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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第一章 Criminal
4/138

Criminal (2)

(1) 

 あいつらを消してしまえば、もう二度と朝がくることに怯えなくても済む、って本気で思っていたの。

 これで、あたしは長年の苦しみから解放されるって。

 けど、それは大きな間違いだったわ。

 あいつらを消したのが、何を隠そうあたし自身という事実が重圧としてのしかかり、今にも押し潰されてしまいそう。


 どうして、あたしは、あの白塗りの悪魔、もとい魔法使いと『契約』を交わしてしまったのだろう。

 純潔と引き換えに得た魔力は、あたしが考えていた以上の威力を発揮した。

 今、あたしは手にした力を完全に持て余している――




 少女は、自室のベッドの中に頭まですっぽりと潜り込んでいた。

 赤色の上等な万年筆を右手に握りながら。

 よもや、この万年筆がワンズの一種だとは、誰も思いもしないだろう。

 だが、ひとたび少女が憎しみを抱く者への邪念を込めて強く握り締めると――、念を送られた対象の全身から炎が発生してしまうという。


 白塗りの魔法使いは『契約』を交わすと約束通り、赤い万年筆の『使用方法』を教え、少女を書庫から自宅の自室へと一瞬で転移させてくれた。

 初めて目のあたりにする魔法の力に少女は魅入られ、自分も使ってみたい、という気に大いにさせられた。

 白塗りの魔法使いから教えられた通り、手始めに虐めグループの中心人物である町長の娘と、虐めに気付きつつ見て見ぬ振りを続けた教師へ、あらん限りの憎悪の念を込めて、赤い万年筆を折れそうなくらい力強く、握り締めた。


 結果はすぐに反映された。

 同日の夕方、町長の娘と教師の全身から突如として炎が発生し、あっけなく焼死したという緊急の報せが、少女に届いた――、だけでなく、コブーレア中に広まったのだ。


 二人が死んでくれたお蔭で、常日頃少女の心の中に充満していたどす黒い靄が一気に晴れていき、急激に心が軽くなった。

 だから、もっと心を軽くしたくて、否、つい調子に乗ってしまい、残りの取り巻き達も同じ末路を辿るよう、呪いに似た憎悪の念を万年筆に送り込んだのだ。


 そして翌日の夕方、いつものように授業が終わり、いつものように他の生徒達と共に校門から出た直後――


 少女の近くを歩いていた取り巻き達の身体から突然発火し、見る見る内に紅蓮の炎に包まれていった。

 狂ったように助けを求め、断末魔の悲鳴を叫び散らしながら、次第に息絶えていく彼女達の姿を、目の前で少女は目撃してしまった。


 髪と肉が焼け焦げていく異臭と込み上げる吐き気を堪え、遠のきそうな意識をどうにか保とうとして――、少女はようやく我に返る。



 あたし、何てことを、しでかして、しまったの!!



 ――怖い――



 二日連続で起きた、謎の人体発火による死亡事故。

 被害者の一人は町長の愛娘。

 軍の厳しい調査が開始されるのも、時間の問題。


 直接的ではないにせよ、凄惨な殺人を犯してしまった事実からはどんな言い訳を並べ立てようとも免れない、


 あれから約一週間、少女は自室の部屋に閉じこもったまま、一歩も外へ出ていない。

 家族も学校関係者も、悲惨な事故を目撃したショックのせいだと信じ込み、そっとしておいてくれるのだけが唯一の救いである。


(……でも、いつまでもこうしていられる訳じゃない。あたし、一体、どうすれば、いいの……)



 少女が世界の全てから逃げるように、掛布を更に引き上げてぎゅっと固く目を閉じた時、コンコンと部屋の扉を叩く音と共に、母の気遣わしげな声が聞こえてきた。



「……ねぇ、ロミー。今日も、ギムナジウムに行かないの……??」

「…………」

 少女――、ロミーは、毛布を被ったまま返事一つ返さない。

「あのね……、あんなに惨くて恐ろしいものを見てしまったから、ショックが続く気持ち、ママも分からないでもないのよ??でもね……」

「…………」

「もう、あれから、かれこれ一週間近くも休んでいるのよ??そろそろギムナジウムに行かなきゃ、勉強が追いつかなくなる……」

「……あたし、元々馬鹿だからどうでもいい……」

 投げやりな口調で扉の向こうの母に吐き捨てる。


「ロミー!!いい加減にしなさい!!」

 娘の横柄な態度についに腹を立て、飛び込むように母が部屋の中に押し入ってきた。

 説教など何一つ聞きたくない、と、ロミーは毛布の中ですかさず耳を塞ぐ。

「いい加減、ベッドの中から出てきなさい!!」

 母は毛布に掴みかかり、娘の身体から無理矢理引き剥がそうとする。

 ロミーも奪われてなるものか、と、毛布を掴む力を強め、抵抗してみせる。

 けれど母の力の方が強く、すぐに毛布はロミーの手から引っ張り上げられ、あっさりと奪われてしまった。

 毛布を奪われたことで急速に身体が冷えていき、ぶるっと軽く身を震わせる。

 頭上には、鬼のような険しい顔で自分を睨みつける母の顏。


 これ以上反抗したところで、母の怒りに油を注いでいくだけ。

 どちらにせよ、どう頑張って抵抗したところでギムナジウムには行かざるを得ない状況のようだ。

 仕方なく、ロミーはのろのろと酷く緩慢な動きで鉛のように重たく、怠い身体を押して起き上がる。


「……今日は、学校、行く……。着替えるから、部屋から出てって……」


 母から視線を逸らしたまま、感情の籠らない平坦な声で伝える。

 あたしの気も知らないで、と、激しい苛立ちを感じつつ、逆を言えば知らないからこそ言えるのよね、と、胸中で自嘲する。


 あたしの気持ちなんか、だーれも見ようともしてくれない。

 実の親ですらそうなんだから、他人なんか尚更よね。


 閉塞感がロミーの心を侵食していくが、ふと、ある考えが脳裏に浮上する。


 誰からも顧みてもらえない存在感の薄い自分が、悪魔のような魔法使いと契約を結び、連続不審死を引き起こした張本人だなんて、誰も想像しないかもしれない。

 だったら、今まで通り普通に過ごした方が、却って疑われずに済むだろう。


(……そうよ、周りからどうでもいいと思われているあたしだもの。きっと、上手く隠し通せるわ……)


 母が部屋から出て行ったのを確認すると、ロミーは握っていた万年筆に影となって映り込む自身に向け、弱々しく微笑みかけたのだった。





(2)

 先に支払いを済ませたウォルフィからの、刺すような鋭い視線を一身に浴びながら、アストリッドは渋々といった体で自分の財布をウエストポーチから取り出す。

 清算のためにテーブルに呼びつけた店員が告げた金額に、ひくり、と口許を引き攣らせる。

 往生際悪く、助けを請うようにウォルフィを上目遣いで見上げてみたが、タイミング良く、ふあぁぁ、と大あくびをかましていた。

 チッと舌打ちを鳴らしたいのを寸でのところで堪え、平静を取り繕って支払いを済ます。


「あーあ、誰かさんが払ってくれれば、自分の手持ち金は減らずに済んだのに」

 恨みがましく責める主を完全に無視してウォルフィは席を立つと、さっさとカフェのテラス席を後にする。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ!」

 慌てて、椅子の背もたれに掛けていた灰緑色のローブを羽織りながら、アストリッドはウォルフィの後を追いかける。

「このカフェから一本北に外れた通りに設置されている公衆電話ボックス。あそこの窓の格子の目は細かく作られているから、上手く誤魔化せると思う」

 素っ気なく告げたウォルフィの言葉に、「分かりました。では、その公衆電話ボックスまで案内して下さい」と、答える。

「御意」

 ここで初めてウォルフィは、アストリッドに下僕らしい返事をしたのであった。




 ウォルフィの案内で目的の場所――、薄茶色の木の格子で囲われた、小さくて古い公衆電話ボックスまで辿り着くと、二人は一緒に中へ入った。

 並外れて長身のウォルフィと、彼ほどでないにせよ、やはり長身の部類のアストリッドが一緒に入るにはボックスの中は窮屈で、互いに身体をぴったりと密着させなければ無理だった。


 抱き合うような形で向かい合うと、アストリッドはウォルフィの骨張った大きな手を両方共に強く握り、固く目を閉じる――、すると、コンクリートの床一面が虹色の強い光を放ち始めた。

 虹色の光は二人の爪先から頭頂部に向かって、包み込むように大きな渦の中へと飲み込んでいく。

 光速でグルグルと螺旋を描きながら。

 渦の中では強風が巻き起こり、二人の髪がバサバサと舞い乱れる。

 光彩の加減により虹色に赤色と銀色が混ざり合い、光が天井にまで到達した瞬間、二人の姿は電話ボックスの中から跡形もなく消失していた――



 ウォルフィが言っていた大事な用件――、同じ西部でもコブーレアから遠く離れた国境沿いの街マンハイムに居住する、西の国境を守る魔女ナスターシャの元へ――、挨拶に訪れるため、瞬間移動の魔法で転移したのだ。


 通常、魔法を発動させる際は魔法陣を描く、ワンズ等の媒介を使う、詠唱を唱える、もしくはこの内のいずれかを複合させるかだが。

 アストリッドの場合、頭の中でイメージを描いたものを強く念じるだけで魔法を発動させることができる。


 例えば、『雨雲が上空を覆い、大雨を降らせる』のを想像し、『今すぐ雨よ降れ』と念じれば、たちまち空から雨粒が降り注ぎ始める、とか。

 アストリッドは、魔法の書で知識を得た訳でも悪魔と契約を交わした訳でもなく、この世に生まれ落ちた時からすでに魔力を手にしていたのだ。


 マリアの胎内で、母の魔力を少しずつ吸収していたのかどうかは定かではない。

 しかし、生まれながらに魔力を持つ反面、半陰陽の身体は元より、一つ年を取るのに一〇年の歳月を要する成長の遅さなど、普通の人間には有り得ない不可解な点も数多い。


「自分は人間でもなければ化け物でもなく、しいて言えば、何者でもない、ということでしょうね」と、アストリッドは笑いながら、特異な我が身を受け入れていたのだった。






(3)

 西部国境沿いの渓谷の街マンハイム――、転移したアストリッドとウォルフィを最初に待ち構えていたのは、街の象徴の黒い大門であった。

 渓谷を睨み上げる形で作られ、二つの塔が両脇から頑強で分厚い城門を支えているような形の大門を潜り抜ける。

 城壁に囲われた市街地が眼前に拡がる様に、「あれー、おかしいなぁ??ナスターシャ様の宮殿は大門の近くだと思っていたのですが」と、アストリッドはしきりに首を傾げていた。

 隣ではウォルフィが、またやりやがった、と、鉄面皮のままで黙って呆れている。

 アストリッドが、ナスターシャの宮殿が位置する場所を正確に把握していなかったため、中途半端な場所に転移してしまったのだ。


「こうなったらもう一度だけ……」

 再び瞬間移動しようとウォルフィの手を取ろうとしたところ、思い切り避けられてしまう。

「こんな人通りの多い場所で発動させるなよ。それに、人前であんたと手を繋ぐなんて俺はまっぴらご免だ」

「んなっ?!」

「西の魔女の宮殿なら、大門から続く大通りをひたすら真っ直ぐ歩けば辿り着くだろう」

「ええぇぇぇー、歩くんですかぁぁ?!」

「小一時間程度歩くだけだろうが」

「いーやーだぁぁぁぁ……」

「元はと言えば、あんたの思い違いのせいだろうが」

 ウォルフィは存分に蔑みを込めた目でアストリッドを見下ろすと、背を向けて先を歩き出す。

 ウォルフィの広い背中に向かって、いーっ!と歯を剥き出すと、嫌々ながらアストリッドは彼の後に続いた。

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