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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第四章 Shadow Boxer
37/138

Shadow Boxer(11)

(1)

 

 ヘドウィグが引き起こした地下室での爆発はウォルフィとディートリッヒが相対していた場所と程近く、地下だけに留まらず、一階までをも巻き込んだ。

 地下室の天井あるいは一階の床は崩落し、氷の外壁も窓も爆風と熱波で破壊され、室内は氷の瓦礫で埋め尽くされていく。

 水蒸気を含んだ煙と黒煙が立ち上り、爆発の衝撃と振動により屋根や屋外周辺の積雪が瓦礫と共にウォルフィ達の身に降りかかる。

 運良く、瓦礫の下敷きになるのは避けられたものの、上からも下からも迫り来る雪崩からは逃れられず、ウォルフィの全身は雪で覆われしまった。

 うつ伏せの姿勢で雪の中に埋もれ、辛うじて両手だけは外へ飛び出している。


 一刻も早くアストリッドの元へ向かわなければ。


 焦る気持ちを押さえながら、両手で頭上の雪を掻き分ける。

 微々たる動きにも程があるが、何もせずじっとしているよりは余程ましだ。


「…………」


 ふいに誰かから両の手首を掴まれる。

 手や指の大きさ長さ、形からして、女のものに違いない、などと考えている間にも、彼の身を閉じ込めていた大量の雪が一瞬で吹き飛ばされた。


 だが、顔を上げて起き上がるも立ち上がる間もなく、ウォルフィの眉間に魔法銃の銃口が押し当てられる。


「……何の真似だ……」

「動かないで」


 正面にて魔法銃を両手で構えるシュネーヴィトヘンを睨み付ける。


「何故二階にいる筈のお前がここにいる」

 シュネーヴィトヘンは、黒曜石の美しい双眸で冷ややかに見下ろすばかりで質問に答えない。

「アストリッドは何処だ。さっきの爆発はお前が引き起こしたのか」

「違うわ。ヘドウィグ様が引き起こしたのよ。折角助けに行ってあげたのに、拒否されただけじゃなくあんな自滅行為をされて……」

「お前が余計な事を言ったか、行動したかしたんだろう??放浪の魔女とアストリッドは……」

「ヘドウィグ様は知らないわ。脱出して逃げたかもしれないし、崩落に巻き込まれたかもしれないし、分からないわ」


 ヘドウィグを何としても助けたい、と言っていた筈なのに、シュネーヴィトヘンはヘドウィグの安否などさして気に留めてなさそうだ。


「アストリッドは??お前と一緒に居た訳ではないのか??」

「アストリッド様なら、エヴァ様と銀狐の従僕相手に一人で闘っているんじゃないかしら」

「俺達と行動を共にしたいと言い出したのは、あいつを囮にするのが目的か」


 シュネーヴィトヘンはその質問には答えず、目を細めて唇を引き結ぶ。


「そんなにアストリッド様が大事なの」


 誰に言うでもない独り言を漏らすように、シュネーヴィトヘンは小さく呟く。

 自分でも無意識の内に口にしたのか、自らが漏らした言葉で黒い瞳が動揺で微かに揺れる。

 動揺で生まれたほんの僅かな隙を、ウォルフィは見逃さなかった。


 ウォルフィは、銃を握るシュネーヴィトヘンの両手首を掴んで捻り上げる。

 苦痛に顔を歪め、狙い通りにシュネーヴィトヘンは魔法銃を取り落とす。

 そのまま彼女の細い身体を雪の上へと押し倒し、抵抗できないよう仰向けに倒れた身体の上にのしかかった。

 シュネーヴィトヘンの両腕を彼女の頭上にて片手で押さえつけ、詠唱での攻撃魔法を防ぐためにもう片方の手で喉元を締め上げる。

 声を出せないようにするために掛けた手の筈なのに、徐々に締め上げる力が籠っていく。


 この女を生かしておくのは危険だ、今すぐ始末しなければ、という声が、脳裏で喧しく騒ぎ立てる。


 真っ赤な顔で苦し気に呻き声を上げながら、シュネーヴィトヘンは頭を左右に振り回す。

 彼女の頭が揺れる度長い黒髪がさらさらと流れ、毛先がウォルフィの手を擽った。

 いっそのこと首の骨を折り、早く楽にしてやるべきか、と、白く細い首に更なる力を籠めた――


 ウォルフィの背中に強い衝撃が走る。

 ここで彼は我に返り、さっと背後を振り返った。


「馬鹿者めが。ロッテから今すぐ離れろ」

「…………」


 色気を含む、少し枯れた声には激しい怒気が含まれている。

 その声の持ち主は、銀色の長い髪を風で乱しながら青紫の瞳でウォルフィをきつく睨み据えている。


「放浪の魔女……、無事だったのか……」

「あぁ……、お蔭様でな。それよりもロッテの首に掛けている手を離せ。でなければ、さっきよりも強力な光弾で強制的に吹き飛ばすぞ」

「この女は……」

「あぁ、確かに私らの敵だろうね。だが、勝手に殺したとなればリヒャルトも黙っていないだろう。お前さんだけじゃなく、アストリッドにまで責任が及ぶことになるやもしれんぞ」


 アストリッドの名を出されては、ウォルフィもこれ以上事を荒立てられない。

 シュネーヴィトヘンの首から手を離し、もう一方の、両腕を拘束していた手も放す。

 シュネーヴィトヘンが起き上がるよりも早く、さっと自身の身を離すとウォルフィはヘドウィグの元へ歩み寄る。

 そんな彼を呆れた顔付きで黙って眺めていたヘドウィグだったが、「ほら、こいつはお前さんのだろう??」と、失くしてしまった魔法銃を放り投げてきた。

 ウォルフィは、パシッと片手で魔法銃を受け取る。


 背後では、身を起こしたシュネーヴィトヘンが雪の上に座り込んだまま、ゲホゲホと絶えず激しく咳き込み続けている。

 振り返ると、喉に手を当てて目尻に涙を溜め、苦悶の表情を浮かべている。

 今度はウォルフィが彼女を見下ろす番だった。


「……アストリッドは、あの時の私刑で心身共にほぼ廃人に近かった俺を救った。俺はその恩義に報いたいと思っているだけだ」

「…………」


 シュネーヴィトヘンの咳が少しずつ治まってくる。

 そろそろ反撃をしてくる頃か、と、ウォルフィに緊張が走った時、シュネーヴィトヘンの全身から虹色の光が発光し始める。

 詠唱を唱えた様子もなく、彼女自身も驚きで目を瞠っている。


「何をしている!あいつを逃がす気か?!」

 隣に佇むヘドウィグの肩に掴みかかるも、ウォルフィの剣幕にも動じずにヘドウィグは詠唱を唱え続ける。

「今すぐ詠唱止めろ!」


 しかし、恫喝に近いウォルフィの止め立ても虚しく、シュネーヴィトヘンの身体は光と共にこの場から消失していった。


「あんた、一体何を考えている!!あいつを何処へ逃がした!?」

「スラウゼンへ送り返したまでだ」

「何の為だ?!」

「ロッテが此処に居ては、必ずやアストリッドの救出の邪魔立てをしてくるに違いない」

「嘘だな」

「は、誰がこの期に及んで嘘など」

「あんたは何だかんだと、あいつへの情が捨てきれていないからだ」

「お前さんには言われたくないね。ロッテへの異常なまでの憎悪は、未だ捨てきれない愛と執着の裏返しの癖にな」


 黙れ、と、言いたいところを、ウォルフィはあえて言葉を喉の奥まで飲み込んだ。

 ウォルフィの苦虫を噛み潰した顔を、ヘドウィグは蔑むように黙って眺めていた。


「……不毛な言い争いはこの辺にしよう。それよりも」

 ヘドウィグは、宮殿東側の一角の二階――、白煙と黒煙の影が薄っすらと窓に映り込む部屋に視線を送る。

「あぁ、そうだな」

 ぶっきらぼうな口調でだが同調するウォルフィの手を取ると、ヘドウィグはもう一度瞬間移動の詠唱を唱え始めたのだった。





(2)


 痛みで熱を持つ下腹部を除き、全身の血の気が見る見る内に引き、力が一気に抜けていく。

 臍より奥深くまで突き刺されていた魔法剣を、急に引き抜かれたアストリッドは氷の床へと落ちていく。


「……かはっ……」


 受け身の態勢を取ったお蔭で頭や背中を強く打つのは免れたが、代わりに四肢のどれかが骨折したか、ヒビが入ったかもしれない。

 それすらも落下した衝撃や腹部の痛みの強さの方が勝って、正直余り気にならなかった。

 刺された箇所から流れる血がコートとニットに染み込んで濡れていき、冷えた身体を更に冷やしていく。

 血の赤と鉄臭い臭いが身体に染み付いていくのに不快感を覚えながら、床に転がるアストリッドの元に複数の足音が近づいてきた、かと思いきや。


「あああぁぁぁ!!!!」


 先程と同じ箇所、臍にもう一度魔法剣を突き立てられ、堪らずアストリッドは叫び声を上げる。


「痛いのは大嫌いだ、と、エヴァ様に言ったそうだな。半陰陽の魔女」

 魔法剣の持ち主、ディートリッヒは、冴え凍る薄青の瞳でアストリッドを見下ろしながらずぶずぶと剣をより深く突き刺していく。

「これ以上、痛い思いはして無様に泣き叫びたくないだろう??ならば、さっさとマリアの魔法書の内容、もしくは貴様が知る禁忌魔法の全容を教えろ」

「い、嫌だぁぁ!!うあぁぁぁ!!」

「ディートリッヒ、まだ殺すんじゃないぞ!」

「えぇ、分かっております。死なない程度に痛めつけますし、死にそうになったら治癒回復魔法で怪我も内臓の損傷も治しますから」

「で、また、死なない程度に刺しまくるのかぁ??怖っえぇなぁ」


 爆発が起きると同時に雪が雪崩れ込んくれたお蔭で、魔法剣を取り戻したディートリッヒは咄嗟に瞬間移動の魔法を発動させ、エヴァ達がいる旧会議室まで移動した。

 そして、対峙するエヴァとアストリッドの間に滑り込み――、今の状況に至る。


「そう言えば、白髪隻眼の従僕なら先程の爆発に巻き込まれ、瓦礫と雪の下敷きになったようだ。貴様が禁忌魔法をエヴァ様に教えるのなら、助けてやってもいいと思っている」


(ただし、すぐに二人諸共抹殺してやるけれども)


「……け、けっ……」

 絶えず、ぜぇぜぇと息を吐きつつ、裏返った声で絞り出すように、アストリッドは言葉を続ける。


「……け、けっ、こう……、で、す……」

「ほう??意外に薄情なのだな」


 眉尻を跳ね上げ、ディートリッヒはもう一度魔法剣を腹部に突き刺す。

 アストリッドは狂ったように泣き叫ぶも、気丈にも虚空を睨みながら、言った。


「……彼、が、しっ、知った、ら……、げ、げんこ、げんこつ……、どころか……、銃で……、撃ち、ころ、されて……、し、まいま、す……。それに……。彼、かれは……、そう、か、んたん、に……、やられる、程……、やわ、じゃ……、ありません!!!!」


 アストリッドが叫んだ直後、背後からギャッ!とズィルバーンの悲鳴が。

 まさか、と、振り返りかけたディートリッヒの手元を青白い直線型の光弾が掠る。

 焼けるような痛みに思わず剣を手から取り落とす。


「お前達!!」


 背中の毛を逆立てて威嚇する猫とよく似た様子の、エヴァが怒りも露わに大声で叫ぶ。


 その視線の先には、格子窓を背に、虹色の残光を身体に纏わせたヘドウィグと、魔法銃を構えるウォルフィが佇んでいたのだった。

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