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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第二章 Limp
14/138

Limp(5)

(1) 

 助手席の扉が全壊した状態で、ウォルフィは猛スピードで車を走行させていた。

 

 途中、すれ違う他の車や道を渡ろうとする荷押し車、あまつさえ人にまでぶつかりかけたり、不審な暴走車として巡回中の南方軍の車に追跡されたり。

 結果として、黒い森までの最短ルートから大幅に迂回し、わざと入り組んだ狭い路地などを抜けて軍の車を振り切り、ようやく黒い森の入り口に到着する。


 乱暴な動きで扉を開いて外へ出ると、車は光を放ち一瞬で消失していくのを尻目に、あらかじめハイリガーから教えられていた、森の入り口から場内へ瞬間移動するための詠唱を唱える。

 一瞬で、昏く不気味な森から高価な毛織物の絨毯が床一面に敷かれた玄関ホールへ移動。

 同じ絨毯が敷かれた、正面玄関から続く螺旋階段を昇っていき、城の三階にて宛がわれた部屋へと向かった。


 一人で魔性の者と対峙し、闇雲に車を走らせてきたせいか、ここへ着いた途端に気が抜けたのだろう。

 一気にどっと疲労が押し寄せ、重たい心持ちと足取り(傍から見ると、全くそうには見えないが)で部屋の扉を開ける。


 一〇帖程の広さの部屋の壁にはコート掛けが二つ、二人掛け程度の大きさの長椅子とローテーブル、ベッドが置かれていた。

 至って簡素な室内を、格子窓からの朧げな星明りが照らし出している。

 豹柄のフロックコートを脱ぎながら、窓に近付きカーテンを閉め切る。

 コートを壁に掛けるため、窓に背を向ける――


 窓が閉まっている筈なのに、カーテンがふわりと、大きく、揺れる。

 背筋を百足が這い上ってくるような、嫌な感覚を覚えた。



 咄嗟にコートから魔法銃を抜き取り、コートを床へと放り投げる。

 振り返りざまに銃を構えたウォルフィが目にしたのは――


 全身から無数の黒い触手を身に纏わせた、あの女だった。


 引き金に掛けた指に力を加え――、が、発砲直前に、女は先端を尖らせた触手を伸ばし、ウォルフィの魔法銃を持つ手を突き払った。

 すぐに、腰に下げたホルスターから銃を抜こうと手を伸ばす――、が――


 僅かな隙を女は見逃さず、ウォルフィの両手足を触手で雁字搦めに縛り上げると、軽々とベッドの上へと放り投げた。

 車内で争った時とは比べ物にならない、鍛え上げた身体を持つウォルフィですら振り解くことができない怪力に、ギリギリと歯噛みする。

 その間にも、女は宙を舞うように窓際からウォルフィの元に移動し、彼の腰の上に跨った。

 一度はすげなく扱った男を屈服させたという、喜色満面かつ加虐的な笑みを浮かべて。


「……何の真似だ……」

「……うふふ、一度気に入った男は何が何でも自分のモノにしたいだけよ……。繁華街で、貴方が私の横を通り過ぎた時、一目見て手に入れたい!と思ったの」

「断る。俺はすでに、ある人物の所有物だ。……例えあいつの所有物でなくても、あんたみたいな女は願い下げだがな」

「あら、憎い(ひと)。そうまでして惚れ込んでいる女から力づくで奪うのもまた一興ね」

 あいつとはそんなんじゃない、と反論しかけたが、自分のことしか見えていない者には何を言っても無駄だと思い、口を噤む。

 抵抗もしなければ反論もしない様子に女は調子に乗り出し、彼の丈の長いTシャツを胸元までたくし上げ、引き締まった腹を厭らしい手つきで一撫でする。

「細身の割に意外と筋肉質なのね……。ひょっとして軍関係者だった??」

「…………」

「ねぇ、その眼帯の下、見てもいいかしら??」

「触るな」

 腹部を撫で回しながら、もう片方の手でウォルフィの眼帯を取り外そうとする女から顔を思い切り背ける。

 眼帯を取るのは早々に諦め、代わりにうっとりと目を細め、女は腹部を撫で回す。

「あんた一体何者だ。どうやってこの城内に侵入した。黒い森自体に、魔性の者の侵入を阻止するハイリガーの結界が張られていた筈」

「あぁ……、あんなの……。あたしの得た力を持ってすれば、容易く破れたわ」


 ハイリガーは、アストリッドに次いで高い魔力を誇る魔女だと言われている。

 そこら辺に吐いて捨てる程溢れている、若手の魔女という体のこの女に、いとも易々と破られる程も脆い結界など張っていない。


 だが、ウォルフィはふと気付いてしまった。

 女が放つ気は、以前のロミーから感じたものと同じ種類の邪悪さを秘めている、と。 

 肝心の女は、興奮の余りに触手の力が少し、ほんの少しだけ緩んだ、ような気がした。

 今なら突き飛ばせるかもしれない、ウォルフィは女の肩に掴みかかろうと――


「ウォールフィー!!帰ってきたんですよねぇー??とっくに夕食の時間過ぎちゃってますからー、早く食堂に降りてきてくださいよぉー」


 勢い良く部屋の扉が開け放され、薄闇の室内に廊下から明るい灯りが差し込む。

 ウォルフィも女もハッと我に返り、開け放された扉へと一斉に視線を送った。


 そこには、この状況を間抜けなアホ面晒して眺めている、彼の主アストリッドの姿が。


 暗がりの中では黒い触手の姿は見えにくく、傍からこの状況を見れば『お楽しみ』の最中だとも受け取られ兼ねない。

 現に、「……あ、えーと……」とか呟きつつ、アストリッドは気まずそうにポリポリと鼻先を掻いている。


(…あの馬鹿。何故、このタイミングで来るんだ……)


 溜め息を吐き出したいのをぐっと堪えていると、女が、夜明けを報せる鶏の鳴き声のような、騒々しい声で突如笑い出す。


「嫌だわー、どんな女かと思えば……。顔はまぁまぁ良いとして、えらくノッポの洗濯板女じゃなーい。しかも年の割にえらく子供っぽいし。何だか拍子抜けちゃったわ!!」

「……へ??あのー、自分は女性じゃありませんが??」

「……誤解を招く発言は控えろ」


 すると、アストリッドは何やら合点がいった、と言いたげな表情を見せると、ポンと掌を打つ。


「分かりました!ウォルフィ、この事はハイリガー様には黙っておきますね!じゃあ、ゆっくり楽しんで!!」


 シュタッと敬礼の真似事をした後、扉を閉めて無情にも去っていくアストリッド。

 敵に騙されただけでなく娼婦でも連れ込んだのだと本気で信じ込んだのか、全く気付いてすらいない。


(あの、大馬鹿が……)


 邪魔者が姿を消したことで女は気を取り直し、再びウォルフィに向き合うと眼帯に掴みかかり、無遠慮に剥ぎ取り――


「何よ、これ……」


 ウォルフィの眼帯の下の左目を見た女は、思わず息を飲み込んだ。


 ウォルフィの左目は上下の瞼が切除され、眼窩の一部が皮膚から剥き出しの状態であった。

 剥き出しの眼窩には、右目と同じ青紫色の光彩を持つ眼球、ではなく――


 どろどろとした血潮の色を彷彿させる深紅の石――、丁度、彼のピアスに付いている石と同じ物――、が埋め込まれていた。


「こ、これは……、どういうことよ……。魔血石(まけっせき)を体内に埋め込むなんて……!有り得ないわ!!」

 女が混乱を帯びた金切り声で叫び散らす様を、ウォルフィは冷ややかに見返す。

「今、この場でこうして俺が存在しているのがその証明だが」


 動揺と共に触手の力が随分と弱まったのを見計らい、ウォルフィは女を突き飛ばす。

 弾みで女は、ウォルフィの腹の上から床へと転げ落ちる。

 女はさっと起き上がり、床に座り込んだままでウォルフィをきつく睨み付ける。

「ふん、一度ならず二度までも、あたしを雑に扱ったわね……。こうなったら、力づくでも奪ってやるわ」


 女が必要以上に空いた胸元から、谷間に挟んでいた万年筆を取り出す。

 それは、かつてロミーが持っていたものと同じ、赤い万年筆、否、万年筆の形に模したワンズだった。

 女はすっと立ち上がり、ワンズの先端をウォルフィに翳し、叫んだ。


「あんたなんか、蛙になっておしまい!!」



 女が叫んだのと、バァン!と騒音を立てて部屋の扉が再び開き、女目掛けて青い稲妻が走っていくのとは、ほぼ同時であった。


「ぎゃあぁぁ!!」


 魔法を発動させる直前で避けきることが出来ず、ワンズを握っていた手に稲妻が直撃。

 全身に痛みと衝撃、痺れが駆け巡り、女は溜まらずワンズを床に取り落とす。

 稲妻を受けた手を、もう片方の手で撫でさすりながら、女がギラギラと猛獣めいた目で睨み据えた先には。



 全開になった扉の前で、媒介のファーデン水晶を掌の上で浮遊させて「ザビーネ!!!!」と怒り心頭で叫ぶハイリガーと。

「ウォルフィー、お待たせしてごめんなさいねぇー」と、朗らかに笑うアストリッドの姿がそこに。




(2)


 女――、ザビーネが攻撃を受けた隙に、解放されたウォルフィはベッドから飛び降り、彼女達の元へ駆ける。

「行かせないわ!!」

 ウォルフィの背に新たな触手を伸ばすザビーネに、ホルスターから抜き取った銃を発砲する。

 魔法銃ではない分直接的なダメージは与えられないが、威嚇くらいにはなるだろう。

 現に、怯んだザビーネの触手の動きが大幅に鈍った。


 形勢不利に陥ったにも関わらず、ザビーネは、気味の悪い薄笑いを浮かべてハイリガー達と対峙する。


「お久しぶりですね、御師様」


 ザビーネの呼び掛けにハイリガーは応えず、代わりにアストリッドとウォルフィが思わず彼女の顔を凝視する。

 何か言いたそうに見つめてくる二人に、ハイリガーは一瞬だけ軽く苦笑してみせる。


「……元弟子よ。潜在能力が高く優秀ではあったけど……、少々男狂いが過ぎるから破門にしたのよ」

「たかが色恋沙汰でよ??酷い人だと思わない??」

「あんたの場合、魔法を使って恋敵や元恋人への嫌がらせしていたからでしょうが……」

「別に命を奪ったりした訳じゃないのに……、理不尽すぎますよねぇ」

 ねぇ??と同意を求められたものの、アストリッドもウォルフィもあえて無視を決め込む。

 気を悪くするどころか、ザビーネの笑みは益々深いものに変わっていく。

「あんたに言いたいことは山程あるけど、一つだけ言うわ。ウォルくんを拘束した触手といい、何故、国家資格を有していない貴女が、アタシとアスちゃんしか使えない筈の禁忌魔法の一つ、変化(へんげ)魔法を使える訳??」


 ザビーネは、さぁ、と呟くだけで答えようとしない。


「まさかと思いますが……」

 ハッとした様子で、幾分顔色を青褪めさせたアストリッドの呟きに、ザビーネはにぃぃーと口許を歪めた。

「その、まさか、だったら??」

 

 ザビーネが挑発的に告げた直後、部屋全体がカッと光り輝き、三人の視界は阻まれる。

 太陽が地上に墜落したような、直視するには危険な発光具合に、各々が腕を押し当てて目を庇った。

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