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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第二章 Limp
11/138

Limp(2)

(1) 

 ウォルフィが去ってから、約一時間後、ようやく南方軍の者達が黒い森に訪れた。

 巨大な狩猟網の中で跳ね回る(中には衰弱してじっとしているのもいたが)数匹の牛蛙に、軍人達は最初、本当にペリアーノの密偵達なのかと、信じようとしなかった。

 しかし、ハイリガーが彼らの眼前で密偵達に掛けた変化の魔法を解除すると――、否が応でも事実だったと信じてくれた。


 人間の姿に戻った密偵達を連行し、ハイリガーとアストリッドに最敬礼をしながら速やかに森を出て行く軍人達の背を見送っていると――


 ぐぅぅぅー、と、アストリッドとロミーの腹から同時に空腹を知らせる音が、森中に響き渡った。


「あら、アスちゃんにロミーちゃんってば、お腹空いたのぉ??お昼もまだだったし、ちょっと遅めだけど城に戻ったら食事にしましょうか」

「うわーい、やったぁぁ!!」

 両手を万歳の形に掲げる二人が微笑ましくて、ハイリガーはふふっと軽く噴き出す。

「元気溌剌な二人にはホンット!癒されるわぁー。ここんとこ、ゾルタール内で若い男達が失踪する事件が相次いでいる中で密偵の侵入でしょ??あぁ、もう、本当イヤになっちゃう……、って……。あら、嫌だ、アタシったら、つい愚痴っちゃったわ。さ、早いとこ城に戻りましょ」

「はーい!!」

 またもや同時に二人が可愛らしく返事をするものだから、ハイリガーは今度こそ声を立てて笑い出してしまった。


(それにしても……、彼女達が無事に何事もなくゾルタールまで辿り着けて、本当に良かったわ……)


 ロミーの殺害を企てた魔女、もしくは魔法使いは稀に見る程に卑劣で残虐な性質かつ、相当な魔法の使い手であろう、十二分に気を付けるように、と、事前にリヒャルトから散々忠告を受けていた。

 だから、時間を労する汽車等の公共機関ではなく、アストリッドと連携して魔法を使い、彼女達を直接自分の元へと呼び寄せたのだ。


 まずはハイリガーが魔法陣を描き、召喚魔法を発動させる。

 アストリッド側も、あらかじめ描いておいた魔法陣の中に三人で固まり、ハイリガーから送られる召喚魔法を波動を受け、更にアストリッドの魔力で強化させる。

 上級魔女同士が魔法を融合させ合うことで効力も倍増するが、その分余波も強く残るので敵には居場所を察知されやすいかもしれない。

 それでも、何日も掛けて西から南へ移動する距離と時間を考えれば、手段としては随分とマシだと思う。

 ここに来さえしてもらえれば、ハイリガーだけでなく、城を警護する者達が必ずやロミーを全力で守ってくれるだろう。

 おこがましいのは承知の上で、南の魔女ハイリガーの名を持ってすれば、少なからずは不埒な輩への牽制となるやもしれない。 

 その証拠に、アストリッド達がゾルタールにやってきて数日経過した現在のところは何事も起こってはいない。


(……まぁ、まだ安心は到底できないだろうけどね……)


 城門の前の跳ね橋を渡りながら、「お昼は何でしょうねぇー」と互いに楽しそうにお喋りしているアストリッドとロミーを、ハイリガーは気付かれない程度に小さく振り返ったのだった。





(2)


 黒いシュバルツワルト)全域を一望するような形で、森の高台にそびえ立つ赤茶けた煉瓦で作られた古城の一室にて。


 朱塗りの壁や各柱、古い絵画が張り巡らされた天井に囲まれる中、長テーブルに掛けられた、染み一つ見当たらない、清潔なテーブルカバーの白がやけに際立っている。

 長テーブルには、ハイリガーとアストリッドが互いに端と端の席に座しながらも、楽し気に雑談を交わしている。

 ロミーはと言うと、アストリッドの隣に座り、大人しく食事が運ばれてくるのを待っている。

 程なくして、三人の目の前に、スープ入りマウルタッシェの皿が運ばれてきた。


 魔女である彼女達(と呼んでいいかは謎だが)は食事の前に神に祈りを捧げることはない。

 皿がテーブルに置かれると、むしろフライング気味に、アストリッドはナイフとフォークを両手にしっかりと握りしめていた。


 白く四角いパスタ生地の包みを、ナイフでざっくりと切込みを入れる。

 中から、じんわりと挽肉の肉汁が染み出てきて、切り取った断面からは、細かく刻んだ法蓮草の緑と玉葱の白が覗いている。

 漂ってくる肉と香草の匂いに堪らず、熱を覚まさないままでアストリッドは口の中へと一気に放り込む。


「あっちゅ!?」

 案の定、余りの熱さに涙目になりながら、はふはふと口を動かすアストリッドに「もう、アスちゃんってば、相変わらずの食い意地というか、おっちょこちょいというか…」と、ハイリガーは苦笑しつつ、傍に置いてあったピッチャーの水をグラスに注ぐ。

「はい、お水よ」

 ハイリガーが一言何か呟くと、グラスは一瞬にしてアストリッドの席まで移動した。

「あ、ありがとうございます……」

 グラスが届くなり、アストリッドは待ってました!と、ごくごくと一気に水を飲み干す。 

 ぷはぁ、と、息を吐き出し、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあるアストリッドに、ロミーは「アストリッド、おぎょうぎ、悪ーい!」と笑っている。

 アストリッドは、えへへ……、と気まずそうしたのも束の間、すぐに夢中になって食事を再開し出す。


 いつもは黙々と一人、自らが動かすナイフとフォークが時折、ごく軽く食器に当たる音しか聞こえない静かな空間なのに。

 他人と食事を共にする機会なんて、軍関係者との会食以外はほとんどない訳で。


(こんなに楽しい食事なんて、一体いつ振りかしらね)


 ハイリガーの硬い胸の奥に、小さな灯の光のように、おぼろげながら暖かな感情が生まれていく――




「あーあ、ロミーってば、こんなところで寝ちゃうなんてダメじゃないですかー」


 ハイリガーとアストリッドが、食事の手を止めてまで世間話に夢中になっている間に、すでに食事を終えていたロミーがうつらうつらと舟を漕いでいる。

 とりとめのない話とはいえ、大人同士の会話についていけず退屈を持て余していた結果、食後の眠気に襲われてしまったようだった。


「あぁ、起こしちゃ可哀想だから、あそこの長椅子にでも寝かせておいてあげて。丁度、肘掛けには毛布が掛けてあるし」

「はーい」


 アストリッドは椅子から立ち上がると、ハイリガーの指示に従い、部屋の隅に置かれていた長椅子の元までロミーを運んでいく。

 意外に深く寝入ってしまったロミーは、目を覚ます様子が微塵もなかった。


(そろそろ、突っ込んだ話題をしてもいい頃合いかしらね。)


 ハイリガーはエメラルドの瞳の奥をきらりと光らせた。



(2)


「ところでアスちゃん。南まで赴いたのは、あのお嬢ちゃんの件以外で何か事情があるのでしょ??預けるだけならすぐにでも中央に帰るところを、こうしてしばらくの間、滞在を希望するくらいだもの」


 アストリッドが再び席に着くのを見計らい、ハイリガーは慎重に声を落とし、それでいてアストリッドにははっきりと聞き取れる口調で尋ねた。

 ハイリガーの問いに、アストリッドに緊張が走り――、表情を引き締める。


「実は……、貴女に、自分への魔法の特訓をお願いしたくてですね」

「アタシに??」

「はい。ハイ……、マドンナ様は、南の国境防衛の他、潜在能力の高い魔女達の育成に熱心ですし」


 アストリッドの言葉通り、ハイリガーは見込みのある者を南へ呼び寄せ、数々の魔法を教えては彼女達の能力を高めていた。

 勿論、後に必ず国の発展や人々の幸福のために力を存分に活用してもらおうという、意図をもってしてだが。


「別にいいけれど……。でも、アタシより、アスちゃんの方が魔女としての力は格段に高いじゃない。」

「確かに、自分はどんな魔法でも満遍なく使い込なせています。ですが……、裏を返せば、一つの分野に特化した魔法ではないのです」

「あら、万能なのは素晴らしいことじゃない」

「うーん……、ただし、一つの分野で天才的に特化した魔力を持つ者と対決するとなると……、不利な状況に陥ることも少なからずあってですね……」

「ふーん……。アスちゃんでもそんな窮地に陥ることがあるのねぇ……」


 会話が途切れた隙に、ハイリガーはナイフでマウルタッシェに切込みを入れて口元に運ぶ。

 アストリッドの皿の中には、すでにスープの汁しか残っていない。


「いいわ。アタシで良ければ、いくらでも教えてあげる」

「本当ですか?!」

「ただし」

 鳶色の瞳を輝かせるアストリッドに、ハイリガーは妖艶な笑みを向ける。

「魔法を教えるからには、ちゃんと理由も説明して頂戴。深い事情が介在するから、旧知の仲のアタシに頼んでいるんでしょ??アタシ以外にも、貴女に次いで高い磨力を誇る、北のアイス・ヘクセや東のシュネーヴィトヘンがいるのに。って、まぁ、まず、あの、綺麗な顔とは裏腹な、性根の曲がった悪女共がすんなりと魔法を教えてくれる訳ないとは思うけどぉ」

「マドンナ様、言いますねぇ……」

「アタシは真実を言っているまでよ??特に、西のナスターシャなんて、一番弱くて癒し系ぶりっ子で……、アタシ、ああいう女が一番鼻持ちならないのよねぇ……。あれに比べたら、アイス・ヘクセやシュネーヴィトヘンは苛烈な性格を隠さない分、髪の毛一本分くらいはマシかしら」


 各国境を守る魔女達を散々に扱き下ろすハイリガーに、アストリッドはたじろぐばかりである。


「あぁ、ごめんなさい。話が思いっ切り逸れちゃった。で、理由は何かしら??」

「理由はですね」


 アストリッドは一旦言葉を切り、深呼吸をする。


「暗黒の魔法使いイザークが……、リントヴルムに舞い戻って来たのです。あれの、火属性の魔法に対抗するべく、水属性の魔法を強化したいのです」


「あいつが??」

 イザークの名を耳にした途端、ハイリガーの顔付きが険しいものに変化し、吐き捨てるように呟いた。


「はい。ちなみに、ロミーが幼児退行してしまったのは、元を正せば、あれのせいなのです」

「そう、そうだったの……」

「リヒャルト様からは自分とウォルフィ以外の者には内密にするよう、言い含められていましたが……。貴女なら信用に値すると思いましたから」

「アスちゃん、アタシを信用してくれてありがとう。このことはアタシの胸に留めておくことにしておくわ」

「そうして頂けると非常にありがたいです」


 ふっ、と息をついた後、ハイリガーは喉の渇きを潤すように、スプーンでスープを掬い取り、一口飲みこむ。




 今から三五〇年程前――、当時、隣国ペリアーノに移住していたイザークが魔法を悪用し続けたせいで、ペリアーノでは長きに渡り、魔女狩りが敢行されていた。

 ペリアーノ出身のハイリガーは、多数の魔女と魔法使いを引き連れ、密かにリントヴルムに移住したお蔭で難を逃れたものの、移住の誘いを拒み、祖国に残った仲間の多くは魔女狩りで命を落とした。


 更に、イザークの弟子であるマリアが数々の大罪を犯したが為に、一度ならず二度までも、ハイリガーは魔女狩りの恐怖に怯える日々を過ごす羽目に陥るという苦い経験の持ち主であった。




「アスちゃんと出会った当初、アタシは貴方が憎くて仕方なかったけど……。国や国民の為に尽力する姿を見ている内に、マリアの血と魔力を引き継いでいても、性質は彼らとは全く異なるって気付き始めたのよねぇ……」

「今だから言いますけど、あの頃のマドンナ様の自分を見る目が本当に殺気立ってましたし……。それが今となっては、悪魔と人間の混血イザークが自分の実の父であること。自分に流れる血の四分の一が魔性のものであることっていう、最大の秘密を知りつつ、こうして親交を深めてくれるのですから」

「嫌ぁね。そんなの当り前じゃないの。あいつらはあいつら、アスちゃんはアスちゃんでまた別なんだから、ね??あぁ、ちなみに、このことを他に知っているのは前元帥と元帥だけ??」

「はい、ゴードン様とリヒャルト様だけですけど??」


 ハイリガーのエメラルドの美しい瞳が、一瞬点と化した。


「ウォル君は??」

「ウォルフィも知りませんよ??」

「何故??彼、かれこれ二十年以上、貴方に付き従っているじゃない。それでも信用に置けない??」

「うーん……、信用、していない訳ではないんです。ただ単に、自分が臆病者というだけで、彼には何の落ち度もありません」


 しきりに頬を指先で掻いて苦笑するアストリッドに、ハイリガーはそれ以上何も言わなかった。


「まぁ、人にはそれぞれ事情ってものがあるしねぇ……。……さっ、食事も食べ終わったしお喋りはこの辺にして、早速魔法の特訓と行きましょ」

「はい、よろしくお願いします」

「言っておくけど、アタシはスパルタ教育だから」

「あはは、覚悟しておきます。あ、その前にロミーを部屋に連れていきますね」


 ハイリガーの宣言に苦笑しつつ、席を立ったアストリッドは再び長椅子で眠っているロミーの元へ。

 大きく開けた口の端から涎を垂らす程に、熟睡しきっているロミーを見たアストリッドは、話を聞かれていなかったことにホッと胸を撫で下ろしたのだった。


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