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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第四章 Shadow Boxer
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Shadow Boxer(4)

(1)


『ここは従順な振りをしてみせた方がいいと思うんです。いざとなれば、自分は魔力封じの魔法も使えますから』


 一応は引き下がってみたが、アストリッドの身が気掛かりなことには変わりない。

 ウォルフィはシュネーヴィトヘンとアストリッドがつい先程入っていった浴室の扉に何度も視線を巡らせる。

 扉の中からは、内容までは聞き取れないものの、アストリッドがキャッキャッとはしゃぐ声が漏れ聞こえてくる。


 苛々する気持ちを抑えるべく、銃の内部部品にオイルを塗布し、乾いたパッチで余分な油分を手早く拭き取る。

 オイルを拭き取ると、部品内部に付着した火薬カスを各種ブラシでゴシゴシと落としていく。

 カスを粗方落とした後、クリーニング液を染み込ませたパッチをブラシに巻きつけ、落としきれていないカスを丁寧に拭い、乾拭きして元の形に組み立てていく。

 暇を持て余すのが惜しくて始めた銃の手入れだが、平常心を保つのに最適な作業である。

 集中力も高まるため、ひたすら無心になれる。


 そうして自動拳銃同様に、魔法銃の方も手入れしようと解体し始めた矢先、浴室の扉が勢い良く開かれた。


「あー!!あったまったしー、さっぱりしたぁー!!」

「…………」


 んー!と大きく伸びをしながら、バスローブを着たアストリッドが浴室から出てきた。

 シュネーヴィトヘンはまだ風呂に入っているようだ。

 アストリッドは、部屋の隅に置かれた丸椅子を手に持つと、ウォルフィの元まで近づいて行く。

 その場に椅子を置くとアストリッドは腰掛かけ、テーブルを間に挟む形でウォルフィと向かい合った。

 アストリッドに構うことなく、ウォルフィは魔法銃の手入れを続けている。


 ただでさえ胸元が空き気味だというのに、アストリッドはバスローブの前をやや肌蹴けさせている。

 凹凸は全くないけれど滑らかな胸元の大部分が露わになり、濡れて頬に張り付いた髪や上気した肌も相まって未成熟な危うい色気を放っている。

 他の者であれば、少なからず情欲を掻き立てられ、下手をすれば押し倒され兼ねないだろう。

 しかし、ウォルフィはちらりとアストリッドを見た後、はぁ、と大きく溜め息を零しただけだった。


「前をちゃんと合わせろ。だらしない」

「えー、だって今は暑いですしー」

「あれだけ寒い寒いと騒いでいてどの口が言う」


 ウォルフィは魔法銃の手入れを中断させると、強引にバスローブの襟を掴んで前を合わせ直した。

 有無を言わさぬウォルフィの強引さにむすっと膨れつつも、アストリッドの表情ははすぐに真剣なものへと切り替わった。


「実は……、ウォルフィに、折り入って聞きたいことがあるんです」

「何だ」

 ウエスで磨いている銃身に視線を落としたままウォルフィは返事をする。

「絶対に怒らないでくださいよ??」

「まだるっこしい。さっさと言え」

「えっとですねぇ……。ウォルフィって、女性としたことあるんですか??」


 ガツン!!


「あいたぁ!!」

 問答無用で弾倉を頭頂部に叩き落とされ、アストリッドは両手で頭を押さえて蹲る。

 痛みで涙目の主など完全無視し、ウォルフィはグリップと弾倉をウエスで丹念に拭き直している。

「つまらん質問をするな」

「……えっと、質問を変えます……」

「…………」

「じゃ、じゃあ、ロッテ様と……、ぎゃん!!」


 今度は皆まで言い終わらない内に、また銃で頭を叩かれる。

 心なしか、先程よりも叩く力が更に強まっている様な。


「あんた、さっきから一体何なんだ。興味本位で下らんことを聞いてくれるな」

 狼がぐるぐると唸るような低い声で、ウォルフィはアストリッドを牽制する。

「ち、違います!ふざけている訳じゃなくて!!ちゃんとした理由があって、気にしているんです!!」

「その理由とやらは何だ」


 眼光鋭き隻眼と厳しい口調で詰め寄られ、アストリッドはしばらく言葉を詰まらせる。

 その間、ウォルフィは逸らすことなくアストリッドの鳶色の瞳をじっと見つめていた。


「……ロ、ロッテ様の、おっぱいが大きかった……、から??」


 やっとのことで口から出てきたのは、支離滅裂極まる発言。

 アストリッドが座る丸椅子の脚目掛けて、ウォルフィがテーブルの下から右足で強烈な蹴りを一発繰り出した。

 蹴倒された椅子と共に、アストリッドは仰向けで氷の床の上にひっくり返る。


「うぎゃん!!!!」

 衝撃と身体中をぶつけた痛みで悲鳴を上げるも、ウォルフィは立ち上がるどころか動こうともしない。

 怒りが最高潮に達しているせいか、長い前髪に隠れた額には青い筋が数本浮き上がっている。

 身体のあちこちを手で擦りながら、よろよろと起き上がったアストリッドを一瞥すると、「あんた、これ以上俺に話し掛けるな」と、最後通告を言い渡した。


 今度はアストリッドが溜め息を突く番だった。


(……だって、確証もないのに、はっきり言える訳ないじゃないですか……)


 アストリッドが「理由」を言うに言えなかった理由――、それは――


 シュネーヴィトヘンと一緒に風呂に入った時、彼女の腹部――、臍を中心とした上下に一本の線が胸の下から下腹部に掛けて走っていたのだ。

 腰つきは細いので見間違えかとも思ったが、肌の色が雪のように真っ白なせいで線ははっきりと浮き出ていた。

 アストリッドは高度な治癒魔法を使えるため、流産しかけている妊婦を助けたり、出産に立ち会った経験が何度もあるので、あの線が何を意味するか知っている。


 魔力を得る代償として魔女は生殖能力を失う。

 だから、もしそうだとしたら、魔女になる前の話だろう。


 もしも彼女を愛人に囲っていた者の子であったら――、例え愛してもいない男との間の子だとしても――、その子供が暮らしているスラウゼンを滅ぼしたりなどしなかっただろう。

 だから、アストリッドの中ではその可能性はどうしても肯定できなかった。

 同時に、もしかしたら彼女が産んだのはウォルフィの子なのでは、という可能性が擡げてきたのだ。


 彼女が囲われる前、若く幼い恋人同士だった頃は有り得ないだろうし、囲われてから魔女の塔に幽閉されるまでの間、二人は一度も会っていなかったことを考えると、これも可能性は決して高くない。

 けれど、互いに何年も熱い想いを胸に秘め続けていた者同士が再会を果たした時、その情熱に流されたりはしなかっただろうか。


 魔女は確かに子供を産むことはできない。

 だが、魔力を得る直前に子を宿していたとしたら――??


(……魔力が子供に何らかの影響を与えるかもしれないけれど、出産は可能……ですしね……)


 ただし、これはあくまでアストリッドの推測でしかなく、目に見える証拠もないのにウォルフィを惑わせるような、迂闊なことは言えない。

 結果的に訳の分からないことを口走り、逆に激怒させてしまったのは非常に遺憾であるが。



 アストリッドとウォルフィの間に流れる重苦しい空気を破るかのように、浴室の扉が再び開く。


「ふぅ……、身体が温まったかお蔭ですっかり生き返ったわ」

 濡れた長い黒髪を拭きながら、バスローブ姿のシュネーヴィトヘンが出てきた。

 外見上の年齢はアストリッドと余り変わらない筈なのに、アストリッドにはない、匂い立つような女の色気が滲み出ている。

「従僕さんも入ってきたら??」

「…………」


 丁度銃の手入れも終わったことでウォルフィは無言で立ち上がり、さっさと浴室へと向かう。


 あの二人と同じ空間にいるのはやはりどことなく気が重たくなってくる。

 アストリッドも気付いているのか、自分とシュネーヴィトヘンが二人きりになる状況にならないよう、変に気を遣っているのが透けて見える。


(……その割に、随分と無粋なことばかり聞いてきたが……)


 ウォルフィもまた、アストリッドがあのような話題をいきなり持ち掛けてきたことに疑問を抱いていた。

 持って生まれた性分なのか、ただ単に子供なだけなのかは知らないが、アストリッドは性的な欲求というものに全く目覚めていない。

 シュネーヴィトヘンと風呂を共にしたことで興味が湧いたのかとも考えたが、そう言う訳でもなさそうな分、彼女の意図するものが全く見えず、ウォルフィは少しばかり戸惑いを覚えた。


 一見細身のようで筋肉質、かつ、傷だらけの大きな身体をそう広くない浴槽に沈めながら、ウォルフィはしばし物思いに耽った、が。

 彼の苦難は、まだ始まったばかりであった。





(2)


 風呂から出て、部屋に戻るなり、ウォルフィの眉間の皺は一層深くなる。

 ついでに、口元もほんの僅かに引き攣る。(傍目からはほとんど分からないが)


「あ、ウォルフィ―。早く、ここへ入って下さいよぉー」

「…………」


 すでにベッドの中の住人と化しているアストリッドがベッドの右端に寄りながら、真ん中の広々と空いたスペースを手でパンパンと叩いては、ここへ来いと促してくる。

 ちなみにベッドの左端には、シュネーヴィトヘンが横たわっている。


「……俺は長椅子で寝る」

「えー??こんな冷え冷えとした中で寝たら、風邪ひいちゃいますよー??」

「備え付けのブランケットがあるから事足りる」

「もうー、何でそんなに意固地で強情なんですかぁ!わざわざスペース空けてあげたのに!」

 もう、しょうがないなぁ!と、アストリッドは毛布を跳ね上げてガバッと起き上がる。

 あー、寒っ、寒!と自らの腕に手を回して擦りながら、長椅子に寝転がろうとしていたウォルフィの傍まで寄っていくと。

 ふっ、と、愛らしい顔に似つかわしくない、不敵な笑顔を浮かべてみせる。


 直後、ウォルフィの足元から赤黒い靄が発生し――、数十秒後。

 ウォルフィの姿は白髪隻眼の大男から、銀縞模様の毛並みを持つ長毛種の猫へと変化していた。


「これなら一緒に寝ても問題ないですよね」

 通常の猫より大きめの身体を低くさせ、ふしゃぁぁぁあああ!!と、ふっさふさの長い尻尾をパンパンに膨らませて威嚇されても何のその。

 アストリッドは猫化したウォルフィをひょいっと抱き上げ、強制的にベッドの中へと連れ込むのに成功。

 堪え切れず噴き出すシュネーヴィトヘンの笑い声を忌々しく思いながら、ウォルフィはアストリッドに抱きかかえられて長い長い夜を過ごす羽目になったのだった。

ウォルフィの受難はまだまだ続きます。

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