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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第四章 Shadow Boxer
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Shadow Boxer(12)

(1)


  腹部全体を赤く濡らすアストリッドを見たウォルフィは、青紫の隻眼を大きく瞠るも、躊躇うことなくエヴァに向けて魔法銃の引き金を引く。

  咄嗟に詠唱を唱え、防御結界を張られる寸前、魔法銃から放たれた青い光弾がエヴァの大鎌の柄に命中。

  手が吹き飛ばされる前に放したから良かったものの、大鎌の柄は光弾の威力で見事に破壊されてしまう。

  「エヴァ様!」

 落とした魔法剣を拾いながら叫ぶディートリッヒに、自動拳銃を発砲する。

 ディートリッヒが魔法剣を翳し、エヴァと同じく防御結界を張られたため、弾は跳弾してあらぬ方向へと飛んでいく。


  「放浪の魔女。俺があの二人を引きつけている間に、アストリッドに治癒回復魔法を掛けてくれ」


 感情の籠らない淡々とした低い声で、ウォルフィは隣に立つヘドウィグにそう告げる。

 ヘドウィグは黙って頷き、天井高く宙へと浮かぶ。


  ウォルフィは媒介を失ったエヴァには魔法銃で、詠唱を唱えさせないよう威嚇するために自動拳銃をディートリッヒ、と、それぞれの銃で二人に発砲し続ける。

 別に二人に弾が当たらなくてもいい。

 あくまでアストリッドを回復させる間の時間稼ぎなのだから。

 とはいえ、基本充填式のエネルギー放射で、エネルギーが切れた時用の予備で弾倉に弾が込められた魔法銃はともかくとして、自動拳銃の弾切れが心配だ。

  現に、自動拳銃の弾はもう四発しか残されていない。


  アストリッドの傍に無事着地したヘドウィグは防御結界を張りながら、治癒回復魔法を発動させてくれている。

   けれど、あの瀕死の大怪我では即時に完全な回復は見込めないだろう。


(俺を囮にして、アストリッドを連れて逃げて欲しいところだが……)


  自分は元々死人同然の人間である。

  自分一人の犠牲で彼女が助かるならば、幾らでも身を投げ出すつもりだ。


  アストリッドはこの国にとってなくてはならない、必要な存在だから。


  自動拳銃が弾切れになると、ウォルフィはエヴァを集中的に狙い撃ちし出した。

  ディートリッヒは、光弾を魔法剣で弾き返しながらエヴァに近付き、庇うように肩を抱き寄せる。

  エヴァもただ庇われるだけでなく、防御結界を張りつつ長い詠唱を唱え始めた。


  「!?」


  ウォルフィの爪先から踵、足首の順に、身体が氷の膜に覆われ始めた。

  薄緑色の結界の中で、勝ち誇った笑顔のエヴァと薄く冷笑を浮かべるディートリッヒ。


  「エヴァ様、あの従僕は放っておいても、勝手に氷漬けになって死ぬでしょう。それよりも、半陰陽の魔女と放浪の魔女を」

  「あぁ、分かっている」

  「あれだけの大怪我を回復させながらの防御結界となると、案外脆いでしょう。放浪の魔女自身も満身創痍に近い状態ですし」


  エヴァとディートリッヒは、腰までが氷と化したウォルフィに背を向け、彼らから見て右後方にいるアストリッドとヘドウィグに向き直った。


  内臓の損傷を治して傷口も粗方塞いだものの、痛みの軽減と体力回復までには到底至っていない。

  アストリッドの腹部を濃い黄色の光で輝かせつつ、ヘドウィグはこちらへ矛先を変えてきた二人を鋭く睨む。


(あ奴には悪いが……、ここは囮になってもらおうか)


  ウォルフィと同じ考えに至ったヘドウィグは、一旦治癒回復魔法を中断し、防御結界を強化させた。

  渋面を浮かべたエヴァを視界の端でちらりと捉えた中、アストリッドの腹に置いていた手の上にそっと掌が重ねられる。

  余りの冷たさにぎょっとなり、思わず見返すと虚ろな鳶色の瞳と視線がぶつかった。

  アストリッドはぱくぱくと口を動かし、ヘドウィグに何かを訴え掛けようとしている。


「何だ??どうした??」

  アストリッドの口元に顔を寄せ、言葉を聞き取ろうと耳を近づける。

  途切れ途切れに紡ぎ出される言葉の意味を理解していくと共に、ヘドウィグは明らかに不服そうな表情を見せた。

「……す、すみ、ま……、せん……」

「……全くだ。お前さん、どこまで無茶しようとするんだか……。あと、私もこう見えて年寄りなんだ。余りこき使わないでおくれ」  


  ヘドウィグは大きく嘆息した後、エヴァ達を振り返ると真っ直ぐに手を伸ばした。

  遂に攻撃を仕掛ける気か、と、エヴァとディートリッヒは身構え、迎撃態勢を取ろうとする。

  ヘドウィグの伸ばした手が真っ黒で巨大な触手へと変形、二人に襲い掛かる――、ではなく。


  触手は二人の横をすり抜け、胸まで氷結化したウォルフィを鷲掴んだ。


 エヴァとディートリッヒ、何より触手に掴まれたウォルフィ自身が驚きで身を強張らせた。

  更には、触手に掴まれると共に氷漬けにされた部位は瞬く間に元に戻った。


「エヴァ様!!」

「なっ……!?」


  防御結界の中、氷の床に転がり、床に付いているアストリッドの両掌が濃い橙色に光り輝いている。

  二人とウォルフィがそれに気付いた時。


   視界を全て掻き消す強い発光、耳を劈く爆発音が轟き――、旧会議室は跡形もなく爆破されたのだった。





(2)


  虹色の光の中から、アストリッド、ウォルフィ、ヘドウィグは降り積もった雪の上に身を投げ出された。


「あぅ……!!」

  柔らかい雪の上とはいえ、傷口を塞がれたばかりで全身を強く打ち付けられたアストリッドは、堪らずに呻き声を発した。

 その声にウォルフィはすぐに反応し、飛び起きるようにして立ち上がると。

  傷口を両手で押さえ込んでいるアストリッドの傍へ駆け寄った。

「アストリッド」

 胎児のように身体を丸め、痛みと寒さで酷く身体を震わせている。

 震えでカチカチと歯を鳴らし、その僅かな振動ですら傷口に響くのか、絶えず苦し気に眉間を顰めている。

 血の気が失せた顔中に脂汗を流す主を、ウォルフィはなるべく身体を揺らさないよう、慎重な手つきで抱きかかえた。

「……いっ、痛ぁ……!!」

 普段であれば、「煩い。いちいち騒ぐな」と一蹴してやるが、今のアストリッドにそんなことを言える筈がない。

 アストリッドを抱えたウォルフィは、傍で二人の様子を窺っていたヘドウィグをちらりと見返す。


「……すまないな。本来なら、中央のリヒャルトの元まで移動させたかったが……。防御魔法と触手を発動させながらの瞬間移動、となると、流石に長距離の移動は無理だった」

「……いや、あの場から撤退できただけでも充分だ。あんたのお蔭でアストリッドも俺も助かったし、感謝している」


 まさかウォルフィから、素直に礼のようなものを述べられるとは思わなかったらしい。

 ヘドウィグは思わず目を丸くする。

 彼女の表情の意味を汲み取ったウォルフィは、一瞬気まずそうに眉根を寄せるも特に咎めはしなかった。


「氷漬けの街並みからして……、まだここはリュヒェムの中か」

「あぁ、そうだ」

「地下室も含め、二回も宮殿で爆発が起きた以上、北方軍もそろそろ異変に気付いて出張ってくる頃だろう。そうなると、奴らが拘束されるか、あるいは……。俺達に濡れ衣を着せて捜索を開始するか……。どちらに転ぶにしろ、余り長居は出来ない」


 しかし、疲弊しきっているヘドウィグや衰弱したアストリッドを考えると、僅かな時間でも休ませてやるべきかもしれない。


「あんたの体力を回復させなければ中央への瞬間移動もままならない。少しばかり休んだ方がいいだろう」

「正直なところ、そうしてもらえると非常に助かる」

「……分かった。じゃあ適当に、この辺の家に入るぞ」


 ウォルフィはヘドウィグを従えて雪の中を歩き始め、通りに連なった氷漬けの家々の内の一軒に入っていった。




(3)

 氷の扉を開けて玄関を潜り、すぐ目の前の廊下を渡る。

 右側の扉を開くと、扉から見て正面奥には暖炉があり、部屋の中央にはL字型の長椅子が二脚、ローテーブルを挟んで対になるような形で置かれていた。

 勿論、それらも全て氷漬けではあったが。


  部屋に入ると、ヘドウィグはローブを脱いで長椅子の上に敷くも、自分はもう一つの長椅子に腰を下ろした。

  背を曲げ、自らの膝に突っ伏す形で休むヘドウィグを尻目にウォルフィは、ヘドウィグがローブを敷いてくれた方の長椅子にアストリッドを寝かせ、自身が着ていたコートを身体に掛けてやる。

 依然、アストリッドは苦悶の表情を浮かべては不規則で荒い呼吸を繰り返している。

 青白かった顔色が、今度は熟れた林檎のように真っ赤に変わっている。

 床に膝をつき、汗ばんだ額に掌を当てるも余りの熱さに、ウォルフィはすぐに手を離してしまう。


 これは一刻も早くこの地から離れ、安静にできる場所に戻らねば。


 ヘドウィグも同じ想いを抱いたのだろう。

 珍しく縋るような目(傍からはほとんどそうは見えないが)で彼女に視線を送るウォルフィに、こう告げた。


「……ハイリガーに、転移魔法でゾルタールに移動させてくれるよう、思念で救援を依頼しよう」

「元帥ではなくて、か??」

「昼間のこの時間帯だとリヒャルトは公務の最中だ。気付いたとしてもすぐに対応することは難しいだろう??」 

「しかし……」

「その代わり、お前さん達がゾルタールに移動次第、私が中央に戻って事の顛末全てリヒャルトに伝えよう。さすれば、アストリッドに処罰が下されることはないと思う。それに……」


 ヘドウィグは一旦口を閉ざすも、言い淀みつつ再び言葉を続ける。


「こう言っては何だが……、リヒャルトは、アストリッドに限っては甘いところがある……」

「……知っている……」

「ならば話は早い。私は外へ出て、ハイリガーに救援を送る。お前さんはアストリッドの容態を見ながら、そこでじっと待っていろ」


 ヘドウィグは長椅子から立ち上がり、部屋を出て行こうとした――、と、見せ掛け、またこちらへ戻ってきた、かと思うと。

 一言呟き、掌から淡黄色の光が放たれる。

 彼女の掌に、黒い硝子製の小瓶が握られていた。


「これは……」

 見るからに怪しげな薬を手渡され、不信感も露わにウォルフィはヘドウィグに尋ねる。

「こいつは私が作っている『悪魔の薬』の一種だ。幻覚作用をもたらし、意識を朦朧とさせる……」

「そんな危険な薬をアストリッドに飲ませろと??ふざけるな!」

  当然ウォルフィは激怒し、小瓶を床に叩きつけようとしたので、寸でのところでヘドウィグが抑えにかかる。

「最後まで話を聞け!確かに危険な薬だが、ごくごく少量であれば痛み止めと鎮静効果をもたらす薬だ。少しでもアストリッドの苦しみを取り除いてやりたい、と、思ってのこと……」

「本当に、飲ませても問題ないだろうな??」

「あぁ。ほんの一口だけならな」


  ウォルフィはまだ疑わしげにヘドウィグを見上げていたが、ふっと顔を逸らす。


「……あんたを信じよう……」


  顔を背けたままぽつりと漏らしたウォルフィの言葉を聞き、ヘドウィグは今度こそ部屋を出て行く。


 扉が閉じられる音と一緒にヘドウィグが姿を消すと、ウォルフィは小瓶のコルクを抜いてアストリッドの口元に宛がった。

 アストリッドは、嫌々をするように顔を左右に振って薬を飲むのを拒否する。

 痛みと熱で半ば意識を失いかけているせいなのか。

 正常な判断が出来ず、拒絶反応を示すばかり。



  どうしたものか、と、ウォルフィは小瓶を握ったまま思案を巡らせる――



  考えること数分、ウォルフィは全身の力を抜くべく、ふぅーと大きく息を吐き出した。


「……文句なら、後で幾らでも聞いてやる……」


  観念したように呟き、アストリッドの頭を左手で支えながら小瓶の薬をほんの一口だけ口に含む。

 下唇を右の親指で軽くこじ開けると、顔を近づけ――、唇を重ね合わせると共に薬を咥内へ流し込んだ。


 ウォルフィはすぐに唇を離し、薬が肺や気管支に入らないよう、そっとアストリッドの頭を動かして嚥下させた。


  唇に付着した薬を指先で拭うと、何を思ったのかウォルフィは急に立ち上がった。

 何となく、ふと嫌な予感が脳裏を掠め、外で救援の思念を送るヘドウィグの様子を身に行こうと思い立ったからだ。

 たった一、二分程度でもアストリッドを一人にさせるのは忍びなかったが、部屋と廊下を抜け、飛び出すように急いで玄関の扉を開ける。


  家の前か近くの通りにいる筈のヘドウィグの姿はなく、曇天の空から氷漬けの街並みにちらちらと雪が舞い落ちる様が目に飛び込んできたのみであった。


「……くそっ!あの女!!」


  図らずも嫌な予感が的中してしまい、ウォルフィは怒りに任せて足元に積もった雪を蹴り飛ばした。

 しかし、ただ怒りの感情をまき散らしたところで状況が好転する訳ではない。

 再びウォルフィは家の中に戻り、アストリッドのいる応接室へと駆け込んだ。


 すると、アストリッドが横たわる長椅子の下から、虹色の光が煌々と光り輝いている。

 ハイリガーが救援に応え、転移魔法を発動させてくれたのだ。


 意外に早くリュヒェムから脱出できることに安堵する一方、去るなら去るで一言告げてほしいものだ、と、心中でヘドウィグに毒づきつつ、ウォルフィも光の中へ入り、アストリッドの手に手を重ねたのだった。

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