Red Red Red(2)
(1)
赤煉瓦の柱で両隣を囲われた、小さな炉の前。
作業着を着た若い女が、背の低い丸椅子に座り、型に嵌めた金属片に鑢をかけている。
細腕に力を存分に込めているせいか、もしくは高温化した炉から流れる熱を感じているのもあり、額には汗が滲んでいる。
捲り上げた袖から覗く腕も汗が噴き出る顔面も健康的な褐色で、やや癖のある黒髪や黒目がちな瞳は一目で異国からの移民出身者だと伺えた。
女はふぅと小さく息を吐き出し、鑢を握ったままの腕で額から頬に伝う汗を拭い取る。
そして、また作業を再開しようと鑢を握り直した時、炉から少し離れた場所――、カウンターの向こう側から、キィィ、カタン、と開店扉が開く音と、来客の足音が聞こえてきた。
「あぁ、いらっしゃい」
鑢を型の縁に置き、椅子から立ち上がる。
嵌めていた軍手を抜き取り、床へ放り投げながら作業場からカウンターに移動する。
「兄さんから依頼されたヤツ、丁度今朝方用意できた所だよ」
「そうか」
女はカウンター越しに佇む客にニカッと笑い掛けると、一旦、奥の作業場へと戻って行く。
一、二分程して、手提げ用に持ち手の付いた弾薬ケースを手に、再びカウンターの中へ。
「通常の弾薬と、魔法銃用の弾薬。魔法銃の方は、後で半陰陽の姐さんの魔法でどうとでも改良してくれればいいよ」
「分かった」
客――、ウォルフィは手に提げていた、弾薬ケースと似たような形の小型トランクを、カウンターの上に置く。
「釣りはいらない、とのことだ」
「さっすが、半陰陽の姐さん!太っ腹だね!!」
女は、ひゅぅ、と口笛を鳴らしてみせる。
「あぁ、そうそう!もうすぐ新しいアサイミーが完成しそうなんだけどさぁー。良かったら、一本どう??って姐さんに伝えておいてよ」
「……一応、伝えておこう」
「うんうん、宜しく頼むねぇー」
用が済んだとばかりに、ウォルフィは女と、女の「毎度ありー」という声に背を向け、玄関の扉を開く。
まだ昼を少し過ぎたばかりのこの時間、国内で最も温暖な地方と言われるゾルタールの太陽は、地上をじりじりと焦がすつもりかのような熱波を送りつけてくる。
だが、暑いのは何も気温や太陽光のせいだけではない。
店から通りに出た途端、「お兄さん、うちの店のワンズの高性能さを試してみないかい??」「防御力が通常のものより三倍は高いローブだよ!」等々、ひっきりなしに客引きが寄ってくる。
大勢の人がわらわらと傍に寄ってくるのだから、気分的に暑苦しく感じてしまう。
ハイリガーを始め、彼女が育成する魔女、魔法使いと、南方軍の軍人、一般の人々とが上手く共存し合うゾルタールでは、魔法の媒介として使用する武器等を製作する数多くの店が存在する。
その筋の店が集まる通りを、僅かでも魔力を持つ者が一度通り過ぎようとすれば最後、各店の魔法武器職人達が、我先にと店に引きずり込もうとしてくるのだ。
だからアストリッドは、自分の代わりにウォルフィを贔屓の店――、先程の女魔法武器職人マルティナの店へと足を運ばせた訳である。
曰く、「血眼で、鼻の穴を膨らませて迫ってくる魔法武器職人程、恐ろしい者はないですしー」と。
見た目が美少女なアストリッドであろうと、長身で強面なウォルフィであろうと、魔法武器職人達は一切臆さない。
一人振り切っても次にまた一人、揉み手で愛想笑いを浮かべつつ、すり寄ってくる。
今回マルティナに依頼した品はウォルフィが使用する物なので、彼が引き取りに行くのは当然ではある。
それでも正直なところ、この界隈に足を踏み入れることに抵抗を覚えるのはウォルフィも同様であった。
次から次へと湧いてくる魔法職人達に、毎度のことながらウォルフィはほとほと嫌気がさしていた――
「申し訳ないけれど、これから彼には私の用に付き合ってもらうことになっているの。だから、皆さんのお店に寄るのは無理なのよ」
突然、隣から落ち着き払った女の声が――、思わず声が聞こえた方に視線を向けると――
ダークブロンドのショートヘアに切れ上がった群青の瞳、軍服を着た女性――、フリーデリーケの姿がそこに。
「ポテンテ少佐……」
「驚かせてごめんなさいね、シュライバー元少尉」
「いえ」
敬礼するウォルフィに、「あぁ、そんな畏まらないで。それよりも、ハイリガー殿の居城まですぐに案内してくれないかしら」と、事務的な口調で告げる。
よく見ると、フリーデリーケの身体には薄っすらと虹色の残光が纏わりついている。
リヒャルト直々に発動させた瞬間移動の魔法で、中央の王都からゾルタールまで来たのだろう。
(……と、すると、元帥からアストリッドへ、緊急を要する連絡があるのか……)
「……了解。すぐに黒い森へと案内致しましょう」
「ありがとう。助かるわ」
こうして、ウォルフィはフリーデリーケを伴い、黒い森のハイリガーの居城へと戻っていった。
(2)
朱で塗られた四方の壁、天井を支える同じ色の大きな柱達。
支えられている天井には古い絵画が貼られている広間にて。
長テーブルの上座に座るハイリガー、一つ低い位置に座るアストリッド。
下座に当たる席に、背筋を真っ直ぐに伸ばして座るフリーデリーケ。
席には座らず、アストリッドの背後の壁に凭れかかるウォルフィ。
彼らは皆、たった今フリーデリーケから聞かされた、昨夜の襲撃事件に少なからず動揺を受けていた。
特にアストリッドは、自らが張った防御結界が破られたことに大きなショックを感じており、鳶色の瞳をこれでもかと大きく瞠っていた。
「それで??アイス・ヘクセはともかくとして、シュネーヴィトヘンに疑惑の目を向けている理由は何なの??」
緊張感ばかりが高まる室内の空気を破る一声を放ったのは、ハイリガーだった。
「二十四年前の『スラウゼンの大虐殺』による影響か、現在の東方軍の兵士は地元の者ではなく、他地域出身の者が数を占めています。特に北部出身者が一番多いでしょう。シュネーヴィトヘン殿が北部出身の東方軍兵士を唆し、エヴァ殿に嫌疑が掛かるように仕向けたかと」
「ちょっと安直な考え方ね。アスちゃんの結界がたやすく破れる程、あの女狐に力はないと思うの。ひょっとしたら、アイス・ヘクセでもシュネーヴィトヘンでもない、全く別の魔法使いが関与しているかもしれないわよ」
「でも、エヴァ様かシュネーヴィトヘン様の可能性が高い、と、リヒャルト様はお考えになられたのですね。ただし勇猛なエヴァ様の性格上、駒を使わずに自ら率先してリヒャルト様の邸宅に討ち入るでしょう」
アストリッドの見解に、フリーデリーケは大きく首肯する。
「元帥も同じ見解を述べられていました。それと、もう一つ……。シュネーヴィトヘン殿は、以前より東方軍を完全に自身の指揮下に置きたい、と、元帥に要求されていたそうです。曰く、『低能な東方司令部幹部達よりも、この私の方が余程まともな指揮形態を取れる』と。現在の東方軍最高司令官は、元帥の実兄にあたられるヨハン・ギュルトナー少将ですが、シュネーヴィトヘン殿は不満を感じているそうで……」
「はぁ??ギュルトナー少将と言えば、『スラウゼンの大虐殺』で壊滅した東方軍を新たに再編成しただけじゃなく、国内最強の防衛軍へと強化させた功労者じゃない。何をまた、思い上がったことを……!アタシ達はあくまで国軍に協力を要請されて国境防衛を任されているだけなのよ?!まるで、軍に代わって東部を支配したいとでも……、って、まさか」
「軍部への翻意の疑惑有り、と、東部へ視察の者を送るか送らないか、元帥が思案されていた矢先に襲撃に見舞われたのです」
「……つまり元帥は、アストリッドに東の魔女の動向を探らせるため、東部へ赴け、と??」
「えぇ、そうよ」
それまで話に耳を傾けつつ静観していたウォルフィが、初めて口を開き、話に割り入ってきた。
「でしたら……、今回スラウゼンに視察に向かうのは、自分一人だけでもいいですか??その……、ウォルフィが左目だけでなく、公的な立場を失くしてしまったのも……、かつてのスラウゼンの人々のせいで……、当時の彼の悲惨な状況を思い出させてしまうかと……」
「何を寝惚けたことを言っている」
言い辛そうに話すアストリッドの言葉を、尖った声でウォルフィが遮った。
「そんな昔の話、俺が未だに根に持っていると思うのか??それに、現在では、スラウゼンは街も人も、俺がいた頃とは何もかもが様変わりしている」
「……でも」
「諄い。俺は、あんたを守るために付き従っている身だ。あんたの行く先々に付いて行くのが当然だろうが。東の魔女は、『血塗れの白雪姫』の異名を持つだけに、あんたの命を狙ってくるかも分からない」
「……だって」
「いい加減にしてくれ」
反論を述べようとするアストリッドに、ウォルフィの苛立ちは頂点に達した。
「もしも万が一、あの女があんたに危害を加えようものなら。俺は躊躇うことなく、あの女に向けて引き金を引く」
「…………」
ウォルフィの静かな怒りに圧倒され、アストリッドは息を飲んで彼の顔を呆けたように見つめる。
「……あー、お取込み中、大変申し訳ないんだけどぉー。アタシとポテンテ少佐を置き去りにしないでくれるかしらぁ??アタシは別に構わないけどさ、少佐は多忙の身なんだし、とっととどうするのか結論出して、早く中央に戻ってあげなさいよ」
二人を取りなすようにパンパンと手を叩きながら、ハイリガーが仲裁に入った。
「アスちゃん、ウォル君の言う通りよ。彼の過去に何があったか知らないけど、本人が大丈夫だと言うなら、信じて連れて行ってあげなさいよ」
「…………」
「大体、これは東の女狐の罠かもしれないのよ??虎穴に入るなら、名実ともに心強い従僕の存在は不可欠でしょ??」
「…………」
ハイリガーの説得に、アストリッドは渋々ながらも小さく頷いた。
彼女の中では、きっと納得がいっていないのだろうが。
アストリッドは、彼女にしては珍しく顔色を窺う様な目で、依然壁に凭れたままのウォルフィを振り返る。
訴えるような視線を受けたウォルフィは、「別に話したければ、話せばいい」と冷たく切り返す。
「もう、さっきから何なのよ、貴方達!!アスちゃんは、何をそんなにウォル君を気にしている訳なの!!」
「それは……」
「シュネーヴィトヘン、もとい、リーゼロッテは、俺の幼なじみで、将来を誓い合っていた恋人だったからだ」
「え……」
ウォルフィが吐き捨てるように呟くと、ハイリガーやアストリッドのみならず、フリーデリーケも反応を示した。
一斉に六つの瞳から注目されたウォルフィは、煩わしそうに眉間に皺を寄せ、目を伏せたのだった。
次回から、数話掛けて過去話へと突入します。




