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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第四章 Shadow Boxer
34/138

Shadow Boxer(8)

(1)


 センフェン山の麓――、魔女達がひっそりと暮らす小さな集落には、白漆喰の壁、木造立ての古くて小さな家屋が五~六戸連なって建っている

 その中の一つ、木製の雨戸を締め切った家屋から、ドスの利いた女の怒鳴り声が飛び出し、集落中に響き渡った。


 件の家の中では、藁が敷かれた土間の上で、四人の女が真ん中に立つ女を取り囲むようにして集まっている。

 皆、年の頃は大体同じくらい――、二十歳前後の若い女ばかりだが、唯一、真ん中の女が小脇に抱えているのが一〇歳前後の少女、のようである。

 真ん中に立つ女は亜麻色の長い巻毛で、眉も目尻も口元も吊り上がった、いかにもキツイ顔立ちをしていた。

 真っ黒なワンピースに、瞼の上に黒いアイシャドウを塗っているので尚更キツく見える。

 極めつけとでも言うべきか、女は小脇に抱えた少女の尻をバシィン!バシィン!!と音を立てて叩き続けている。

 少女はアッシュブロンドの髪を振り乱し、榛色の大きな猫目から大粒の涙を流しては「ごめんなさい!もうしません!!」と、女達に懇願し続けている。


「エヴァ、あれ程『マリアの魔法の書』はお前が読むにはまだ早い、と言い聞かせていただろう?!あれには禁忌魔法も数多く記載されている。子供が読むだけでなく、試しに使っていいものではない!よりによって、遊び半分で魔力封じの魔法を覚えてしまうなんて!!」

「ごめんなさい、イルマ……!ごめんなさい!!」

「今後はもう、絶対に試したりはしないな!?」


 イルマと呼ばれた女は、ぎろりとエヴァを睨みつけて念を押す。


 青白い肌をますます青くさせ、エヴァはコクコクと小刻みに頭を縦に振ってみせる。

 一切の口答えをせず、心底反省の色を見せるエヴァの殊勝な姿に、イルマを始め他の女達も少しずつ表情を緩めていく。


「もう、二度と今日みたいに、魔力封じの魔法を発動させたりしないな??」

「うん!」

「うん、じゃなくて、はい、だろう?!」

「あっ、えっ、うん……。じゃない、はい!!」


 イルマの指摘に狼狽えるエヴァの姿が可笑しかったらしい。

 イルマはぷっと小さく噴き出し、他の女達もつられてクスクス笑い出す

 張りつめていた空気が一気に和やかなものへと切り替わっていく。


「エヴァ。魔力封じの魔法については忘れてしまうんだ、いいね??」

 ようやく解放したエヴァの両肩を掴み、イルマは真剣な面持ちで言い聞かせる。

 はい!と、鼻声ながらもはっきりとした大きな声で、エヴァは返事をする。

「約束だぞ??」

 

 イルマとエヴァは互いの小指と小指を結び、マリアの魔法書を勝手に読む、記載されている魔法を使用しない、と、約束を交わした。


 しかし、後にエヴァは、イルマとの約束を守らなければ良かった、魔法書の中身をもっと知っておくべきであった、と、激しい後悔の念に駆られたのだった。





(2)


 アストリッドとシュネーヴィトヘンの周囲を包んでいた、虹色の強い光が粗方消失していく。


 めまぐるしい状況の変化に思考が追いつききれていない、二人の目に飛び込んできたもの――



 二人から見て正面遠くには、天井から床までの高さを誇る太い枠組みの格子窓。

 天井の中央からは、梨のような形をした真鍮作りの小型シャンデリアが吊り下げられている。

 ただし、格子窓もシャンデリアも、床や壁、天井と同様に氷漬けであるが。

 室内に置いて氷漬けにされていない物と言えば、シャンデリアの真下に置かれた円卓と、円卓を囲む複数の椅子のみ。


 その円卓の真ん中の席――、時計の秒針に例えるなら零時の位置の席には、大鎌を手にしたエヴァが悠然と腰掛けていた。


「半陰陽の魔女と東の魔女よ、ご機嫌の程は如何だ??」

 意味ありげな笑みを浮かべて二人を迎えるエヴァに、シュネーヴィトヘンは不機嫌そうに告げる。

「えぇ、誰かさんのお蔭でとても気が立っているわ」

「ふん、そうか。それは難儀なことだったな!」

 あてつけられてもどこ吹く風、と、鷹揚に構えたエヴァはシュネーヴィトヘンを鼻で笑い飛ばす。

「エヴァ様、ヘドウィグ様は一体どちらにいるのでしょうか??」

「放浪の魔女なら地下牢の中さ。魔力封じの結界を張り巡らせて脱走を図らないようにしてある」


 誤魔化すことなく、いともあっさりとヘドウィグの居場所を教えるエヴァに、アストリッドは更なる疑問をぶつける。


「そもそも、貴女は何を目的にヘドウィグ様を拘束し、自分とロッテ様をリュヒェムに呼び寄せたのでしょうか??ディートリッヒ殿とズィルバーン殿がウォルフィに攻撃を仕掛けたのも貴女の差し金ですよね??」


 エヴァは、嘲笑めいた表情を見せるのみでアストリッドの質問に答えようとしない。

 どこまでも強気で人を食ったエヴァの態度に、アストリッドも苛立ちを覚え始めた。

 そこへ折りが良いのか悪いのか、エヴァの隣の席が虹色の光を放ち、光の中からズィルバーンの姿が現れる。


「エヴァ様―、とりあえずあの片眼のにーちゃん足止めしてきましたー」

「やけに戻ってくるのが早いじゃないか、ズィルバーン」

「だってさぁ、ディートリッヒに『エヴァ様のところに戻れ』って言われちまったんですよぉ。しかも、強制的に瞬間移動させられてさぁー。まぁ、元軍人だしぃ魔法も使えるんで、あいつ一人でも何とかなるとは思いますよー」


 だらけた口調でありながら、どことなくバツが悪そうに釈明するズィルバーンに、エヴァは呆れた顔をしてみせる。

 だがすぐに、「全く、お前と言う奴は……!仕方のない奴だな!!」と、諦めたように大きく息を吐き出した。


「まぁいい……。とりあえず、褒美代わりに魔力注入してやるよ。顔をこっちへ向けろ」


 それぞれ椅子に座ったまま向かい合うと、エヴァはズィルバーンの頬を両手で挟んで唇を重ねた。


 アストリッドとシュネーヴィトヘンが目の前にいるというのに、緊迫した雰囲気が室内に流れているというのに。

 人前で平然とズィルバーンと魔力注入のキスを行うエヴァに、唖然とするより他がない。

 取り分け、シュネーヴィトヘンは心底嫌そうに顔を顰め、キスをする二人から顔を背けていた。


 ズィルバーンへの魔力注入を終え、ようやくエヴァは二人に向き直る。


「ふん、噂に違わず本当に潔癖な質とみる。何も知らない生娘でもあるまいに!お前は魔女となる前、祖父程年の離れた爺ぃの囲われ者で、その息子にも手を付けられていたらしいじゃないか。今更清純ぶるとはなぁ!」

「えぇ?!マジかよぉー、意外と汚れてんのなぁー」


 エヴァとズィルバーン双方から兆発を受けながらも、シュネーヴィトヘンは気味が悪い程の無表情を保っていた。

 彼女の隣では、アストリッドが益々持って緊張した面持ちで事態を静観している。

 すると、シュネーヴィトヘンはふっ、と、唇を捻じ曲げて笑った。

 口元は緩く孤を描いているが、黒曜石の双眸は酷く醒め切っている。


「汚れているからこそ、これ以上誰にも触れたくなければ触れられたくない。汚らわしいものを目にしたくない。ただそれだけよ。子供みたいなやり口で動揺を誘おうとしても無駄だわ。そんなことよりも、早くヘドウィグ様を迎えに行かなければ……」


 シュネーヴィトヘンはドレスの裾をさっとたくし上げ、しなやかな白い脚を曝け出す。

 露わとなった膝上に穿く、白く染めた革製のリングガーターに挟んだ、指揮棒型のワンズを取り出した。


「ロッテ様!こちらから攻撃を仕掛けるのは……!」

「攻撃なんかしないわ」


 慌てて止め立てするアストリッドを一瞥すると、シュネーヴィトヘンは詠唱を唱え始める。

 シュネーヴィトヘンが何らかの魔法を使おうとしているというのに、エヴァもズィルバーンも席から立ち上がる気配を一向に見せない。

 全く焦りを見せない彼らの余裕に、アストリッドは大きな違和感を覚える。

 しかし、ロッテは虚空に向けてワンズを翳し、魔法を発動させようとした、が――


「何故、地下への瞬間移動ができないの!?」

「この部屋にも魔力封じの結界を張っているからさ!!東の魔女、半陰陽の魔女。この部屋から出て、放浪の魔女を助けたくば私の質問に答えろ!!」


 勝ち誇ったように哄笑するエヴァに、アストリッドとシュネーヴィトヘンは苦々し気に唇を噛み締める。


「貴様らに問う!貴様らは、マリアの魔法書を目にしたことがあるだろう?!」

 エヴァの質問に、アストリッドとシュネーヴィトヘンは思わず互いに顔を見合わせた。

「半陰陽の魔女よ!お前はマリアの魔法書に載っている魔法全てを使えるとの噂だ!!東の魔女!お前はマリアの弟子だった放浪の魔女に師事していたのだから、奴がマリアの魔法書を持っていたことくらい知っているだろう?!放浪の魔女は、お前に魔法書を読ませたことはない、と否定していたが……」

 ここでエヴァは、ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がる。

 顎を逸らし、榛色の大きな猫目で絡めとるようにシュネーヴィトヘンに視線を送り付ける。

「一度くらいは、放浪の魔女の目を盗んで魔法書を読んだりしたんじゃないか??」

「…………」


 シュネーヴィトヘンは表情どころか、眉一つ、ぴくりとも動かさず黙っている。

 眉尻を下げて困惑しつつも、アストリッドも唇を開こうとしない。


「ふん!お前達までだんまりを決め込むつもりか!!お前達の内、どちらか、あぁ、二人共にでも構わないが……。魔法書に記された禁忌魔法の内容を把握していて、私に教えると誓うならば……、放浪の魔女は無事に解放してやろう、と、思っているのだがな!!」

「…………」


 アストリッドはほんの少しだけ迷うように、シュネーヴィトヘンをちらりと見やる。

 相変わらず、美しい顔は仮面のように冷たく固まっている。

 エヴァは椅子に座り直し、円卓に片肘をついて様子を伺っている。

 ズィルバーンは膠着した状況に飽きてきたのか、椅子の背もたれから背中を少しずつずり提げていく。


 両者の間に長い沈黙が訪れる。


「……確かに、自分は魔法書に記された魔法全て使えます……。ですが……、自分の場合、魔法書を読んだわけではなく、物心ついた頃から勝手に魔法が使えるようになってただけなんですよね」


 長い沈黙を最初に破ったのはアストリッドだった。

 続いて、仕方なさそうに肩を竦めながら、シュネーヴィトヘンも口を開く。


「残念だけど、私もマリアの魔法書に目を通したことは一度もないわ。お蔭で、今になってこっそりと読んでおけば良かった、と後悔しているくらいだもの」


 ことごとく期待外れな返答だというのに、何故かエヴァの瞳は楽しげに爛々と輝いている。


「なるほどな!では、放浪の魔女の身はこちらで好きにさせて貰おうか!!ただし、その前に!!」

 エヴァは再び椅子から立ち上がり――、立ち上がるや否や、円卓に立て掛けていた大鎌の柄を手に握り締める。

「東の魔女!お前に恨みはないが、魔法書について何も知らないお前にはこの場で死んでもらう!!どのみち、私の目的を叶えるのにお前は邪魔な存在だ!半陰陽の魔女!禁忌魔法を知るお前はまだ利用価値があるゆえ、まだ生かしておいてやる!!禁忌魔法の詳細を語るのに必要な頭と口、舌、喉以外は使い物にならなくなるかもしれないがな!!」


 エヴァはまだ隣の席に座ったままのズィルバーンを、椅子ごと横向きに蹴倒した。

 いってぇ!!と叫びながら、飛び起きたズィルバーンの頭上ぎりぎりの位置を、青白い光を纏わせた大鎌の刃先が掠めていく。

 エヴァが大鎌を一振りすると、見る見る内に円卓と椅子が氷の膜で覆われていく。

 魔力封じの結界の中であっても、結界を張った張本人だけは魔法を使える仕組みとなっている。

 このままでは、アストリッドとシュネーヴィトヘンは成す術もなくエヴァに一方的に攻撃魔法を受けることになる。

 エヴァは飛び乗った円卓の上から大鎌を構え、二人に飛び掛かっていく。


 エヴァが飛び掛かると同時に、アストリッドはダン!!と氷の床を大きく踏み鳴らし、シュネーヴィトヘンを庇う形で前へと飛び出す。

 両掌を前へ突き出して防御結界を張ろうとするアストリッドを、「愚かな!!魔力封じの結界の中では無効化される!!無駄なあがきだ!!」と、アストリッドの頭上に刃を振り下ろした。


「?!」


 今し方起きた出来事に、エヴァは驚きで目を瞠った。

 魔力封じの結界を張ったにも関わらず、薄緑色に光り輝く防御結界がアストリッド達を護ったからだ。

 三日月形に湾曲した刃と防御結界がぶつかり合い、バチバチと音を立てて青い火花が飛び散る。

 エヴァはチィッ!と盛大な舌打ちを鳴らし、後方へ――、円卓の上へと再び飛び乗った。


「貴女の魔力封じの結界は、マリアの禁忌魔法の一つ。何故貴女が知っているのかまでは分かりませんが……。自分はマリアの禁忌魔法全て発動できる、と言いましたよね??ということは……、魔力封じの結界の解除方法くらい知っているんですよ」


 アストリッドは突き出した両手はそのままに、円卓の上のエヴァを少し離れた位置から見上げてみせる。

 結界をいつ解除されたのか、と、悔しそうにアストリッドを睨みつけながらエヴァは思考を巡らせる。


「まさか……!」

 防御結界を張る直前、アストリッドは床を一度蹴ってみせた。

「貴女の想像通り、だと思います」

「小癪なっ!!」

「と、言う事は、私も魔法を使えるようになったのね??」


 対峙する二人と違い、やけに落ち着き払った声で誰に言うでもなくシュネーヴィトヘンが呟くと、手にしていたワンズを虚空へ掲げる。


「ロッテ様!!何を……!!」

「待て!!」

 虹色の光に包まれる自分の姿を見て、口々に叫ぶエヴァとアストリッドにシュネーヴィトヘンは皮肉気に笑ってみせる。


「私の代わりにこの子達を置いていくわ」


 光の渦に飲み込まれ、消失する寸前、シュネーヴィトヘンはワンズの先端をエヴァのいる方向へと向きを変える。


 たちまち濃い青色の光が放射され――、光の中から真っ青な肌を持つゴブリンが七匹出現、エヴァとアストリッドに襲い掛かってきた。

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