Burn the Witch(15)
今回短めです。
(1)
エドガーが警備兵全員を拘束し終えるのを見計らい、ハイリガーは立ち上がった。掌上でファーデン水晶を浮遊させ詠唱すれば眩い光が放出され、次いで赤黒い靄が朦々と床上へと流れだす。
光の明度が薄まり、靄が消失していくと床上には無線電信機が出現していた。
護送車での作戦成功の旨を、元帥府に残るリヒャルトに報告する為だ。
エドガーは警備兵達から没収した拳銃、暗器をウォルフィとハイリガーに預け、床にしゃがみ込む。
インカムを嵌め、電信機の操作に集中するエドガーに代わり、ウォルフィとハイリガーが警備兵達を監視し始めた。
「何が可笑しいのよ」
拘束されている内の一人に対し、ハイリガーは真顔で咎めた。
舌を噛んで自死しないよう、噛ませた猿轡代わりの布越しにくぐもった笑い声が微かに漏れてきたから。
エメラルドの双眸に不快感を滲ませ見下ろすハイリガーを、彼は蔑みの目で見返し嘲笑う。
ウォルフィの眉間にも深い皺が寄ったが、あくまでも平静を保つハイリガーに従って彼らの動向を窺うのみに徹している。
「言いたいことがあるなら、はっきりお言い」
努めて冷静な口調、態度は崩さず、ハイリガーはまだ嗤っている警備兵へと長い腕を伸ばす。
何をする気かとウォルフィの警戒心が少しだけ跳ね上がったが、ハイリガーは口元の布を外してやっただけだった。
「ほら、喋れるようにしてあげたのだから」
「…………」
「拘束されているのに随分と余裕じゃなぁい。いい度胸よねぇー」
「黙れ、男の癖に魔女と呼ばせる変態が」
「その程度の罵倒でこのアタシが簡単に逆上するとでも思ってんのぉ??バッカねー!」
ホホホホ、と野太い声で軽く笑い飛ばすハイリガーに、警備兵の顔が怒りで赤らんだ。
ひくひくと唇を震わせる様に、さぁ、今度はどんなことを言い出すのかしら、と、いっそ憐れみさえ含んだ視線を送り付けていると。
「……ふん、我々を捕縛して余裕ぶっていられるのも今の内だ」
「……どういう意味かしらん」
「貴様らが囮役だったように我々も囮だからだ」
「……何ですって」
「ちぃっ!」
突如エドガーが盛大な舌打ちをして乱暴にインカムを外し、拳で床を殴りつけた。
「どうした、ゲッペルス少尉」
「シュライバー元少尉……」
呆然と、やや青ざめた顔でウォルフィの問い掛けに答えようと、口を開いた時――
運転席付近の床から天井に掛けて、虹色の光が螺旋を描きながら立ち上ったのだ。
「アスちゃん!」
「アストリッド」
「えへへー、お待たせしましたぁ!!」
消失し、霧散した虹色の残光を身体のあちこちに纏わりつかせ、場にそぐわない呑気かつ無邪気な笑顔で一同が集まる後部座席へと近づいていく。
しかし、その笑顔はすぐに凍り付く羽目になった。
護送車は人気のない林道の脇道に停車させているので、窓から見えるのは周辺に自生する木々群と、枝と枝の隙間から覗く暗闇と夜空のみ。
だから、それが視界の端にちらりと映り込んだ瞬間は錯覚かと思った。
「ねぇ……」
ハイリガーが、エドガーに負けないくらい青褪めた顔色で、窓越しに向けて指を差した。
吸い寄せられるように、この場にいる者の視線が暗闇遠くに映るものを注視する。
「あれは……、何ですか……」
腰が砕けて床に崩れ落ち掛けそうになるのを、どうにか踏み止まる。
エドガーはインカムを床へと叩き落とし、ウォルフィも右眼を目一杯見開いている。
「……すぐに行かなきゃ……」
「アスちゃん」
「……ウォルフィは自分と一緒に、あの場所へ移動してください!マドンナ様、ゲッペルス少尉、申し訳ありませんが後のことは任せていいですか?!」
二人の答えが返ってくるよりずっと早く、アストリッドは戸惑いを見せるウォルフィに構わず、強引に手を掴み取った。
アストリッド達の足元から頭頂部に掛けて再び虹色の光がぐるぐると巻き上がった。
(2)
ヤスミンがトレーに乗せて運んできたのは、水出しポットとグラス、スライスレモンの小皿だった。
ポットの中の鮮やかな青に思わず見惚れるフリーデリーケに、それをグラスに注ぎながらヤスミンは満足げに微笑んだ。
「これはただのハーブティーじゃなくて魔法のお茶なんです」
「え??」
「このお茶、最初は青色だけど時間の経過と共に紫色に変化していくの」
「じゃあ、すぐに飲まずに少し待っていた方がいいわね」
不安に翳っていた群青の瞳に明るさが戻り、気付かれないようにそっと胸を撫で下ろす。
これで多少なりとも気が紛れてくれればいい。
一分、二分、三分……と時間が進むごとに、徐々に青色に赤みが差し始め紫色へと変化した。
「時期的にはお湯出しが良かったかもですけど、水出しの方が色の変化がじっくり楽しめるかなーと……」
「そうね、でも、あんまりにも綺麗な色だから、何だか飲むのが勿体なく感じるわね」
「その気持ちはよーく分かります!ちなみに、レモンを入れると……」
小皿からレモンスライスを一つ取り、グラスに浮かべてみせる。
今度は紫色から濃い桃色へと変化していく。
「面白いわ。私もレモンを入れようかしら」
好奇心に目を輝かせ、ヤスミンに倣ってフリーデリーケもレモンスライスをグラスに浮かべた。
「ふふ、まるで夜明けの空みたい」
「確かに!」
女二人だけの真夜中の和やかなお茶会。
ふと、父と母、自分の三人での最初で最後のお茶会を思い出し、小さな胸に痛みと切なさが込み上げる。
誤魔化すべくお茶を口に含んで感情ごと喉に流し込む。
色味に反し、癖のないすっきりとした茶の味が咥内に拡がっていく。
「フリーデリーケさん??」
「…………」
消沈しかけたせいで、フリーデリーケから笑顔が消えたことに気付けずにいた。
フリーデリーケはグラスを掴み持ったまま、遠く窓越しに映る光景を見つめていた。
否、見つめているというより、魅入られているような。
「あの、どうかされました??」
「……赤い光……」
フリーデリーケはグラスをローテーブルに置き、ふらりと長椅子から立ち上がると引きずるような、覚束ない足取りで窓際へと歩み寄っていく。
慌ててヤスミンも席を立ち、後に続いて窓際へ。
フリーデリーケは窓の把手を両手で固く握りしめ、食い入るように無言で一点のみを凝視している。
その視線の先を辿ってみたヤスミンも瞬時に表情を強張らせた。
「……何で??あそこは……、暗黒の魔法使いが封印された……」
あの時感じた恐怖の記憶が鮮明に蘇る。
途端に手足がガクガクと激しく震えだす。
口元を両手で覆い、あの児童養護施設跡にあたるであろう場所から不気味な赤い光がちらちらと輝く様子から目を逸らすことができない。
「……行かなきゃ。今度こそ、私が守らなければ」
「……え??」
隣から聞こえた、小さいけれどやけにはっきりと聞こえた呟き。
振り返ったヤスミンを、切れ上がった群青の瞳が強く見据えていた。
時にきついとさえ感じる、強い意志を湛えて。
「私の軍服と暗器は何処??」
「フリーデリーケさん、もしかして……」
応える代わりに大きく頷くフリーデリーケから全てを察した。
「ヤスミンさん、私の頼みを一つ聞いて頂戴。私を――、―――まで転移させて欲しいの」




