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半陰陽の魔女  作者: 青月クロエ
第八章 Burn the Witch
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Burn the Witch(14)

(1)


『立ち入り禁止』の札が夜風に晒され、ゆらゆら揺れる。

 空を灰色に支配された闇の漆黒が濃度を増していく。

 ざわざわと風で木々の枝葉が擦れ合う音が静寂を乱す。


 鉄杭とロープで囲われた地の中心では二つの人影が蠢いている。

 人影は背中合わせに佇み、背中の間には細長い木杭が立てられ――、否、木杭に縛りつけられている、というのが正しい。

 周囲には、銃を突き付ける人影が二つ、まるで退屈な劇でも見ているかのように、つまらなさそうにして眺めている人影が一つ。

 不遜な態度の人影は、灰色に隠され月影すらも消えてしまった上空を見上げ、舌打ちをした。


「夜闇と月の光は、魔性の力を引き出すと聞いていたから、わざわざこんな時間まで待ってやっていたんだが……」


 男はもう一度、さっきよりも更に大きく舌を鳴らし、木杭に縛られたエヴァはぎろりときつく睨み返した。


「何だ、その目付きは??」 

「んーんん!!んうううー!!んぐぐぐ、んんん!!!!」


 エヴァは男達への罵詈雑言を吐き散らすが、猿轡を噛ませられているせいでくぐもった呻き声にしかならない。

 背中合わせで縛られているヘドウィグも同様に猿轡を噛ませられている。


「強大な魔力を持つ魔女と言えど、魔法を発動させる前に口を塞ぎ拘束してしまえばただの非力な女だ」

「んー!むぐんんー!!」

「だが、非力かつ小癪だ。元帥閣下と共謀し、我々をたばかろうとは許しがたい」

「んぐぐぐぐ……」

「だから、証明してもらおうではないか」


 男は芝居がかった語りを中断させると、軍服のポケットから煙草の箱とマッチ箱を取り出した。


「んーんー!!」

「んう!!」


 煙草を咥えた男がマッチの火を擦れば、エヴァだけでなくヘドウィグも騒ぎ出す。

 騒がしさが増した魔女達を蔑むように一瞥すると、男はニヤッと嫌な笑みを口元に浮かべた。


「本当に暗黒の魔法使いがこの土の下で生きているのか、証拠を我々に見せてみせろ」


 ぷかぁ、と、紫煙が闇の中を漂っていく。

 男は煙を吐き出し、そして――


 その場で屈み込み、半分が灰と化した煙草の先端をトントン、と、地面に押し付けた。






(2)


 銃弾と硝子片が襲いくる中、リヒャルトは床に伏せ、窓に向かって椅子を力一杯投げ飛ばした。

 弾丸の斜雨に加え、金属製の窓枠にぶつかった衝撃で椅子は木っ端微塵、跡形もなく室内に飛散する。

 頭上に降り注ぐ弾丸、木片、硝子片を避けて床の上を転がるが、見逃すまいと銃弾が次々と撃ち込まれていく。

 容赦なく狙い撃ちされながらも床を転がり続け、壁際まで移動。

 片膝立ちになり、壁に背をつける。


 壁際は襲撃者にとって死角だったらしく、絶え間なく撃ち込まれる弾丸はもう我が身には降りかからない――、が。


 例の気はまだ消えることなく、益々もって気配が強くなってくる。

 擦過射創や硝子片による切傷で身体のあちこちが痛むが気にするどころではない。

 肩を大きく上下させ乱れた呼気はそのままに、リヒャルトはホルスターから自動拳銃を引き抜く。

 銃撃から我が身を守るのに精一杯で、迂闊にも魔法剣(ブロードソード)を手に取り損ねたのだ。


 何たる不覚。

 フリーデリーケが副官として健在であれば、平手打ち込みでの叱責を受けてしまうところだ。


 左のこめかみから生温いものが、たらり、眉から瞼にかけて伝ってくる。

 目に入らぬよう手の甲で擦れば、べたり、血糊が付着する。

 思いの外に傷は深く、血はすぐに止まりそうにない。


 左目を瞑り、こめかみを掌で押さえながら短く詠唱する。

 薄黄色の光が包み込み、数秒で傷口は塞がった。

 あくまで応急処置の軽い治癒魔法でしかないので傷痕はしばらく残るかもしれない。


 リヒャルトが顔の怪我を治癒している間も銃撃は止むことを知らず。

 廊下からは複数の足音が喧しく響いてきた。


「閣下!!」


 怒号にも似た叫びと同時に執務室の扉が乱暴に開け放された。

 銃器を手に、護衛と側近多数がようやく駆け付けてくれたようだ。


「閣下!我々が迎え撃つ間に早く避難を!!」


 ほとんどの硝子が粉砕され、金属片の窓枠のみが残る窓を間に、室内と室外で銃撃戦が繰り広げられる中。

 側近の一人が銃弾の嵐を掻い潜り、壁際で息を潜めるリヒャルトに急いで駆け寄ってきた。

 差し伸べられた手に掴まり素早く立ち上がる。

 側近と共に銃弾を避けるべく、壁際に沿って扉へ足早に進んでいく。


 だが、リヒャルトは先を進みながらも、しきりに窓の外を気にして何度も背後を振り返っていた。


「閣下!お急ぎください!!後は我々で……」

「おかしいと思わないか?!」


 鳴り止まぬ銃声に負けじと声を張り上げ、側近に問いかける。

 悠長に話している場合ではない、と諫めるつもりだったのか。

 側近は眉間に深く皺を寄せて口を開きかけたが、はたと黙り込む。

 リヒャルトの瞳が、研ぎ澄まされた剣の切っ先のごとき鋭利さを湛えていたからだ。


「襲撃者はアサルトライフルを使用している!撃ち込まれた弾の形状を見れば分かることだ!!だが有効射程内――、執務室の私を狙撃するのに適した高度、位置、角度を持つ建造物は周辺にはない筈だろう!!」


 扉まで進む足と共に、止めることなく続けた言葉の意味に気付いた側近の顔色が変わる。


「……つまり、襲撃者は魔力を持つ者かもしれない、とのことでしょうか?!」


 おそらくは、と告げようとした時だった。

 それまで止むことを知らなかった銃弾の雨が突如として止んだ。

 しかし、銃撃と入れ替わるように今度は鳥の羽ばたきが――、否、ただの鳥にしては余りに大きく、轟轟とやけに重量感を帯びている。


 そう、これはまるで――


 リヒャルトの額、背中と、冷たい汗がつぅーと流れていく。


 窓としての機能を失くした窓から夜風が吹き込んでくる。

 天井の豪奢なシャンデリアの光を反射し、床に飛散した硝子片が宝石のように美しく煌めいている。


 風はひゅるひゅる、次第に強くなっていく。

 執務机の書類は宙を舞い、ばらばら、床に落ちていく。

 硝子片がきらきら輝き、夜風に流され床を転がっていく。


 蜂の巣のように無数の穴だらけ、ボロ雑巾よりも酷い有様のカーテン(だったもの)に、巨大な影がふわり、映り込む。

 影は疾風迅雷のごとき速さでこちらへ突き進んでくる。


「閣下!!早く執務室を出ましょう!!」


 恐怖で顔を歪めた側近が強引にリヒャルトの腕を掴み、扉の前まで引っ張っていく。

 その間にも影は窓枠に体当たりをかまし、窓枠は小枝のようにいとも簡単にぽきりと折れた。

 障害物がなくなり、体当たりした勢いのまま、影は室内に飛び込んできた。


 執務机に降り立った影の正体――、全身が玉虫色の鱗に覆われた、小型の緑竜(リントヴルム)だった。

 緑竜の背には二人の男が跨っている。

 一人はアサルトライフルを構え、もう一人は緑竜の口に含ませた銜から繋げた手綱を握っていた。






(3)


 ひび割れが目立つ石壁には、等間隔で設置された鉄扉がいくつも並んでいる。

 その内の一つ、一番奥まった場所にあたる鉄扉の前が虹色に光り輝きだす。

 色鮮やかな発光は重苦しい扉を、薄暗い廊下を仄かに照らし、光の中から人影が浮かび上がってきた。


「リーゼロッテさん!無事に到着しましたよー!!」


 光が徐々に薄れ、二人の周囲には残光が散らばる中、ハイリガーに変化(へんげ)したアストリッドは元の自分に、次いで、自分に変化させたシュネーヴィトヘンを本来の彼女の姿へ戻した。


「身体の方は平気ですかー??そんなに長い時間じゃなかったですけど、空飛ぶわ瞬間移動するわで多少なりとも負担が掛かっているでしょうし」

「……お気遣いありがとうございます。特に問題はなさそうだわ」

「それなら良かったですー!リーゼロッテさんに何か起きたら、ウォルフィに射殺され兼ねません」


 ウォルフィの名を耳にすると、シュネーヴィトヘンの表情が不安で翳り出す。

 産後まだ日が浅く、頬は窶れているものの美貌は衰えていない。

 憂いに沈む横顔から、護送車にいる最愛の夫の身を案じているに違いない。


「大丈夫ですよ!ウォルフィなら任務を完遂して、しれっとした顔で無事帰ってきますから!!」

「……そうね」


 シュネーヴィトヘンが弱々しく微笑むと、折よく担当の看守が二人の元へ近付いてきた。

 看守は重たい鉄扉の鍵を開け、有無を言わさずシュネーヴィトヘンを独房へ押し込んだ。

 看守の威圧的な態度に複雑な思いを抱きつつ、アストリッドの足元から頭頂部に虹色の光が再び立ち上った。

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