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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
最終章 Ray of Light
123/138

Ray of Light(9)

(1)

 

 あらゆる罵詈雑言と共に石礫が次々と飛来し、真横を掠めていく。

 防御魔法を発動させることなく、アストリッドは鉄橋の上に黙って佇んでいた。


 デモ隊の人々に投げつけられる言葉のナイフも投石も、鎮圧部隊への抵抗も激化していく。

 どちらのものかは分からないが銃声すら聞こえ始めた現在、双方から死者が出てしまうのも時間の問題だろう。


「半陰陽の魔女殿!」

「危険ですからお下がりください!!」

「アストリッド殿!ここは我々に任せ府内へお戻りください!!」


 部隊からはアストリッドの身を案じる声が上がり出す。

 砂埃に硝煙、血の臭いと不快感しかもよおさない臭いばかりが漂い、鼻腔を刺激する。

 誰ともつかぬ複数の叫びに対し、アストリッドはゆっくりと頭を振ってみせた。

 居たたまれなさで眉も目もぎゅっと皺寄せて。


 全て己が原因で発生したことだと思うと、誰に何と言われようと自身が立ち向かわなければならない。


 鬱血しそうな程、両の拳を固く握り締める。

 内心の恐れを悟られぬよう押し寄せる民衆を強く見据え、両の足裏に力を入れた。

 エンジニアブーツの靴底は程よく厚みがある筈なのに、鉄橋の無機質な冷たさが足裏に伝わってくる。

 息を深く大きく吸い込む。

 絶対に聞こえていないだろうに、それが合図だったかのように――、デモ隊と鎮圧部隊双方共に、暴力的な動きをぴたり、止める。


「皆さんが抱く疑惑にお答えしましょう!……自分の父はかの暗黒の魔法使いです!!」


 狂騒と混乱が支配する場に置いてアストリッドの叫びは掻き消されてしまった――、かに見えて、一瞬の後、辺りは水を打ったように静まり返った。


 ごくり、唾を嚥下する音。

 ぎりり、奥歯を噛みしめる音。

 チッ、舌打ちする音。

 ハッ、息を飲む音。

 ふぅ、溜め息を吐く音。


 アストリッドと彼らの距離は、互いの顔がようやく見える程度で離れているにも関わらず、僅かな息遣いの一つ一つですらはっきりと聞き取れてしまう。

 己の感覚が敏感に研ぎ澄まされているせいかもしれないが。


 怖い。


 爪先から全身に掛けて震えが生じだす。

 命を失くしかねない危機なんていくらでも経験してきた。

 今更怖気づくなど到底有り得ない。


 何を恐れている??


 人・人・人で埋め尽くされた前方を見据える。

 アストリッドの告白に鎮圧部隊の面々は狼狽する一方、デモ隊は更に激高、興奮状態に拍車がかかった。

 それまで、どちらかと言えば優勢だった部隊がデモ隊の勢いに押され、一歩二歩と後退しだす。

 次に口にすべき言葉を探し、鉛のように重く感じる唇を開きかけた――


「あっ……!」


 空を切る音が鳴り、視界に薄灰色の小さな物体が飛び込んできた。

 避ける間もなくガツッ!という嫌な音、脳が揺さぶられる衝撃に見舞われる。

 衝撃に押されて倒れかけるがどうにか踏み止まったが、額から多量の血がぼたぼた流れ落ちた。


「……石礫、ですか」


 額からの流血は鼻筋、唇、顎へとダラダラと伝っていく。

 頭がカチ割られるってこういうこと??――、と、場違いなまでに呑気な感想が脳裏に浮かんだ。

 視界が揺れ、頭から爪先へと血がすとんと一気に下がっていく。


 気持ちが悪い。

 眉間に皺を寄せるなんてウォルフィみたいで()だなぁ。

 ()だけど――


「うぇ……」


 心臓がドクドクと大きく脈打つ。

 ぐらりと視界が揺らぎ、周囲の音が聞こえない。

 半ば崩れ落ちる形で地に膝をつく。

 剥き出しの膝、脛に鉄のひんやりした質感が諸に伝わってくる。


 蹲っている場合じゃない、すぐに立ち上がらなければ。

 立ち上がって説得の言葉を考えなければ。

 そして声高に民衆に訴えなければ。


「やはり我々が懸念した通りだった!半陰陽の魔女アストリッドは、聖魔女ロビンの転生者だと!!リントヴルムの建国者でありながら滅びの魔女でもあったロビンの!」



 聖魔女ロビン――、遥か数百年前、隣接し合う二つの小国を滅亡させた後に統合し、リントヴルムを建国した伝説の魔女。

 セイレーンの如き美しき魔性の歌声で人々を魅了し、小型の緑竜(リントヴルム)を使役する。

 王都入り口の大門、蒼穹に面してそびえ立つ緑竜に跨り騎士達に囲まれる魔女は、聖魔女ロビンを模ったものだ。

 聖魔女と称されるだけにリントヴルムでは神聖視される存在の一方、国を傾かせ禍を齎した邪悪な魔女と、忌避対象にもみなされていた。

 アストリッドを畏怖し、危険視する者達が彼女をロビンと重ね合わせるのには理由がある。


 絶大な魔力を誇るだけでなく、聖魔女ロビンもまた中性的な美貌と肉体の持ち主であった。



「アストリッド殿!」


 絶えずずきずき襲いくる痛み、出血による眩暈で意識が朦朧とし立ち上がれないでいると、荒々しい足音と聞き覚えのある声が近づいてきた。

 誰なのか確認するべく無理矢理顔を上げようとして、力強い腕で引き起こされる。

 膜が張ったようにぼやける視界が捉えたのはよく見知った顔。

 ただし、少々見慣れない雰囲気ではあったが。


「……ゲッペルス少尉??……眼鏡、どうした、んですか……」

「気にするところがズレてやしませんか。デモ隊と揉み合っている内に吹っ飛ばされたんですよ。伊達眼鏡だし、ないならないで、まぁ、特に問題はないですけどね」 

「……ていうか、……よく見ると、ゲッペルス少尉は面白い、顔、してますよねぇ……」

「今この状況でツッコみところがだいぶズレてやしませんか……。シュライバー元少尉がどつきたくなる気持ちが何となく分かってきましたよ」

「……あ、ちょ、今は貧、血、で……、頭くらくらしてるんで……、勘弁してください」


 その割によく喋りますね、とツッコんでやろうかと思ったが、エドガーは結局口を噤んだ。

 デモ隊からの投石が肩越しに通り抜けていったからだ。

 エドガーは忌々しげに振り返り、投石してきた者の居場所を突き止めるべく、ぐるりと睨み据える。


「聖魔女ロビンの転生者だなんて、とんだ言いがかりも甚だしいんだよ……。大体、ロビンは中性といっても半陰陽じゃなくて……」



 その後の言葉は続けることができなかった。

 男に生まれた身としては、続きの言葉は想像はおろか余り口に出したくはない。


 聖魔女ロビンは、中性的な美貌と美声を保つ為に去勢された少年だった――、と。



「……まぁ、良くも悪くも人は己の信じたいものしか信じようとしませんから」

 アストリッドの突き放したような、どこか捨て鉢にも聞こえる語調にエドガーは驚き、再び彼女の方に視線を移した。

「あ、デモ隊の方々にはちゃんと納得して頂きたいと思ってます。自分の、生物学上両親にあたる人達ぐらい拗らせてしまったら手の施しようないですが」


 負傷したというのに、アストリッドはいつになくお喋りに興じ、しかも進んで両親について言及さえする。

 エドガーの腕に掴まりながら、ようようと立ち上がった。

 依然、投石が止む様子はなさそうだ。

 それどころか先程よりもデモ隊と自分達との距離が幾分縮まってきてさえいる。

 気を取り直し、血に汚れた顔を拭いもせずにデモ隊と向き合い――、向き合ったところで、アストリッドの視線は上空へと釘付けとなった。


「……まずい……」


 アストリッドを支えるように立ち上がったエドガーも、アストリッドの呟きに反応することなく上空を見上げ、「マジか……」と呆然と呟いた。

 デモ隊や鎮圧部隊の中にも、二人の視線の行き先を不審に思って辿った者たちのどよめきが徐々に広がり出す。


 ふらふらと身体を横に揺らしながら、アストリッドは両手を真っ直ぐに掲げた。







(2)


 邪悪な気配を感じ取ってしまったのか。

 ずっと大人しかったカシミラが、火が付いたように泣き始めた。

 ヤスミンの薄茶の長い髪がふわっと逆立ち、シュネーヴィトヘンから素早く身を離す。

 相変わらずエドガーの贋物はにやにやと下卑た笑顔で二人と対峙している。


 泣き喚く妹と身動きが取れない母を護らなければ――


 狙いを定め、襲い掛かる狼の目で()()を睨み、口早に詠唱した。


 前方に突き出した、細く頼りなげな指先から青白い火花が散った。

 小柄な竜が宙に浮遊するかのような、うねった閃光が贋物へと一直線に向かっていく。


「ヤスミン?!」

「見た目が子供だからって甘く見ないで!」


 閃光をまともに受けた贋物は威力に跳ね飛ばされ、床に転がっていた。 

 しかし、濃緑の瞳は真っ赤に変色し、顔はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべたままだったが。

聖魔女ロビンの話はいずれ別作品にて執筆を予定しています。


エドガーは決してブサメンではないですよ!所謂、芸人顔なだけですからね!!

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