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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第一章 Criminal
3/138

Criminal(1)

 王を失ったリントヴルムは、王の代わりに軍の最高位――、元帥に就任したゴードンを実質的な国の最高責任者とし、王国から共和国へと変移。

 アストリッドはゴードンの右腕となり、魔女狩りから逃れて生き残った魔女達を保護し、国への信頼を取り戻させることに力を尽くした。

 その甲斐あって、軍と、魔女の中でも特に強大な力を持つ者達との間で同盟が結ばれ、彼女達はそれぞれ東西南北の国境を守る任に付き、他国からの侵略の防衛を務めた。

 他にもアストリッドは、魔法を悪用する者を減らすために魔女の国家資格を制定した。

 資格を持たない者は魔法を使用して商売や利益を得ることができないように、と。(ちなみに、年四回実施される国家試験の監督はアストリッドが務めている)


 ゴードンとアストリッドを中心としたリントヴルムの再建は順調に進み、マリアの死から五十年が経過した現在では、崩壊以前よりも発展した国へと著しく成長を果たした。


 一方で、未だに魔法を悪用する者達は少なからず存在し――、アストリッドは暇を見つけては時折、彼らを取り締まるために国中を旅して回っていた――





(1)



 ――リントヴルム西部の田舎町、コブーレアの小さなギムナジウムにて――





 誰か!誰か!!

 ここからあたしを出して!!

 お願いよ、お願いだから、あたしを見つけて!!

 ねぇ、出して、出してったら!!



「…………お願いぃぃ…………」


 何時間もの間叫び続けたせいで、声はすっかり枯れ果てている。

 涙と鼻水に塗れた顔面はぐちゃぐちゃに汚れている。

 ひっきりなしに扉や壁を叩いているせいで両手は腫れ上がり、痛みと痺れが生じている。

 部屋には電球どころか窓も時計もないので、今何時なのか、あれからどれくらいの時間が経過したかすら、知ることができない。

 古びた本から漂う黴臭い異臭、暗闇に支配された書庫に閉じ込められた少女は、何度となく扉を叩いた。

 無駄な足掻きだと知りながら。


「そんなに本が好きならさぁー、一晩ここで過ごしなよぉ!!」


 わざとらしくはしゃいだ声で哄笑しながら、少女の級友達は彼女を無理矢理書庫に押し込めると、外から鍵を閉めてさっさと家に帰っていった。

 書庫は校内でも奥まった場所にあり、偶に司書が図書館の本を並べ替えるために訪れる以外、教師が書庫に近づくことは滅多にない。

 頭では分かっていても、淡い期待を胸に少女はひたすら助けを求めていた。


 しんと静まり返った廊下では少女の悲壮感溢れる叫びが反響している。

 応える声は、残念なことに、ない。


 悲嘆と絶望を感じ、うぅぅ……、と、嗚咽を漏らして力無くずるずると床に崩れ落ちた直後だった。


『……お嬢さん。僕がここから出してあげようか』


 どこからともなく、全く聞き覚えのない男の声が耳に届く。


 扉の外から聞こえている訳ではない、ということは、空耳でも聞いたのか。


『空耳なんかじゃあ、ないよ。後ろを振り返ってごらん』


 姿なき声の主に従い、座り込んだままで恐る恐る背後を振り返る――


「……ひぃぃぃっ!!!!」


 幾つか並んだ書棚の間――、暗闇の中で白い顔がぼんやりと浮かんでいるではないか。


「……い、いやぁ!!ば、化け物ぉ!!」

『化け物とは失敬な。僕は歴とした、生きた人間なんだけれどね』


 白い顔が少女の方へゆっくりと近づいてくる。

 少女は床を這いつくばって逃げようとするも、腰が砕けて上手く身動きが取れない。

 少女との距離が縮まるにつれ、白い顔の髪や首から下の身体が徐々にくっきりと見え始めた。


 顔の正体――、血のように真っ赤な色の長髪を後ろで一本に結び、少し古い時代の燕尾服を纏う、顔面をドーランで真っ白に塗りたくっている青年であった。

 幽霊や化け物でないにせよ、普通の人間ではないのには間違いない。


『お嬢さん。君はいつも、意地悪な級友達から苛められて本当に可哀想だ。他の級友も周囲の大人も見て見ぬ振りし、誰も助けてくれない。君はいつも一人ぼっち。あぁ、可哀相で堪らないよ』


 青年は、やけに芝居がかった恭しい口調で少女に話し掛けつつ、背後に回り込み、小さな両肩にそっと手を添える。

 いや……、と少女は呟くも、得体の知れない者への恐怖で肩に添えられた手を払いのけることすらできない。


『ねぇ、お嬢さん』

 青年は少女の顔を覗き込んで、つぶらな瞳を凝視する。

 青年の視線を避けようとするも、柘榴石を思わせる深紅の瞳から何故か目が離せない。

 ドーランを厚塗りしていてさえも分かる、大造りで整った目鼻立ちからして、素顔はかなりの美青年だということが伺えた。

 青年は少女の髪を優しく撫で、耳元に唇を近づけて囁いてみせる。


『この書庫から出してあげるだけじゃなくて、級友達が二度と君に意地悪できないようにする方法を教えてあげよう。怖がらなくても大丈夫だよ。何も、君の命や身体の一部を失ったりする訳じゃない』


 少女の肩が、ピクリ、と小さく跳ね上がる。

 恐怖心の他に、不審や迷い、仄かな期待が混ざり合った視線を、青年の妖しげな視線と絡ませる。

 誘いに乗るべきか否か、激しく揺れ動く少女の心を見透かすように青年は微笑む。


『僕はね、君を苦しみから解放してあげたいだけなんだよ。君に復讐の機会を与えたい。傲慢な人間はしかるべき罰を受けなければいけない』

「……復讐……」

『そう、復讐さ!』


 あいつらに復讐を……、ぶつぶつと小声で呟く少女の瞳には、次第に強い殺意と激しい憎悪が宿り始める。


 気弱な少女が心の奥底で眠らせていた、深い怨嗟と狂気の覚醒に成功できたかもしれない――、青年は、少女に気付かれないように皮肉気にほくそ笑んでみせた。




(2)


 男が店員に案内されたのは店内ではなく、外のテラス席だった。


 数多くの日差し避けの緑色のパラソルの下に二人掛け、もしくは四人掛けの白いテーブルと椅子が規則的に並ぶ中、男は彼を待つ人物の席を探し回る。

 その姿を、テラス席にいる他の客達がちらちらと奇異の視線を送り付けている。

 若い女性客が大半を占める小洒落た店に、若い男が一人で訪れること自体が珍しいのもあるが。


 男は、一九〇㎝を超す長身、豹柄のフロックコートに細身の黒いレザーパンツという派手な服装に加え、真っ白な髪に左目には医療用の眼帯を嵌めていて、一目で周囲の人間とは異なる存在だと認識される外見をしていた。


 男は客達からの静かな注目を全く気にする様子もなく、涼しい顏(というより、冷たい無表情)で席と席の間を通り抜けていく。

 そして、一番隅の方の二人掛けの席に座る、赤×黒の横縞の長袖Tシャツを着た人物に目を留めた。


 肩まで伸ばしたカッパーブラウンの髪を両耳に掛け、愛らしい顔を綻ばせながら極太のソーセージにかぶりついている。

 テーブルの上には食しているものと同じ、もしくは別の種類の極太ソーセージが大量に乗った皿が所狭しと置かれている。

 無表情はそのままに、男の、右目の筋肉がピクッと微かに動く。


「あれー??ウォルフィ、もう終わったんですかー??流石、仕事が早いですね!!」

 男が、あと二、三歩で席に辿り着きそうなところで、ソーセージを突き刺したフォーク片手にアストリッドが男――、ウォルフィに声を掛けた。

 テーブルの下で行儀悪く伸ばしていた、黒のレザーホットパンツから伸びた白く細長い足を整えながら。

「ウォルフィ、何か情報は掴めましたか??」

 ウォルフィは無言で椅子を引き、アストリッドの向かい側に椅子に座りながら答える。

「……コブーレアの古書店、町立図書館、各学校の図書室と、くまなく調べてみた。結果、ここにはマリアの魔法の書はどこにも保管されていない」

「閉架書庫とかも調べてみました??」

「調べた。あんたから渡された透過の薬使ったから、誰にも悟られることなく、いともたやすく閉架に侵入できた」

「あぁ、あれを使ったから予想以上に仕事が早く終われたんですね。そっかぁ、マリアの書はなかったんですねぇ……」


 アストリッドは、フォークに刺さっていたソーセージを一気に口の中へ放り込む。

 ウォルフィは、通り掛かった店員に「ビールとレバーケーゼを」と注文していた。


「でも、犯人はどうやって人体発火の呪詛の方法を知ったのでしょうねぇ……。あれは、マリアの魔法の書にしか記載されていない筈なのに……」


 考え込みながらも、アストリッドは新たに皿の上のソーセージにフォークをぶすりと突き刺しては口元へ運んでいく。

 二十歳前後の若く美しい娘(に見える)の、少し幼い仕草は見る者の気分を和ませるものだが、心も心臓も氷壁のようなウォルフィには一切響かない。

 何しろアストリッドではなく、テーブルの上の無数の皿をじっと眺めているくらいなのだから。


「ウォルフィ、ソーセージを食べたいのなら遠慮せずにどうぞ」

「俺は別にあんたの肉を食べたい訳ではない」

「でも、気にはなっているのでしょう??」

「俺が気にしているのは支払いだ。あんたがちゃんと自腹を切るつもりなら構わんが」


 途端に、えっ?!と叫ぶアストリッドに、ウォルフィは「まさかと思うが、元帥から特別支給された旅の資金を使うつもりじゃないだろうな」と指摘する。

 眼帯を付けていない方の目、眼光鋭い青紫色の三白眼を冷たく光らせて。


「元帥から再三注意受けているのに、また性懲りもなく無駄な食費に回そうとするつもりだったか」

「む、無駄じゃありませんよ!魔力を保つ為には沢山食べなきゃいけないんです!!」

「この間、『そんな燃費の悪い魔女の為に、必要以上に国税を支払う義理はない』と、叱責されたのをもう忘れたのか」

「リヒャルト様は万年反抗期なんですよ!!自分に弟子にしてもらえなかったことを未だに根に持って……」

「その言葉、元帥に聞かれた日には即刻銃殺刑に処されるぞ」

「だ、大体ですね、国が復興及び、更なる発展遂げて物価とかも上昇しているのに、給金が未だにゴードン前元帥の時代のままと言うのがどうにも納得できないのですよ!」

「あんたが無駄に食べなきゃ支出は相当抑えられる」


 食事代に関してしつこく食い下がるアストリッドを、ウォルフィは相変わらず何の感情も読み取れない顔で、唇のみを動かしてあしらい続ける。

 傍から見れば、冷たい恋人にきゃんきゃんと噛みつく美少女といったところだが、アストリッドとウォルフィはあくまで魔女と従僕(力関係は逆転気味)という関係なだけである。


「俺は自分の食費くらいは自分で払う」

 むすぅぅ、と頬を膨らませるアストリッドを尻目に、ウォルフィは素知らぬ顔で運ばれてきたビールの瓶に口を付ける。

「あんたの分は絶対払わない」

「ドケチ!!」

「知るか。面倒臭いから話を戻す」

「面倒臭いぃぃっ?!」

「人体発火で死んだ連中の詳細だ」


 瞬時に、アストリッドの顔付きが引き締まる。


「コブーレアのギムナジウムに通う生徒達で、被害者全員が同じ教室で授業を受けていた。コブーレア町長の娘と取り巻きのグループで、教室の中心的存在だったらしい。他には、その教室を受け持っていた若い教師が一名」

「成る程ー。何となく怨恨が原因のような気がしますねぇ。娘が呪詛を掛けられる程誰かから恨みを買っていた、なんて醜聞、町長としては町の人達に知られたくないから、あえて軍部ではなく西の魔女ナスターシャ様に調査を依頼してきたのでしょう。でも、あくまでナスターシャ様は国境を守ることが最重要任務ですから、お門違いもいいところ。だから、代わりに自分に話が回ってきたのでしょう」

 アストリッドは、腰に巻いた黒革のウエストポーチから二つに折り畳まれた手紙を取り出す。

「その娘だが、成績優秀かつ容姿端麗な才媛で、奉仕活動にも積極的に参加する勤勉で善良な娘だったと」

「うーん、どうでしょうねぇ。仮にも町長の娘ですし、死んだ人間を悪く言う者などそうそういないですよ。それに……、優秀な人間が陥りがちな思考――、皆が自分と同レベルの能力や目標、思考を持ち、努力して当たり前だと思い込み、出来ない人間を理解しない。理解しないから、早々に切り捨て排除する。実に合理的ですし、決して悪い事ではないと思います。ですが、傲慢ではあります。身の丈以上の思い上がりはいずれ我が身を滅ぼします。中途半端に賢く優秀な者はこのような思い上がりを抱きがちです」

「で、何が言いたい??」

 ウォルフィの問いに、アストリッドはにこりと微笑み返す。

「もしかしたら、気に障る級友を密かに苛めたりしていたのではないか、と。級友達からは情報を聞き出しました??」

「いや、まだだ」

「じゃあ、食べ終わり次第すぐにでもギムナジウムへ行き、授業が終わるまで級友を待ち伏せしましょう」

「そんなにすんなりと上手く情報を聞き出せるか??」

「やるしかないでしょう??何より自分は、どうやって人体発火の呪詛を知ったかが知りたくて仕方がないのです」

「…………」


 笑顔を浮かべているものの、アストリッドの鮮やかな鳶色の瞳の奥は笑っていない。

 どんなに些細であっても、マリア絡みの物事が関係すると母親憎し、で血が騒ぐらしい。

 母が残した僅かな痕跡を片っ端から消してしまいたい、と。


「そうと決まれば、ちゃっちゃと残りを食べちゃいますか!」

 再びソーセージをがっつき始めたアストリッドを、ウォルフィは冷ややかに一瞥した後、残りのビールを一気に飲み干す。

「焦りは禁物だ。ギムナジウムを訪ねる前にやるべきことがあるだろう」

「へ??」

 不思議そうに小首を傾げるアストリッドに、「あんた、大事なことを忘れている」とウォルフィは忠告したのだった。

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