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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第四章 Shadow Boxer
39/138

Shadow Boxer(13)

(1)

 

 爆発の衝撃で床が落ちる直前、エヴァとディートリッヒは床を蹴って宙に浮かんだ。

 崩落する天井や爆風に流された氷壁がエヴァ達を押し潰すべく、四方から次々と襲い来る。

 ウォルフィが一発目に放った魔法銃に掠り、近くの壁まで弾き飛ばされて気絶していたズィルバーンも、異変で目を覚ますなり慌てて宙へと飛び上がった。

 エヴァは彼の首根っこを掴んで引き上げると、もう片方はディートリッヒの外套の端を掴み、詠唱を唱える。

 三人は虹色の光に包まれながら、こんこんと雪が降りしきる屋外へと一瞬で移動した。


 白銀色に染まる中庭の中央に降り立ったエヴァは、氷の宮殿を振り返る。

 先程まで自分達も居た旧会議室が位置する東側は、一階から三階全て倒壊してしまった。

 西側の一角――、地下牢の上階にあたる一階から二階に掛けても、氷の瓦礫と降り積もった雪とが混ざり合った状態の小山と化している。

 外光に反射し、ぴかぴかと光り輝く宮殿の残骸を目の当たりにしたエヴァは怒りと屈辱でぎりぎりと歯噛みし、わなわなと全身を震わせた。


 そのエヴァの背中に、ズィルバーンの悲鳴が届く。

 何事かと振り返ってみれば、ディートリッヒが魔法剣を振りかざしてズィルバーンを斬りつけようとしているところだった。。


「ディートリッヒ!やめろ!!」

 エヴァはすぐに二人の間に身を滑り込ませ、ズィルバーンの手首を掴むと自らの背に彼の身を隠した。

「エヴァ様、お退きください」

「駄目だ!」

 エヴァは怯えるズィルバーンに大丈夫だと横目で視線を送った後、ディートリッヒを睨み付ける。

「この畜生風情は肝心な時に限って炎を恐れて動けない、無様に気絶する等、まるで役に立たないじゃないですか」

「私はズィルバーンを役立たずとは思っていない!主の私がそう思っている以上、お前がどうこう言う権利はない!!」

「…………」


 必死にズィルバーンを庇い立てるエヴァに、ディートリッヒは大きく目を瞠る。

 構えていた魔法剣を鞘に収め、ふぅと小さく嘆息した。

 剣を下げてくれたことに、あからさまに安堵の表情を見せる二人に、ディートリッヒは呆れたように薄青の瞳を細めた。


「エヴァ様、貴女は甘いのです」

「今は仲間割れしている時ではない!それよりも半陰陽の魔女達の行方を捜す方が先決だ!!」

「その必要はありません」


 言うが早いか、ディートリッヒは一度鞘に収めた剣に手を掛け、瞬速で引き抜くと。

 斜めに振り下ろし、眼前に立つエヴァに斬りつけたのだった。


 エヴァの左肩から胸に掛けて真っ赤な鮮血が飛び散る。

 その血飛沫はエヴァ自身のみならず、ディートリッヒの顔や衣服、白銀の地面までをも赤く汚していく。

 大きく見開かれたエヴァの榛色の猫目が虚空を見上げ――かけたが、後ろへ倒れ込むところを青褪めた顔のズィルバーンが抱き込むようにして支えた。


 ズィルバーンに支えられ、どうにか気力を奮い立たせながら立ち上がる。

 立ち上がった際、詠唱を唱えながら斬り裂かれた傷に治癒回復魔法を掛ける。

 けれど、傷が完全に回復するよりも前に再びディートリッヒの剣が振り下ろされ、無意識に上げた右手が手首から斬り落とされる。

 大鎌さえあれば、剣を受け止めた上で払うか弾き返すかできただろう。

 もしくは、ズィルバーンを身代わりに彼を前に押し出せば良かっただろう。

 とはいえ、大鎌は破壊された上に瓦礫の下敷きだし、ズィルバーンを囮になど出来る訳がない。


 終わった……、と、死を覚悟したエヴァの身体が一瞬宙に浮き、ぐっと持ち上げられる。

 ズィルバーンが咄嗟にエヴァを肩に担ぎ上げ、ディートリッヒの凶刃を避けたのだ。


「ふっ……、ざけんなよぉ!何でエヴァ様にこんなことしやがるんだ!!」


 ズィルバーンの口元がエヴァの耳元に近いせいか、怒鳴り声が直に鼓膜に響き、煩くてかなわない。

 だが、今のエヴァにはそのことを咎めるどころか、気にする気力も尽きている。


「放浪の魔女だけでなく、半陰陽の魔女も東の魔女も取り逃がした上に、マリアの魔法書についてさえ何一つとして情報を得られなかった。計画が大失敗した以上、エヴァは最早只の反逆者だ。私が使えないと判断した以上、この女にもう用はない」  

「お前だって計画に加担してたじゃねぇか!!そんなら、お前も反逆者……」

「何の為に、軍人嫌いのエヴァに代わり北方軍とも懇意にし一部の指揮権を得ていたか、分からないのか」


 ディートリッヒが言い放った直後、中庭の向こう側――、氷の門前が大勢の人々の足音と話し声でざわつき始める。

 爆発を聞きつけた北方軍がようやく宮殿に到着したのだ。


 北方軍は氷の門から中庭へと突入、瞬く間に三人を取り囲んだ。

 白と黒の煙を漂わせ、一部が破壊された宮殿の屋外で血に塗れる瀕死の魔女、その魔女を担ぐ小柄な従僕と、剣から血を滴らせて対峙するもう一人の従僕の図に、兵士達は状況が飲み込めず、一様に戸惑ってみせる。


 ディートリッヒはそんな彼らを一瞥すると、エヴァとズィルバーンを剣先で指し示し、はっきりとこう告げた。


「この者達は反逆者ゆえ、今すぐに捕えよ」


 しかし、軍が捕縛に動き出すよりもズィルバーンの動きの方がずっと速かった。


 ズィルバーンはエヴァを担ぎ上げたまま空高く飛び上がり、集まった人々の頭を飛び石代わりに、彼らの頭上を飛び跳ねながら逃走を図ったのだ。

 軽やかに頭上を飛び越えていくズィルバーンに、兵士達はひっきりなしに銃弾を浴びせ、何発かは当てることに成功したものの、人智を越える素早い身のこなしを止めるには至らない。

 ディートリッヒですら攻撃する隙も与えない、あっと言う間に中庭からを消したズィルバーンへの怒りを押し殺し、ディートリッヒは「何をしている。早くあの二人を追え。見つけ次第、即刻射殺するんだ」と、兵士達に命令を下したのだった。





(2)


 ズィルバーンは氷と雪に支配されたリュヒェムの街中をひたすら疾駆し続けた。


 絶えず降りしきる雪と、肩に担いだエヴァから流れる血、北方軍に撃たれた自らの血で濡れ、ぐっしょりと湿り気を帯びた服の感触が何とも気持ち悪い。

 二人分の血の臭気で優れた嗅覚は麻痺し、鼻が曲がりそうだ。

 致命傷に程遠いとはいえ、撃たれた箇所が時間の経過と共に痛みが増してくる。

 痛みが増すにつれて、不安ばかりが押し寄せてくる。


 エヴァを助けたい一心で無我夢中であの場から逃走したが、この先は一体どうすればいいのか。

 エヴァやディートリッヒのように瞬間移動か転移魔法が使えればいいが、生憎獣の自分にそこまでの魔力は持ち合わせていない。


「ちくしょう……、一体どうすりゃ……」


 氷漬けの街並みの一角、恐らく本来は裏通りであっただろう細い路地の間で立ち竦み、途方に暮れる。

 こうしている間にも、肩に担いだエヴァの体温は益々下がっていき、呼吸も弱まっていく。


「はっ、そうだ……」

 ズィルバーンはエヴァをそっと地に寝かせると、上着の裾を破いてエヴァの右手首をぎゅうう、ときつく、きつく縛り上げた。

「エヴァ様、今更でごめん……。俺、馬鹿だからさ、止血のこと、すっかり忘れてた……」


 エヴァはズィルバーンの大きく丸い瞳を茫洋と見つめ、二度ほど首を微かに横に振った。


「……げろ」

「……へ??」

「……に、げろ……。おま、え……、だけで……、も……」

「そんなの絶対イヤだね!!!!俺は馬鹿だし、大して役にも立たないけど!!でも、あいつなんかと違って俺は絶対にエヴァ様を裏切ったりしない!!」


 親を猟師に殺されて一人ぼっちになっただけでなく、餓死しかけていたところエヴァに拾われた恩を、ズィルバーンは決して忘れていなかった。

 ディートリッヒから散々、『狐の子など何の役に立つのですか。森に捨ててきて下さい』と言われても、エヴァは頑として聞き入れずに傍に置いてくれた。


 雪に埋もれて衰弱していた姿が、かつてのエヴァ自身の姿と重なっただけに過ぎないとしても。

 従僕として信を置いているのは、自分ではなくディートリッヒだったとしても。


「でも……、俺も馬鹿だけどさ、エヴァ様も馬鹿だねぇ……。幾ら、あいつに惚れてたとしても、言う事信用しすぎ……」

「……ディートリッヒ、が……、私、を、駒扱い、している、こと、くらい……、私が、気付かな、いと……、思う、か……??」

「……じゃ、全部、知ってて??」


 エヴァはその質問には答えたくないらしく、徐にズィルバーンから顔を逸らした。

 ズィルバーンは一瞬呆気に取られたが、自身の立場と置き換えた途端、すとんと腑に落ちてしまった。


「……偽、り、だと、分かって……いても……、また、全てを、全てを失っ、て……、孤独に、おちい……るのが……、嫌、だっ、た……」


 親に捨てられては死にかけ、家族同然の仲間を奪われては死にかけ。


 エヴァが誰にも見せなかった弱さを目の前に、ズィルバーンは心に決める。

 自分だけは絶対に、最後まで主の傍を離れない、と。


 ズィルバーンは再びエヴァを肩に担ぎ上げる。

 彼女が憎む軍人などに射殺されるのではなく、せめて静かな場所でひっそりと息を引き取らせてやりたい、と思ったのだ。

 悲しいし認めたくないけれど、そうしてやるのが何よりもエヴァのためなのだろう。


 今にも泣きそうになるのを堪え、路地から一歩抜け出そうとしたズィルバーンの前に、思いも寄らない人物が立ち塞がっていた。


「お、お前……」


 その人物がズィルバーンに一歩詰め寄ると、ズィルバーンは一歩後ずさる。


(エヴァ様、ごめん……)


 絶対に逃げられない――、と悟ったズィルバーンは心中でエヴァに謝罪し、歯を食いしばってある種の覚悟を決めたのであった。


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