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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第二章 Limp
15/138

Limp(6)

(1)

 謎の光が放射された時間は左程長くはなく、せいぜい数分程度のものだっただろう。

 光の威力が徐々に弱まっていくにつれ、三人は腕を外して恐る恐る目を開く。


 そして、眼前に拡がる光景に、一様に言葉を失った。


 つい数分前まで、アストリッド達はウォルフィの部屋、ハイリガーの居城の客室にいたのだが。

 今、彼女達がいるのは、埃と黴による異臭が漂う、真っ暗な古い研究所の一室、のようであった。


 とうの昔に閉鎖され、いつの時代のものかも定かでない、古めかしい型の長机が三つ、部屋の中心に固めてあり、机の上には使い物にならないであろう、埃が大量に被った実験道具の数々が雑然と置かれている。

 転がっている道具と道具との間、机の空いている箇所には、水を張った蓋付きのガラス製虫篭が幾つも置いてあり、中では牛蛙がゲロゲロとひっきりなしに鳴いていた。


 誰かが、自分達を、この場所へと召喚した。


 恐らくはザビーネではない。

 彼女の背後で糸を引いている者の手によってだろう。

 一体何のために??

 警戒心が急激に高まっていく中、三人は互いに背中を合わせ、いつでも迎撃態勢に入れるように身構える。

 すると、長机の下から長い髪を床に引きずりながら、ザビーネが姿を現した。


「……まったく。あの御方ときたら……。あたしのワンズを通して、あんた達と共に、ここへ召喚させると伝えてくれたのはいいけど、あたしだけあんな狭い場所……」

 ぶつぶつと文句を言いながら立ち上がったザビーネは、臨戦態勢の三人を見て鼻で笑った。

「あら、嫌だ。そんな怖い顔しないで。まだ、アタシもあの御方も何も攻撃していないじゃなぁい」

「召喚魔法で、強引にこんな場所まで連れてきて、どの口が言うのよ」

「御師様、怒ったら折角の美しいお顔が台無しよぉ」

「この……!」

「ハイリガー様、落ち着いて下さい」


 頭に血が上りかけているハイリガーに、アストリッドはあえてマドンナではなくハイリガーと呼び掛け、宥めすかせる。


「ザビーネさん……、と、仰いましたね??貴女、何を目的にウォルフィに近付いたのです??」

「単純よ。一目見て気に入ったから、自分のモノにしたいと思っただけ」

「ウォルフィは自分の従僕ですから諦めてもらえないですか。ウォルフィも明らかに貴女のことを嫌っていますし」

「あたしは欲しいと思ったものは、何が何でも手に入れないと気が済まないのよ」

「相手の意思は完全に無視ですか……。じゃあ、あの水槽の中の蛙達は皆、貴女が無理矢理手に入れた男達ですか??」

「そうよぉー。こうしておけば、永久にアタシのモノでいてくれるものぉー」

 高らかに笑い声を上げるザビーネを尻目に、アストリッドはハイリガーに向き直る。

「……だそうです。彼女の話が本当ならば、あの蛙達は失踪した人達で、彼女が失踪事件の犯人だということになります」


 ハイリガーは溜め息と呼ぶには少々荒々しく、ハッ!!と息を吐き出す。

 破門したとはいえ、曲がりなりにも手塩に掛けて育ててきた弟子が、愚かな所業を行っていたのだ。

 深いショックと落胆を感じない訳などないであろう。


「……で、ここは一体どこなのでしょうか??」

「かつての南方軍管轄の研究所よ。五十年前に閉鎖されて今は見ての通り、すっかり廃墟と化しているけどね。何故閉鎖されたのか分かるかしらぁ??」

「…………ここで、魔女狩りで捕縛した魔女達を拷問に掛け、魔力を調査するべく、人体実験を行っていたからでしょ…………」


 込み上げてくる激しい感情を抑えつけながら、呻くような声でハイリガーが答える。

 アストリッドの整った眉が精神的な苦痛で歪む。

 罪のない多くの魔女達が、魔女狩りや人体実験の犠牲となった背景には、彼女の母マリアの所業が原因なのが明白だから。

 けれど、今は個人的な感傷に捉われている場合ではない。

 アストリッドは俯きそうになる顔を無理矢理に上げ、再びザビーネと向き合う。


「ザビーネさん。貴女が漂わせている禍々しい気や持つワンズから推測するに……」

 今度はアストリッドが、ふうーっと大きく息を吐き出す番だった。

「貴女、暗黒の魔法使いと『契約』を交わしましたね??」 



『ご名答!流石は半陰陽の魔女!!』 



 この場にいる者の頭の中に、聞き慣れない男の、艶を持つ美しい声が思念として送られ――、ザビーネの隣で虹色の光に包まれながら姿を現したのは――


 血のように赤い長髪を後ろで一つに纏め、古い時代の燕尾服を纏った白塗り男、暗黒の魔法使いイザークだった。





(2)


 イザークが姿を現すやいなや、ハイリガーは早口で詠唱を唱え始める。


「ハイリガー様、待っ……」


 アストリッドの制止の声も虚しく、怒りと静電気で長い金髪をバチバチと逆立てたハイリガーは、イザークに指先を向けて青い稲妻を走らせ、先制攻撃を仕掛ける。

 荒れ狂う竜の如く襲い掛かる稲妻を見ても、イザークの表情は眉一つ動くことがない。


「ペリアーノ出身のハイリガー、もとい、マドンナ、でしたか。確か、変化(へんげ)魔法と雷属性の魔法を最も得意とするとかいう……」


 イザークは稲妻が当たるか当たらないかの直前、赤銅色した金属製のワンズを掲げると――、ワンズで雷を受け止め、ボールを打つように三人の元へ跳ね返した。

 アストリッドはハイリガーを自分の後ろへ押しのけると両手を前へ伸ばし、薄緑色の光を放射させながら防御壁を築き上げる。

 壁にぶつかって弾かれた雷は、今度はザビーネの方へと走っていく。

 ザビーネは詠唱と共にワンズを掲げ、防御魔法を発動させようとした――、が――。


「ぎゃぁぁああああ――――!!!!」

 何故かザビーネの魔法だけは発動せず、稲妻を全身に受けてしまった。

 二度も跳ね返されたことで幾分威力が弱まっていたとはいえ、ハイリガーが全力で放った攻撃魔法である。

 真正面から諸に受ければ、どうしたって倒れざるを得ない。


「……、な、なん、で……。あ、た、し、だけ……」

「あぁ、言い忘れていましたが……。この研究所では魔女達が魔法を使って脱走を図ったり、職員に危害を加えたりしないよう、魔力を大幅に制限されてしまう結界が建物全体に張られているのです。僕や南の魔女、半陰陽の魔女レベルの魔力ならともなく、貴女程度の力では魔法を発動しても無効化されてしまうのは当然でしょうねぇ」 

「……そ、そんな……」

 口に出してはいないものの、ザビーネの濃灰色の瞳にはイザークの助けを期待しているのが透けて見えた。

 気付きながらも、イザークは彼女の乞いを無視した。

「ま、貴女には南をちょっと引っ掻き回してくれればいい、程度の期待しかしていませんでしたが、偶然とはいえ、こうして我が子と再会のきっかけを作ってくれたことには感謝してますよ」

「……ど、どういう、こと……。あいつらを、召、喚したのは……」

「我が子会いたさに、ここへ召喚させただけですよ。余分なおまけもいくつか付いてきてしまいましたがね」

「お、おまけ……って……。もしかして……、あたし、も……??」


 イザークはザビーネの問いに答えず、代わりににんまりと口元に緩く弧を描いてみせる。

 何かを悟ったザビーネの顔が恐怖で慄いた、その時。


 ザビーネの身体は、赤く、黒く、凶悪な炎に包まれた。


 直後、彼らの頭上――、老朽化した石の天井壁に真っ青な光が直撃し、天井の一部が崩落。

 崩れた天井がバラバラと、否、上から降ってきたのは固い石壁の破片ではなく――、石が次々と大粒の水飛沫へと姿を変え、イザークの全身を濡らしていく。

 壊れたシャワーのごとく激しい水勢がザビーネに覆い被さり、瞬く間に纏わりつく炎を消していく。

 それだけではない。

 イザークが新たに危害を加えないよう、すぐにザビーネを自分達の元まで瞬間移動させたのだ。

 皮膚や髪から焼け焦げた臭いを発生させ、ぐったりと意識を失くしているザビーネをハイリガーが両手でしっかりと抱えている。

 ご丁寧に、彼女達の周囲にはすでに防御の結界が張られている。


「二度と、同じ轍は踏みません……」


 バサバサに乱れたカッパーブラウンの髪から覗く、鳶色の双眸からは固い意志と決意が漲っている。

 若さゆえの青さ、無軌道さを、イザークは思い切り嘲笑してやりたくて仕方がなかった。


 この程度の結界を破ることなど、彼の力を持ってすればたやすいことである。

 だが、ザビーネを焼殺するよりもずっと、アストリッドの内面に強く揺さぶりを掛ける方法を、イザークは気付いてしまった。


「おやおや、半陰陽の魔女よ。仮にも、実の父である僕に対して何という態度を取るのですか」

 アストリッドの細い肩がピクリと跳ねる。

「…………実の、父、だと……??」

 アストリッドの背後で銃を構えている、白髪隻眼の大男が小さく呟くのを、イザークは聞き漏らさなかった。


(……やはり、あの従僕には教えていなかったのですねぇ……)


 国の最高権力者の前元帥ゴードン、現元帥リヒャルトの二代に渡り重用され、マリア以上の強大な魔力を持つことから、人々は表面上ではアストリッドを敬ってはいる。

 しかし、奇形の忌み子というだけでなく、リントヴルム建国以来の大罪人、魔女マリアを母に持つアストリッドを、忌み嫌う人間は数多く存在する。

 彼女自身も自覚しきっているのだろう。

 本来、上級魔女であれば最低一人は従僕を従わせている筈だが、アストリッドは長い間誰一人として従僕を持とうとしなかった。

 嫌われ者の自分に従ったりすれば、従僕となる者も同様に謂れのない嘲笑を受け、時には理不尽な差別を受けてしまう。


(……偽善を貫き続けるのを他人にまで強要する質ではなかった筈。それを変えてまでして、あの男を傍に置きたかったのでしょうが……)


「マリアが生きていたら、何と言うでしょうねぇ……。『お父様に失礼よ』と窘められ……、おおっと!そんなに怒らないで下さいよ、僕は事実を述べているだけなのに」

「うるさいっ!黙れ!!」


 叫ぶと同時に、アストリッドは髪を逆立てながら両掌をイザークに向けて突き出す。

水属性の無数の青い光弾が次から次へと発生し、イザーク目掛けて猛攻してくる。

 数だけは無駄に多く、下手な鉄砲の弾のようだと思いながら、イザークは、ダンスのステップを踏むような軽やかな動きで、光弾を一つ一つ、難なく避けていく。

 舞踏家さながらの、優雅ささえ醸し出すイザークの余裕は、アストリッドの怒りの炎に益々持って油を注いでいく。

 鳶色の瞳は強い殺意に満ちていて、完全に冷静さを欠いている。

 黒い感情に支配され、暴走する主を初めて目にしたのか、ウォルフィは表情を凍り付かせていた――、が――。


 ウォルフィはさりげなくイザークを、健常な右目で鋭く睨み据え――、イザークの、常人より優れた動体視力ですら確認できない速さで眉間を狙い、発砲。

 アストリッドを翻弄する間の、一瞬の油断が招いた致命傷――、白い顔面を髪と瞳と同じ色の血に塗れさせ、イザークは地に倒れ伏した。

 スローモーションのように、ゆっくりと倒れていく様を目撃したアストリッドはようやく我に返り、ウォルフィを振り返る。


「ボーっとするな。早くあの虫篭の中の牛蛙達をこっちへ連れてきて、南の魔女と協力して瞬間移動の魔法を発動させろ」

「…………」


 数秒程、アストリッドはウォルフィをもの言いたげな目で見つめていた.

心なしか彼の顔色は幾分青褪めており、唇の血色が悪い。

 ザビーネの触手や研究所に張り巡らされた特殊な結界の力が、アストリッドやハイリガー達より格段に魔力の弱いウォルフィの身を蝕み始めているのか。

 どちらにせよ、ここから早々に退散するべきなのは最もな意見である。


 彼に言われた通り、アストリッドは水槽の中から蛙に姿を変えられた男達を救いに向かったのだった。

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