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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第四章 Shadow Boxer
28/138

Shadow Boxer(2)

(1)

「とりあえずさぁ、結界解除するのに邪魔だから。半陰陽のねーちゃん、そこどいてよ」


 まだ、ヴルスト、ヴルスト……とぐだるアストリッドに、ズィルバーンはシッシッと手で追い払う仕草を見せつける。


「……自分はねーちゃんじゃないんですが……」

「じゃ、にーちゃん」

「……いえ、にーちゃんでも……」

「面倒くせーなぁ、どっちでもいいじゃん。それより、マジで邪魔だからどいてくれよぉ」


 ズィルバーンにあしらわれ、アストリッドは匍匐前進するように凍てついた地面の上を這いながら、すごすごと門の前から離れていく。

 ズィルバーンは腰を下ろし、ヴルストを挿していた串で氷結化した地面をコンコンと叩き、短く詠唱を唱えた。


「うん、もう入ってもいいよー」


 立ち上がったズィルバーンが串を地面に放り投げ、門外の三人に向けて手招きする。

 警戒心を残しながらも三人は氷の大門を潜り抜け、街の中へと進んでいく。


 氷漬けにされた街並みは、四十五年前のまま永遠に時を止めている。

 大通りと思しき道には、道の両端に物を売るための荷車が並び、凍結化した多くの人々が不正列に並んだ彫像のようにひしめいている。

 中には倒れて身体の一部が欠けている者、跡形もなく粉々に砕けてしまった者もおり、とうに死を迎えているとはいえ、見掛ければやはり背筋に怖気が走る光景だ。

 白い雪が舞い散り、どこまでも透明で静謐な美しささえ覚える景観でありながら、数多の死を永久に保存する街。死の静寂に包まれた街。

 何度訪れても、この街特有の気味の悪さはアストリッドもウォルフィも未だに慣れないでいる。


「本当はさぁ、エヴァ様も俺と一緒に来る筈だったけど、ちょっと来れなくなってね」

 沈黙が苦手な質なのか、先程から先頭を歩くズィルバーン一人(一匹)が、後に続く三人――、ズィルバーンのすぐ後ろにシュネーヴィトヘン、少し距離を空けてアストリッドとウォルフィ――、にぺらぺらと話し掛けてくる。

「自分から私達を呼びつけておいて??随分と良いご身分ね、エヴァ様は」

 顔に張り付かせた笑顔と裏腹に、シュネーヴィトヘンがさらりと嫌味を言ってのける。

「ディートリッヒが止めたんだよ。『エヴァ様直々に出向いてやる必要などありません』ってさぁ』

 ズィルバーンはディートリッヒの口調を真似て、彼の発言部分のみわざと恭しい口調に切り替える。

「どうせ、俺をパシらせている隙に二人でイチャコラしてるんだろ」


 けっ、と、いじけた笑い方をする辺り、同じ従僕でもディートリッヒの方が扱いが上なのだろう。

 内心気に入らないものの、ズィルバーンはこの状況を甘んじて受け入れている、といったところか。


「勇猛果敢な北の魔女様も所詮は女ってことね」

 シュネーヴィトヘンの黒い瞳に嘲りの色が浮かぶ。

「へ??東の魔女のねーちゃんは違うのかよ」

「魔力注入のためとはいえ男に肌を許すなんて……、汚らわしいわね」


 シュネーヴィトヘンの尖った声はあくまでズィルバーンに向けたものだろう。

 しかし、捕えようによってはアストリッドとウォルフィに向けたものにも聞こえなくはない。

 時間が進むにつれて緊張感ばかりが高まっていく中、ようやくエヴァが居住する宮殿へと到着した。






(2)


 北の宮殿は、かつての旧北方司令部に当たる施設だ。

 建物の作り自体は他国の田園地帯ではよく見かける館風で、門を潜れば中庭の中央には星形の大型花壇が設置されている。

 勿論、街同様に門も建物も中庭の花壇も全て氷漬けではあるが。

 中庭を抜けて宮殿の入り口に着くと、ズィルバーンは精緻な氷細工のような扉を開けて三人を中へ通す。

 四方の壁、天井、天井から吊り下げられたシャンデリアも氷と化し、氷の窓から差し込む濁った太陽の光が反射し、建物全体が銀色に光り輝いている。

 それは目に眩しい程で、初めて訪れたシュネーヴィトヘンは思わず目を瞬かせた。


「あぁ、エヴァ様があんた達と面会するのは多分明日以降になると思うからさぁ。とりあえず泊める部屋まで案内するわ」

 色々と指摘事項の多い発言をあえて受け流し、ズィルバーンと共に玄関ホールから正面に見える氷の螺旋階段を昇っていく。

「滑らないように気をつけてなぁ……」

「うぎゃん!」


 言われるよりも早く、アストリッドがズルッと足を滑らせて前のめりにすっ転ぶ。

 ウォルフィが無言で首根っこを掴んで引っ張り上げる。

 そんなことを実に三回も繰り返し、三階まで上がり廊下へと出ていく。

 廊下に出たら出たでアストリッドはまた三回もすっ転ぶ。

 だんだん面倒臭くなってきたのか、終いにウォルフィは助けずに放置するようになった。


「はい、ここがあんた達の止まる部屋―」


 宿泊する部屋の扉をズィルバーンが指し示すと、ウォルフィは思い切り眉を潜めた。


「おい、部屋は一つしかないが……。まさか……」

「へ??別に三人揃って同じ部屋だっていいじゃん」


 何が不満に思うのか、と、心外そうに唇を尖らせるズィルバーンに、ウォルフィはすぐさま反論する。


「良い訳ないだろうが。俺とアストリッド、東の魔女と部屋を別々に分けてくれ」

「えぇー、面倒臭いから嫌だね。第一、エヴァ様にこれでいいって言われたんだしー。て言うか、自分達の立場を弁えなよー。自分達の態度次第で、放浪の魔女の首が飛ぶことになるかもよ??」

 ズィルバーンがにやにやと嫌な含み笑いで半ば脅しといえる言葉を吐き出す。

「それは困るわ。こちらは何としてでもヘドウィグ様を解放して頂きたいもの。三人が同室となることくらい、私は別に気にしないわ。アストリッド様もそうでしょう??」

「はい。自分は全然構いません。そういう訳で、ウォルフィも、いいですね??」


 にこりと微笑みつつ、鳶色の瞳は笑っていない。

 こういう時のアストリッドの言う事は聞いておくに限る。

 決して納得してはいないものの、ウォルフィは渋々と頷いてみせたのだった。



「暖房器具とか風呂とかトイレとか、あんた達の好きに使ってくれていいよぉ」

 三人全員が部屋に入るのを確認すると、掌を軽く振りながらズィルバーンは扉を閉めて去っていく。


 当然だが、部屋全面に氷が張った室内は暖炉や薪ストーブなど暖房器具が揃っているとはいえ、とてつもなく寒い。

 すでに暖炉には火がくべられていて、充分暖まっている筈なのに。

 氷の天井や壁から漂う冷気が肌を刺すようで、床からも冷気が靴底から足裏へと伝わってくるせいで、身体を芯から温めることなど無理なのだ。

 薪ストーブにも火を点けてはみたものの、『無いよりはまだマシ』程度の温かさしか得られない。


 軍人時代、苛酷な環境下――、例えば、リントヴルム最北部にそびえる真冬のセンフェン山での厳しい演習をこなしてきたウォルフィはともかく、アストリッドとシュネーヴィトヘンは寒さに身を震わせ続けている。


 空腹を満たせば、多少は……と、それぞれ手持ちの食料に手を付け始める。(と言っても、簡単に魔法で出し入れ可能なので、アストリッドもシュネーヴィトヘンも直接は食料を持ち込んでいないが)

 アストリッドとウォルフィはハムを挟んだコミスブロート。

 シュネーヴィトヘンは缶入りのビスケットとチョコレート。

 ズィルバーンのヴルストのせいで食欲を刺激されていたアストリッドは瞬時に完食。

 まだ食べている途中のウォルフィからコミスブロートを奪おうとして、思いっ切りどつかれていた。

 

 しかし、空腹を満たしてみても、当然寒さが和らぐことはなかった。

 更に追い打ちをかけるように、常冬の街ゆえの早い日没で気温が急激に下がっていく。

 

「……いっそのこと、魔法で部屋を破壊してしまいたいわ……」

 食事を終えた後も毛皮のコートを羽織ったまま、部屋の隅で椅子(家具だけは氷ではなく普通の物)に腰掛け、身を竦ませていたシュネーヴィトヘンが物騒な台詞をぽつりと漏らす。

「……気持ちは大いに理解できますぅ……」

 シュネーヴィトヘンの隣でモッズコートを着たまま、アストリッドは彼女の隣に身を寄せる。

  

 ベッドを挟み、二人の対角上に当たる場所に置かれた長椅子に腰掛けるウォルフィは、四角いテーブルの上で銃の手入れを行っていた。

 コートを脱ぎ、V字襟の黒い長袖ニットにレザーパンツという薄着にも関わらず、何食わぬ顔で平然としている。

 寒がる素振りを一切見せないウォルフィを、信じられないと言いたげにアストリッドは口をポカンと開けて眺めた。


「……お風呂に入れば、多少は暖まるかしらね……」

 自分の手で温めるように、両腕で我が身を抱きしめていたシュネーヴィトヘンが呟いた言葉に、「そうだ!その手がありましたぁ!!」とアストリッドは大きな声で叫んだ。

「まさかと思うけど……、浴室まで凍っていないでしょうね……」

「確認してきます!」

 アストリッドは椅子からすくっと立ち上がり、部屋の奥に設置された浴室へと駆け込んでいく。

「ロッテ様!お風呂は至って普通の作りでした!!」

「じゃあ決まりね」

 静かに椅子から立ち上がると、シュネーヴィトヘンは浴室の扉の前に立つアストリッドの傍に寄っていく。


「アストリッド様。宜しければ、一緒に入りませんか??」

「へ??」


 シュネーヴィトヘンの意外な申し出にアストリッドは目を丸くする。

 銃のクリーニングをするため、各部品を解体していたウォルフィの手も止まる。


「自分は別に、構いませんが……。自分は女性じゃありませんよ??」

「でも、男性でもないのでしょ??だったら別に問題ないわ。同じ魔女同士、一度裸の付き合いをして心を通わせた方が、万が一エヴァ様と対決する際の役に立つかもしれませんよ??」


 さりげなく横目でウォルフィに視線を送る。

 ウォルフィは、『そんなろくでもない申し出は断るべきだ』と言いたげに顔を顰めている。


(まぁ、あえて誘いに乗ってみるのも有りですかね……)


「はい!是非喜んで!!」

 背後から小さくガタンという音が聞こえたが、構わずアストリッドは元気よく返事をした。

「本当ですか??良かった、こんなお誘い断られるかと思いました」

「いえいえー、折角の機会ですし!!あ、お風呂は魔法で沸かしちゃった方が早いんで、早速準備しますね!!」


 再度浴室の扉を開けようと把手に掛けたアストリッドの手を、いつの間にか傍まで近づいていたウォルフィが掴んでいた。


「……あんた、どういうつもりだ」

「へ??別に他意はないですけど……」

「あら、嫉妬??」

「………」


 クスッと嘲笑するシュネーヴィトヘンを無視し、ウォルフィはアストリッドに詰めよる。

 仮にも、反逆罪の嫌疑が掛かっている魔女と、丸腰で密閉された空間で二人きりになるなど、危険極まりないにも程がある。


「そんなに主が大事でしたら、従僕さんも一緒に入ります??」

「…………」

「浴槽の大きさと彼の体格からして、物理的に無理だと思いますよー」


 ウォルフィを挑発するシュネーヴィトヘンを、アストリッドは冗談めかしてさりげなく諫める。

 そして、ウォルフィにこそっと何やら耳打ちをする。

 ウォルフィは不機嫌さは変わらずも「……御意」と答え、元いた長椅子まで戻って銃の手入れを再開し始める。

  浴室の扉を二人一緒に潜っていくのを確認しつつ、座っている長椅子の目の前に視線をずらす。

  すると否が応にも深い溜め息が自然とついて出てきてしまう。



  ウォルフィの溜め息の理由――、それはキングサイズのベッドが一台しか置かれていないことに他ならなかった。

そして(主にウォルフィにとっての)長い夜が始まるのでした。

次回は北部勢に話が移ります。

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