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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第三章 Red Red Red
20/138

Red Red Red(4)

(1)


 誰かが雑草を掻き分け、こちらへ向かってくる気配を感じた、気が、した。


 暴行の末に破れた鼓膜では聞き取り辛いものの、足音から察するに二人。

 私刑を行った街の者が、様子を伺いにでも来たのだろうか。

 ならば、いっそ止めを刺してくれればいい。

 朦朧とする頭の中でそう吐き捨てていると、少し離れた場所から「うぎゃん!!」という悲鳴が。


(…………若い、女、か??…………)


 暗闇の深さと空に浮かぶ月の光の角度から、間違いなく真夜中をとっくに過ぎている。

 幻聴でなければ、一体何をしにこんな人里離れた、暗い森に??


「ちょっと、アストリッド様!!何てところに転がっているのですか!!と言いますか、何で、桶につっかえ棒をしてあるだけの罠に引っかかっているんですか?!」


 今度は、変声期前と思しき幼い少年??が、女を叱咤する声が聞こえてくる。

 明らかに街の者ではない、他所からスラウゼンへやって来た者達であろう。


「……だって、パンの匂いがしましたから……」

「パンと言ってもパン屑じゃないですか?!意地汚い真似はやめてくださいよ!!」

「……だって、お腹が空いて……」

「あー、もう!!そもそも瞬間移動は体力消耗するから、って、歩いて宿探そうと決めたのが間違いなんです!!方向音痴なのに……、おまけにこんな不気味な森に迷い込んでしまって……」

「……はい、反省はしています……。だから、早く、助けて下さい……」


(……一体、何だって、いうんだ……)


 詳しい状況までは分かり兼ねるが、どうやら女が近くに仕掛けてあった罠に掛かってしまい、少年がぶつぶつと文句を言いながら助け起こしているようだ。

 この謎の旅人が起こした小さな騒動のお蔭か、図らずもウォルフガングは意識を取り戻しつつあった――






 ようやく苦境(?)から脱した二人の足音が、ウォルフガングの元へ近づいてくる音が聞こえてきた。

 彼らは、瀕死の自分の姿を見たらどうする気だろうか。

 若い女と子供では恐れ慄いて、逃げ出してしまうに違いない。


 二つの足音が目の前で止まると、低い位置から悲鳴を飲み込む音がした。

 それより随分と高い位置からも、息を止める音が。


「……アストリッド様……」

「リヒャルト様、見てはいけません!!」


 やはり、彼らは凄惨な暴行痕を残す死人同然の男など、見て見ぬ振りを決め込むつもりだろう。

 下手に関われば、彼らもまた街の者に狙われ兼ねない――


「誰に、やられたのですか」

「…………」

「……って、その大怪我ではまともに口は利けないですから、愚問ですよね」

「…………」

 アストリッドと呼ばれていた女は、自嘲気味に呟いた。

「まずは、手首や足の甲に打ち込まれた杭を引き抜いて止血しますね」


(……この女は馬鹿なのか。女、子供の素手の力で簡単に抜けるようなものでは……)



「?!」


 ウォルフガングは、たった今我が身に起きた出来事に驚きを隠せなかった。


 自らの腕のみならず、木の幹の深く貫通していた鉄の杭が、いとも簡単にするりと抜けたのだ。

 それだけでなく、杭が抜けたことで噴出する筈の血が、止まっている。

 訳が分からず呆然としている間に、女は残りの三つの杭も同じように引き抜いていく。

 勿論、一滴も血も噴き出させることなく。


 全ての杭が抜かれたことで、ウォルフガングの身体はずるずると幹から地面へとずり落ちていく。

 地面へ転がった際、身体のあらゆる箇所が激痛に見舞われ思い切り顔を歪める。


「手足も随分とぐちゃぐちゃに……、でも、安心して下さい。元に戻してあげますから」

「……な、ん……、だと……」


 突然、狭まっている視界に濃い黄色の閃光が差し込み、ウォルフガングは右目をきつく閉じる。

 眩い光が全身を包み込んでいく中、ウォルフガングは、ようやく女の正体が何なのか、思い至った。


 この女は本物の魔女だと――


 黄色の閃光は数十秒ほどで消失し、魔女から「砕かれていた骨も切れていた腱も全部治しました。試しに動かしてみてください」と、声を掛けられる。

 言われた通り、全身を蝕む痛みを堪えつつ、仰向けで転がったままで両腕を上へと突き上げる。

 掌をぐっと握ってはパッと開く動作を何度も繰り返した。


「……ちゃんと動く……」

「はい。ただ、怪我や骨折は治しましたが、痛みは当分残りますから、まだ立ち上がることは無理です。地面の上ではありますが、もうしばらくの間、ここで寝ていてください。まだ左目の治癒が残っていますし」

「……目は、治さ、なく、て……、いい……」

「えっ……」


 ここで初めて、ウォルフガングは右目で魔女の顔をしっかりと捉えた。

 暗闇の中やぼやけた視界でもはっきり分かる程の、濃い鳶色の瞳を持つ美少女だ。


「……左目、まで……、治した、ら、街の、者、が……、俺、達、に、何……を、したの、か……、忘れて……、しまう、だろう……」

「……復讐でもするつもりですか」

「復讐……、する、つもりは……、毛、頭、ない……。連中、の……、悪魔、にも……、等し、い……所業を……。……これ、以、上……、繰り返さ、せ、たく……ない……、……と、思、う……、だけだ……」


 などと言ってみたものの、具体的にどうしたいのか。

 今わの際ともいえる状況下では頭を働かせることができない。

 有り難い事に、魔女はウォルフガングに復讐の意思があるのかが気になっただけらしく、それ以上は何も追及してこなかった。


「そうですか……。でも、瀕死の怪我人の貴方を見つけた以上、このまま放っておくことなど自分にはできません。深い事情も抱えていそうですし、何より、貴方の生存をスラウゼンの人々に知られるのはマズいと言う事も何となく分かりました」

「そもそも……、あんたは……、魔女の、類、だろう……。あんた、こそ……、この、街、の……、人、間に、見つ、かっ、たら……、拷問……、に、掛け、られ、た……、挙句……、火炙り、に、される……ぞ」

「あぁ……、やっぱり、スラウゼンはそういう街なんですね……。これは父上に要報告案件ですねぇ」


 それまで傍にいながら黙っていた少年が、子供らしからぬ口調でしんみりと呟いた。

 月光に照らされたプラチナブロンドの輝きが眩しく、愛らしい顔立ちやアイスブルーの瞳も相まって月の妖精みたいな少年に、どこかで見覚えがあるような。


「……と、言う訳で、この人を匿うのをお許しいただけますか??リヒャルト様」

「はい、勿論ですよ!きっと父上であっても、そうすると思いますし」


 魔女と少年の会話を訝し気に聞いていたウォルフガングに、魔女は唇に人差し指を当てて悪戯っぽく笑い掛ける。


「あぁ、この方はですね、ゴードン様、もとい、ギュルトナー元帥の末のご子息様なんです」

「ちょっと!アストリッド様!!何をバラしているんですか!!」

「えぇー、別にいいじゃないですかー」

「良くないですってば!あぁぁぁ、折角お忍びで出た旅なのにィ……」


 ウォルフガングの存在そっちのけでじゃれ合う二人にいささか戸惑っていると、魔女が「あぁ、すみません。肝心の自分の紹介が遅れました。自分はアストリッドと言います」と名乗ってきた。


「アストリッド……」

「アストリッド様はですね、リントヴルム最強と呼ばれる、半陰陽の魔女様なんですよ!」

 リヒャルト少年が誇らしげに語る言葉に、どこかで聞いたことのある名だと言うのに合点がいった。

「さぁ、治癒回復の続きとか互いの身の上とか、今後の身の振り方とかの諸々は、スラウゼンを離れてからやっちゃいましょう!」

「……そう、だな……。だが……、どう、やって……、森、を、出る……」

「自分は魔女ですよ??瞬間移動の魔法くらい、お手のものです」


 言うが早いか、アストリッドは、ウォルフガングとリヒャルトの手をしっかりと握り締めてきた。

 たちまち、彼らの足元から螺旋を描くように虹色の光がぐるぐると上へ向かって放出されると、一瞬にして三人の姿は巨大オークの森から消えていった――







(2)



 真夜中の森を駆け抜ける。

 不気味なまでに青白い、下弦の月の光だけを頼りに。

 たった一人きりで駆け抜ける。

 息が上がり、肺の奥が痛み始める。

 爪先も踵も痛くて堪らない。

 今にも足が縺れて転んでしまいそう。

 それでも、走る、走る、走る。


 彼が、我が身を呈して、先に逃がしてくれたのだもの。

 絶対に捕まってなんかやらない。

 私は、絶対に、逃げ切ってみせるの。


 だから、お願い。

 どうか、お願いだから。


 貴方も、必ず、私に追いついてきて。


 ひたすらそれだけを願い、走る、走る、走る――



 森の中間地点を越え、最奥の近づいた辺りだろうか。

 その場所だけ、オークの巨大樹ではなく、背丈の高いサラダ菜――、いや、サラダ菜によく似た形の菜っ葉が青々と生い茂っていた。


 幼い頃から、何度となく彼とこの森に訪れていたものの、ここまで奥深くまで足を踏み入れたのは初めてだった。

 だから、初めて目にする森の奥の光景に思わず目を瞠る。

 明らかに、このサラダ菜もどきは野生のものではなく、誰か人の手が加えられて育っているように思う。


 一体誰が、こんな人里離れた森の奥で――??


 胸の内に疑問が湧いた、その時。

 月光に照らされて青光るサラダ菜の中で、大きな黒い影が蠢き、がさがさと動く音がした。

 恐怖と緊張が、電流のように全身を駆け巡る。


「……そこにいるのは誰だい??」


 黒い影が振り向き、こちらへと話しかけてきた。


 真っ黒な外套に身を包み、フードを目深に被っているせいで顔は見えない。

 声の感じから予想するに、女――、しかも若そうだ。


「貴女こそ、誰なのよ。何故、たった一人でこんな森の奥深くに身を潜ませているの」

 警戒心はそのままに、毅然とした態度で反問する。

 しかし、外套の女は答えない。

 一定の距離を保った状態での、無言の睨み合い。

 今の私は、こんなことに時間を割いている場合じゃないのに。

 焦りに似た思いが頭を過っていく。


「……お前さん、カスパル家の先代当主と現当主に呪詛を掛けて殺したって魔女かい??」

「私は魔女なんかじゃないし、何もしていないわ!!」

「だろうねぇ……」

 くくっと、声を殺しつつ女は嗤う。

「貴女こそ、その服装と言い、魔女の類なのでしょ?!」

「あぁ、そうだよ」


 あっさりと正体を認める女に、思わず何歩か後ずさる。

 が、すぐにある考えが思いつき、口を開いた。


「じゃあ……、貴女が本当に魔女だと言うのなら……。私の願いを聞いて頂戴。叶えてくれるのなら、貴女の願いは何でも聞いてあげるから……」

「へぇ、そうかい。そいつは面白そうだねぇ」


 一か八かで切り出した話を、これまたあっさりと魔女は引き受けようとしている。

 余りにすんなり話が進みそうで、もしかしたら、後でとんでもなく大きな代償を支払わされる羽目に陥るかもしれない。

 彼が知ったら、『お前はまた無謀な真似を……』と、眉間に深い皺を寄せて不機嫌そうに叱りつけてくるだろう。

 構うものか。

 彼を救うためなら、何だってしてやる。


「でも、残念ながら、お前さんの願いは叶えてやれないね」

「……どういうことなの……」


 まさか……――


「お前さんの待ち人は、きっともう、ここには来られれないだろう」

「……あぁ……!!……」


 必死に奮い立たせていた心が、ガラガラと崩れ落ちていく。

 心だけでなく、実際に腰が砕け、その場で力無く座り込んでしまう。


 やはり、彼は、数と武器に物を言わせた街の男達の手により、私刑に処せられてしまったのか!!


 嘘だ、誰か、嘘だと言って。

 私に残された、唯一であり、最も大切な――




 全部奪うくらいなら、何故最初に与えるのだろうか。



 ――――――



 泣くことも喚くこともできず、正気を保つ為か、無意識で地面に生えた小さな雑草を抜き取っていた。

 魔女はサラダ菜の中でこちらの様子を伺っていたが、しばらくしてリーゼロッテの元へとゆっくり近づいて来る。


「娘よ、そんなに哀しいか、悔しいか」

「…………」

「いつの世も、美しいけれど何の力も持たない女というのは、哀れなものだな。欲望を剥き出しにさせる男達からも、嫉妬に狂った女達からも、いいように蹂躙されるのだから」

「…………」

「娘よ。もしもお前が死を選ばず、それでも生きる意志が欠片でも残っているのならば。これ以上、誰からも不当に傷つけられることのないよう、『力』を手に入れたいと思わないか??」

「…………力……??……」

「そうだ。私なら、お前にそれを与えてやれるだろう」

「…………」


 魔女は地に膝をつき、崩れ落ちている娘と視線の位置を合わせる。

 それと共に、目深に被っていたフードを徐に取り外した。


 上等な銀糸のような長い銀色の髪、艶のある若々しい肌、ぽってりと膨らんだ官能的な唇――、魔女は、予想以上に若く妖艶な、美しい女だった。

 何より、彼と同じ青紫の瞳(魔女の方は気だるげな雰囲気だが)に、リーゼロッテの心は一瞬にして動かされた。


「私の名はヘドウィグ。お前さんの名は??」

「……リーゼロッテ……」

「長くていまいち呼びにくいな。これからはロッテ、と呼ばせてもらおうか」

「……お好きなように」


 立ち上がったヘドウィグはリーゼロッテに手を差し伸べる。

 リーゼロッテも臆することなく、差し伸べられた手に捕まり、立ち上がる。


 放浪の魔女と呼ばれるヘドウィグとリーゼロッテの出会い。

 後に、リントヴルムを大きく揺るがす出会いとなることを、この時は当の本人達ですら気づいていなかった。


後半のリーゼロッテとヘドウィグの下りは、別作品の「クイーン・スノーホワイト」という短編が元になっています。


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