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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
最終章 Ray of Light
129/138

Ray of Light(15)

(1)

 


――約一年前、ナスターシャの宮殿内の一室にて――



 


「『伴侶』とはすなわち、選ばれし『受け皿』……??」


 カトラリーで運んできたカップをローテーブルに置き、紅茶を注ぐ。

 白い陶器に注がれた紅色から湯気と共に薔薇の香りがふわり、鼻先を通り抜けた。

 壁と同じ色、同じ小花柄模様の長椅子に座る、ゆるやかな栗色の巻毛の女が、優雅な仕草でカップを口許へ運び、こくり、一口だけ口をつける。


「えぇ、そうですわ。力を持つ魔女を伴侶とするのはイザーク様が力を保つ為に必要不可欠なのです」

 表面をチョコレートで固めたケーキをカップの隣に置くシュネーヴィトヘンに、女――、西の魔女ナスターシャはふんわりと笑いかけ、指先を口元に宛がった。

「ここだけの話です」


 返事をする代わりに、髪と同じ栗色の瞳を剣呑な目つきで見返した。

 くすっと鼻で小さく笑われた気がしたがこの際受け流すと、ローブドレスと同じ桃色の唇が囁くような小声で語り出す。


「イザーク様は、ご自身が持つ魔力によって身も心も破壊されそうになる、時があるそうなの。そのためにも定期的に誰かと交わり、内側より魔力を放出させないといけないのです。でも、それは誰でもいい訳でありません。何の力も持たない只人と交われば、その者は体内に取り込んだ魔力に内側から破壊され、死に至ります。魔女であっても大して魔力のないものも」


 ナスターシャの勿体ぶった笑みが、深まる。


「同様に死んでしまいます」


 話の内容以上に、芝居がかった語り口に辟易しながらも、ある疑問が頭に擡げてきた。


「ちょっと待って。じゃあ、ロミーについてはどうなのよ。あの娘だって元を正せばごく普通の只人だったけど、あの男とすんなり『契約』交わせたじゃない」


 挑むような口振りで疑問をぶつけてやれば、ナスターシャは口を噤み――、噤んだのは僅かな間だけで、また言葉を滑らせるように語り出した。


「ロミーは潜在能力が異様に高かったみたいで、奇跡的に『受け皿』と成り得ただけですわ。イザーク様ご自身も驚いていたくらいでしたもの。ただ残念ながら、容姿がイザーク様のお気に召さなかったから伴侶になれなかったのです。最も、すでに私が伴侶の座にいましたから、どちらにしても無理でしたけれど」


 口調こそ柔らかくもロミーを見下した発言に、『貴女も言う程大した容姿じゃないけどね』と心中で毒づいた。

 癒しと称えられる柔和な笑顔も物腰も、美しくないからこそ美点とされるだけ。

 もしも自分やアストリッド、ヘドウィグのように容姿に恵まれた者が同じようにしたならば、媚びを売っていると中傷されてしまうというのに。


「あの男なら魔女の一人や二人くらいは平気で囲いこみそうに思うけど、そうじゃないのね」

()()を受ける者が何人もいたら、多かれ少なかれ争いごとが起きますわ」

「むしろ、それを愉しそうに眺める気がするけど」

「私が嫌だと申し上げたのです。ちょっかいを出す程度でしたら構いませんが、伴侶は私只一人にしてくれなければ、お断りいたします、と」

「へぇ……」


 嫌味を交えて挑発してやったが、柳に風とばかりに流され、流されるだけでなく惚気じみた話まで出てくるとは。

 すっかり鼻白むシュネーヴィトヘンの反応を見て愉しんでいるのかもしれない。

 以前から嫌な女だったけど……、嫌悪感を抱く一方で新たな疑問が湧いてくる。


「イザーク様は紳士的な方ですから、すんなりと首を縦に振ってくれましたわ」

「何が紳士よ、結局はモノ扱いじゃない。ちっとも光栄なことには思えないわ」


 話を聞けば聞く程に段々馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 一刻も早く退室したいけれど、こういう時に限ってなかなかナスターシャのカップは空にならない。

 おまけにケーキは全くの手つかず。

 この性悪女のことだから、おそらくわざとゆっくりお茶の時間を引き延ばしているに違いない。


「伴侶となり受け皿となれば……、イザーク様の御力を自然とお裾分けしていただけるのですよ」

「つまり、あの男と交わりを持てば、自らの魔力も増幅されていく訳なの」

「えぇ、その通りですわ」


 さりげなくナスターシャから外していた視線を、再び彼女へと戻す。

 柔和ながら、どことなく勝ち誇ったように唇の端を持ち上げ笑って、否、嘲笑っていた。

 そう、まるでイザークが乗り移りでもしたかのような笑顔で。


 イザークが己自身の魔力で心身が破壊されそうになるのなら。

『受け皿』と言う名の伴侶となりし魔女達にだって、何らかの影響を及ぼすのではないだろうか。

 例えば、魔力が増幅されると共に性格も変貌していく、主に悪い方へ、とか――

 ナスターシャは鼻持ちならない女ではあったが、自分と関りのない無関係な者までいたぶる性分、ではなかった気がする。


「お茶が冷めてきたわ、新しいのと淹れ替えてくださいな。リザ様」

「…………」


 まだ半分も量が減っていないカップを見せつけてくる。

 暗に、『このカップを持って厨房まで戻り、流しに中身を捨ててきた上でティーポットの紅茶を注いで頂戴』とのことらしい。

 シュネーヴィトヘンは無言でカップを受け取ると、殺意に似た苛立ちを腹に収めながら急いで厨房へ向かったのだった。











(2)



 後ろから伸びてきた長く力強い腕に抱き止められた。

 傷口に触れないようにしているのに、派手な柄の袖が溢れ出てくる鮮血に汚されていく。

 色素が抜け落ち、少しパサついた毛先が額に、頬に触れ、手放しそうな意識を辛うじて押し留めた。

 耳元に掛かる微かな息が震えている。


「…………うぉる、…………」

「…………こ、の、大馬、か」

「こんの!救いようのない!!大馬鹿ぁぁぁあああ――!!!!!」


 痺れも痛みも息苦しさも。

 この一言で全て吹き飛ばされ、嫌でも意識がはっきりと呼び覚まされた。

 キィィィンと金属を引っ掻いたような耳鳴りが、耳の奥を貫いていく。

 背中から抱きかかえられた状態から、ふわり、身体が宙に浮き、腕に抱えられる。


「二人共、っていうか、ウォルフィ!ぶっちゃけ邪魔なんで結界の中まで下がってください!!」

 誰が邪魔だ、と、悪態をつくかと思われたが、ウォルフィは黙って結界へ飛び込んでいく。

「エヴァ様!ヘドウィグ様!リーゼロッテさんに治癒回復を!!結界強化とアレは自分が何としますから!早く!!」

「言われなくても分かっている!!!!」


 エヴァとヘドウィグが揃って怒鳴り返したが、アストリッドは聞いてすらいなかった。

 眼前でニヤニヤ嘲笑う男へと赤い閃光弾を撃ち放っていたからだ。


「はっはっはっ!!時間稼ぎのつもりですか!!」

「煩い!!」


 目一杯伸ばした両掌から紅蓮に包まれた竜がイザーク目掛け、神速の勢いで飛び出した。

 炎の竜はイザークの頭から全身にぐるぐると巻きつき、針金のような身体を焼き尽くしていく。

 髪や皮膚が焼けていく臭いを不快に感じながら、結界の中ではヘドウィグとエヴァが必死にシュネーヴィトヘンへの治癒回復を施している。


「自らの命を引き換えに死の呪いを掛けようとするとは、何と愚かなことを……!」


 床に横たえられたシュネーヴィトヘンの、斜めにざっくりと大きく切り裂かれた左肩から右胸に掛けてを、エヴァとヘドウィグはそれぞれ両手をそっと宛がう。

 荒く、乱れた呼気で胸が不規則に上下する度に血が迸る。


「馬鹿な女だ!仮に死の呪いによってあ奴を倒したとしても、貴様にとって本当に護りたかった者達を不幸に陥れるだけだというのに!!」

「アイス・ヘクセ、ロッテが痛がっているから手に力を入れるな」

「知った事か!自業自得だ!!」


 濃黄色の光の明度と濃度が増していくにつれ失血の量は減り始め、傷口も塞がれていく。

 最悪の事態は免れつつあり、蒼白だったウォルフィの顔色もまた色を取り戻していく。

 安堵のため息が自然と唇から零れだす。

 それをヘドウィグは耳ざとく聞きつけ、横目で彼を睨んだ。


「……まったく、この王子様は役立たずにも程があるってもんだね」

「…………」

「とはいえ、一応は間に合ったしアストリッドも引き連れてきたから、今回ばかりは大目に見ておいてやるよ」

 予想外のヘドウィグの言葉に驚き、ハッと顔を上げる。

「あくまで大目、というだけさ。許した訳ではないからね」

「放浪の魔女、この従僕を苛めるよりも治癒回復に専念しろ!!」


 エヴァの叱責で二人の会話は打ち止めとなり、結界の中の静寂が戻っていく。

 結界外でも、断末魔の悲鳴すらなく炭化していくイザークを、アストリッドが静観していた。


「遂に、やったか?!」

「いや、まだ油断はできないね」

「何だと、あ奴は不死身か?!」

「残念ながら、不死身ではないが不死身に近い。ただ……、もしかしたら、『伴侶』がいないことで、弱体化はしている、かもしれない」

「あれでか??」


 ウォルフィの問いを聞き流し、ヘドウィグはシュネーヴィトヘンの治癒に集中しだした。


 本当に弱体化しているのならば、何度となく死の淵に追いつめてやれば、もしかしたら――

 しかし、同時に懸念も浮上してくる。


 イザークを死の淵に追いつめるにはアストリッドの力は必要不可欠。

 しかし、いくら憎悪の対象であれど、実母に続いて実父までもを、それも何度も何度も殺す役割を負わせるのは――




善良で優しき心を壊しかねない、かもしれない。


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