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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
最終章 Ray of Light
126/138

Ray of Light(12)

(1)

 

 シュネーヴィトヘンを護る薄緑の膜が弾け飛び、無数の気泡と化して宙に霧散した。


 防御膜を勝手に解除させたエヴァを中腰の姿勢から見上げる形でヤスミンが睨む。

 何を考えているんですか!と責めたくなったが、考えなしでの行動ではない筈と辛うじて思い止まる。

 ヤスミンの険しい視線など意に介さず、エヴァはシュネーヴィトヘンの許へ歩み寄っていく。


「何なの……」


 エヴァは後ずさるシュネーヴィトヘンを愉快そうな目で一瞥すると、足元で毛を逆立て唸るルドルフを抱き上げた。

 そして、あろうことか、ルドルフをいきなり宙高く放り投げたのだ。


「エヴァ様!?」


 シュネーヴィトヘンとヤスミンが驚きと批難の声を上げる隙を突き、エヴァはシュネーヴィトヘンの腕からカシミラを無理矢理奪い取った。

 小柄で痩せぎすな体躯からは想像できない強い力で、母の腕から乱暴に引き剥がされたカシミラの泣き声は益々激しくなる。

 怒りに駆られたシュネーヴィトヘンが娘を奪い返そうとエヴァに手を伸ばす。

 躍起な分雑な動きを避け、涙と鼻水、涎でべたべたに汚れたカシミラの赤ら顔を嫌そうにエヴァは見返し、詠唱する。

 たちまちカシミラの小さな身体は色を、形を薄くし始めた。


「小娘!貴様の妹、落とすなよ!!」

「はぁ?!って、うわぁ!」


 ヤスミンの胸元が淡く輝きだし、光の中から微かな泣き声が。

 光の輝きが強まるごとに泣き声は大きく、薄っすらとカシミラの形の影が浮かび上がってきた。

 慌てて光を抱くように腕を回せば、小さくも確かな重みが両腕にのしかかる。


 一方、ヤスミンの隣にいた筈のズィルバーンは床を蹴って跳躍していた。

 吃驚し過ぎる余り、にゃ?!と短く鳴いたきり、身を固くして宙に浮かぶルドルフを見事抱き留めるため。


 緊迫の状況下に関わらず、あっちこっちで小さな騒ぎが起こる中、イザークが赤銅色に光るワンズを掲げた。

 カシミラを抱くヤスミンの腕に力が籠る。

 

 ワンズの先端から、チリッと火花が散った。

 迫りくる猛火の渦が魔女達に襲い掛かる――


「はっ!無駄だ!!」


 猛火はエヴァの詠唱でたちまち氷結化、続いてヘドウィグが放った青白く輝く光弾が、炎の氷塊ごとイザークを飲み込んでいく。


「うにゃあぁぁー!!」

「いでででで!暴れるな!!」

 腕に爪を立てては噛みつくルドルフを、ズィルバーンは落とさないように必死に抱えている。

 眼前で繰り広げられる魔法対魔法の熾烈な攻防など一切目もくれなければ、ヤスミンの呆れ返った視線も気付いてすらいない。

「ズィルバーン!いつまで遊んでいる!!」

「えぇ、だってですねー」

「お前はあそこの小娘と共に安全な場所へ行け!!」

「へっ?!」

 呆けた声を上げると同時に、ヤスミン達とズィルバーン(とルドルフ)の全身が虹色に輝きだした。

「エヴァ様!?私もここに残ります!!」

「煩い!貴様は足手まといにしかならん!!妹と一緒にさっさとギュルトナー達の許へ行くがいい!!」

「そんな……!!」


 我が身を包む螺旋状に渦巻く虹色の光の中、少しでもこの場に留まれるよう、ヤスミンは必死で抗った。

 少し離れたところから母が自分と妹の名を叫んでいる。

 

 ――私が、ママを、パパに代わって護りたいのに……!!


 けれど、抵抗虚しく、ヤスミンとカシミラの身体は光と共に徐々に消失していく。


「そう、睨んでくれるな。娘達をこれ以上危険に晒したくはないだろう?!」

「…………」


 シュネーヴィトヘンが恨みがましげにエヴァの横顔を睨んだ。

 しかし、やり方はどうあれ、娘達をリヒャルト達の許へ転移させたのは正しい選択だ。

 エヴァから正面へと視線を移動させる。

 ヤスミン達とズィルバーンの消失と代わるように、二つの黒の触手が残された三人を取り囲んでいた。

 触手の発生源は室内奥でニヤニヤ笑う男の両腕だ。


 ヘドウィグは即座にシュネーヴィトヘンの傍へ飛びずさり、エヴァと共に詠唱した。

 三人が固まる場所の四方を薄緑に光る壁が築き上げられ、触手をことごとく弾いていく。

 弾かれた触手は結界の中に手を出せない代わりに、室内の家具調度品を薙ぎ倒しては破壊しだす。


 高級長椅子の脚を掴んで壁に叩きつける。

 真っ二つに叩き折られた長椅子を半分ずつそれぞれの黒が結界に向けて投げ飛ばす。

 ぶつかった衝撃で結界は縦に強く揺れるも綻びが生じることなく跳ね返した。

 床に勢いよく落下した長椅子は砕け、絨毯の上に木片を撒き散らしていく。

 触手がもう一脚の長椅子に伸びていく。

 きっとまた同じ運命を辿るだろうことが目に見える。


「ヘドウィグ様、エヴァ様。どうして、あの男が此処にいると気がついたの??」


 この部屋に二人が転移してきた時から抱いてた疑問。

 シュネーヴィトヘンの問いに答えるべくエヴァが口を開きかけたのを、ヘドウィグが先に答えて遮った。


「……お前さんの王子様が、私達の許に来たんだよ」

 普段以上に素っ気ない物言い、拗ねたような表情をするヘドウィグに、エヴァは呆れる余りに皮肉すら出てこないようだ。

「ウォルフが??」

「あぁ、そうだ!半陰陽の魔女に呼び出された以上、従僕である自分は妻子の傍から離れなければならない。だが、どうにも嫌な胸騒ぎがする。だから、自分が戻るまで貴様の傍に居てやって欲しいと、頭を下げてきたってことだ!!」



『……相も変わらず、無責任で情けない男だよ。妻子の安全を人任せにしようだなんて、な』

『…………』


 長身を折り曲げ、深々と平身低頭に頭を垂れるウォルフィを、ヘドウィグは冷たい声色で皮肉を浴びせた。

 右眼を固く瞑り、ぐっと奥歯をきつく噛みしめては皮肉を甘んじて受けるウォルフィに、ヘドウィグの苛立ちと加虐心は煽られる一方であった。


『放浪の魔女よ。従僕苛めを愉しむはいいが、こいつの勘が正しければ貴様の大事な、大事な元愛弟子の身が危ないぞ??』


 更なる痛烈な皮肉の言葉を探すヘドウィグの不穏さを感じ取ったのだろう。

 面倒臭そうに頭をガリガリ引っ掻きながら、エヴァが話に割り込んできた。


『アイス・ヘクセ、しかし』

『従僕にとっちゃあ主様の命令は絶対だしさー、隻眼のあんちゃん責めるのはちょっと酷ってもんじゃねーの??てゆーか、単に、放浪の姐さんがこのあんちゃんが嫌いなだけじゃん??だから苛めたいだけだろ??』


 反論しようとしたヘドウィグだったが、ズィルバーンがエヴァに加勢した上に核心をつくものだから口を閉ざさざるを得なくなり――、今に至る。



「王子様だけでなく王妃からも愛される白雪姫だな!」

「…………」

 渋い顔付きのヘドウィグとは反対に、皮肉めいてはいるがエヴァの声音は面白がっている響きが感じられる。

「つまらんお喋りはもういいだろ、それよりも」


 結界外で破壊の限りを尽くす触手、触手を駆使するイザークに三人の視線が集中する。


「ヘドウィグ様、エヴァ様」

「何だ」


 呼び掛けに揃って応じる二人にシュネーヴィトヘンが告げた。


「お二人にお願いがあります。私に掛けられた魔力封じを解いてください。あの男を、倒すために」







(2)


 鋼の背びれに固くしがみつき、地上への降下に合わせて背を低める。

 ふわりと胃が浮き上がり、くすぐったいような妙な心地の悪さ、諸に凪ぐ風を全身に受ける感覚に肌が粟立った。

 背中のリヒャルトを振り落とさないよう、シグムント・ゲオルグは急激にではなくゆっくりと降下していく。

 お陰で気分が悪くなることがないだけでなく、地上の状況も冷静に把握できた。


「シグムント・ゲオルグ、アストリッド様とゲッペルス少尉の許へ向かってくれ」


 少しばかりの方向転換、降下の速度を上げ、シグムント・ゲオルグは下降を続ける。

 高度は徐々に下がり、地上が近づき始めた頃、リヒャルトは帯剣する魔法剣(ブロードソード)の柄に手を掛けていた。


 爆薬の導火線はほとんど燃え、今にも爆薬本体に火花が到達しそうだ。

 じりじりじり――、非常ベルに似た音は爆発までの時間を報せているよう。

 抜剣された鈍色の刀身は中天に昇った太陽の光を受け、ぎらぎらと銀色に光り輝く。


「元帥!!」


 振り下ろされた剣の風圧で火花は一瞬で消え。

 爆薬本体の先端全て、リヒャルトによって一刀両断された。


 アストリッドとエドガーだけでなく鉄橋に集う者全員――、鎮圧部隊も暴徒も――、動きが止まり、彫像のごとく固まっていた。

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