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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第二章 Limp
12/138

Limp(3)

(1)

 冷たく固い鉄筋コンクリートで四方を囲まれた広い建物では、決して鳴り止むことのない銃声が反響している。

 仕切り板を境に、人一人分のスペースが設けられた空間には、頭にプロテクターを嵌めて射撃を行う人々。

 そのほとんどは軍関係者の為、上衣は脱いでTシャツのみだが、灰色のズボンと黒いブーツと言う点は皆一緒である。


 ただ一人を除いては。


 並外れて長身なことといい、白髪に眼帯というだけでも十二分に人目を引く上に、軍専用の射撃場に置いて、ガーゼ素材の白い長袖Tシャツに細身の黒いレザーパンツという私服姿。

 否が応でも、周囲からの注目を浴びてしまうのは最早必然。

 両隣の薄い仕切り板の向こうからも、チラチラとさり気ない視線を送られ、背後を通り掛かった者などは、彼が背を向けているのを幸いなことに不躾なまでにじろじろと、中には立ち止まってまでして眺めてくる者さえいた。


 しかし、当の本人は様々な種類の視線に動じることもなく、淡々と的に向けて引き金を引き続けている

 寸分の狂いのない、真っ直ぐな弾道。

 一見すると弾丸が一発も撃ち込まれていないように見える的だが、それは全ての弾が綺麗に中心に当たっているからに過ぎない。

 到底軍人には見えない派手な様相、隻眼というハンデを抱えているにも関わらず、熟練した腕を持つ男、ウォルフィはこの場に置いて一層異質な雰囲気を醸し出していた――



 あの後――、南の魔女ハイリガーが用意した車で南方司令部へ訪れたウォルフィは、黒い森でペリアーノの密偵を捕縛したと司令部の者に伝えた足で、軍管轄の射撃場へと向かった。

 自分は万が一の事態に備え、アストリッドの護衛を務めていただけなので、後は南方軍とアストリッド達に任せておけばいいと判断の元であった。

 国が認めた魔女は当然、従僕にも彼女達と同等に幾つかの特権が与えられる。

 軍専用の施設を使用できるのもその内の一つである。

 二十六年前に『殉職』と言う形で軍籍から外されたウォルフィが、何食わぬ顔で軍の射撃場に堂々と入れるのも、『魔女の従僕』の印があればこそ。

 けれど、幾ら魔女の従僕としての力を得たところで、銃の腕前は鍛錬を積まなければ衰えていく一方なので、寸暇を見つけては、ウォルフィが射撃場に足を運ぶのは常のことだった。


 弾を全て撃ち切り、新たに装填する。

 銃を持ち直し、的へ向き直ろうとしたウォルフィの背に、「あ、あの……」と遠慮がちな声が届けられる。

 集中を乱され、内心苛立ちながらも振り返る。

 まだ士官候補生か、もしくは卒業したばかりかといった体の若者が背後に佇んでいる。


「俺に何の用だ」

 片方だけとはいえ青紫の三白眼に鋭く睨まれ、ぶっきらぼうな口調で短く問われた若者は中々二の句を次げずにいる。

「特に用もないのに話し掛けないでくれ」

 ふい、と、若者から身体ごと視線を逸らし掛けたウォルフィに、「安全の為にプ、プロテクターをちゃんと嵌めて、射撃に臨んで下さい!ここの射撃場ではプロテクターを嵌める規則となっています……」と、やや厳しい口調で咎められてしまった。

 もしかしたら、係員として働いている者だろうか。

 愚直なまでの実直さに、思わず苦笑を漏らしそうになる。

「あぁ、それは悪かったな。でも、俺にはそんなものは必要なくてね」

「規則は規則です!!」

「プロテクターの代わりにこうしていても駄目なのか」


 ウォルフィは耳に掛かる髪を持ち上げてみせる。

 髪に触れた際、右に二つ、左に四つ装着している、真ん中に小さく丸い紅玉を通したフープピアスが揺れる。

 そして彼の両耳の穴には、耳栓代わりに銃の弾が詰められていた。


「これなら別に問題はないだろう??音や衝撃から鼓膜が守れればいいのだから」

 反論の言葉を探すも見つからないでいる若者を尻目に、ウォルフィは射撃を再開し出した。


 一旦傍から離れたものの、悔しそうに遠目から彼の背中を食い入るように睨む若者に、「あぁ、あいつには何を言ったところで無駄だよ。何たってリントヴルム最強の魔女アストリッドの従僕であり、東部では有名な狙撃の名手だった少尉らしいからな」と、中年の軍人が宥めていた。

「えっ?!半陰陽の魔女の?!しかし、どうして、そのように優秀な方が、魔女の狗なんかに成り下がったのでしょう……」

「さぁ、そこまでは俺も知らないがね。魔女の従僕となれば若さを保てるし、多少なりとも魔性の力も得られる。それに……、美貌の魔女と……」

 そこで男は言葉を止めたものの、やけに含みのある物言いといい、どことなく厭らしい顔付きといい、若者も何を言わんとしているのか何となく察した。

「ですが、半陰陽の魔女は……」

 言い辛そうにする若者に「お前が言わんとすることは分かる。どうやってそれをするかだよなぁ」と、楽しそうに答えた。


 従僕が魔女から力を得る際、一般的には性愛術を行う。

 交わりではなくキスで力を得る者もいるが、それは人間ではなく猫や鴉のような獣の従僕に対してのみ行われる。

 男としても女としても不完全な身体のアストリッドから、ウォルフィがどのように力を得ているのか、このように下衆な想像を働かせる者が少なからずいる。

 言いたい者には勝手に言わせておけばいい、とは思うが、全く不快に感じないと言えば嘘になる。

 一度は死んだも同然の身だった自身はともかく、アストリッドの馬鹿っぽさと無駄にお人好しな性格ではなく、彼女にはどうしようもできない身体的な部分を揶揄っているのだから尚更だ。


 些細な心の揺れは形となって現れる。

 一貫して中心に当たり続けていた弾が、最後の一発でほんの僅かに外れた。(とはいえ、せいぜいミリ単位であり、ほぼ真ん中ではあるが)


(……この程度で外すようでは俺もまだまだ修練が足りない。)


 軽く舌打ちを鳴らすと、ウォルフィはそのまま射撃場を後にしたのだった。 






(2)

 入り口の係の者の敬礼を背に受け、豹柄のフロックコートを羽織りながら施設の外へ出て行く。

 軍用地の射撃場付近には私用車を停めておけないので、少し離れた場所――、射撃場から南へ二十分程徒歩で進むと、ゾルタール最大の繁華街に入っていく。


 夕方から真夜中に掛けては娼婦や各店の呼び込み、夜遊びに繰り出す人々でひしめく表の大通りも、ようやく日が落ち始めたこの時間帯ではまだ閑散としている。

 ただし、後三十分と経たない内に、徐々に店が開店し始めるだろう。

 ひっきりなしに声を掛けられる前に、さっさとここから出て行かなければ。


 繁華街の中でも、表通りと裏通りが交差する、やや鄙びた飲み屋街にひっそりと停めてあった車に乗り込み、発進させる。

 車内ですらも煩く感じる大きな排気音が耳障りだ、などと思いながら、繁華街を抜け、閑静な住宅地へ入り込む。

 近代的な家々が向かい合わせに連なる、補正された道をそう速くない速度で走らせていると、前方にて真っ黒な子猫が急に飛び出してきた。

 咄嗟に急ブレーキを踏んだお蔭で轢き殺さずに済んだものの、走行を急に停めた反動で上半身が思い切りハンドルに覆い被さった。

 黒猫はというと、いつの間にか姿を消し去っている。

 気を取り直し、再びアクセルを踏み込もうとした矢先。


 突然、助手席の扉が開く音がした。

 かと思うと、全身黒づくめの服装をしたブルネットの髪の女が、車内に乗り込んで来たのだ。


 流石のウォルフィも唖然とし、女を凝視したまま閉口していると、女はわざとらしいくらい陽気な笑い声を混ぜながら、告げる。


「ねぇねぇ、お兄さん。今からビール飲みに行こうよ!!」

「断る」

「いいじゃん、いいじゃん!!あたし、お兄さんと仲良くしたいし!!」

「いきなり強引に車に乗り込んできた得体の知れない奴と仲良くなれる馬鹿がいるか。今すぐ降りろ」


 露骨に嫌悪を露わにさせるウォルフィに、女は一向に臆する様子が微塵もない。

 それどころか、「ごめん、ごめーん!!」と全く悪びれずにへらへらと笑っている。


「あたしー、ゾルタールで一、二を争う美味しいビールの店知ってるの!」

「おい、人の話を聞いているのか。車から降りろと言っている」

「そのお店はね、繁華街のー」


 駄目だ、話がまともに通じないので埒があかない。

 ひょっとしたら気狂いの類かもしれない。

 更に気になることに女からは人のものではない、魔性特有の気を感じる。


「うふふ……、あたしが目をつけた以上、絶対に逃がさないわぁ」

「?!」


 女の濃灰色の瞳の奥に妖しげな光がきらりと宿ると共に、細い身体からどす黒い気が放たれる。

 気は何本もの黒い触手へと変化し、ウォルフィの顔や腕、上半身に素早く伸びていく。

 触手に運転を阻まれながらも、ウォルフィは民家の立っていない空き地の近くまで車を走らせ、一旦道の端に停車させた。


「ぐぅ……」

 触手は素早くウォルフィの身体に巻き付くと安全ベルトを弾き飛ばし、力づくで無理矢理彼の身体を女の方へと向き直らせる。

 相変わらず女はへらへらと笑いながら、ウォルフィの胸にしなだれかかろうとしてくる。

 ウォルフィは、動きを封じようとする触手が絡みつく腕を必死にコートの内ポケットまで持っていくと、どうにかして魔法銃を取り出す。

 当然、触手は魔法銃にも手を伸ばしてくる。

 それでも触手に抗いながら、震える腕で銃口を女に――、ではなく、女の横の車の扉に向けて発砲。

 光弾の威力で扉は一発で粉砕され、その余波で触手は一瞬で霧散した。

 思わぬ反撃に、余裕綽々だった女の表情が一変する。

 だが、それは驚きや怯えではなく、怒りに近しいものが滲んでいた。


「三度目の忠告だ。とっとと車から降りろ」


 触手が霧散した反動で、急激に全身の力が抜けたウォルフィは後ろへ倒れこみそうになった上半身を後ろ手で支えた。

 女は、脅しと言っても過言でないウォルフィの行動にも怯まず、あまつさえ彼の肩を掴んで膝にのしかかろうとしてくる。

 ウォルフィは姿勢はそのままに、利き足を上げて女の腹部を蹴りつけ車外へ放り出した。


 路傍に打ち捨てられた女が起き上がるよりも早く、ウォルフィは車を発進させてその場から去っていく。

 しかし、地に伏した女は、何故か恍惚とした顔で薄く笑っていた。

ウォルフィが女を車外へ蹴り出す場面について。


当初、自分でマイカーに乗って試してみたところ、「いや、これ、無理じゃね??足届かないよ……。ましてや大男のウォルフィじゃ、まず狭い車内で足上げるの難しくないか……」と、変更しようと思っていました。ですが、Twitterにて、七ツ枝葉様と梨鳥ふるり様のお二方からアドバイスを頂いたお蔭で予定通りに蹴り出す方向で書くことができました。


七ツ枝様、梨鳥様、その節は本当にありがとうございました(´;ω;`)

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