったらしく、切断した彼女の右手首を元帥に差し出し、代わりに自らの免罪を求めたそうよ」
「ディートリッヒ殿がエヴァ様を?!」
信じられない、と言いたげに、アストリッドは叫ぶ。
大きな声が傷に響き、痛っ!と下腹部を抑え込む。
「でも元帥は、『首級ならともかく、手首だけでは本当に討ち取ったのかどうか判断し難い。よって、リュヒェムを含む北部全域にて生死に関わらずエヴァ殿と銀狐の従僕の行方を中央軍に捜索させる』って命を下したわ。その間、捜索に一切干渉できないようディートリッヒを中央に留めて、監視付きで謹慎させているそうよ」
「あの男も北の魔女の企みに加担していたことを、俺達はこの目でしっかり見てきた。俺達だけじゃない、放浪の魔女もだし、シュネーヴィトヘンだって……」
ディートリッヒのエヴァへの盲従振りを目の当たりにしてきたため、ウォルフィですらハイリガーの話に衝撃を受けている。
シュネーヴィトヘンの名がウォルフィから語られると、ハイリガーは複雑そうな顔で迷うようにして話を続けた。
「そのシュネーヴィトヘンだけど……、ギュルトナー少将に意識不明の大怪我を負わせたあげく、行方をくらましたそうよ……」
「……何、だと……」
「……と、言う事は、ディートリッヒ殿の反逆罪を糾弾できるのは自分達とヘドウィグ様だけですね??」
絶句するウォルフィに代わり、今度はアストリッドがハイリガーに尋ねる。
「一応ヘドウィグちゃんが中央に戻るなり、元帥に北部での事の顛末全て伝えたらしいけどぉ。ただ……、糾弾するにもはっきりと目に見える形として残る証拠がないのよねぇ。アタシ達みたいに魔力を持つ者を裁く場合、証拠が残りにくいのが本当厄介だわぁ。……まっ、元帥のことだからあのドS男の身辺を十二分に調べ上げて必ずや証拠を掴むでしょうけどっ」
「……だと良いんですけどね」
疲れたように呟くと共に、アストリッドは徐に顔を顰める。
自然と身体に力が入ると、臍の傷に障るようだ。
「東部は東部で……」
ハイリガーはまたも気にするように口を一旦噤む。
ウォルフィは「俺の事はいちいち気にしなくていいから続けてくれ」と、若干苛立った口調で続きを促す。
「失踪したシュネーヴィトヘンの行方もだけど……。どうやら、少将と只ならぬ関係だったらしいわ。その証拠に、少将はしょっちゅうシュネーヴィトヘンの居城に入り浸っていたとか。少将が魔力を一切持ち合わせていないところ、まぁ、従僕契約結ぶとか肉体的な関係はなかったとは思うけど、水面下で何を企んでいたのやら……」
「…………」
「そこら辺は少将が意識を取り戻し次第、厳しい尋問を受けるでしょうねぇ。北部と東部で同時に大きな事件が発生したからには、アタシ達も気を引き締めなきゃいけないわ。アスちゃん達も今まで以上に動かなければいけなくなるから、今の内にここでゆっくり休んでいざと言う時のために力を蓄えなきゃね!」
アストリッドとウォルフィ、それぞれの肩に手を置き、ハイリガーは励ますように二人に笑い掛ける。
「それにしても……、マリアの魔法書がきっかけでこんな揉め事が起きるなんて……。死んでからでさえ、とんだトラブルメイカーだわ」
「本当ですよねぇ。第一、マリアの魔法書は自分が発見次第、ことごとく焼き払っているのになぁ」
この五十年、アストリッドは旅を続けると共にマリアの魔法書を探し続けている。
魔法書を旅先で見つけると、中央の自宅の暖炉に投げ込んでは跡形もなく燃やしてしまう。
特殊な材質ゆえに燃えない魔法書も、エヴァの氷の竜を燃やした地獄の炎を持ってしてなら燃やすことは可能。
ヘドウィグが手にしていた魔法書も、彼女から頼まれてアストリッドの自宅で預かっていた。
マリアの唯一の形見だからとヘドウィグは魔法書を後生大事に持っていたのだが、シュネーヴィトヘンがスラウゼンの大虐殺を行ったショックから、「これ以上、凶悪な魔女を生み出してはならない」と、苦渋の決断の上で泣く泣くアストリッドに手渡したのだ。
ただし、ヘドウィグのマリアへの深い思慕をよく知るアストリッドは、彼女の分だけは燃やすことを未だに躊躇っている。
つまり、ヘドウィグが『マリアの魔法書を捨てた』というのはほぼ真実であり、エヴァもシュネーヴィトヘンも公に存在しない物に固執し、踊らされていたことになる。
そして、過ぎた力を求める余り、彼女達は全てを失ってしまった。
「……彼女達は、本当は何が欲しかったんでしょうね……」
生死の行方も知れぬ二人の魔女達に思いを馳せ、アストリッドは誰に言うでもなく呟いたのだった。
これにて第四章「Shadow Boxer」終了します。
話数のストック確保等のために二週間程お休みを頂いた後(連載再開の折りはTwitterと活動報告にてお知らせします)、次回から第五章「Every Single Night」を開始します。




