1-6
「……昨日の夜くらいから何かくしゃみが出るようになったのよ」
言及されたのが不満だったのか僕を横目で少し睨みながら呟く宝船。
「やっぱりさっきの音はくしゃみだったのか。何だよ、風邪か?」
「分からないわ。特に熱も鼻水も出ていないし……」
「花粉症――ってのは今の時期になさそうだしな。誰かに噂されているとか」
「まあ、私は美人だからその可能性も無きにしも非ずって感じだけれど……」
「…………」
よくもまあ、真顔でそんな謙遜も欠片もない言葉を言えるものである。もう慣れたが。
「そうだわ」
不意に思い出したように言葉を発した宝船。気付けば、通学路を歩く僕達のすぐ傍まで珠玖泉高校の校舎が迫りつつあった。
「噂と言えば萩嶺君っしゅっ!」
「君主? まあ、確かに僕には王の器があるけども」
「言葉を言いかけたところでくしゃみが出てしまったのよ。ていうか、萩嶺君には王の器なんてないでしょう」
「何を言うか。僕の右腕には人の心を武器に変える王の力があるかも知れないだろう」
「萩嶺君は何を言っているの? その右腕を切り落とすわよ」
「僕の王の力が!」
「それ以前に萩嶺君は王様よりも雑巾の方がお似合いだわ」
「誰が雑巾だ」
王以前に人間ですらない。
「ごめんなさい、言い間違えたわ。本当は雑兵と言いたかったの」
「結局雑兵かよ!」
少なくとも人間であることに喜ぶべきか、雑兵と格付けされたことに悲しむべきか。そもそも勝手に言われているだけなのでおそらく悩む必要は皆無なのだろうが――そんなどうでもいい考えを巡らせている最中、僕は先程宝船が何かを言いかけていたことを思い出す。
「それで、噂がどうかしたのか?」
「噂――と言うよりもほぼ確定情報なのだけれど、私達のクラスに転入生が来るらしいのよ」
「へー――って転入生?」
噂というスタンスで宝船の言葉を聞こうとしていた僕だったが、その三文字のワードを耳にして思わず驚いてしまった。
「転入生って……こんな中途半端な時期にか? もしかして、そいつはとある機関に属する超能力者なんじゃないだろうな」
「超能力者ではないかも知れないけれど……確かに、この時期の転入生は流石に色々と疑ってしまうわよね」
宝船の言う『この時期』――それには勿論一学期終了間近という意味も込められているのだろう。他の学校に転校するのであれば、一学期でも二学期でもその学期の最初に時期を合わせた方が色々と都合が良いはずである。無論、その転入生の都合もあるだろうが、基本的にはその方が良いはずだ。
しかし、彼女の言う『この時期』という言葉にはそれ以外にもう一つ意味が込められているような気がしてならなかった。そして、それはきっと僕だけではなく宝船も同じ考えなのだろう。『この時期』――それは饗庭和泉があの一件を起こしてからまた日が浅いということである。この時期に――それも、珠玖泉高校の宝船のいるクラスにピンポイントで転校してくる人物。あの場にいた2人以外にもまだ饗庭和泉に協力者が存在する以上、その可能性を疑わない方が逆に難しかった。
「転入生か……その情報はどこから聞いたものなんだ?」
「先生よ、担任の七々扇先生から聞いたの。ほら、私学級委員長じゃない? 微妙な時期に転入してくる新しい仲間をクラスに溶け込ませる手伝いをしてほしい――みたいな感じで私にだけ予め教えてくれたみたいなの」
「どんな奴なのかは教えてもらえなかったのか?」
「そうね……何か、転入試験がほぼ満点だったとは聞いたわ。珠玖泉高校は偏差値も高いし、転入試験も難しいだろうから、もしかしたら結構頭の良い人なのかも知れないわね」
「頭の良い奴か……それだけじゃ流石に予想すら立てられないな」
『秀才』――二次元世界なら、そのイメージに該当する人物だと眼鏡を掛けていたり、体が細かったりと色々と浮かぶのだが、果たしてそれが現実世界に通用するのだろうか。実際、僕の隣にいる彼女は秀才だが、それに加えて美人であり、あらゆることに関して万能なハイスペックな人間である。やはり、空想と現実ではスケールが違い過ぎて参考にすらならない。空想側からの視点も然り、現実側からの視点もまた然りである。現実を超越するスケールの空想もまたその現実で生み出されているのだ。
「まあ、その転入生が何者かは気になるところだけど、本当に『そう』だと決まったわけじゃないんだし、今から気にし過ぎるのも何だか大変じゃないか?」
「それもそうね……とりあえずは、その転入生が来てから考えることにしましょっくしっ」
「ショック死?」
「ふっ……」と不敵に笑いながら宝船は学校鞄のサイドポケットからハンカチを取り出し、鼻の辺りを拭い始める。
「誰かがまた私のことを美人だと噂しているようね……」
「そのお前を美人だと噂している奴は鼻をハンカチで拭いながら澄ました顔をしているお前を見てどう思うんだろうな」
「私のすることは全てが美しく見えるし、私の言うことは全て正しいのよ」
「どこの独裁者だよ」
「私の言うことは全て現実になるのよ」
「どこの団長だよ」
やはり、謎の転入生が来る原因は宝船にあるのではないだろうか。
「それで? その転入生はいつ僕達のクラスに来るんだ?」
「分からないわ、七々扇先生は教えてくれなかったし……先生が言うにはサプライズ的なことをしたいみたいよ」
「サプライズねえ……」
確かにこの微妙な時期の転入生はサプライズになり得るかも知れない。しかし、七々扇先生がその転入生をクラスに早く溶け込ませたいのならば、予めそれをクラスの生徒に話しておいた方が良いような気がする。心の準備もできるし。
「ということは性別すらも分からないのか……男か女か分かるだけでも色々と違ってくるんだけどな」
「性別は関係ないでしょう。男でも女でもその可能性はあるのだから。それともあれなの? 萩嶺君はもし転入生が美少女だったら、そこで疑うことを止めてしまうの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。仮にその転入生が黒であれ白であれ、僕達のクラスに留まるわけだろ? それでもしその転入生がイケメンとか美少女だったら、恐れ多くて僕が緊張してしまうだろ?」
「萩嶺君のコミュ障具合は知らないわよ。ていうか、そこは別に安心していいと思うわよ」
「何でだよ」
「だって、イケメンや美少女があなたに好んで話しかけるとは思わないもの」
「…………」
言われてみればそうである。いや、今の宝船の言葉に納得するのは自分で認めていて悲しいものがあるが、確かによくよく考えてみればそうだった。
「あなたに話しかける美少女なんて私だけで充分よ」
「さり気なく自分を美少女だとアピールするんじゃない」
「精々今の時間を楽しんでおくことね、萩嶺君。この高校時代を過ぎてしまったら、きっとあなたに話しかける美少女や美女はいないだろうから」
「いや、いるね。僕に話しかけてくれる美少女や美女はいるね。2人はいるね」
「逆に2人しかいないのね……」
「…………」
憐みの視線を向けられてしまった。宝船の言葉に対抗しようとするも自分に対する自信のなさから『2人』という言葉が出てしまったのである。しまった、見栄を張るのであればせめて『5人』は言っておくべきだった。
「ていうか、話しかけられなくてもいいだろ別に。最悪僕から話しかけるし」
「止めておきなさい萩嶺君。逮捕されるわよ」
「話しかけるだけなんだけど!?」
「良かったじゃない、話しかけられるだけで逮捕される人なんて萩嶺君くらいよ?」
「嬉しくねえよ!」
そんな会話を繰り返している内に僕達はいつの間にか珠玖泉高校の目前にまで辿り着いていた。正門を潜り、学校の敷地内に足を踏み入れた僕と宝船は校舎の昇降口前の広場に人だかりが出来ていることに気付く。
「何だ? あの人だかり」
「あれはおそらく私の登校を待つファンの人達ね」
「いや、それはないだろ」
「…………」
向けられた宝船の睨みを視線を避けるべく、僕は彼女がいない方へと顔を背けた。そして、とりあえず人だかりのすぐ後ろまで歩み寄った僕達。どうやら、その人だかりは何かを中心に取り囲むようにして形成されているようだった。見る限りでは、かなりの人数が集まっているように思えるのだが、生徒達によって描かれた円はそれなりに大きく、大多数の人数によって築かれた層でもその密度は疎らであり、そこに空いた隙間からその中心を垣間見ることが出来た。
目を凝らして円の中心の様子を伺う――人々の隙間から見えたのはとある女子生徒の姿だった。肩の辺りまで伸びた茶髪、豊満なその胸――両足を肩幅ほどに広げ、両腕を体の前で構えて、俗に言うファイティングポーズを取っているその女子生徒はまるで彩楓のようだった。
というか、彩楓だった。
「何をやっているんだあいつは……」
「あれは……躑躅森さんね。何なのかしら、あのポーズ」
呆れ顔で溜息を吐く僕の隣で、同じく人ごみの隙間から中の様子を伺いながら宝船は言う。
「とりあえず、中に入って様子を見てきてもいいか? 本当はとても関わりたくないんだけど、流石に自分の幼馴染が輪の中心にいると思うと放っておけなくてだな」
「私も行くわ。私も躑躅森さんとは知り合いだし、放っておけないもの」
「そうか、済まないな」
「いいのよ。さあ、行きましょう」
人だかりの間を縫うようにして僕と宝船は円の中心へと進んでいく。そして、生徒達の層を抜け、中心の淵に辿り着いたと同時に彩楓の声が僕の鼓膜を震わせた。
「――いいですか、部長」
そう言って、彩楓は前方を指差す。
「もし、あたしがこの勝負で部長に勝ったら……追試期間中で部活が出来ないあたしに個人レッスンをして下さい」
彼女の人差し指とその言葉が向けられたその先――そこにはもう1人の女子生徒の姿があった。彩楓から『部長』と呼ばれた黒髪を片側のみで結っているその女子生徒は腕組みをした状態でその口を開いた。
「……いいだろう、その勝負受けて立ってやる。私に一発でも当てたらお前の勝ちでいい。その代わり、私がお前に一発でも当てることが出来たら……」
彩楓を鋭い眼差しで睨みながらその『部長』は言う。おそらく、テストで赤点を取った彩楓が追試期間中も部活――あるいは部活に近いことをしたいがために挑んだ勝負なのだろう。彼女が『部長』と呼んでいるということは、あの女子生徒は空手部の部長なのだろうか。そして、その『部長』が彩楓に対してどんな要求を出すのか――周りを取り囲む生徒達全員が固唾を呑んで、『部長』の次の言葉を待っていた。
「……えっと」
真っ直ぐに彩楓を見たまま更に一言呟く『部長』。それから、その『部長』は一度空を仰いだ。夏の晴天から降り注ぐ太陽の光が僕達を襲い、額に滲んだ汗が頬を伝って地面へと零れ落ちる――熱気を含んだ生暖かい夏の風が周囲を吹き抜けると同時に『部長』は再び顔を彩楓の方に向けるとこう言った。
「すまん、特に何も要求は思い付かなかった」
散々間を空けた挙句思い付かなかったのかよ!
思わずそう叫びそうになった――おそらく、僕の隣にいる宝船含め、周囲の生徒達も全員同じ気持ちだったに違いない。
「部長だけ要求なしじゃ、フェアじゃありません。何でもいいから何か要求をお願いします、部長」
「そうだな……それじゃあ」
彩楓の言葉に少し考える素振りを見せた『部長』はまた1つ間を置くと改めてこう切り出した。
「とりあえず、私が勝ったらお前のおっぱいを揉ませてくれ」
どさくさに紛れて何て要求を出しているんだこの人は!
彩楓もそんな要求呑むわけが――。
「分かりました、その条件で行きましょう」
呑むのかよ!
また思わず叫びそうになる。
ていうか、何なんだろう、この状況は。
「……あの人は一体何者なんだ。あいつに部長って呼ばれてるってことは、空手部の部長でいいんだよな?」
「……そうね」
呆れ顔で僕は宝船に問いかける。対する彼女もまた呆れ顔のままそう頷いた。
「あの人は空手部部長の……確か、名前は御簾納千里さん、だったかしら。まあ、部長を任されている時点で分かるとは思うけれど、かなりの手練れよ、あの人は。インターハイ含め、出場する大会では必ず優勝しているらしいし」
「滅茶苦茶強いじゃないか。彩楓も結構強いけど、それ以上ってことか」
円の中心へと視線を戻すと彩楓が改めて構えの体勢を取るのが見えた。対する『部長』――もとい、御簾納先輩は腕組みをしたまま体勢を崩そうとしない。
「それじゃあ……行きますよっ、部長!」
空間を支配していた静寂を最初に破ったのは彩楓だった。地面を蹴り、一瞬で御簾納先輩との距離を詰めた彼女は右の拳を振るう素振りを見せる。そして、その拳を御簾納先輩目掛けて突き出す――と僕は思ったのだが、それは彩楓のフェイクのようだった。御簾納先輩の目の前で左足を着いた彩楓は、右腕を振るう勢いで上半身を捻り、そこから右足の蹴りを繰り出した。
僕のような素人であれば彩楓のフェイクに騙されてしまうことだろう。ていうか、今横から観ていた時点で僕は完全に彩楓の行動を『拳で殴る』と予想してしまっていた。しかし、流石は部長と言うべきか、御簾納先輩はどうやらその彩楓の考えを見切っていたらしい。彩楓が繰り出した蹴りを御簾納先輩は腕を組んだ状態のまま上半身を後ろに倒すことで回避したのである。
それから、そこで漸く腕組みを解いた御簾納先輩は倒した体の勢いを利用しつつ、後方に何度かバク転をして彩楓との距離を取った。空を切った右足を下ろし、再度体勢を整える彩楓。それと同時に今度は御簾納先輩が動いた。先程の彩楓と同様に地面を蹴って加速する御簾納先輩。迫り来る相手に対し彩楓が動く。後方に下がる――のではなく、彩楓は逆に御簾納先輩目掛けて突進した。
カウンターというものなのだろうか――何にせよ、御簾納先輩に向かって駆け出した彩楓はギリギリまで距離を詰めると、先輩目掛けて再び右の拳を繰り出す。しかし、彩楓のカウンターに臆することなく、難なく繰り出された拳を躱した御簾納先輩は――何と、走った勢いそのままに、彩楓の両肩に両手を置いて、そこを土台とし、前方宙返りを行ったのである。その光景はまるでサーカスの演目を目の当たりにしてるかのようだった。
御簾納先輩は着地し、拳を振り終えた彩楓はその場から離れようとするが――一手遅かった。御簾納先輩から距離を取ろうと彩楓が後ろを振り返った時には、既に御簾納先輩の拳が彩楓の目の前に迫っていたからだ。
彩楓の体は止まり、御簾納先輩の動きも停止し、再び静寂が周囲を支配する。御簾納先輩の拳は彩楓の――文字通り、眼前で停止していた。おそらく、御簾納先輩は寸止めを行ったのだろう。それにしても、恐ろしく正確な寸止めである。近くで観ていても、当たっているのではないかと疑ってしまうほどだ。
数秒の沈黙の後、御簾納先輩の拳が微かに動く。御簾納先輩は彩楓の鼻の頭に拳を軽く当てると、その拳を下ろした。
「……私の勝ちだな、躑躅森」
不敵な笑みと共に御簾納先輩がそう言った瞬間、周囲の生徒達から歓声と拍手が上がった。別に周りの生徒達は御簾納先輩を応援していたとか、彩楓に負けて欲しかったとか、そういうことは思ってはいないのだろう。ただ、御簾納先輩と彩楓の決闘という『凄いもの』を観た――おそらく、僕を含め周りの生徒達はそう思っているはずだ。そして、この歓声と拍手はその興奮から湧き上がったものなのだろう。
「いやー、完敗ですよ部長」
溜息交じりにそう声を上げながら彩楓はその場にしゃがみ込む。
「部長とは結構試合をしてますけど……まだ一回も勝ててないんですよねー」
「一応私は部長だからな。いくら躑躅森でも、部員に負けるようでは部長の名折れというものだ。しかし……負けはしたものの、お前の技術は試合をする度に磨かれていると思うぞ、私は。もしかしたら、近々私から一本取れるかも知れないな」
「本当ですかっ?」
「ああ、本当だ。でもまあ、お前がどの域まで上がってきても、私はお前に一本も譲るつもりはないがな」
言って、彩楓に右手を差し出す御簾納先輩。対する彩楓もそれを右手で握り返し、その場に立ち上がった。
「部長……あたし、いつか部長から一本を――」
「お前達」
彩楓の言葉は不意に放たれたその声によって遮られた。向き合っている彩楓と御簾納先輩はそれぞれ左と右を振り向く。気付けば、彩楓と御簾納先輩の隣にはとある男性教師の姿があった。あれは確か体育教師の――。
「蒲生じゃないか」
「先生を付けろ御簾納」
教師の名前を呼び捨てにし、早速その本人からツッコミを受ける御簾納先輩。今、彼女が口にしたように、あの男性教師の名前は蒲生である。下の名前は――最初の体育の授業の時に名乗っていたような気がするが忘れてしまった。そして、こちらもその自己紹介時に聞いたのだが、確か空手部の顧問を担当しているはずである。ノリが良く、まるで友達のように会話をすることが出来て生徒達からは人気だ。
時折、今の御簾納先輩のように呼び捨てにしたり、タメ口で話しかけたりする生徒がいた時は、今のようなツッコミにも似た注意を行っている。普段生徒には友達のように接し、生徒達からも友達のように接せられている蒲生先生であるが、一応はその注意で生徒と教師の線引きを行っているのだろう。「お前達が社会に出た時に変な常識を身に付けないように行っている」――と、前にどこかで言っていたような気がする。
「ていうか、お前達ここで一体何をしていたんだ。昇降口前に結構な人だかりが出来ていたから何事かと思ったぞ」
蒲生先生の問いかけに最初に応じたのは彩楓だった。
「す、すみません、先生。あ、あたし、テストの結果が悪くて部活暫く出られなくって……それで、追試期間中も御簾納先輩に稽古をつけてほしくて、それを条件に勝負を挑みました」
「全く……躑躅森、お前の空手に対する熱意は分かる。だが、そんな賭け勝負みたいなことをするのは間違っていると先生は思うぞ」
「はい……パーの音も出ません」
「『ぐう』な。それで? そういう勝負を出したってことは御簾納も躑躅森に何か条件を出したのか?」
呆れ顔を浮かべながら蒲生先生は御簾納先輩の方を振り向く。
「そうだな、最初は特に思い付かなかったんだが、躑躅森がお互いに条件を出し合わないとフェアじゃないと言ったから仕方なく」
「敬語を使え敬語を。それで、どんな条件を出したんだ?」
「私が勝ったら躑躅森のおっぱいを揉むことにした」
「なるほどな、御簾納が勝ったら躑躅森の――ってお前はどんな条件を出しているんだ!」
蒲生先生の手刀が御簾納先輩の頭に襲い掛かる――しかし、御簾納先輩はその手刀を表情一つ変えずに難なく躱した。
「蒲生! そんな攻撃ではまだまだ私に当たるには程遠いぞ!」
「余計なお世話だ! それから敬語と『先生』! てか、何で俺の方が説教を食らっている感じになってるんだ!」
「何故だろう、分かるか躑躅森」
「そうですね……逆転の発想って奴ですかね」
「何も逆転してないから! あーもうお前等とりあえず職員室来い! 続きはそこでやる!」
「職員室で二回戦目を行ってもいいらしいぞ、躑躅森」
「さーすがは蒲生先生! 太っ腹ですね!」
「そういう意味で言ったんじゃねえよ!」
彩楓と御簾納先輩に振り回されながらも、何とか2人を職員室まで連れていく蒲生先生。輪を成していた生徒達の群れも段々と解けて、散り散りになりながら校舎の中へと入っていく。
「私達も行きましょうか、萩嶺君」
「……そうだな」
蒲生先生に連れられて段々と小さくなっていく彩楓と御簾納先輩の姿を眺めながら頷いた僕は宝船の後に続いて歩き出した。
◆ ◆ ◆
彩楓が戻ってきたのは朝のホームルームが終わった後のことだった。蒲生先生の説教を受けたことによる体力的な疲労か、御簾納先輩に負けたことによる精神的な疲労か――それは定かではなかったが、彩楓は教室に到着するなり、自らの机に上半身を預ける形で項垂れた。
「お疲れ、彩楓」
「ほんとお疲れだよー……お疲れ過ぎて疲労乾杯だよ」
「『困憊』な」
乾杯してどうする。
「あー、ていうか、また御簾納先輩に負けちゃったなー。そろそろ勝てるかと思ったのに……何が足りないんだろ、あたしに」
「そうだな……空手のことはよく分からないけど、僕から忠告できるのは1つだけだ」
「忠告? 何?」
「とりあえず、野外でスカートで試合をする時は中にスパッツか何かを穿いていた方がいい」
「!」
僕がそう言った瞬間、おそらく羞恥で顔を真っ赤にした彩楓は素早く自分のスカートを押さえる。
「……ご、ご忠告ありがとう直斗……ていうか、それを言ってくるってことは、直斗はあたしのスカートの中を見たってことでいいんだよね」
「は? み、見てないし、お前と御簾納先輩の試合に気を取られていてそんな余裕なかったし」
「そっかー、あたしの純白は直斗に見られなかったわけだ」
「何を言っているんだ、今日のお前は水玉だろ」
「やっぱり見てるじゃん!」
「何故ばれた!」
「直斗が自分でバケツを掘ったんでしょ!」
「それを言うなら『墓穴』だ!」
「2人ともどんな会話をしているのよ……」と呆れた表情を浮かべて僕の隣の空いている席に腰を下ろしたのは宝船だった。